プロローグ
「コハクー!ご飯だよ!」
そう言って、私の目の前に来る少女の名前はヒカリ。
ヒカリは父母、娘2人の長女。私のことを一番可愛がってくれるいい子だ。
そうそう、私のことだけど、私の名前はコハク♀。シベリアンハスキーという犬種であるらしい。詳しいことはよく分からない。ちなみに5歳になる。ヒカリのことは妹のように思っている。私の大切な家族だ。絶対に守らないといけない存在。
「お散歩に行こう!コハク!」
ヒカリは私の首輪に紐をかけ、外に連れ出す。
外に出ると天気が良く、日差しがあたり体がポカポカと気持ちいい。私はヒカリと行く散歩が大好きだ。
「コハク!みてみて!たんぽぽが咲いてるよ!」
ヒカリがたんぽぽに近寄り、ふぅーと息を吹きかける。たんぽぽの白い綿が風に乗り宙を舞う。
その中の1つがヒカリの頭に引っ付いた。
頭に付いたよ。と、話せればいいのだが私はヒカリと同じ言葉を話せない。ヒカリの言葉は理解できるのに。
いつか、ヒカリと話ができてらいいのになと想う。
仕方がないので、私はたんぽぽを見ながらしゃがんでいるヒカリの頭に鼻息を吹きかけ、綿を飛ばした。
「コハク?あはは、くすぐったいよ〜!」
私の首元をワシャワシャとヒカリが撫でる。
気持ちいい。さすがヒカリだ。私の撫でられると気持ちい所をよく分かってる。
「よし、行こっか!」
そして、20分ほどの散歩を終え家に帰るとヒカリは自分の部屋へ行き勉強と言うものを始めた。どうやらとても忙しい時期らしい。私はヒカリの後に続き、彼女の部屋にお邪魔する。
「うー・・・わかんない!」
ヒカリは大の字で床に転がった。
私はそんな彼女の隣にぴったりと寄り添う。
「コハク〜」
そう、こういう時に私がそばに行くと、ヒカリは私のお腹に顔をうずませモフモフとするのだ。
いつも彼女のことをみているから、感情の変化には敏感なのだ。落ち込んでいる時や怒ってる時、泣いてる時はいつも彼女のそばに行くようにしている。これが私にできる唯一のことだから。
「よーし!もう少し頑張ってみるかな!」
ヒカリは再び机に向き合い勉強を始めた。
勉強が終わる頃には夜になっていて、晩御飯を家族で食べた。
それと、今日はヒカリと一緒にお風呂に入った。私は抜け毛が多いから同じ湯には入れないけど、ヒカリがゴシゴシと私のことを洗ってくれる。目や耳に泡や水が入らないように配慮してくれているのが伝わってくる。私が水気を飛ばすためにブルブルと体を震わせるとヒカリが「もー!コハクの毛が口に入った〜!」と騒ぐ。
お風呂から上がり、体を乾かすと寝る準備に入る。私は犬用の歯ブラシをもらい、ヒカリと一緒に彼女の部屋へ向かう。他の犬は犬小屋などで寝るらしいが、私はヒカリのベッドの横で寝る。ヒカリになにかあったら大変だ。私がヒカリを守らないといけないから。
少しするとヒカリは「すーすー」と寝息を立てながら寝たようだ。
本当は良くないのだけど、私はこっそりヒカリの布団の中へ潜り込んだ。
ヒカリの匂いがたくさんする。とても落ち着く。
明日もこの家族と過ごせますように・・・。
そして私も意識を手放した。
次の日、ヒカリは学校というところへ向かう。いつものことだ。今日は早く帰ってくるといいな。
