22.解決編
「そろそろかしらね。」
ユージェニーは土壁に手を置いて言った。
会堂の地下牢をもう一階分掘り下げた部屋に、彼女はいた。
「どうもそのようですな。」
トマス村長が応じた。
頭上で燃えさかる炎の熱は、ようやく収まりつつあった。耐え難い熱気と息苦しさから、ようやく解放されつつあった。
土壁だけの部屋にたった1つしつらえられた寝台にフィリップは横たわっている。
彼は仰向けに横たわったまま、「今は2日目の昼から半時刻ほど過ぎたあたりだ。」と言った。
「ありがとうフィリップ。」
ユージェニーは言って、上階へ通じる扉を開けた。外の空気と共に、焦げ臭さが襲いかかってくる。天井から灰がどさりと落ちた。
「私がやりましょう。」
トマス村長が腕まくりをして進み出た。何くれとなく文句も言わず働いてくれる男だ。
以前からこんな感じだったかしらと首をひねっていると、トマスが身を挺して外への道を作ってくれた。彼の体はすでに灰まみれだ。
ユージェニーは思わずくすりと笑い、さすがに悪いと思って笑みを噛み殺した。
外は一面の焼け野原だ。家も会堂も倉庫も、何もかも綺麗に焼け落ちた。ただ、そのどこにも死体はない。当然だ。軍勢がなだれ込んできた時、村にはユージェニーとトマス、そしてフィリップの3人しかいなかったのだから。
ユージェニーは村全体を覆う強力な幻を出現させた。村人たちの幻影を。
そんな魔法のような事はできないのだと、ずっと思い込んできた。だが、やったらできてしまった。それは、1か月前に冥界神アエイヌースから聞かされた真実について、ずっと考え続けた結果だった。
(神や精霊などというものは、畢竟使われるのを待っている力そのもののことなのだ。)
そうだ。
そしてユージェニーは肉を得て、物理的な広がりと重さを持った。
この世のものであるということは、力を求める権利があるということなのだ。
すうーと息を吸い込む。
乾いた灰の臭いが喉をザラつかせた。
だが気分は悪くない。
やったらできてしまった。
ユージェニーはその事実を胸に刻み込んだ。
背後でからりと何かが崩れる音がした。
振り向くと瓦礫の山の上から妖獣ユーリーが見下ろしていた。その脇にリアとルネもいる。彼らもほっとした表情でこちらを見下ろしている。
「うまくいったんだね。」
ルネが言った。
「ええ。うまくいった。もうこの村は存在しない。」
全て滅ぼされ存在が抹消されれば、もう討伐されることもない。
「そちらはどう?」
「こっちもまあまあよ。」
リアが答えた。相変わらず息がぴったり過ぎて気持ちが悪い、とユージェニーは思った。
「あなたの言ってた場所に、間違いなくあったわ。もう本当にびっくりした。」
串焼きに火が通ったのを確認しながらリアが言うと、フィリップがうなずく。
ユージェニーとリア、ルネにトマス村長、フィリップは焼け跡からひとまず出て、森のほとりで野営をしている。互いの無事を確認し、暖かい食事をとって、改めて情報交換をしようということになった。
フィリップはここ数ヶ月でかなりの回復を見せた。
あの、ユージェニーとの会談の後からは着実に正気を取り戻し、いくばくかの協力をするようになった。
「あれが前伯爵が真に欲していたものさ。彼は開拓を推し進める名誉など要らなかった。ただうなるほど金が欲しかっただけなんだ。」
フィリップが村の一部の人間にしか明かしていなかった秘密が、森の奥深くで栽培されていた、とある植物だった。
それはソムニフェルムという。
この花の未熟な果実から取れる乳白色の液体を摂取すると、精神が高揚したりこの上ない多幸感を得られたりする。
それはまた東方の魔術師たちが求める必須の薬草でもあり、交易品としてはこの上ない価値を持つものであったが、魔術を嫌悪する風潮の強いこの国では、所持しているだけで極刑に処される禁制品だ。
前伯爵はフィリップに何かと便宜を図り、異教の村を見て見ぬふりをする代わりに、禁制品の交易から上がる利益からかなりの取り分を得ていた。
「『アイヒェンヴァルツの妖獣』は、まあいわば王権向けのカムフラージュさ。凶悪な魔物がいるせいで開拓が進められません、て言うためのね。」
フィリップはリアたちに片目をつぶりながら言って、手元の酒をあおった。
「私は、森の奥で畑を作っているのは知っていたけど、それが何を意味するのか何も分からなかった。」ユージェニーが淡々と言った。
「まあかなり危ない綱渡りだったからね。知っている人間が少ないに越したことはないさ。」
フィリップは肩をすくめ、そしてリアとルネを串焼きで指しながら言った。
「実際、君たちが現れた頃はもうほとんど決壊寸前だった。だから君たちのことを王権の密偵じゃないかと疑ったのさ。で、始末した裏切り者の死体を使ってハーピーを召喚し、けしかけた、と。」
「首を切り落としたのは?」
ルネがカップの酒をちびちびとやりながら尋ねた。
「あれは召喚の儀式の簡易版さ。ああやると儀式だとだれも気づかない、そしてその血をつけた相手を付け狙わせることもできる。」
ルネは生首を持たされかけたことを思い出し、首を振った。
「なるほどね。で、持ってきた死体に首がついていたのは?」
「ハーピーを呼び出すと、贄となった死体は灰になって消える。身代わりを作るにはハーピーを一匹殺してあとは服を着せて出来上がりさ。ついでに言うとこれはトマスの案だね。」
「どうしてそこを付け足すかな。」村長が苦々しげに言った。そしてリアとルネに向き直り、改めて謝罪した。
「すまなかった。あの時は村を守るので精一杯だった。」




