16.追い詰める
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もっとも信頼する懐刀とも言うべき人物、フィリップが、事の初めから裏切っていた。
ユージェニーにとって、フィリップの正体は完全に見通せていたわけではないが、「そんなところだろう」と言える範囲だった。
それはこれまでのフィリップの言動、そして昨日のルネとの会話で、「死体に偽装した。」というルネの指摘を不自然に誤魔化したときに確信に変わった。
フィリップはルネが偽装に気づいていることをすでに把握しているはずだった。それなのにああいう誤魔化し方をしたのは、そばにいたユージェニーに気づかれたくなかったからに違いない。
長年の「同志」に裏切られた形だが、ユージェニーの心の中は意外に穏やかだ。予想がついたので、当然ながら準備してきた。
「出番よ。」彼女は囁いた。
包囲網をじりじりと狭めてくるハーピーたちの背後から、突如鈍い音が響き渡った。
骨が砕け肉が裂けるその音は次第に大きくなって、次の瞬間、闇の中から巨大な黒い塊が飛び出してきた。その長大で歪んだ口に息絶えたハーピーの死骸を咥えて。
「『妖獣』・・・。」
ルネの呟きを聞いたユージェニーが先回りして答えた。
「あれは確かに死んだわ。これはあの子の親。」
「えっ。」
こんな現実離れした化け物に家族がいるなんて。
当然といえば当然だがルネはショックを隠せない。しかも、そいつは歯を剥き出しにしてルネたちを見てくる。
明らかに「仇」として認識している。
ルネは目を逸らした。背中を変な汗が伝う。
「ユーリー。」
ユージェニーが声をかけると、獣はぷいと顔を背けた。どうやら名前もついているらしい。
妖獣ユーリーは身を翻して周囲の魔物に襲いかかる。爪の一撃で数頭のハーピーが薙ぎ倒され、牙に噛み砕かれてあっけなく絶命していく。
先ほどと打って変わって、ハーピーたちの様子に余裕がない。明らかに強大な敵に恐れをなし、尻込みしている。
「ちっ。」
フィリップは苛立って冥界神の印を切った。その合図に応えて周囲のハーピーたちが一斉に襲いかかる。
それは凄惨な戦いだった。黒い雲のように翼ある魔物が群れをなし、一頭の巌のような怪物に襲いかかる。しかしそのほとんどは、血飛沫をあげて一瞬で肉塊に変わり、周囲に撒き散らされる。
辺りは未だ夜の闇の中だ。その様相は闇に沈み詳細を見て取ることはできない。ただ血風の腥さと悲鳴、何かが衝突し拉がれる音だけが延々と響いている。
妖獣は凄まじい力で奮闘しているが、多勢に無勢なのは明らかだ。動きが鈍ってきているのが分かる。
「ルネ、加勢しよう。」リアが言った。
「そう、だね。あれだよね。」
「あれあれ。多分できるよ。」
2人の会話が双子よりも気持ち悪いことになってきている、とユージェニーは思った。
さまざまな生き物と心を通わせるユージェニーでも、ここまで別の存在と精神を共有したことはない。只人がこんなふうに心を同調させて、自己と他者の境界を維持できるのだろうか・・・。
ふと、2人の様子が変わった。
ユージェニーから見ると、2人の腹の方から徐々に黒い炎が滲み出してきて、それが全身に伸びていく。同時に、「人間の気配」が急速に失われ、姿形はそのままなのに「この世ならぬ者」に変化していくのだ。
最初のハーピー戦の時のような中途半端な感じではない。
それは完全な同調。
だが、目から黒い血を流しつつ、その瞳は光を失っていない。
リアがゆらりと一歩を踏み出すと、ルネもその横に並んだ。
2人が同時に走り出し、次の瞬間には戦いの渦の中に到達した。
おもむろに渦の中に手をつっこみ、翼を掴み投げ捨て、四肢を引きちぎる。それは圧倒的とも言える力の差だった。
ハーピーたちにとっては敵が3倍になった格好となって、それからいくらも経たないうちに総崩れになった。
もはや冥界神の印による強制も、それを支えきれなくなったようだ。
恐慌にかられて散り散りになる魔物たちを眺めやり、「役立たずどもめ。」フィリップが吐き捨てた。
今やフィリップ側はただ一人。
周囲には魔物の死体が散乱し、生き残った者たちは上空でこちらの様子を伺っている。
もはやフィリップのコントロールを受けていないようだ。
丘の下からは松明の行列が上がってきているのが見える。領主の部隊が、数の減ったハーピーたちを制圧して攻め登ってきたのだろう。
「あなたの手駒はなくなったみたいよ。」
ユージェニーがフィリップを見る。彼女の傍らには眷属である妖獣ユーリー、悪魔の力を発現させたリアとルネがいる。
フィリップの表情は読めない。
「笑わせてくれるわね。」
言い放ったが顔は少しも笑っていない。
なんだか言葉遣いも微妙に変わっていて、さらに近寄りたくない雰囲気になっている。
「言ったはず。私は冥界神アエイヌース様に全てを捧げていると。」
周囲の空気が変わった。