6.疑念
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「おおっ。なんだこりゃ!すげえな!」
大きな声がして振り向くと、体格のいい男たちがやってきた。体のあちこちから血を流しているが、それを気にしている様子はない。辺りに散らばる無数の死骸を見回し、口々にすげぇとか大した腕だとか言っている。
「これ、兄ちゃんたちがやったんだよな。」
「え、ええ。」ルネが答えた。
「そりゃあ大したもんだ。この空飛ぶやつは初めてでよ。こっちも難儀してたんだ。全滅するかと思ったぜ。助かったよ。」
「初めてですか?」
「おうよ。例の『妖獣』みてえなのはしょっちゅう来るけど、正直言ってそんなに人死には出ねえんだがな・・・。」
この男たちは村の自警団で、普段は開拓に精を出しつつ、襲い来る『妖獣』と魔物どもから村を守っているらしい。
「ハーピーは森のものじゃない。喚び出されたもの。」
ユージェニーが言った。どこか決然とした言い方だった。
「喚び出された?」
「そう。」
「じゃあ、『妖獣』とは関係ない敵が別にいるってこと?」
「そう思う。」
「で、誰が喚びだしたの?」リアがいらだたしそうに訊いた。自警団の面々も見守っている。
「分からない。ただハーピーは闇に属するもの。喚び出すには贄をささげなければ。」
「贄・・・。」不穏な言葉に背中がぞわりとする。
「それって・・・。」
ユージェニーは真っ直ぐにリアの顔を見た。その表情からは何も読み取れない。淡く細い髪は午前の光に輝き、光の滝のようだった。
広場には人々が集まり、怪我人の手当や炊き出しが行われていた。
人外の領域に直接向かい合う開拓村は、常に危険と隣り合わせだ。生者が生き続けようとする傍らには、不幸にしてそれを許されなかった死者が骸を横たえている。
炊き出しの鍋からは食欲をそそる匂いが広がる。鍋の前では昨夜、酒場で会った女が忙しそうに立ち働いていた。まったく、こういう人がいるから世の中が回るんだなとルネは思う。
3人はごく当たり前のように炊き出しの前に並んだ。互いの顔を見合わせてぷっと笑う。そう言えば朝から何も食べていない。
とりあえず温かいものを腹に収めて、落ちついてみると、周りでは死体の片付けが始まっている。人、魔物、関係なく、適切に処理しないと 、この暑気の中では村の存亡に関わることになる。
「私も手伝ってくる。」ユージェニーが立ち上がる。
リアとルネはその後ろ姿を見やって、ため息をついた。
「あれは言うよねぇ。」
「そうだね。察しがよさそうだし、この辺りは魔女狩りが盛んだって言うしね。」
2人が背負わされているものには、宗教的にまずいものがいろいろあるのだった。悪魔憑きと指弾されれば火あぶりは免れない。
「さっさとトンズラしよう。もともとそのつもりだったしね。」
「荷物は ?」
「そうだ。宿に寄らなきゃ。」
2人が歩を進めようとしたその時、向こうの角からユージェニーが戻って来るのが見えた。後ろに何人かの人間を連れている。
「見かけによらず行動が速いわね。ちょっと荷物は諦めなきゃかも。」
リアが剣の柄を引き寄せる。事と次第によっては突破も辞さない構えだ。
「待った。少し様子が違う。」
ルネが制止する。
向こうから来るのはユージェニーと、フィリップだ。それに行方不明だった案内人のヨーナス。村長もいる。馬に荷車を引かせている。
「よう、あんたたち。」
村長が気さくな様子で話しかけてきた。
「ずいぶんと世話になったんだってなあ。自警団の連中から聞いたよ。」
そういうと2人に握手を求めてきた。
「昨日の死体を?」
「そうさ。君たちがなかなか現れないから、村長さんと2人で行って来たんだ。帰ってきたら騒ぎになっていて驚いたがね。」
フィリップが、少し腹を立てた様子で言った。
「あと、君たちの案内人も見つけてきてやったよ。まあ向こうから出てきたんだがね。」
「本当に面目ねえことで。」
ヨーナスは大して反省してなさそうに出てきた。昨日、狼の群れに襲われ逃げ出したのは良かったが、道に迷って森で一夜を明かしたのだという。
「あの森の狩人なんじゃないの?」
リアがあきれた様子で訊いた。
「へえ。目印も壊れちまってるし例の妖獣が出てから森の様子も様変わりしちまいましてね。へえ。」
そんなことより確かめたいことが置き去りだ。
「フィリップさんたちはいつ頃村を出られたんですか?」ルネが話題を変えた。
「だから今朝だよ。昨日村長さんとそう約束したじゃないか。」
「まさか朝って夜明けと共にとか?」リアが双方の間に横たわる認識の違いに思い至った。
結局、朝といいつつ具体的な時刻を決めなかったのが行き違いになっただけだった。
それは呆気に取られる事実ではあったものの、リアとルネにしてみれば、知らないうちに面倒事が1つ2つ片付いてくれたのだから、文句を言う筋合いではない。むしろお礼を言わなければいけないくらいだ。
荷車の上はボロ布で覆われ、一見して中に死体があることが分かる。昨日からいっそう腐敗が進んでいるのか、布越しでも臭いがきつい。
「臭いはきついですがね、全身割と綺麗なもんですぜ。神のお情けでしょうぜ。」横からヨーナスが言った。
連れて来られた中年の女性が泣き崩れている。故人の奥さんだろう。遺体に取りすがろうとするのを、「見ない方がいい」とフィリップに止められている。
哀れとしか言い様がないが、目を転じれば、今は村のあちこちで同じような悲劇の対面が見られる。
ルネはやり切れなくなってきた。考えなきゃいけないことは山ほどあるのに。やっぱり逃げてしまったほうが・・・。
そうして何気なく目をやるとちょうど荷車があり、さっきのやりとりのせいで、ボロ布が少しずれている。その隙間が一瞬だけ視界をかすめる。
「え?」
ルネは今見えたものに強烈な違和感を覚え、思わず二度見してしまった。
やはり間違いない。フィリップを見る。こちらの視線に気づいたのか、向こうから目を合わせてきた。
いや、こちらの視線を待っていたと言うべきか。
表情からは何も読み取れない。
「ちょっと僕たちは装備を点検するので、いったん部屋に戻りますね。」
誰にともなく言って、リアの手を取る。
従姉はこういう時察しがいい。すぐに歩調を合わせてくれる。
「おう。あとで夕飯を奢らせてくれ。」
村長の誘いに愛想よく答え、その場を離れた。
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