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童話幼女が舞う夜に  作者: 亜蜜絵乃
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第3話「幼女の管理者」


玄関先で寝息をを立てる幼女。それを視た瞬間、俺は本能を抑える為に、速攻でドアを閉めた。


「……え?え?え?ええ⁈」


俺は扉を背にして何度も疑問詞を口にする。

完全に脳の処理が追いつかない。そして、それをさらに加速させているのは、一瞬だけ目にした、幼女の圧倒的な可愛さであった。


……どうするか?


いやいやいや。落ち着け俺。なんであの子になんかする前提で話が進んでいるんだ?

なんかしたらダメだろ⁈下手したらお縄もんじゃねぇか。

ちょーっとまて!俺はもしかしてもしかすると既にそういう思考にシフトして…、


「あ、帰って来たんだね。おかえり。」


「あ、うん、ただいま。」


俺は後ろを向いたまま、精一杯理性を保って、答えた。

果たしてこの解答が正しかったのかはわからない。が、いきなり妙な行動を取るよりは、よっぽど自然だったと、俺は信じたい。


「えっと…なんで後ろ向いてるの?」


普通に突っ込まれた。だがな、ここで本人に「可愛いから直視を避けているんです。」なんていったら、それこそ問題だろう。現代社会ではすぐさまセクハラ扱いだ。

これはもう観念するしかない。大丈夫だ、俺。自分の理性を信じろ。


「いやあ特に意味はないんだよ?今日は夜空が綺麗だなって…」


そう自分でも何いってるかわからないくらいの言い訳を並べ、俺はゆっくりと後ろを振り返る。


「今日って、そんな晴れてたっけ…?」


うん、確かに。今日はそんな夜空が見える程晴れてはなかった。

ギリギリ夕日が届くくらいだったなぁ…。


見事に俺の無茶苦茶な言語にツッコミを入れた幼女本人は、それはそれはもう……


これぞ、ザ・幼女って言えるほどに、完璧な幼女だった。

肩の辺りまで伸びる茶髪。自然体だが、どことなく揃っているように見える前髪の下に覗く目は、女の子らしくも、どこか力強さを感じさせる。さらに発展途上の幼い身体を包むオレンジを基調としたパーカーに、どこか背伸びして見える少し短めのスカート……。