「じゃあ、いってきまーす!」
「気をつけて言ってくるのよー!」
母と子の何気ない会話だ。
ちなみに私はヒカリの母、メグミのことも大好きだ。彼女も私が絶対に守らないといけない存在。
「さて、洗濯物を洗ったり・・・そう、今日はお買い物もしなくちゃ!」
メグミはいつも忙しそうだ。私に人間と同じような手や足があれば手伝えるのにといつも想う。
洗濯物を洗い終え、外に干すとメグミは買い物へ出掛ける準備を初めた。
「じゃあ、お買い物言ってくるからお留守番任せたわよ!」
そう言い残し家を後にした。
もちろん、言われなくてもこの家は私が守る。
さて、家の中の見回りにいこうか。
私は異常がないか家の中を見て回る。少しでも物音がすれば、私は吠えることで自分の存在をアピールする。
不審者であればこれで殆ど解決する。
しかし、そろそろ眠くなってきたな。欠伸が止まらない。少し寝るとしよう。ヒカリやメグミが帰ってきた時にすぐ分かるように玄関ドアの前で寝るのが私の日課だ。
しばらく寝ていると、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
この音は・・・メグミだな。
ガチャとドアを開け、顔を見せたのはやはりメグミだった。
「ただいまぁ〜、コハクいつもそこで寝ているの?」
メグミは家に帰ってくるとすぐに晩御飯の支度に取り掛かった。具材から察するに今日は肉じゃがか。私は食べたことがないから味は知らないが、とても良い匂いがする。人間は本当に器用だ。
しかし、ヒカリは遅いな。もう外は真っ暗だ。少し不安だな。
以前にもこのくらいの時間になっても帰ってこないことはあったけど、今回は何故だかソワソワする。
胸がギュッと痛くなるこの感じはなんだろう。
でも、ヒカリならきっと大丈夫だろう。いつも通り、帰ってくるはずだ。
・・・いや、だめだ!どうしても嫌な想像をしてしまう、もしヒカリになにかあったら一生後悔する!
少しだけヒカリの様子を見にくだけだ、家族にはとても怒られるだろう。勝手に家を出ることは許されていないからだ。だけど、今回だけは私のワガママを聞いてほしい。もし、何もなければそれでいい。私が怒られるだけだ。
メグミ、ごめんなさい。少し、ヒカリの様子を見てくる。
私はリビングの外窓へ向かう。ここの窓は夜になるまで鍵が空いているのを知っている。
前脚でガリガリと窓の隙間に爪を引っ掛ける。そうすると、隙間が少し大きくなる。あとはそこへ鼻を突っ込んで、顔をグイグイと左右に動かせば外に出られるだけの隙間ができる。
そして、私は外に出ることができた。
あとは、ヒカリの匂いを辿っていくだけだ。彼女の匂いは常に覚えている。もう嗅がない日はない。
待っててヒカリ。今から会いに行くよ。
こうして私は勢いよく、走り出した。
少しすると、ヒカリの匂いが強まってきた。どうやら、最近ここへ来ていたらしい。
でも、おかしい。匂いが家とは違う方向へ続いている。
なんで、まっすぐに家に行かなかったんだろ。
匂いを辿っていると、どんどん匂いが強くなってくる。
間違いない、もうすぐだ。
T字路を曲がったところで見覚えのある少女の姿が見えた。
ヒカリだ!よかった!無事だったんだね!
