表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

22.解決編

「そろそろかしらね。」

 ユージェニーは土壁に手を置いて言った。

 会堂の地下牢をもう一階分掘り下げた部屋に、彼女はいた。

「どうもそのようですな。」

 トマス村長が応じた。

 頭上で燃えさかる炎の熱は、ようやく収まりつつあった。耐え難い熱気と息苦しさから、ようやく解放されつつあった。


 土壁だけの部屋にたった1つしつらえられた寝台にフィリップは横たわっている。

 彼は仰向けに横たわったまま、「今は2日目の昼から半時刻ほど過ぎたあたりだ。」と言った。


「ありがとうフィリップ。」

ユージェニーは言って、上階へ通じる扉を開けた。外の空気と共に、焦げ臭さが襲いかかってくる。天井から灰がどさりと落ちた。


「私がやりましょう。」

 トマス村長が腕まくりをして進み出た。何くれとなく文句も言わず働いてくれる男だ。

 以前からこんな感じだったかしらと首をひねっていると、トマスが身を挺して外への道を作ってくれた。彼の体はすでに灰まみれだ。


 ユージェニーは思わずくすりと笑い、さすがに悪いと思って笑みを噛み殺した。


 外は一面の焼け野原だ。家も会堂も倉庫も、何もかも綺麗に焼け落ちた。ただ、そのどこにも死体はない。当然だ。軍勢がなだれ込んできた時、村にはユージェニーとトマス、そしてフィリップの3人しかいなかったのだから。


 ユージェニーは村全体を覆う強力な幻を出現させた。村人たちの幻影を。

 そんな魔法のような事はできないのだと、ずっと思い込んできた。だが、やったらできてしまった。それは、1か月前に冥界神アエイヌースから聞かされた真実について、ずっと考え続けた結果だった。


(神や精霊などというものは、畢竟使われるのを待っている力そのもののことなのだ。)

 そうだ。

 そしてユージェニーは肉を得て、物理的な広がりと重さを持った。

 この世のものであるということは、力を求める権利があるということなのだ。


 すうーと息を吸い込む。

 乾いた灰の臭いが喉をザラつかせた。

 だが気分は悪くない。


 やったらできてしまった。

 ユージェニーはその事実を胸に刻み込んだ。


 背後でからりと何かが崩れる音がした。

 振り向くと瓦礫の山の上から妖獣ユーリーが見下ろしていた。その脇にリアとルネもいる。彼らもほっとした表情でこちらを見下ろしている。


「うまくいったんだね。」

 ルネが言った。

「ええ。うまくいった。もうこの村は存在しない。」

 全て滅ぼされ存在が抹消されれば、もう討伐されることもない。


「そちらはどう?」

「こっちもまあまあよ。」

 リアが答えた。相変わらず息がぴったり過ぎて気持ちが悪い、とユージェニーは思った。




「あなたの言ってた場所に、間違いなくあったわ。もう本当にびっくりした。」

 串焼きに火が通ったのを確認しながらリアが言うと、フィリップがうなずく。

 ユージェニーとリア、ルネにトマス村長、フィリップは焼け跡からひとまず出て、森のほとりで野営をしている。互いの無事を確認し、暖かい食事をとって、改めて情報交換をしようということになった。


 フィリップはここ数ヶ月でかなりの回復を見せた。

 あの、ユージェニーとの会談の後からは着実に正気を取り戻し、いくばくかの協力をするようになった。


「あれが前伯爵が真に欲していたものさ。彼は開拓を推し進める名誉など要らなかった。ただうなるほど金が欲しかっただけなんだ。」


 フィリップが村の一部の人間にしか明かしていなかった秘密が、森の奥深くで栽培されていた、とある植物だった。

 それはソムニフェルムという。

 この花の未熟な果実から取れる乳白色の液体を摂取すると、精神が高揚したりこの上ない多幸感を得られたりする。 

 それはまた東方の魔術師たちが求める必須の薬草でもあり、交易品としてはこの上ない価値を持つものであったが、魔術を嫌悪する風潮の強いこの国では、所持しているだけで極刑に処される禁制品だ。


 前伯爵はフィリップに何かと便宜を図り、異教の村を見て見ぬふりをする代わりに、禁制品の交易から上がる利益からかなりの取り分を得ていた。


「『アイヒェンヴァルツの妖獣』は、まあいわば王権向けのカムフラージュさ。凶悪な魔物がいるせいで開拓が進められません、て言うためのね。」


 フィリップはリアたちに片目をつぶりながら言って、手元の酒をあおった。

「私は、森の奥で畑を作っているのは知っていたけど、それが何を意味するのか何も分からなかった。」ユージェニーが淡々と言った。


「まあかなり危ない綱渡りだったからね。知っている人間が少ないに越したことはないさ。」

 フィリップは肩をすくめ、そしてリアとルネを串焼きで指しながら言った。


「実際、君たちが現れた頃はもうほとんど決壊寸前だった。だから君たちのことを王権の密偵じゃないかと疑ったのさ。で、始末した裏切り者の死体を使ってハーピーを召喚し、けしかけた、と。」


「首を切り落としたのは?」

ルネがカップの酒をちびちびとやりながら尋ねた。


「あれは召喚の儀式の簡易版さ。ああやると儀式だとだれも気づかない、そしてその血をつけた相手を付け狙わせることもできる。」


ルネは生首を持たされかけたことを思い出し、首を振った。

「なるほどね。で、持ってきた死体に首がついていたのは?」


「ハーピーを呼び出すと、贄となった死体は灰になって消える。身代わりを作るにはハーピーを一匹殺してあとは服を着せて出来上がりさ。ついでに言うとこれはトマスの案だね。」

「どうしてそこを付け足すかな。」村長が苦々しげに言った。そしてリアとルネに向き直り、改めて謝罪した。

「すまなかった。あの時は村を守るので精一杯だった。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