10.囚われて
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頭が痛い。
じくじくと疼くような頭痛をまず感じた。
次いで手足、体と意識が行き渡って、それらがまったく本調子とは程遠いことを感じ取る。
どこか寝台のようなところに寝かされているようだ。
次第に記憶が戻ってくる。ルネの『解放』を見届けて、『妖獣』が倒され、ルネを連れ戻して、それで・・・。
「しびれ薬・・・、やられた。」
思ったより敵の動きが速かった。初めから敵だろうと思っていたから、裏切られた気はしない。
ただこっちが想定していなかった最悪のタイミングを取られただけだ。
「リア。」
ルネの顔が自分を見下ろしている。よかった。ちゃんと戻ってきている。
「あたしたち、捕まった?」
「どうもそうみたいだ。村のどこか。多分村長の家か、聖堂か。」
ここには庁舎のような大層な建物は無かったから、たぶんそのどちらかだろう。
「ふん、まあこんな牢、いざとなったら・・・。あれ?」
リアは自分の精神の中にいつもと違う何かの気配を感じた。
「そうなんだ。そいつのせいで鍵が開けられない。」
その存在は2人の魂にしがみついているものとよく似た気配を持っていたが、どうにも茫漠としてとらえどころがなかった。まるで真綿でくるまれているかのようだ。
悪魔を封じられている。そうなると、
「とりあえず敵の出方を見るしかないね。」
「・・・やっぱ『妖獣』は奴らの手駒?」
「そうなんじゃないかな。タイミング良かったんでしょ?」
「それはもう絶妙。あんたの忠告も役立てられなかったわ。」
「あれは・・・。」
その時、外で物音がした。扉が動いて誰かがこちらに来る。2人は口をつぐんで入口を注視した。
現れたのはユージェニーだった。
昨日と全く印象が違う。記憶にあるどこか幼さを残した雰囲気はなく、大人びた風格を漂わせている。
「・・・ごめんなさい。」
ユージェニーは口を開くと、謝罪の言葉を口にした。
「それは、何に対してなの?」
すこしためらいの気配を見せ、少女は続けた。
「私は泉のコヴェンティナ。その現し身。」
唐突な自己紹介に、今度はリアが気勢を削がれた。
「コヴェンティナって、精霊の? 」ルネが会話を引き受ける。
「そう。」
「現し身というのは? 」
「霊はこの世にいられない。この体は長い間私を祀ってきた一族の女。だから魂が合うの。」
「憑依してるってこと?」
「少し違う。ユージェニーは私。コヴェンティナも私。だけどコヴェンティナそのものではないの。」
「ふーん。よく分からないけどまあいいわ。」
「リア、あっさりしすぎ。それってどういう・・・。」
「ちょっと、ルネの知りたがりは黙ってなさい。」
ルネは神学的な希少案件にもう少しこだわりたかったが、実際的な従姉に押し切られた。
「獣は私の眷属。あなたたちを襲わせたのは私。痛ましい結果になってしまった。可哀想な獣たち。」
ユージェニーはそういう2人の小競り合いには関わらない。
「襲われたのはあたしたちよ。」
リアが返す。
「分かってる。だからごめんなさい。」
「それを言いに来たの?」
「そう。」
「・・・。」
沈痛な面持ちを見ていると、こっちが罪悪感に囚われそうになる。油断できないぞとルネは心を引き締めた。
「そもそもなぜ『アイヒェンヴァルツの妖獣』を始めたんだ?」ルネが尋ねた。
この時点で、『妖獣』とユージェニー、そしてフィリップが繋がることは確定した。
「四神が恐ろしい。彼らは私たち古いものとは根本的に違う。このままでは森と眷属を奪われて汚穢に落とされてしまう。」
四神教は、人の地に長い年月をかけてじわじわと広がってきた。それは、各地にあった土着の信仰を押し潰してきたということでもある。
