第九話 釣りと少女
「そろそろかな?」
翌日。
川の位置について身振り手振りで聞きだした俺は、さっそくタローに乗って遠征していた。
ゴーレムによれば、川は大きく両岸には広い河原があるとのこと。
場所も拠点からまっすぐ北に向かったところなので、まず間違いなく見つけられるだろう。
「ん? もしかしてこの音は……」
さらにしばらく進んでいくと、水の流れる音が聞こえてきた。
川はもうすぐそこ。
俺はタローの背中を軽く叩くと、さらに速度を上げさせる。
やがて視界が開けて、轟轟と水煙を上げる渓流が姿を現した。
ほー、こりゃ大したもんだな!
もし溺れたら、そのまま海まで流されて行ってしまいそうなほどの勢いだ。
「早速釣るとするか」
あらかじめ作成しておいた釣り竿を手に、タローの背中を降りる。
どのあたりが一番釣れるかな?
あまり流れが急すぎても魚はいないだろうから、岩陰がねらい目だろうか。
「決めた、あそこだ」
激流に向かって、小さな岬のように突き出した大岩。
その陰に当たる部分が、流れもほとんどなく魚が隠れて居そうに見えた。
俺はすぐさま移動すると、骨で作った釣り針を投げる。
さて……うまくかかってくれるかな?
餌として用意したミミズに、食いついてくれればいいのだけど。
「タローは、俺の周りを見張っててくれ。釣れたらおまえにも分けてやるからな!」
「ガウ!」
元気よく返事をすると、さっそく周囲を見渡し始めるタロー。
これはいっぱい釣り上げて、タローにも腹いっぱい食わせてやらないとな!
かかれ、かかれ!
竿の先を揺らして、少しでも獲物の気を引こうとする。
すると――。
「なんだ!? おもっ!?」
急に、身体全体を持って行かれそうなほどの力が腕にかかった。
川の主でもかかったのか?
俺はすぐさま近くの岩に足をかけると、引きずり込まれないように踏ん張る。
竿は折れそうなほどにしなり、張りつめた糸がキリキリと音を立てた。
「タロー、手伝ってくれ!」
「ガウ!」
タローの太い腕が、俺の身体を後ろからがっしりと支えた。
これでもう、転落してしまう心配はないだろう。
あとは、どうにかしてこいつを釣り上げるだけ。
竿を握る手に力が籠る。
「とりゃあッ!!」
気迫の叫び。
それと同時に、大きな水しぶきが上がった。
おおっと!?
勢い余った俺は、タローごと後ろに倒れ込む。
「魚は……?」
毛むくじゃらなタローがいてくれたおかげで、倒れてしまっても特に痛くはなかった。
俺はすぐさま起き上がると、釣り上げたはずの獲物を確認する。
あれだけ重かったんだ、きっとさぞかしデカい魚が……って!!
「人間!?」
あろうことか、河原に横たわっていたのは人間の女の子だった。
おいおい、もしかして……。
俺はすぐさまその身体を仰向けにすると、生きてるかどうかを確認しようとする。
すると上半身を起こした途端、少女は激しく咳き込み水を吐き出した。
「良かった! おい、大丈夫か!?」
背中を強く擦りながら尋ねる。
やや焦点が合っていない感じがするものの、視線がこちらへ向けられた。
俺と同じぐらいの年頃だろうか?
翡翠の瞳と整った顔立ちに、こんな場合にも関わらずドキリとしてしまう。
「私は……いったい……?」
「川で溺れていたんだ」
「ああそっか。私、足を滑らせて……」
呟きながら、自身に起きた出来事を振り返っていく少女。
やがて彼女は姿勢を正すと、俺に向かって深々と頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございます! 私はド――!?」
少女の言葉が急に途切れた。
にわかに顔を青くした彼女は、口をパクパクとさせながら尻を引きずって後ずさる。
そして懐に手を伸ばすと、慣れない仕草でナイフを取り出した。
「こ、来ないで! 来るな!!」
「え?」
いきなり何を……?
突然の拒絶に戸惑い、動揺してしまう俺。
しかし、少女は俺を見ているわけではなかった。
俺の後ろでゆっくりと立ち上がった、タローを見ていたのだ。
あーそりゃこうなるのも当然か。
「ははは、驚かせちゃったね。平気だよ、こいつは俺の仲間だ」
「ああ、ちょっと!! 危ないですよ!」
タローの頭に向かって手を伸ばした俺に、少女は息を呑んだ。
そのまま手で顔を抑えると、小さな悲鳴を上げる。
しかし、当然のことながら彼女の危惧したようなことは起きなかった。
むしろタローは、頭をなでられて心底気持ちよさそうな声を出す。
「……嘘、あのムーンベアが犬みたいになってる!?」
「タローって言うんだ。俺の道具で暴れないようにしてあるから、怖くないよ」
「そ、そう、なんですか……?」
おっかなびっくりと言った様子ながらも、こちらに戻ってくる少女。
彼女はタローの顔を覗き込むと、ゆっくり手を伸ばした。
さわりさわり。
白く細い指先が、黒い毛皮をそっと撫でる。
「本当だ……大人しくしてますね……!」
「だろ?」
タローの安全性を十分に確認したところで、少女は再び俺の方へと向き直った。
そしてコホンと咳ばらいをすると、改めて自己紹介をする。
「私はドラリア村のローナと申します。よろしくお願いします!」
「俺はソルトだ。こちらこそよろしく頼む」
すぐさま握手を交わす。
しかし、こんなところで人に出会うとは思わなかったな。
見た目や装備からして、遠征してきた冒険者と言うわけでもなさそうだし。
よほど遠くから流されてきてしまったのだろう。
「ドラリア村って言うと、聞いたことがないな。方角からして、バークレイ領のあたりか?」
「ばーくれい領?」
きょとんと眼を丸くするローナ。
変だな、バークレイ領と言えば王国屈指の大領地なのだけど。
王国の民ならば、よっぽど辺鄙な場所に暮らしていない限りは知っている名だ。
……いや、もしかして。
「ドラリア村って、ここからどのぐらい距離があるんだ?」
「んーと、そうですね……」
ローナは周囲の様子を見渡すと、空を見上げた。
彼女は手でひさしを作りながら、およその太陽の位置を確認する。
「ここからだと、川に沿って三時間も歩けばつくと思いますよ」
「ということはやはり……大森林の中ということか」
「ええ、森の中ですよ」
さらりと言ってのけるローナ。
……おいおい、こりゃ大変なことになって来たな。
前人未到の大魔境だと思われていた場所に、どうやら住民がいたようだ――!
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