プロローグ 王子、左遷される
「ここが大森林か……噂以上だな」
目の前に広がる黒々とした森林地帯。
昼でも薄暗く、見慣れない暗色の草花が異界のごとき不気味さを醸し出している。
聞きなれない鳥の声に、濃厚すぎる森と土の臭い。
この地の全てが、人間を拒絶して追い出そうとしているかのようだ。
「完全に、俺を生かすつもりはないか」
半ば獣道と化した街道を走る馬車の上で、大きなため息をつく。
俺の名前はソルト。
これでも、大陸に覇を唱えるガナード王国の第一王子である。
もっとも王子としての身分は数日前に剥奪され、現在では『西方伯ソルト・ガナード』となっている。
この西方伯というのは、王国の西に広がる大森林を治める役職のこと。
簡単に言ってしまえば島流しならぬ森流しを食らったものの呼び名だ。
どうして、仮にも第一王子である俺がこのようなことになってしまったのかと言うと。
それは持って生まれた職業が原因だった。
神が俺に授けた職業は『クラフトキング』。
記録にも残っていない希少な職業だったが、残念なことに戦闘職ではなく生産職だった。
この世界において、生産職とは戦闘職に奉仕する存在。
父上、いや、あの男の言葉を借りれば…………『我らを太らせてくれる家畜』。
力による支配を信条とする王家からしてみれば、生産職の王子などあってはならない汚点であった。
それでも俺が今まで生きてこられたのは、あの男が高齢で他に子がなかったからにすぎない。
優秀な戦闘職になればなるほど、若い期間が長く子を成しづらいという特徴があった。
しかしそれも、つい先日までのこと。
待望の次男坊が生まれ、用済みとなった俺はひっそりと城を追い出されることとなったのだ。
「でも、仕方ないのかもな……」
この世界は、憎らしいくらいにわかりやすくて残酷だ。
力ある戦闘職が力なき生産職を糧とする弱肉強食。
王族として生まれながら弱者だった俺には、そもそも生きる資格などなかったのかもしれない。
悔しいけれど、こればかりはもうどうしようもないのかもな……。
「ここでいいでしょう。王子、降りてください!」
騎士たちに促され、荷台から降りる。
ここはもう大森林の入り口。
人知の及ばぬ魔境と言ってしまっていいだろう。
生産職の俺が、こんな場所で生き延びるのは絶望的だ。
はっきり言って、今夜を乗り切れるかどうかすら怪しい。
しかも厄介なことに、ここは名目上ではあるが俺の領地だ。
国王の許可なく領主が領地を放棄するなど、絶対にあってはならないこと。
そのため、大森林を脱出して他の街で暮らす……なんてことも許されない。
すぐさま大陸中のお尋ね者となってしまうことだろう。
「最後にこれを」
俺が立ち尽くしていると、騎士の一人が大きな袋を投げてよこした。
慌てて受け取ってみると、ずいぶんと重い。
縄を解いて中を見れば、生活に必要そうな道具や食料がぎっしりと詰まっていた。
「これは……父上にしては、えらく慈悲深いことだ」
「陛下からではありません。城のメイドや小間使いたちからの餞別だそうです。王子は、下々の者たちからの人気だけはありましたからね」
皮肉めいた口調で告げる騎士。
しかし、これは素直にありがたい。
裸一貫で放り出されてしまうのとは、雲泥の差だ。
ほんの少し、ほんの少しではあるが生き延びる希望が見えてくる。
目に浮かぶ涙とともに、渇いた心がわずかに潤いを取り戻した。
「みんな、ありがとう……!」
いつも俺のことを庇ってくれたメイドさん。
残飯をこっそり分けてくれた料理人のおじさんに、虫の採り方を教えてくれた庭師のおじさん。
俺を可愛がってくれた者たちの顔が、次から次へと浮かんでは消える。
生産職と言うことで虐げられていた俺に対して、城のみんなはとても優しかった。
結果が伴わないにもかかわらず、ガムシャラに鍛錬を続けていた俺を見守ってくれた。
「では、我々はそろそろ失礼いたします。またお会いできることを楽しみにしておりますよ、王子」
こんな場所には居たくないとばかりに、手早く撤収する騎士たち。
後に残された俺は、みんなから託された頭陀袋を固く抱きしめる。
市井の者に比べればいくらかマシとは言え、生産職への締め付けは厳しい。
これだけの物資を急に用意するのは、彼らにとって骨が折れたことだろう。
その想い、絶対に無駄にすることはできない……!!
「……生きる。何が何でも、生き延びて見せる!」
一度は失いかけた生への渇望。
それが再び、心の底で滾り始めた。
袋からナイフを取り出し、硬く握りしめる。
ひとまず、草木を払って安全な場所を確保しなければ。
生きるんだ、生きて生きて生き抜いてやる!
そう思って一歩を踏み出した時――。
『クラフトツールの所持を確認。クラフトキングの能力を使用できます』
ひどく無機質で、それでいてわずかに親しみを感じさせる謎の声が聞こえた。
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