7.状況整理
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部屋に戻って後ろ手に戸を閉める。
さっき殺したハーピーの死体がそのままだ。血生臭いし不快だが、この際仕方がない。
とりあえず生首を蹴って顔をあちら側に向け、寝台に腰かける。
「急にお姉ちゃんに甘えたくなっちゃったのかなこの子は?」
リアが絡んでこようとするが、乗らない。
その辺は長年の付き合いだ。
「ちょっと色々整理しよう。」
「分かった。その前に今すぐおさらばしない理由は?」
リアの言うことはもっともだ。
「この村だけじゃなくて、領主がグルだと追っ手がかかるかも。今の状況だと隣の領まで逃げ切れるか分からない。昨日よりきつい感じだと思う。」
「そうだよね。よし、じゃあなんとかする方向で考えよう。」
切り替えが早くて頼れる従姉だ。
「さっき、死体がちらっと見えた。首がくっついてたよ。」
「なんとまあ。あの兄ちゃん何者 ?」昨日、ざっくりと首を切り落としたのを確かに見たはずだ。
「さっきのハーピー。」
「贄で喚び出されたって言ってたね。」
「ヨーナス。」
「森で迷ってたにしてはきれいなナリだったわ。」
「ユージェニー。」
「まだチクってないのは慈悲、じゃあないよねえ。」
「で、『アイヒェンヴァルツの妖獣』」
「そう、結局そいつが元凶なのに全然出て来ない。」
「これらを1本に繋げて考えると、」
「考えると?」
リアは期待を込めて訊いた。自慢の従弟は賢いのだ。
「・・・分かんない。」
「ああー。」リアはあからさまに失望して見せる。
「リアも人任せにしないで考えなよ。」
ルネが口を尖らせる。そういう仕草は小さい頃と変わらないな、とリアは思う。
ともあれ、魔物の死体と相部屋というのは落ち着かない。血の臭いが充満していて考えるどころじゃない。
窓の木戸を開けると、少し離れたところに村人たちが集まっているのが見えた。さっきハーピーと戦った聖会堂のあたりだ。
「お葬式だね。」その光景を見てリアが言った。
「そうだな。」ルネが隣に来たので、横顔を眺めてみた。少し前まで自分のほうが背が高かったのに、いつの間にかほとんど変わらなくなっている。油断がならないな、と思っていると、
「これ、なんだか変じゃないか?」ルネが言ってきた。
「変、て?」
「葬式だよ。なんか違和感がある。知ってるのと違う。」
「ところ変われば、ってやつじゃない?お国から遠く離れてるしさ。」
「そうかな、いやそういうことじゃなくて・・・。」
真剣に考え込んでいるルネの様子に、リアも思いを巡らせてみる。
記憶をたぐって、故郷の葬式はどうだったか・・・。母との別れは、重苦しい曇りの日、家族の反目、くすんだ灰色の聖会堂・・・。
「煙・・・じゃない?」
「・・・そうか。そうだ。確かに。あんなに遺体があったのに、火葬の煙が立ってない。」
「これから火を焚くんじゃないの?集めて一緒に火をつけるとか。」
「リアも知ってるだろ、死体っていうのかそう簡単に燃えない。燃やすなら時間がかかるから、とっくにやってるはずだ。それにほら、村外れのほう、鍬を持った人たちが歩いてる。多分あのまま埋めるんだ。」
「火葬じゃなくて、土葬・・・。」
「そうだよ。でも四神教では土葬は禁じられてる。火による浄化を重視してるからね。」
「じゃあ、これって・・・。異端の村ってこと?やばくない?」
「異端っていうより異教だよ。これ、ヤシュト教だ。古い精霊を崇める土着の邪教って言われてる。ほら、フィリップが言ってたじゃないか。元司祭の家系だって。本当は『元 』じゃないんだよ。」ルネの目が興奮の色を帯びてきた。
リアは正直言って、従弟のこういう顔が不気味だと思うのだが、言うと傷つきそうなのでやめておいた。
「じゃあさ、この村は異教の村だってこと?領主の肝入りで最前線の開拓村なんじゃなかったっけ?」
「確かにすごいスキャンダルだよな。でもバレないようにやっているんじゃないかな。聖会堂だってそれっぽく偽装しているけど、ちょっと見たら異教のシンボルが隠されているかさ。後でそれとなく見に行ってみないと。」
リアはルネの目を見て言う。
「ルネ、興奮しすぎ。」
「う・・。」ルネは少したじろいで呼吸を整えた。
「で、ここが異教の村だとして?」
「そうすると色々繋がる。」
「だよね。たとえばフィリップとユージェニー。あの2人は村と繋がっている。多分今頃葬儀を取り仕切ってるとか。」
「昨日、村長が『誰だ』って訊いたのは僕たち2人だけだったしね。」
「『ドルムーデンの妖獣』は偽装?」
「いや、いることはいると思う。じゃないと領主まで騙せない。要は、妖獣の被害で森の開拓が進められない、ていうストーリーが大事なんだ。」
「森を守るために?」
「そう、精霊が宿る森。」
「工房の親方が死んだのは?」
「きっと領主側と村側で何らかの綱引きがあるんだと思う。親方が領主に密告しようとして、村側が消したとか。その逆か。その辺にヨーナスも関わってる感じがするな。」
確かに辻褄は合う。でも、リアはなんとなく違和感を感じている。
「うーん。ちょっと飛躍しすぎてないかな。今のところ何も確定してないよ。それに、ハーピーはどう説明すんの?『妖獣』がらみなら被害が大きすぎない?」
「・・・まあ、今のところ仮説にすぎないのは認めるよ。でも、相当こんがらがった状況なのは確かだし、ここでジッとしてたら貧乏クジ確定だろ?」
リアは立ち上がってルネの顔を見た。
「で、どうする?あんたの中じゃもう決まってんでしょ?」
「『妖獣』を殺す。・・・まあ元々それが目的だし。」
従弟の顔に、決意と共にほの薄い影が浮かんでいるのを読み取って、リアの心臓が動いた。
思わず抱きしめたい衝動に駆られた、それをすると先に進まなそうなのでやめておく。
「うん、それでいきましょ。敵の炙り出しね。」
一歩踏み出した足が勢い余ってハーピーの生首にぶつかった。それはゴロゴロと転がって入り口の木戸にぶつかって止まる。
ふと、木戸の向こうで何かが動く気配がした。
リアが音を立てずに近寄って、そっと戸を開ける。もちろん誰もいない。足元を見ると、長い金の髪が一本。
「さてさて、いろいろ邪推しちゃうねこれは。」
キラリと輝くそれを指に巻き付けて、リアは言った。
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