嬉しい気持ちが溢れてきて、尻尾が自分の意思とは関係なくブンブンと振られている。
犬は感情が隠せないから、本当に困る。
「え?コハク!?」
ヒカリは私の姿にすぐ気が付いた。
「やっぱりコハクだよね?!家から抜け出しちゃったの?!」
そうだよ、ごめんね。ヒカリが心配だったんだ。
私は大好きなヒカリの顔をペロペロと舐めた。
私なりの愛情表現だ。
「コハク!だめでしょ!勝手に外に出たら!車に引かれちゃったらどうするの!?」
ヒカリはとても怒っている。
仕方ない。元々、怒られることは承知で来たのだ。
「でも、よかったぁ〜!コハクに何もなくて・・・!」
ヒカリは泣きながら私を抱きしめた。
ああ、失敗した。ヒカリを泣かせてしまった。
ごめんなさい。
「もしかして、私に会いに来ちゃったの?」
ワシャワシャと私の頭を撫でながらヒカリがそういった。
そうだよ、と言葉は通じないけど私は小さく吠えた。
「ごめんね、今日はコハクの誕生日だから新しい首輪を買ってきたの」
そういうと、彼女は袋から空色の首輪を取り出して、新しい首輪をつけてくれた。
「うん、やっぱり!よく似合うと思った!」
ヒカリ、ありがとう。嬉しい。
私はスリスリと彼女の顔に擦りつけた。
「さ、お母さん心配するし早く家に帰ろうね!」
こうして、私とヒカリは家へと向かった。
でも、なぜだろう。まだ、胸の中がソワソワする気がする。
家の玄関前に着くと、すぐに異変に気が付いた。
この匂いは・・・血だ。
家の中から血の匂いと知らない人の気配を感じる。
ヒカリに危険を知らせるため、私は唸りながら吠えた。
「ガルルルル・・・!ワンッ!ワンワンワンッ!ワンッ!」
「!?・・・びっくりしたぁ〜!どうしたの?コハク?」
ヒカリ、家の中に入ったらだめだ!
私はヒカリの服を咥えて、全力で引っ張る。
「こ、こら!コハク!本当にどうしたの?!」
お願い・・・ヒカリ!気が付いて!
ああ、どうして・・・ヒカリと同じ言葉が話せないのか・・・
「もー!早く家に入るよー!」
私はヒカリに抱きかかえられてしまった。
そして、彼女はドアノブに手をかけ、開けてしまう。
「ただいまー!遅くなってごめんさない!」
ドアを開けて飛び込んできた光景は、腕から血を流しているメグミと黒いローブを纏った人間だった。
「え・・・?」
ヒカリは呆然とその光景をみていた。
私はヒカリの腕の中から離れ、彼女を守るため前に立った。
「がるるるるるる!!」
全力で威嚇をする。
牙を見せつけ、相手を睨みつける。
「ヒカリ・・・!逃げなさい!」
メグミが叫ぶ。
しかし、ヒカリは状況が飲み込めていないのか動こうとはしない。
ヒカリを守らないと!
私は、黒いローブを纏った人間、敵に向かって走った。
そして、思いっきり腕に噛み付く。
「ガウッ!ガルルル!」
ヒカリ!今のうちに逃げて!
言葉はもちろん通じていないだろう・・・
次の瞬間、私はもの凄い力で壁に叩きつけられてしまった。
思わず、噛み付いていた腕を離してしまう。
「ギャンッ!・・・フー・・・・フーーッ!」
一瞬息ができなくなるくらいの衝撃が体を走った。
痛い・・・苦しい・・・でも、ヒカリが逃げるまで戦わないと・・・
再び敵に向かって飛びつく、今度は足に噛み付く。こいつが足に怪我をすればヒカリを追うことができないだろうと考えた。
しかし、即座に相手の蹴りが飛んできた。私のお腹に直撃する。
キャインといかにも犬っぽい声が出てしまう。
痛い・・・さっきよりも痛い・・・口の中や鼻から血が出ているのがわかる。
もう立つことも厳しいか・・・
私はヒカリの方をちらりとみた。
そこにヒカリはいなかった。
よかった・・・逃げたんだね・・・
メグミは?
メグミもいつの間にか姿を消していた。
これで安心だ・・・
肝心の敵はというと、床に転がっている私の方へ近づいてきている。
そして、思いっきり私を蹴り飛ばした。
「ぐッ・・・ぐぅ・・・」
なぜだろう・・・さっきよりも痛みがない気がする
それに視界がぼんやりする・・・
まぶたが重い・・・
抗いようのない闇が迫ってくるようにコハク視界は暗くなっていった。