第2話 猫悪魔と一緒に幼女を助けよう。
シャルロットは死んだ。
火あぶりの刑に処され、炭と灰になった。いや、その筈だった。
だが、今彼女は生きている。目覚めたのは森の中。木々に覆われていて薄暗いが、日は沈んでいないようだ。何かの動物が、顔をペロペロと舐めている。よく見れば、死ぬ寸前に話しかけて来た黒猫だ。
「くすぐったいよ......」
シャルロットの目から涙が溢れる。自分は生きている。生き返ったのだ。そう、この黒猫と契約した。復讐の為に。
シャルロットはなんとも言いがたい複雑な気分になり、黒猫を抱きしめた。
「おい、苦しいぞ。離せ」
シャルロットはドキリとする。
「黒猫ちゃん、やっぱり喋れるんだ!」
「変な呼び方をするんじゃない。俺の名前はヴァンタリウスアルセウス・ド・ファルバルドア。猫悪魔だ。契約した時にも教えただろう」
「あ、そうだった。でもちょっと長すぎない? 呼びにくいよ」
「む? そうか? ではヴァンで良い」
「うん、その方が呼びやすい。よろしくね、ヴァン」
シャルロットはヴァンに抱きつき、ふさふさの長い毛にモフモフした。
「おい、抱きつくな! 苦しいだろうが!」
「いいじゃない、減るもんじゃなし!」
「いや、確かに減りはしないが.....まぁいい。ところでシャルティア、お前やけに明るいな。目がキラキラしてる。もっと憎しみに満ちた、暗い目をするかと思っていたぞ」
ヴァンが呼んだのは、シャルロットの新しい名前だ。悪魔と契約した者は、新しい姿と名前を与えられる。
シャルロットはシャルティアとなり、その姿は生前よりも美しく変身していた。癖のある黒髪は、絹のように滑らかな銀色に。青かった右目の瞳は金色となり、契約で失った左目は黒い眼帯で覆われている。
痩せて貧弱だった体は程よく肉がつき、女性的な美しさを備えた完璧なプロポーション。体力、筋力も申し分ない。服は黒を基調とした、体のラインが出やすいデザインだ。
「うん、そうだね。性格、少し変わったかも。一回死んだらスッキリしたっていうか、余裕が出てきたみたい。ヴァンの言葉を信じるなら、私は世界最強の魔女なんでしょ? あいつら殺そうと思えばいつでも殺せるからね」
憎き第二王子カルロスと、かつての妹ルシア。二人の命はすでに、シャルティアの手中にある。根拠はないが、そんな風に思えた。
「だけど、ただ殺したんじゃ私の気は晴れない。苦しめて苦しめて、深い絶望を与えてから火あぶりの刑にする。私が味わった苦しみと、同じ苦しみを味わわせてやるわ」
「そりゃいい。だが王族を処刑するとなると、相当の権力が必要だぞ。俺の知っている限りでは、お前がその権力を手に入れる最短ルートは、魔女ギルドで手柄をあげる事だ。そうして成り上がって行けば、最高位である魔令嬢に到達出来る筈だ。魔令嬢は国王に次ぐ権力者。あらゆる者を自分の裁量で裁く事が出来る」
「魔令嬢! いい響き。私にピッタリの肩書きね。当面の目標は決まったわ。それじゃあ早速、魔女ギルドに行きましょう!」
シャルティアは抱きしめていたヴァンを地面に降ろし、周囲を見回した。
「って言うか、ここ何処?」
「ああ、けっこう深くまで来たからわからないか。ここはお前の両親が治めるマルゲニア領、アルセイン近くの森だ。悪魔が人間を蘇生させる場合、ひとけが無い場所を選ばなければならないのだ。ここはその条件にはまっていたからな。西にしばらく進めばアルセインがあるぞ」
「そうなんだ。じゃあまずはアルセインで生活の基盤を築こう。一軒くらい、空き家がないかな。なかったら間借りするか、宿屋で寝泊まりするしかないけど。ええっと、箒はどこかな」
魔女は箒に乗って空を飛ぶ。それはこの世界の常識だった。
「お前はまだ魔女になりたてだから、箒は無いぞ。衣服は俺が作ってやったが、箒はそれぞれの魔女に合わせたオーダーメイドだ。魔女学校に通うか、魔女ギルドに登録しない限り手に入らない」
