プロローグ後
「大丈夫か! 裕一郎ッ!」
何が大丈夫か! だよ。
間一髪。勢いに任せ、今、まさに助けに来ましたとばかりに登場するクソ野郎。
さっきまで、ずっと奥の茂みに隠れて見ていたくせに。
まぁ、あの距離じゃ良く見えないだろうから、猿川の覗き見スキルにでも頼って見ていたのだろう。
ちなみに、俺が女体化して青山裕子ちゃんになっているのは、クラス全員承知の事実である。
「うおぇあああ!」
洋史は声を張り上げて、槍を振り回し薙ぎ払っていく。
それは、それは見事なものだった。
ゴブリン達は「ギャ、ギャ」と奇妙な悲鳴を上げ、鮮やかな鮮紅色の光芒を散らして、倒れていく。いや吹っ飛ばされているという表現の方が適切だろう。軽いからな、アイツら。
そして、地面に叩きつけられたゴブリン達は次々とガラス塊を砕くような大音響が鳴りだした。それはゴブリン達の死を意味している。
この世界で死亡した場合、所詮はデータの集合体でしかないという冷たい事実を知らせるかのように、その肉体は微細なポリゴンの欠片となって砕け散る。これがこの世界における死だ。
そして、その生きた証を残すように、倒した褒賞としてゲーム上『魔石』と呼ばれる宝石の様な結晶を残す。これを換金することによって、この世界の経済は成り立っている。
俺が何回も何回も斬りつけて、ようやく倒せる一体を、洋史は一突き二突きで簡単に倒してしまう。
何より、本当に見事な槍捌きである。
惜しむらくは、何で最初からそれをやってくれなかったんだろうなという事くらいか。
洋史の出現により、ゴブリン達の包囲が大分緩んだ。
そこへ追い打ちを掛けるようにヒュンッ、ヒュンッと空気を切り裂く風鳴りと共に、ゴブリン達に次々と白羽の矢が突き刺さる。俺はその弓矢に見覚えがある。里美の矢だ。
俺は紅坂にこっそり救援を頼んだが、里美には何も言っていない。
だから、紅坂が里美を連れてきたのは予想外だったので、ちょっと驚きだ。
良かった。パンツだけは死守して。まぁ、今は身体が女の子だから大丈夫か。
「裕一郎!」
「里美! 助かった」
里美は洋史の槍の間を潜り抜け、俺のところまで駆け寄ると弓を捨てて、腰の細剣を抜きゴブリンへ突き立てた。
里美が俺を守るように、戦ってくれたおかげで俺も体勢を整える時間を得る。
「ウインドウ・オープン!」
目の前にA4用紙サイズの半透明画面が出現する。
俺は素早く画面を、装備の項目へ移す。
予備の服や靴、そして鎧と剣を選択肢し、装備を新たにした。
パンツ一丁から一転、蒼色を基調とした重厚な鎧で全身が固まる。
相変わらず、ちょっと重い鎧だ。
先程、ゴブリン達に脱がされた略式の鎧は軽くて動きやすいので好んでそっちをメインの防具にしていたが、鎧としての性能や価値などは明らかに今身に着けている方が高い。
ゴブリン達の持つ短剣や、棍棒の衝撃がまったく通らない。
まさに痛いのは嫌なので、防御力にステ振りしましたって感じだ。
俺は先ほどの怨みを込めて、新たに手にした予備の剣で思いっきりゴブリンの首を刎ねてやった。
派手にダメージエフェクトが飛び散ったが、よく見るとゴブリンの頭上のHPバーがほとんど減っていない。首と胴も繋がったままだ。クリティカルヒットもしていない。
洋史はともかく、女子でおまけにメインの武器ではない里美の剣でも俺以上のダメージを与えられるのに。ただ、この無力感はさすがにもう慣れた。
これにはちゃんとした理由があった。
実はこのゲームは使用するVR機によって、プレイヤーに求められる役割がまったく異なる。
多少、外装に違いはあるものの、流線型のヘルメットと鎧の籠手のような外装が金属のグローブ。このセットは全機統一されている。
このヘルメットとグローブは、それぞれ『ヘッドギア』、『グローブギア』と呼ばれ、その二つを総称して『メイルコア』という呼称がつけられている。
このメイルコアこそ、世界初のVRMMORPGを動かすゲームハードの名前だ。
メイルコアには4タイプあり、どのタイプのメイルコアを使うかによって、まずプレイヤー同士の間に最初の違いが生まれる。
一つは、オーソドックスな『メイルコア type:normal』。
里美が使っているハード機で、クラスメイトの大半がこのタイプのメイルコアを使用している。4タイプの中で多くの職業や使用スキルが設定されており、ゲーム内の汎用性が高い。
二つ目は、この戦場にはいないのだが魔法戦闘のスペシャリストである『メイルコア type:magicus』。
そして、三つ目は身体能力に特化した『メイルコア type:knight』。
洋史のような運動部がこのタイプのメイルコアを与えられている。
単純に剣で戦うなら、4つの中で最強のメイルコアと言ってよい。
その理由は『ステータス・ギア』の性能が桁違いだからである。
まずこのステータス画面だが、基本のステータス画面はこのように表示される。
―――――-
《基本情報》
名前:米村洋史
性別・年齢:男・16歳
種族:人間
ランク・レベル:Fランク・10
職業:槍使い
《HP・MP》
HP:150
MP:100
《ステータス・ギア》
筋力:127
素早さ:110
耐久:101
魔法攻撃:77
魔法防御:85
特殊:93
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もちろん、別項目であるスキルや装備の影響も受けるため、実際はこの数値よりも高い場合が多い。
ちなみにnormalである里美はと言えば、こんな感じ。
―――
《基本情報》
名前:藤之宮里美
性別・年齢:女・16歳
種族:エルフ
ランク・レベル:Fランク・16
職業:アーチャー
《HP・MP》
HP:120
MP:200
《ステータス・ギア》
筋力:90
素早さ:156
耐久:102
魔法攻撃:144
魔法防御:139
特殊:104
―――
洋史と里美どっちが強いのか?
