3.開拓村
一行がアイヒェンヴァルツの森を抜けて村の入り口に辿り着いたのは、夕日が山の端に隠れようとする直前のことだった。日が長い夏で助かった。
旅慣れて体力があるとは言っても、先頭と強行軍でさすがにへとへとだったが、死体の件は先に報告しておこうということになった。
この村は開拓の最前線に位置するだけあって、一般の村とは趣が違う。建物は粗末な掘立小屋ばかり。活気があるが質素で貧しい。仕事が終わったばかりと見える男女が手に手に道具を持って家路につく姿がそこかしこに見える。働き者の多い村のようだ。
ひとまず一番繁盛していそうな酒場に入った。仕事終わりの男を探すなら、こういう村でなくても酒場だと相場が決まっている。
まさに絵に描いたような田舎の酒場だ。仕事終わりの男たちが赤ら顔でエールをあおり、給仕をする女たちが興に乗ってダンスを披露している。
喧騒の中を歩いていくと、中年の酒場女が何の用か訊いてきた。村長を探していることを告げると、顎で指す。そっちのテーブルに体格の良い男が座っていて、一人で飲んでいる。こういう女性が世の中を円滑に回しているのだと心の中で感謝して(もちろんチップもしっかり取られたが)、目的の男に声をかけた。
「こんばんは、村長どの。」
「ああ?」
見た目よりは意識がしっかりしているらしく、男はすぐに顔を上げた。手前にいるリアとルネの顔をしばらく見た後、後ろのフィリップとユージェニーの顔を一瞥した。興味がなさそうにまた酒に戻る。
「悪いが今日はもう仕事は終わりだ。面倒ごとは明日にしてくれよ。」
村長の言はもっともだが、事が事なので先を続ける。
「私たちは森で死体を見つけました。これは、その死体のそばにあった物です。」持ってきた鞄をテーブルにごとりと乗せる。
「死体ね。特に最近では珍しくもないが、森って、あんたたちなにしてたんだ?」村長は、鞄には関心がなさそうにルネを見上げた。こういう村の長をやっているだけあって、それなりの胆力があるらしい。
「ヘルベルト伯爵様のご命令で『妖獣』を追っている者です。」
言うと村長はさらに不快そうな顔になった。
「そうかい、死体候補が死体を見つけたってことだな。それにしても領主閣下も諦めが悪いね。」
そう言うとようやく鞄に手を伸ばす。しばらくごそごそとやっていると、何かを見つけたらしく表情が変わった。
「これは、・・・そうか。」
「鍛冶工房のイェルセン親方では。」フィリップが口を挟んだ。
「・・・そうだよ。」
男の顔が仕事中のそれに戻る。酔いを冷ましてしまったことを申し訳なく思いながら、ルネは見つけた時の状況を手短に報告した。
「そうか。色々失礼したな。俺は村長のトマスだ。」
差し出された手をルネが握る。
「あんたたち、死体の場所は分かるか?」
「案内できる。獣にやられたりして状態はよくないが。」
フィリップが返答した。まあ予防線は必要だなとルネは思う。
「それは助かる。明日頼むわ。もちろん報酬は出す。」
「分かったわ。じゃあ明朝。・・・それからおすすめの宿も教えてもらえると助かるわ。」
「ここの上が一番ましだよ。他に比べればってことだけどな。」
4人が部屋を取ろうとテーブルを離れようとする。
「おっと、忠告をもう一つ。ここは素朴が取り柄の村だがね。最近じゃ東のポルスカ王国が、白毛人と戦争やらかして負けたもんだから、得体が知れない連中がウロウロしてるぜ。気をつけな。」
「色々ありがとう。」
「例はいい。あとな。飯を食わせてやるから席につきな。」
こうして4人はトマス村長の厚意に甘え、夕食にありついた。
部屋に落ち着くなり、リアは寝台に横になる。
その瞬間、特徴的な花の香りがふわりと広がった。どこで嗅いだ芳香だったか、ルネ思い出せなかったが、田舎の宿屋にしては心憎い演出をするものだと思った。
「つっかれたー。」
酒場の様子から窺えるような、不潔そのものの部屋ではなくて安心した。寝藁は新しく、シーツは洗濯してあり、虫が涌いている気配もなく、香りにまで気が利いている。それに何よりドアにもちゃんと鍵がかかる。
ルネも装備を外しながら寝台に腰を下ろした。疲労が体の奥に溜まっているのが分かる。すぐにでも眠ってしまいたいが、考えることもたくさんある。
「リア。」
「うんにゃ。」
従姉は胸甲を外して、汗ばんだ胸元を拭いている。
「どう見る?」
「うーん。とりあえずユージェニーちゃんはかわいいけど、お兄ちゃんは勘弁だな。お顔がいいのにもったいない。」
「だよなあ。」
「それにあたしは偶然ってのは信じないことにしてる。」
長い黒髪をほどきながらリアが続けた。
「・・・。」
「って、あたしかっこいい?」
「・・・。村長の態度もなんか変だったな。」
リアが悲しそうな顔で見てくるが無視した。
「ま、まあ、あそこに一人分だけ死体があるのも変だしね。なんか絡んでるんじゃない?あと案内人のニセ狩人。怪しい奴だらけじゃん。」
「どうする?逃げちまってもいいぞ。」
どうもきな臭い雰囲気になってきた。『アイヒェンヴァルツの妖獣』自体がそもそも得体がしれない。要は危険に対して、チャラになるとされている借金額が釣り合わなくなってきたのだ。成功報酬も約束されていて、それはそれで魅力的だが、もちろん命と釣り合うわけではない。
「それもそうね。伯爵さんには申し訳ないけど。」
「じゃ、そういうことで。」