「ええええ!? そうなの!? 知らなかった。じゃあ、歩いていくしかないね。距離的にはどのくらい?」
「そうだな。人間の足だと半日くらいの距離だ。安心したか?」
「えええー。充分遠いよ。はぁ、仕方ない、歩くかぁ。西はどっちかな」
「あっちだ」
ヴァンが向いた方角に、シャルティアは歩き出す。その後を、ヴァンはトコトコとついて来た。
「日が暮れる前に町へ着きたかったけど、きっと無理だね」
「だろうな」
そんな事を話しながら歩いていると、少女の泣き声がシャルティアの耳に届いた。
「誰かが泣いてる! 行ってみよう!」
シャルティアは声のする方へ駆け出した。ヴァンは何も言わずについてくる。
しばらく走ると、目の前に泣きじゃくる少女を発見した。大型の狼に囲まれている。狼は何故か少女の周囲をぐるぐると回っていて襲う気配は無い。だが、早く助けなければいずれ食われてしまうだろう。それを見てヴァンがフン、と鼻を鳴らす。
「あれは魔狼だな。普通の狼よりも知能が高く、身体能力も高い。一匹なら問題ないが、群れは厄介だぞ」
「だけど放っておけないよ! それに私は最強なんでしょ!?」
「ああ、一対一ならな。多数が相手の場合はその限りではない」
「ああそう! だけど戦うわ! あの女の子を助けなきゃ! 杖は何処!?」
「あのな、杖もオーダーメイドだ。魔法に必要なほとんどの触媒はオーダーメイド。お前は何一つ持っちゃいない。だからとりあえず、あの子供は無視して町に向かうと良い。魔女ギルドに登録さえすれば、魔法は使い放題。あの子供を助けるのはその後でも良かろう」
「そんな事してたら間に合わない! 他に方法はないの!?」
「まぁ、あるにはある。触媒を必要としない魔法もあるからな。それがどの魔法なのかは、自分の頭で考えろ」
「わかった!」
シャルティアはヴァンとの契約で魔女となる事で、あらゆる魔法を習得していた。だが魔法の為の触媒や、その他の道具、魔女学校、魔女ギルドの事などの魔法雑学は一切知らない。箒や杖などの触媒がオーダーメイドだと言う事も、ヴァンの説明で初めて知ったのだ。
「触媒を必要としない魔法、わかったわ! それじゃあ、あの子助けるからヴァンも手伝って!」
「何!? 俺もやるのか!? 面倒だな」
「文句言うなら晩御飯は抜きよ!」
「やれやれ、ならば仕方ない」
ヴァンはため息をつくと、その場で跳躍。空中でくるりと回転し、瞬時に人間の姿へ変わる。
癖のある黒髪はショートヘア。ぴょんぴょんと跳ねていて、猫の雰囲気を残している。瞳は緑色で、切長の目。鼻筋もスッと通った美形で長身の青年だった。服装はシャルティアと同じく黒を基調としている。
「ふぅ。さてやるか。ところでだ。悪魔は契約者に望むものを与える事が出来るんだが、今何か欲しいものはあるか? 制約があるからオーダーメイドのものは出せんがな。それから、【どこにでも行けるドア】とか奇想天外な物も無理だ」
「うーん、そうね。なら細剣が欲しいわ。これでも少しは剣術が出来るの」
「そうか。ならば出してやろう。いくぞ! 武器屋でも売ってる普通のレイピア! よし、出た」
ドヤ顔のヴァンからレイピアを受け取るシャルティア。
「小剣も欲しがってくれ」
「え? 別にいらないわ。それより早くあの子を助けないと! あんなに泣いてるのよ!」
「まぁ落ち着け。あの魔狼どもが子供に近づけないのは何か理由があるようだ。だとすれば、まだ猶予はある。問題は俺に武器が無いという事だ。俺は自分が欲しいものは出せん。言ってる意味がわかるな?」
「ああ、そう言う事ね。欲しいわ、小剣」
「よし、では出してやる。いくぞ! 武器屋でも売ってる少し高級なショートソード! よし、出た」
ヴァンは小剣を鞘から抜き放ち、構える。
「いくぞ」
「そうね。色々と言いたいことはあるけど、行きましょう!」
二人は頷き、魔狼に向かって駆け出した。