四神教の布教は、開拓と移民がセットになる。この村も、本来はそうした尖兵として築かれたものだ。
「汚穢?」
「あなたたちの中にいるのと同じ。」
「悪魔のこと?」
「そう。」
「精霊が四神に汚穢に落とされると悪魔になるのか・・・。」
ルネは自らの中にいる超常の存在の出自を聞いて興奮した。
「四神の調伏を受け入れさせられると、彼らの一部になる。拒み続けると汚穢に落とされる。」
ユージェニーは淡々と説明を続けた。ルネはもっと聞きたかったが、あくまで実際家の従姉がまたしても妨害してきた。
「だから『妖獣』を使って開拓を妨害したと?」
「そう。」
「でもこの村はあなたとグルなのよね?」
「いまの村の人たちの多くは、村ができた時の人たちと違う。」ユージェニーは不可解なことを言った。
「どういうこと?」
「今の村の人たちのほとんどは昔からこの辺り住んでいた『泉の民』。村ができて、森が切られ始めてから少しずつ入り込んだ。私の眷属は私の民を殺さない。」
恐ろしい話になってきた。
「少しずつ間引いて少しずつ入り込んでついに村を乗っ取っちゃったってこと?」
「そう。」
「はぁあ~。」
壮大な企みに気が遠くなる。少しでも不自然に思われたら終わりじゃないか。
「大したものね。」
2人は囚われているという立場も忘れて感心してしまった。
「仲良くご歓談のところ申し訳ないが。」
突然の男の声。フィリップだ。近くに現れるまで全く気づかなかった。
ユージェニーとの話に夢中だったからか、それとも力が封じられているからか。
「あんまりべらべら喋るのも良くないね、ユージェニー。」
フィリップは冷たく言い放った。会う度に人格が違う男だ。本当に顔がいいのにもったいないとリアは思った。
「迷惑をかけてしまったから。」ユージェニーが読み上げるように言う。
「いつぞやは上等なしびれ薬をどうも。」
リアが皮肉を言った。
「ほう、気に入ったかね?」
フィリップは本当に嬉しそうに応えた。変人ではなく真正の変態だとリアは心の中で訂正する。
「今ユージェニーの正体を聞いたわ。あなたは何者?」
「私はこの通りしがない元司祭で無職の男さ。」
「今聞いた村人総取っ替え、あなたの企み?」
「ほう、分かるかね?」
ますます嬉しそうだ。
「あんな変態的な企み、あなたぐらいしか思いつかないわよ。」
「それが分かるとは大変素晴らしい。本当に勿体無いかぎりだ。」
「勿体無いって?」嫌な予感がしてルネが訊いた。
「私が苦労して築きあげた秘密の異教村もね、長い間に少しずつボロが出るもんさ。ついこないだも裏切り者が出てね、危うく密告されるところだった。」
「工房の親方・・・。」
「あの男はあんな外面しといて裏で領主と繋がっていたのさ。」
「でもあの死体は偽装されて・・・。」
「そこにも気づいたか。全く油断も隙もない。そういう訳で、君たちには領主の疑いを逸らすためのスケープゴートになってもらうよ。」
「領主に突き出すってこと?」
「すばらしい、正解だ。都合の良いことに君たちは悪魔憑きだ。邪悪な悪魔の手先が全ての元凶。『妖獣』も悪魔の手先だった、とね。薪が沢山必要になるな。」
「・・・。」
「なぜ、と訊かないのかね?」
聞きたくもなかったが、向こうが勝手に説明しだした。
「火刑だよ。若い人間は水気が多いからね。なかなか火がつかないのさ。命が尽きるころにはようやく楽になれると神に感謝することになるだろうね。あっと、君たちの場合は悪魔か。」
フィリップの高笑いが遠ざかっていく。ユージェニーが真っ平らの表情でそれに続く。
これは紛れもなくピンチだ。それは分かるが今この場では何もできない。
落ち着いて観察を続け、チャンスを待とう。そう2人は思った。
読んでいただきありがとうございました。