第4話「言い逃れと捜索」
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もう一度、俺は頭の中をよく整理する。
紅葉は、なんて言った?
ここに住ませて欲しい、と言った
その発言の意味は?
俺と一緒に暮らす、という意味だ。
…は?
「ちょっ…今…なんて言った⁈」
「だから家がないからここに住ませて欲しいって言ったんだよ、聞こえなかったの?」
紅葉はその事が至極当然な事の様に言ってくる。まるで混乱している俺が間違っているかのように。
…いや、今考えるべきはそこじゃない。ここに住みたい以前に、動機について考えるべきだ。
紅葉は家がない、と言った。そう、今疑問に思わなければならないのは、そこだ。
「じゃあなんで家がないんだ?紅葉はまだ子どもだろ?家出…なのか?」
この歳で家出…まあありえなくはないか。俺にしてはかなり真っ当な理由だと思ったが、紅葉は首を横に振った。
「うーん、これには海よりも深ーい理由があるんだけど…。」
紅葉はそう言いながら視線を泳がせる。まあ、どんな理由であれ本人にとっては深刻な問題なんだろう。それは他人が口を挟む様な事じゃないんだが…。
「言ってくれなきゃ俺もどうするか決めかねるんだが…。」
もし本気でここに居る気なら、俺は他人ではなくなる。だからちゃんとワケを聞かないとな。と思い、俺は当然のように紅葉との距離を詰める。
一方紅葉は、目を逸らし続けるのも限界になったのか、オドオドしながら言った。
「ちょっと!ちょっとだけ整理する時間をくださいっ!」
「ちゃんと話してくれるのか?」
「うん、大丈夫。多分…。」
紅葉はまだ目を合わせようとせず、俺の中には不安が残ったが、ここで無理に問い詰めてもいい結果は出ないだろうと思い、そのまま口を閉じた。
「あ、そうだ。もう日も暮れてきたし、行こうか。」
なんとか俺を言いくるめたからか、最初の方に見た調子に戻った紅葉が、俺の手を掴みんで引っ張る。
「…?」
その言葉からは、俺は何も察せず、頭の中に疑問詞が浮かぶ事しかなかったが、紅葉はその反応が分かってたと言いたげな笑みを浮かべ、
「《影》の出てくる時間帯だよ。つまり、わたしたちの出番ってワケ。」
言いたいことはそれだけだ、という風に、紅葉は俺の手を掴んだまま前進する。
「ちょっとまて?その格好のまま外に出る気か⁈」
俺は《影》だの《モノガタリ》だの、そんなものの前に、コスプレチックな格好のままドアノブに手を掛けようとする紅葉に向かって絶叫の声をあげた。
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俺の渾身の説得によって、なんとか赤ずきんの格好のまま外に出るという事態は避けることができた。
コスプレ幼女を連れ回す男子高校生なんて、どう考えても人目を惹く。
…まあそれでも、ただの幼女を連れているだけでも、少しはやばいだろう。
何も知らない赤の他人からしたら、妹で通るはずだ、だが俺に妹なんざいない事を知っている知り合いに会ったら、どうやって誤魔化せばいいんだか…。
「うーん、今日はどこら辺に出るかなあ…。」
一方紅葉は、いるかどうも怪しい《影》とやらを、至って真剣な顔で探している。
ここまでくると、もう口を挟むのも馬鹿らしくなってきたので、俺は何も言わずに、緊張感はあるが、幼女と一緒に散歩ができる事を喜ぶことにした。
「あ、見て楽斗さん。」
突然紅葉が立ち止まり、人気のない細い道にある電信柱の根元を指差す。
俺は言われた通りにそこを凝視するが、電信柱は電信柱だ、なんの異変もない。
「…?俺にはなんも見えんが?」
…あれか、一般人には見えないとかそういう設定か。と俺は紅葉の心中を考察する。
「もっとよーく見て、普通だったら目をつけるようなところじゃないけど、じっと見つめてみて。」
俺は内心やれやれと思いながらも、ちょっとだけ目を凝らしてそこを見つめてみる。
「……っ?」
何かがある。俺は直感的にそう思った。誰も通ってない、俺の視界に動くようなものは何一つないはずなのに、確かにそこには、何かがいると、そう思った。
「ほら、見えたでしょ。じゃあさっさと倒しに行っちゃうよ、来て。」
俺の反応に満足したかのように、紅葉はニッコリと笑って俺の手を引く。
…まだ気のせいだとかいう可能性は拭えないが、これがもし本当のことだとしたら、俺は踏み入ってはいけない世界に入ってしまうことになるのだろうか。
今更何を言ったって仕方がないが、少しだけ俺の中に焦りが生まれたことも、また事実だった。