13.刑場
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「臭い・・・。」
向かい側を見るとリアが自分の腕を嗅いでぼやいている。
今は体臭がどうのというような状況ではないのだが、それを言うとまた乙女がどうのと抗議されるので放っておいた。
「暑い・・・。」
次のぼやきには全面的に賛成だ。
何せ真夏で昼間、昨日までの大雨が嘘のように、空には雲ひとつない。
おまけに酷暑をしのごうにもその手立てがない。
2人はがっちりと鉄格子のはまった護送馬車でガタゴトと運ばれている最中だった。
強烈な日光で格子の鉄も触れないほど熱くなっている。
護送の兵士は恐れて誰も近寄って来ず、水もくれない。
このままでは火刑になるまえに乾き死にしてしまうのではないか。
「まあ乾いたほうがよく燃えるからいいのか・・・。」
ルネは焦点のずれた納得の仕方をして考えるのをやめた。
リアは相変わらず臭いとか風呂に入りたいとかぶつぶつ言っている。
考えてみればここ数日、戦ったり捕まったりばかりだ。ルネはうんざりだった。
元はと言えばリアがイカサマ100%のカード賭博に嵌まったからだった。あんな分かり易い罠に自分から飛び込んでいくのはどんな間抜けだろうと思っていたが、何のことはない、自分の従姉だった。
自分の中から怒りや苛立ちという負の感情が湧いてきてはいたが、疲れと乾きですぐに雲散霧消した。
一団は領都を目指して街道を進んでいる。街に着いたらそのまま異端裁判をやって火刑台だろうか。奥の手である「悪魔の力」を封じられてしまっている今、その運命を回避する方策はなさそうだった。
ルネは眩しすぎる太陽を恨めしそうに一瞥した。西に傾き始めている。領都に着くのは日没の頃だろうか。
日が傾いていくにつれ、烈日は次第に薄らぎ、暑熱も和らいでいった。
2人はようやく人心地ついて、それなりに物が考えられるようになった。
とはいえ、時間切れが近い。
街道の彼方に聖堂の鐘楼が見え、それから程なくして城壁の連なりが姿を表した。
辺境開拓の任を負う領主ヘルベルト伯爵のお膝元、ラニエの街だ。
リアとルネにとっては数日前に訪れたばかりだが、今落日に照らされる街並みは見知らぬ異郷のようだった。
「案は?」
「うーん。結局どういう手順で料理されちゃうのか分からないからな。どこにチャンスがあるのか全然。」
「やっぱり出たとこ勝負?」
隣にいるリアの表情は見えなかったが、自分と同じような顔をしているのだと思った。
その「勝負」の中に自分が思っている選択肢も含まれているのだろうと分かった。
「それしかないかな。」
ルネは自分の意識の奥にいる存在を感知しようと手を伸ばしてみた。
やはり、白い靄のようなものが邪魔をして阻まれる。何度試しても同じだった。
これが精霊コヴェンティナの力。
ルネは精霊の現し身であるという少女の、平板な表情を思い出した。
城門が開くと、街の中は人でごった返していた。
群衆は敵意剥き出しの顔で口々に悪魔を殺せとか吊るせとか焼けとか、物騒なことを叫んでいる。
リアが隣で何か言ったが、喧騒にかき消されて何も分からない。
群衆に取り囲まれながら馬車はのろのろと進んだ。罵声だけならいいが、石やら卵やらも飛んできた。そのほとんどは鉄格子に当たって跳ね返り、手前にいた人々の頭を直撃して、さらなる混乱を生み出す。
その状況を2人は他人事のように眺めていた。領主がどのような布告を出したか分からないが、相当ひどい言われ方をしていることは想像に難くない。
自分達が真の意味で、敵意の海の中に孤立していると分かった時、むしろ全ての状況を冷めた目で見ることができた。
たとえば馬車のすぐ傍で唾を飛ばして拳を突きつける幼い少女も、必要とあらば躊躇いもなく殺すことができるだろう。そうやって運命を切り開こうとルネは思うことができた。
そうして長い時間が経ち、ようやく馬車は終点に辿り着いた。
そこは4棟の聖会堂を擁する高台だった。村の簡素な会堂とは段違いの立派な石造りの、尖塔を持った建物群だった。迫り来る闇の中に四本の尖塔が槍のように屹立している。
そこにはすでに十字架と山積みの藁束が用意されている。馬車の正面には司祭の服を纏った陰気な中年男が立っている。
その男が厳かに印を結んで告げた。
「我が主人にして天上を統べる四神が一柱、太陽神アフメッドの名において告げる。穢らわしき悪魔よ。浄化の炎により滅すべし。」
何と裁判も何もなく刑が執行されるらしい。
「ど田舎の司祭ってせっかちなのね。」
リアが吐き捨てた。後ろ手の鉄鎖をガシャガシャ言わせながら、目は油断なく周囲を見回している。ルネはその顔を見て聖女のようだと思った。
火刑場を取り囲む群衆の歓声が轟いた。2人がそれぞれの十字架のもとに引き立てられ、鉄鎖によって縛りつけられていく。
掛け声と共に十字架が立てられた。ぐいと、強い力を感じて首がのけぞる。
視座が一気に高まる。高所から眺めるとまだ、夕日が山の端にあることが分かる。群衆の声はどこか遠くから聞こえる。
隣を見ると、リアと目があった。その目には恐怖も怒りもなく、ただ決然とした輝きがあるだけだった。ルネはその輝きを受け止め、同じものを返そうとした。
「炎を!」
司祭の号令が発せられ、足元の藁束から炎の舌が生き物のように広がり、たちまち燃え盛る紅蓮となった。
その熱はすでに足を焦がし始めている。
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