単純なレベルだけなら里美の方が強いが、こればかりは実際にやってみないと分からない。
いや、もっと言えば今日始めたばかりの初心者と何十時間もプレイしている上級者のどちらが強いかと言われると、これもやってみないと分からないのである。この例を俺は一つ知っている。
そして、一つだけ確実に言えるのは、このステータスの数値を単純に比較して戦ってはいけないということだ。
『ステータス・ギアは車のエンジンと同じだ』
最初の頃、担当者からそのように説明を受けたが、まさに良い例えだと思う。
例えば、筋力値が高ければ高いほど、重量のある装備や武器を使えるようになるし、敏捷値が高ければ高いほど、野生動物の如く駆け巡る事ができる。
ステータス・ギアの数値が高ければ高いほど、現実ではあり得ない程の高度なパフォーマンスを実現させることができるというのは、事実だ。
ただし繰り返すが、ステータス・ギアは車のエンジン、速度メーターと同じようなものである。
アクセルを踏めば、誰でも100キロでも200キロでも速度は出せるだろう。
しかし、ドライバーの技術や視野、反射神経によって、事故のリスクは違ってくる。
これと同じでステータス値というのはあくまでその人がVR世界で出せる限界を示しているだけであり、VR世界において、あなたはMAXでここまで出せますよ、というものでしかないのだ。
だからステータス・『ギア』と名付けられたようだ。
したがって、高いステータス値をもっての俺tueeeは出来ない仕様になっている。
実際にステータス値通りの動きを発揮できるかは、プレイヤーの腕によるようだ。
ちなみに、俺のステータスはこんな感じである。
――――――
《基本情報》
名前:青山裕一郎
性別・年齢:男・16歳
種族:人間
ランク・レベル:Eランク・27
職業:君主
《HP・MP》
HP:260
MP:260
《ステータス・ギア》
筋力:-
素早さ:-
耐久:-
魔法攻撃:-
魔法防御:-
特殊:-
――――――
実は俺のメイルコアにはステータス・ギアが搭載されていない。
したがって、洋史や里美の様に現実ではまず不可能である超人的な動きは出来ない。
現実の高校1年生、青山裕一郎の持つ身体能力そのものが俺の出せる限界である。
これが、4つ目。
これが俺に与えられたメイルコア。
『メイルコア type:load』。
他の3つとはまったく異なる。
もちろん、耐久補正等はあるので、鍔迫り合いを相手の剣に敗けて骨折とか、そんな事はないが、仮に俺と洋史が喧嘩したら俺の百戦百敗は確定していると言ってよい。
もし、俺が一騎討ちで勝つことを目指すとすればスキルと武器、防具、アイテムの組み合わせによって、活路を見出すしかない。
一方でloadの長所は軍団戦にある。
実はloadはステータス・ギアが無い反面、それらの容量をNPCの管理機能に回しているのだ。
俺はこのゲーム内において1年F組40人(教師含めて42人)が所属するゲーム内の勢力『スメラギ』の領地と人口1300人のNPCキャラクターの管理と育成を担っている。
なので、やっている事がまるっきり違うのである。
どちらかと言えば、俺がやっているのは『信長の○望』などの戦略シミュレーションゲームと言っても良い。
閑話休題。
その後、ゴブリン達との戦闘を終え、魔石を回収した俺達は一旦クエストを終了し、俺達の拠点であるスメラギ領へ帰還して、ログアウトした。
洋史達野球部三バカがその後、里美にどしゃまく怒られたのは言うまでもない。
まぁ、今回はそれでチャラにしてやるか。
あの三人とは付き合いが長い。悪い連中じゃないのは俺がよく知っている。
俺だからあんな悪戯したのであって、里美や紅坂、クラスの他の女子には同じことは絶対しないだろう……多分……
それと、アイツらには教えてやらないが、洋史達が今日やろうとしていたであろう『異性の裸を見ることや、直接のお触りは可能か』の検証の答えだが、答えは可能である。
もっと言ってしまうと、18禁行為禁止と言うのはデバック開始前に運営の担当者が俺達のクラスに説明した嘘で、実際は禁止になっていない。
この事実を知っているのは、クラスでは学級委員である俺と紅坂の二人だけだ。
里美を始めクラスのリーダー格である奴らも知らない。
他のクラスメイト達は呑気にゲームを楽しんでいる。
ゲームデバッグの終了は、2年生の3月末。
まだ1年先の話だ。
俺と紅坂が今一番不安に思っているのは、今の18禁行為の関係も含めて、運営事務局がいろいろな情報を隠している点だ。理事長達は目先の利益に眼がくらんで、本質をまったく見えていない気がする。
このゲームデバッグの企画の裏には、何か大きな秘密が隠されている……
いずれにせよ。今の自分達に出来ることは、不測の事態に備え、自分の身は自分で守れる強さだ。
もう少しで春休みになる。
2年生になる前のこの期間でクラス全体を底上げする。
俺も富国強兵を徹底しよう。
まずは休み明け月曜日のホームルームで、作戦会議かな。
そして、俺の頭は次なる戦略を考えていた。