ジョージア
海外の大型スーパーのような店内で、アジア系の外国人が、買った商品をひっくり返しては返品し、ひっくりかえしては返品し、を繰り返している。男が滅茶苦茶をし、女がそれを見て笑う。歳は40代くらいであろう。いい歳をした大人である。男性の方は中肉中背、女性は痩せぎすでつり目だ。どちらも美男美女の類ではない。中国語を話しているようだ。はじめはお菓子などの小さなものを散らかすだけだったが、破壊の対象は椅子や机などの大きなものへ、どんどんエスカレートしていく。店内の商品がどんどん壊れてゆく。破片が散らばる。代金を払った後に滅茶苦茶をやるから、店員も咎められないらしい。
見かねたおれは、ふざけた行いをやめるよう彼に注意した。いち買い物客としてこの店を訪れているだけのおれが何故そのような憤りに駆られるのかはわからない。何か、おれの意志の及ばぬところにある何者かの意志によりそうさせられたのであるのを感じる。
迷惑客対応係なのだろう、白いエプロンを着た、ラグビー日本代表に居る外国人選手のような店員が二人、猛然と彼を追いかけるが、全く追いつかない。彼が早いというより、エプロン二人は全力疾走しているものの、身体が前に進んでいない。
またしても何故か頭に来てしまったおれは、逃げ回る彼に向かって走り出す。疾走というより透過と言ったほうが近い。地面を一蹴りし、音も無く一直線に、彼に向かって進む。全てをすり抜ける一本の棒になったようだ。白いエプロンのラグビー日本代表は相変わらず全力疾走しているが、前に進まない。おれは彼らをあっという間に追い抜かし、彼に追いついた。彼の袖と襟元を掴み、背負い投げの全モーションのうちの背負った状態で止めたまま、店の外へ出、駐車場を過ぎ、店の敷地の外へと彼を引きずり、目の前のアスファルトへ彼を叩きつけた。
めり。と鈍い音がした。彼は起き上がった。相当痛かったらしい、顔を強く歪め、頭や腰をさすっている。血は出ていない。
自分の怒りが引いていくのと、彼に対する若干の申し訳なさを感じつつ、おれは安心して店に戻った。
するとどうだ、店の中にはまた彼がいる。おれの姿を認めるやいなや、店内の中央にある、極彩色の品物がたくさん陳列されている一番大きなテーブルをひっくり返した。色とりどりの木の実の汁があたりに飛び散る。白エプロンのラグビー日本代表が走り出す。進まない。おれの堪忍袋の緒が切れた。おれはもう一度、今度はその場で背負い投げを見舞ってやった。地面に伏せた彼の襟を掴み、身を起こしてもう一度投げ飛ばしてやろうとすると、誰かがすすり泣きながらおれの右腕を引くのを感じた。ふと見ると、ふくよかな黒人女性がおれの私刑を止めようとしているようだった。破壊行為を繰り返す彼を見て笑い続けていた女性その人であった。彼のほうは身を起こし憮然とした表情を浮かべている。
二人のふくよかな黒人の男女はテーブルの向かいに座っている。おれは最初からそうだったのだと思う。先ほどまで破壊行為を繰り返していた彼は依然憮然とした表情でそっぽを向いている。彼女は今にも泣き出しそうなのを堪えながら、アフリカ大陸と思しき地図を広げ、「エチオピアの北、アフリカ大陸の北端にあるこの国、ジョージアが私たちの故郷です。」と涙ながらに話す。日本語は流暢だ。エチオピアもジョージアもそんなところにはないが、あるのだろう。彼女らの故郷での生活は相当貧しかったらしい。パペラだか、ラメラだか、聴き慣れないカタカナ三文字や四文字の、紙だか布だかわからない、なんらかの原料となる作物の栽培に従事する労働者だったらしい。
「ですからお願いです、また私たちに会ってください。」彼女はおれにすがりつくように懇願する。
「はい、必ず。」おれは涙を堪えることが出来なかった。