第3話 私たち、家族になります。
「その子供はワシが食う!」
「いや、我のものだ!」
「いやいや、拙者の」
「いや、おいどんが」
「いやいや、それがしが食らう!」
シャルティア達が木々に隠れながら近づくと、魔狼達の言い争う声が聞こえた。誰が子供を食べるかで揉めているようだ。
(何にせよ、今がチャンスね!」
シャルティアは敵が気付く前に、速攻で倒すつもりだった。
(呪文刺青!)
触媒を介さない呪文は自身や道具を強化するものがほとんど。そして呪文を口に出さなくても、念じるだけで発動が出来る。よって敵に気付かれずに使用する事が可能だ。
スペル・タトゥーは自身の全身に呪文が浮かび上がり、身体能力が劇的に向上する魔法である。
(火炎付与!)
ゴウ、とレイピアが炎に包まれる。
シャルティアはヴァンを見た。ヴァンはシャルティアと目線を合わせ、コクリと頷く。
ダダッと飛び出す二人。普段なら匂いで気付く魔狼達も、極上の獲物を前に鼻が鈍っていたようだ。敵の出現に驚くも、ほとんど身構える事も出来ずに切り刻まれていく。
「ギャウウウーンッ!」
首を刎ね飛ばされ、体をこんがりと焼かれて魔狼達は息絶えた。彼らは決して雑魚ではない。それどころか、歴戦の騎士や魔女でも苦戦する相手だ。
つまり単純に、シャルティアとヴァンは強かった。
「大丈夫!?」
シャルティアは怯える少女のそばにしゃがみ、彼女を気遣うように微笑んだ。ヴァンは静かに様子を見守っている。
「ひぐっ、ひぐっ、うえぇーん、こわかった、よう。ふぇぇぇ」
「よしよし、もう大丈夫。頑張ったね。お姉ちゃんが来たから、もう安心だよ」
シャルティアは少女を抱きしめた。少女はガタガタと震えていた。見たところ、年は四、五歳と言ったところか。たった一人でこんな森の中。その上魔物にまで囲まれ、とても恐ろしかった事だろう。
「お名前は言えるかな?」
「うん、あのね、あのね、ユウノだよ」
「そう。ユウノちゃんって言うの。お名前言えて偉いね。パパとママは何処? はぐれちゃったの?」
シャルティアがそう尋ねると、ユウノはポロポロと涙をこぼす。
「パパとママ、ユウノが赤ちゃんの時に死んじゃったの。それでね、おばちゃんのおうちに住んでたんだけど、おばちゃんがね、ユウノはいらないんだって。おなかがすいたって言うとね、すごく怒ってね、叩いたり蹴ったりするの。すごく痛くて、苦しくて、おなかもすいて、動けなくなっちゃった。それでね、起きたらここにいたの。おっきいオオカミさんがいっぱいで、ウウーッて言うから怖くて、泣いてたの」
泣きじゃくるユウノを、シャルティアは抱きしめた。そして察した。この子は叔母に捨てられたのだ。食いぶちを減らす為に。シャルティアはユウノの不幸な境遇が自分と重なり、泣きそうになった。だが少女を安心させる為、必死に笑顔を保った。
すると、それまで見守っていたヴァンが口を開く。
「おそらくその【ユウノ】は、一度死んでいる。そしてこの世界とは違う異世界から、転生して来たのだ。何故かは分からん。神の気まぐれかもな。この世界の言語は理解しているようだし、多分なんらかの加護を与えられている」
「異世界......」
シャルティアはそれ以上は何も言わず、ユウノが泣き止むのを待った。そして彼女が落ち着いたのを見計らって、優しく髪を撫でた
「あのね、ユウノちゃん。ここにはもう、ユウノちゃんのおばちゃんもいないし、知っている人は誰もいないの。そして見える景色も、何もかもがユウノちゃんが知らない事ばかりだと思う。だけど、私達がいるよ。私とね、こっちにいるお兄ちゃんが、ユウノちゃんを守る。私達と一緒に暮らそう、ユウノちゃん」
シャルティアの言葉に、ユウノは一瞬キョトンとした。そして「うーんと、うーんと」と頭を左右に動かしながら考える。
「じゃあ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが、ユウノのママとパパ?」
「うん、そう!」
「お、おい......」
シャルティアは即答した。ヴァンが何か言いかけたが、シャルティアが睨むと黙り込んだ。
「ねぇママ!」
「なぁに、ユウノ!」
満面の笑みで呼び合う、ユウノとシャルティア。
「じゃあ、じゃあ、ユウノがおなかすいたって言っても怒らない?」
「もちろん!」
「やったぁ! じゃあ、じゃあ、ご飯、食べてもいいの!」
「うん! いいよ!」
そう答えながら、シャルティアの声は震えていた。目には涙がいっぱい溜まって、今にも溢れ落ちそうだ。だが、彼女は必死にそれをこらえた。
「パパ! ママ! えへへ!」
「ユウノ!」
シャルティアはぎゅーッとユウノを抱きしめた。
「ヴァンも、ユウノを抱きしめてあげて」
そう促す。ヴァンは照れ臭そうに鼻の頭を掻いていたが、観念したようにユウノを抱きしめた。
「辛かったな、ユウノ。もう心配ないぞ。俺とシャルティアが、お前を守るからな」
「うん! ありがとうパパ! 大好き!」
ユウノがヴァンのほっぺたにキスをする。ヴァンは顔を真っ赤にして、その後嬉しそうに笑った。
「ずるいよ、ヴァン」
「ふふふ。早い者勝ちだ」
「ママにもしてあげる!」
「ほんと!? やった!」
シャルティアはユウノに顔を近づけ、彼女のキスを催促する。ユウノはクスクスと笑いながら、シャルティアにキスをした。
「ママ大好き!」
「ありがとう! ママもユウノ、大好きだよ!」
再び抱き合う二人。それからシャルティアとヴァンは、ユウノの両手をそれぞれ握り、アルセインの町へ向かって歩き出した。
「シャルティアママに、ヴァンパパ。ユウノ、良い子にするね!」
「もう良い子だよユウノは! だからそのままでいいんだから! ねぇヴァン」
「そうだな。だけどもし間違った事をしたら、ちゃんと教えてあげるからな」
「うん!」
悪魔に魔女に、転生者。こうして三人は、なんとも不思議な家族となったのだった。