第二話 森のクマさん
「食料が三日分に、水が二日分ってところかな」
翌朝。
無事に目覚めることが出来た俺は、改めて物資の確認をしていた。
パンが二斤、干し肉が一塊、干したフルーツが三房、革袋にいっぱいの水。
それとサバイバルに役立ちそうなナイフ、火打石、ロープ、布、小さな鍋といった道具類。
これで数日は乗り切れるだろうが、早いうちに調達の当てを見つけないとまずいな。
『水の確保を最優先することを推奨します』
「そうだな、水が無いのが一番危険だ」
『拠点周辺の探索を行いましょう。護身用に木の剣が作成できます』
木製の武器か……。
大森林の獣を相手にするにはあまりに心もとないが、ないよりはマシだろう。
昨日余った枝にナイフを向けると、たちまち木の剣が出来上がる。
俺の身体のサイズに勝手に合わせてくれたのだろうか。
振ってみると、なかなかどうして手に馴染んだ。
「これもクラフトキングの力か?」
『はい。クラフトキングによって作成される物品は、すべて最高品質となります』
「そういうとこまで徹底してるんだな」
『クラフトキングは生産職の頂点に立つ存在です。しかしながら、無から有を創造することはかないません。材料と道具の確保をお願いいたします』
「わかってる。じゃあでかけようか」
最低限の装備を袋に詰めて、家を後にする。
さあて、できるだけ近くに水や食料が合ってくれるといいんだけどな。
獣に襲われる危険性もあるが、あまり深入りし過ぎると道に迷ってしまうこともある。
ナイフを使って下草を切り払い、道を残しながら慎重に慎重に。
昼でも薄暗い大森林の中を、ゆっくりと探検していく。
「ん? あれは……何か光ってる?」
前方に、何やら青くぼんやりと光る物体が見えた。
ちょっと不気味だな、まさか人魂とかじゃなかろうな?
俺の足が自然と一歩下がる。
しかしここで、導き手が意外なことを言った。
『あれは常世茸の光です。常世茸は大変な珍味として有名な食材です』
「へえ、あれが食べられるのか」
『はい。さらに常世茸は水気を好みます。周囲を探せば、湧き水などが存在する可能性が高いと推測されます』
そう言われたら行くしかないな。
俺は光が見える方に向かってズンズンと進んでいく。
幸いなことに、周囲の獣の気配はしない。
「やった、湧き水だ!」
近づいてみると、常世茸は大木の幹に沿うようにして生えていた。
しかもその木の根元には、小さな泉がある。
水の透明度は高く、触るとしびれるほどに冷たかった。
ひょっとして毒があるかもしれないので、すくった水をほんの少しだけ飲むが味に違和感はない。
それどころか、こんな魔境で採れたとは思えないほどおいしい水だった。
「ふぅ……生き返った! あとはこいつを……」
持ち込んだ革袋に、泉の水をたっぷりと詰め込む。
これだけで、節約すれば二日ぐらいは持つだろうか。
常世茸の方も、しっかりと集めて持ち帰ろう。
「これで、しばらくは生き延びられそうだな」
『ソル様の消費量ですと、二日分の水と食料が確保できたと推測されます』
「あと少し、探していこうか」
何があるか分からない以上、食料は集められるときに集めておいた方がいい。
水で膨らんだ革袋を背負いなおすと、改めて周囲を見渡した。
すると、視界の端で何か黒い影が動く。
「あれは……」
『体の大きさから推測すると、ムーンベアの可能性が高いです』
「まずいな」
ムーンベアと言えば、戦闘職でも苦戦する強力な魔物だ。
くっ、厄介な相手に会っちまったなぁ!
非力な生産職の俺では、とてもじゃないが勝ち目はない。
遭遇すれば最後、強靭な爪で一瞬のうちに細切れの肉塊にされてしまうことだろう。
『速やかな撤退を推奨します。ただし、騒音が発生するため走ることは非推奨です』
「それはわかってる!」
足裏で地面を擦るようにして、ゆっくりゆっくりと後ずさっていく。
生産職がムーンベアと遭遇してしまった場合の対処法はただ一つ。
気づかれないように、ゆっくりとその場を去ることだけだ。
この時、ムーンベアに背を向けてはいけない。
奴らは隙を見せた瞬間に、襲い掛かる性質があるからだ。
「近づいてくる……!」
『水場に向かって移動していると推測されます』
「逃げきれるか……?」
ムーンベアが泉に到達するまでに、果たしてその視界の外まで移動できるかどうか。
向こうの動きはゆっくりとしているが、こちらの動きにも制限がある。
緊張の糸が張りつめ、額に汗が浮く。
こんな時こそ、焦らず慎重に。
必死で平静を意識するが、考えれば考えるほど体が強張った。
そして――。
「しまっ!」
うっかりと、枝を踏んで折ってしまった。
メシャリ。
生木が折れるときに特有の鈍い音が響く。
たちまち、ムーンベアの頭がこちらへと向いた。
視線がぶつかる。
ヤバい、完全に気付かれた!!
「ちぃっ!」
「グオオッ!!」
こうなってしまっては、走るしかない!
落ち葉の降り積もった森を、前のめりになりながら全速力で駆け抜けていく。
早く、もっともっと早く!
心臓がはちきれんばかりに身体を動かすが、身体能力の差はいかんともしがたい。
あっという間にムーンベアが追い付いてきて、その吐息がはっきりと聞こえてきた。
「ガフ、ガフッ!!」
「く、食われるッ!!」
『ソル様、常世茸の破棄を推奨します』
「へ?」
『常世茸はムーンベアの好物です。めくらましとなります』
でも、せっかく確保した貴重な食料だぞ?
ムーンベアが近くをうろついているとわかった以上、迂闊に探索もできないし……。
これを失うのは、かなり大きな痛手だ。
「でも、これがないと……」
『決断を急ぐことを推奨します』
「……わかったよ! そらっ!」
ここで死んでしまうわけにも行かない。
俺は背負っていた袋を開き、常世茸を思い切りぶちまけた。
青い光が舞い散り、ムーンベアの動きがにわかに鈍った。
導き手の言った通り、上手く気を取られてくれたようだ。
「今だっ!」
最後の力を振り絞り、どうにかこうにかムーンベアから逃げきる。
しかし参ったな、あんな奴がいたんじゃあの泉は安心して使えないぞ!
それどころか、俺の作った小屋も奴の生活圏内に含まれている可能性がある。
こりゃ、生活していくうえでとんでもなく大きな脅威だ。
「ううーん……どうしたものかな……」
『私から一つ提案がございます』
「言ってみてくれ」
『ストーンゴーレムを作成いたしましょう』
すとーんごーれむ?
耳慣れない単語に、俺はたまらず小首を傾げた。
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