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21.焼失

さらに三ヶ月が過ぎた。

 領都の復興は進み、新たな領主も任命された。


 既に民のほとんどは避難し、移住先で暮らし始めた。ユージェニーは、一家族ごとに眷属の仔を与え、遠く離れても様子が分かるようにしていた。


 そういった仕事がほぼ片付いたある時、ついに軍勢が現れた。


 数百人の甲冑で武装した歩兵、その数倍はいる弓兵と人足たち。物々しい軍勢が布陣している。

 村は最前線の開拓村ということもあり、魔物を防ぐ堀と頑丈な柵に囲まれてはいるものの、本格的な篭城戦となると心もとない。


 ユージェニーとトマス村長は、門に近い高台に立ってその様子を見下ろしていた。

 閉ざされた門の向こう側に破城槌がしつらえられ、その後ろに弓兵、さらに投石器まである。こんなちっぽけな村一つ攻略するのにしては、贅沢すぎる軍備である。


 やがて陣の奥から身なりのいい男が進み出て来た。指揮官が降伏を呼びかけるのだろう。


「邪悪な悪魔崇拝の村のものどもに告ぐっ!我らは神聖なる四神のしもべ、ヘンドリック伯マンフレート様の手のものである。大人しく城門を開いて降伏すれば速やかな死と神の御元での悔恨を許そう。逆らうならば永劫の苦しみを得ると覚悟せよ!」


「マンフレートって ?」ユージェニーはトマスに尋ねる。


「確か先代伯爵の娘婿に当たる方とか。」

「ふーん。いろいろあったのかしらね。」


「でしょうね。たしかあそこには嫡子も次男もいたはず。そのどちらも爵位を継いでないとなると、一悶着あったとしか考えられませんな。」


 トマスはユージェニーに血生臭いお家騒動のあれこれを語って聞かせる。

 ユージェニーはある意味箱入り娘だから、そういう人の世の暗部が物珍しいのだが、ともあれこれから殺気立った集団がなだれ込んでくるというタイミングで呑気に話す事柄でもなかった。


 そうこうしているうちに、口角泡を飛ばす指揮官の演説は終わったようだった。


「犬畜生にも劣る悪魔の手先共めっ!情けをかけてやれば図にのりおって。神の慈悲に縋らぬとはもはや五臓六腑まで邪悪に染まったとみえる。者共、攻撃開始じゃ!破城搥前へ!」



 いよいよ攻撃が始まったようだ。

 どーんと大きな衝撃音がして門が打ち開かれ、弓兵たちがなだれ込んでくる。侵攻と共に家々に火矢をかけていくから、あっという間に燃え広がる。

 

 ユージェニーとトマスは会堂まで下がり、村で最も高い鐘楼で敵を待っていた。

 本当はトマスを逃がしておくつもりだった。実務能力に長けた彼には、離散した民を何くれと助ける役を負ってもらわねばならない。


 だが、軍勢をどうにかする方法を思いついたと言ったら、それならぜひ拝見したいと押し切られてしまったのだ。


「あなたも本当に奇特な人。私の目論見が外れれば死ぬというのに。」

言うと村長は彼女を見上げてにやりと笑う。

「なに、奇特といえば貴女の右に出るものはいません。精霊様だというのに命懸けでかけずり回って、どれだけ民が好きなんですか。そんなの他にいませんよ。」


「・・・そうね。そうかも。でも私は・・・。」

 見ると、すでに周囲の建物は火の海の中だ。兵士たちの歓声が次第に近づいてくる。




 破城槌が一撃で門を破った。

 轟音と砕け散る閂、門前で立ち尽くす、邪悪な異教徒どもの群れ。

「悪魔の手先どもを一人残らず焼き尽くせ!」

 指揮官の猛りたった命令一下、兵士たちがなだれ込んでいく。立ち尽くす村人どもを斬り伏せ、逃げ惑う女子供も残らず矢の餌食にする。


 それは刺激的なハンティングだった。村人たちはほとんど抵抗もなく、面白いように狩り出され屠られる。

 指揮官もまた、自ら3人目をその手にかけたところだった。


 荒い息を吐いて目の前に横たわる異教徒の死体を見下ろすと、自分の中の殺戮の衝動が一層高まるのを感じる。彼はそれを、悪魔の手先を打ち倒す聖なる義務への衷心だと解釈した。


「悪魔どもを一人残らず追い詰めろ!どんどん火を放て!」


 逃げ惑う人々は村の中心部、会堂に落ちのびていく。血に酔った兵士達によって、家々には次々と火が放たれ、次第にその場所は逃げ場のない袋小路になっていく。


 包囲は完成した。

 会堂の扉は閉ざされていて人の気配はないが、中には避難してきた村人たちが息を潜めていることだろう。


 指揮官はにやりと笑い、板部分の多い粗末な建物を見やった。よく燃えそうな建物だ。

「やれ。」

 短く命令した。

 兵士たちも暗くにやけながら火矢を射かける。


 数十本の矢が建物に付き立つと、そこから炎の舌が広がる。

 数呼吸のうちに、会堂は燃えさかる炎に飲み込まれた。


 中から聞こえるのは悲鳴とも苦悶ともつかない断末魔の声。男、女、老人、子供。

 ありとあらゆる苦しみと痛みを投げ込んで地獄を煮出したようなおぞましい音のさざ波は、だがいくらも経たない間に先細って聞こえなくなった。


 会堂は燃え尽きた。

 他の建物も全て消し炭になり、村はほぼ更地に戻った。指揮官はその様子を満足そうに眺めやって宣言した。


「皆の者、ご苦労であった!邪悪な悪魔信仰者どもは残らず浄化された!」


「オー!」


 兵士たちも鬨の声で応じる。安全で、楽で、罪の意識なく殺戮を楽しめる最高の仕事だった。彼らは満足した。

 こうして悪魔に支配された開拓村の討伐は見事成し遂げられ、異教徒は完全に駆逐されたのだった。

 その知らせは領主から王都にももたらされ、王の信任篤い新伯爵の輝かしい功績となった。


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