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9.はじまり

アクセスありがとうございます。

 リアは11歳で尼僧院に入り尼僧見習いとなったが、1年足らずでそこを出ることになった。本人も認めるように、尼さんとして清く正しく静かという生き方が、水と油のように彼女に合わず、どうしようもなかったのだ。


 とはいえアグニヨンの尼僧院はそれを認めず、「信仰の不足により放逐」という処分を下した。

家に帰った12歳のリアを待っていたのは幼い頃から一緒に過ごした3歳年下の従弟との、婚約だった。


 リアの実家は、水都ベーメンで王家に仕える軍人貴族の家系だった。彼女の上には2人の兄がいたが、どちらも病弱で将来が危ぶまれた。

 とりわけ下の兄は体が弱く、リアが物心ついた時には田舎で療養しており、ほとんど会った事がなかった。上の兄はそれよりまだましだったが、生来虚弱で軍人になるような要素は皆無だった。


 そこで、リアの家、デュモン家は、長男に何かあった時のバックアップとして、家の中で最も丈夫なリアを「男子として」育てることにした。

 リアは幼い頃から厳しい軍隊式の訓練を施されて育った。女の子としての遊びやたしなみは意図的に遠ざけられ、髪も短く斬り揃えられていた。しょっちゅう一緒に遊び歩いていた従弟のルネでさえ、リアを女の子だと思ったことがなかった。



 ルネの家は、リアの父の異母兄弟が開いた分家で、リアの家である本家屋敷の敷地の一角、賑やかな通りに面したところで道具商を営んでいた。

 2人は歳が近いこともあって、幼いころはほとんどもつれ合うように一緒に育った。軍事教練もなぜか2人で受けた。



 しかしリアが11歳、ルネ8歳の時に、その生活は唐突に打ち切られる。

 リアの上の兄がどうにか持ちこたえ、ある程度健康な肉体を獲得できた。

 この長男で大丈夫だろう、と胸をなで下ろしたデュモン卿は、はたと、「男子として育ててしまった」次女に思いが至る。

 このままでは嫁の貰い手がなくなる。あわてて行儀見習いのため尼僧院に送り込んだのだった。


 しかし、軍事教練と野生児のような生活に鍛えられた娘は、尼さんたちの群れでどうにかなる段階をすでに超えてしまっていた。1年保ったのが奇跡だと思えたぐらいだ。リアと尼僧院は不幸な出会いをしたが、放逐という決定によってその不幸を解消したのだった。


 しかし非情にも、リアが尼僧院を「追い出された」ことは燎原の火のように貴族社会に広まってしまった。これでリアの嫁ぎ先は全て消えた。デュモン卿は、藁にもすがる思いで異母弟を頼った。


 ルネの父は、正直言って迷惑した。分家とはいえ商売はうまく行っており、軍功もなく落ち目の本家に比べれば、家の勢いの差は明らかだ。


 長男のルネは物覚えが良く素直で、できれば貴族か資本力のある商家から嫁を迎え、より強固な礎を作ってやりたい。だが兄には分家創設を許してもらった借りがあり、断りづらい。ルネはルネで幼い頃からの刷り込みの結果、3歳上の従姉に懐ききってしまっている。


 ルネの父は忸怩たる思いで異母兄の願いを受け入れた。もともと、本家の屋敷の端っこを間借りしているような立場の弱い分家である。断ることなどできるはずもなかった。


 こうして従姉弟同士の婚約が成立した。

 リアとルネは、突然変わった周囲の態度や環境に戸惑いながらも、時とともに新しい関係に慣れていった。昔のように泥だらけになって遊ぶことはなくなり、ルネの父について商売を学んだり、剣の稽古をしたりと忙しかった。

 しかしそんな、一見着実に見える成長の中で、それは庭にはびこる蔦のように広がり、不可逆的にささやかな幸せを蝕んでいた。


 ルネが悪魔に憑かれたのだ。


 初めは、日常的な動きにわずかな違和感が混ざる程度だった。ふとした時に視界の端が少しぼやけるとか、舌がもつれやすくなるとかだったが、ある時から急激に悪化して床を離れられなくなった。


 目が血走り、この世のものとは思えぬ声をあげ、意味不明の言葉をわめいた。鎖で縛りつけてもなお、手がつけられないほどに暴れた。司祭による祈祷も弾き返された。


 このまま人格を喰われて死ぬことは確実と思われた。


 だが、藁にもすがる思いで頼った大地神の司祭が、あまり勧められないが、と前置きをして言った。

 魂の性質が十分に近い者が、己の魂を開け放ち、犠牲者と意識を共有すれば、悪魔の存在も両者の間で薄まり、自我を保てるようになるかも知れない、と。


 リアは即座に同意した。リアとルネ、そしてルネの中に巣食う悪魔の魂を取り出し、混ぜ合わせて、また2人の中に戻すという、おぞましい儀式だった。

 信じられないくらいすんなりと成功してしまった、とその司祭は言った。悪魔が全く抵抗しなかったのだと。


 ともあれ、ルネは危機を脱し、数日後には全快した。しかし、もはや以前の彼ではなかった。リアにとってもそれは同じで、彼らは彼らとして確かに個人ではあったが、意識の深みでは互いに混ざり合っていた。さらにそこに、人の理解力では計り知れない何者かが存在していた。

 その日から、2人の戦いが始まった。


読んでいただきありがとうございます。

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