そんな全ての少女趣味の紳士を瞬殺可能なほどの幼女が、今、俺の前に立っている。


「ところで…なんの用なのかな?」


なんとか言葉を模索し、一般的に聞かなきゃいけなさそうな質問をまずする。

対する幼女は、自分の頰を掻く仕草をしながら、


「えっと…不法侵入なのに、あんまり怒んないんだね。」


と、俺の心境とは裏腹に、呑気な事を言ってきた。というか不法侵入ってのは自覚しているんだね。


「いや、怒るっつたって…今んとこ脳内処理が全く追いついてないっていうか…。」


俺が今の状況を正直に伝えると、謎の幼女はニコッと笑って、


「とりあえず中入ろうよ、寒いしさ。事情はすぐに話すから、ね?」


「あ、ああ。そうだな。」


俺は幼女の提案を速攻でオッケーしたが、なんとなく彼女のペースに乗せられてる気がしてならなかった。


ーーー


俺の部屋の広さは六畳。広くもなく狭くもないこの部屋には、取ってつけたような最低限の生活必需品が置いてある。


その部屋の中心にある小さなテーブルを挟んで、俺は今、幼女と対面している。

…これ、頭の中でなんとなく状況を整理したらわかる。どう考えてもアウトだわ。

高校生男子と、どう見たって小学生の幼女が一つの部屋に二人きり……

誰かに見られたら確実に人生終わるシチュエーションだ……。


「それで、さっそく本題に入らせてもらっていいかな?」


だが向かいに座る問題源の幼女はそんなこと微塵も気にしていない様子で、俺にいきなり本題と振ってくる。


「いやいやいや、まだ俺たち名前すら知らない関係だぞ?そんなんで本題入られても困るんだが…」


俺はとっさに幼女が本題に入るのを止める。

危ない危ない…。危うく名前すら知らないまま話が進むとこだったぜ……


「ん、確かにそうだね。じゃあわたしから。わたしは赤霧紅葉あかぎりもみじ。」


「俺は夜久川楽斗、えーと…紅葉ちゃん…って呼べばいいか?」


俺がそういうと、幼女改め紅葉は首を横に振り、


「いや、ただの紅葉でお願い。これから末長い付き合いになるかもしれないんだから、他人行儀っぽいのはちょっと……ね?」


「んえ⁈今なんと?」


聞き間違いか?末永くだかなんだかプロポーズっぽい単語が聞こえたんだが。


「ん?末永い付き合いになるかもってこと、特に深い意味はないよ。それより、楽斗さんのことはさん付けで呼ばせてもらうけど、いいかな?」


なんだよ深い意味はないのかよ。

いや、別に期待してたってわけじゃないんだよ?ちょっと気になっただけだからな。


「別に構わないが、それってさっき言ったことと矛盾してないか?」


それはそれで忘れることにして、俺は次の疑問点へと切り替える。さん付けって、明らかに他人行儀だよな。


「あ……そっか。じゃあさっきの発言は撤回。わたしがそう呼んで欲しいから、わたしがそう呼びたいからってことでいい?」


そう言って少し困ったように口元を歪める紅葉。

ーその表情は反則じゃないか⁈と、俺は心の内で叫ぶ。本人にその気はなさそうだが、その顔は俺の思考を簡単に妨害できるほど破壊力の高いものだった。

要するに、超可愛い。


「あ、そういうことならいいんじゃないか?俺だってそんな細かいこと気にするような人間じゃないしな。」


「ありがと楽斗さん。それで…本題に入らせてもらうけど…どこまで事情を把握している?」


「全く、どこまでも把握してないんですが…。」


把握してたら家の前であんなに動揺したりしないわ。


「あれ?なにかしらの方法で話を通しておくって言ってたのになあ…。なんでだろ。」


紅葉は困惑した様子で下を向き、考える人の様なポーズをとる。


「えーと、怪しい手紙とか来てない?」


怪しい手紙…?いや、学校の靴箱の中にも家のポストにも何にも……

と、思ったが、俺は怪しいというワードが少し頭に引っかかり、再度思考を巡らせる……


「ん?そういや怪しいメールなら心当たりがあるんだが…。」


「それじゃない?意味のわからない変なやつなら、それだと思うよ。」


「だがすまん。迷惑メールだと思って消しちまった…。」


実際あもふざけた文面はどう解釈したところで迷惑メールだろ。もう内容あんまし覚えてないけど。


「内容は…もしかして覚えてない感じかな?」


俺は正直に首を縦に降る。紅葉はそんな俺の姿に溜め息をひとつ吐き、


「全く…またアンノウンふざけたのかなあ…。」


と、ギリギリ俺に届くぐらいの小さな声でそう言った。


「しょうがない、最初の最初から説明するよ。わたし達は《モノガタリ》……童話に出てくるモノを纏う存在で、この世界のいたるところにある、人の世に害をなす存在《影》と戦う役目を背負っているんだけど、ここまではオッケー?」


「いや。全然オッケーじゃない。」


「え、なんで?」


紅葉は不思議そうに首を横に傾ける。同時に俺は頭を抱えた。


ーとりあえず、俺の頭の中は今《意味不明》一色に染まっていた。


いや、冷静に考えればこんなの小学生の戯言だろうが、そう考えるとなぜさっき会ったばっかりの俺にそんなことを言う?なぜわざわざ不法侵入してまでそんなことを言いに来たのか、そういう思考に行き着いてしまう、結果、脳内は混乱を極めている、というわけだ。


「いやだって…え?あんま情報頭に入ってこなかったんだけど、それって現実の話じゃないよな?なんか新しいゲームの勧誘か何かか?」


考えに考えた結果、俺の頭は最もらしい結論を導き出した。だが、その結論は不正解だったようで、紅葉は不満そうな顔で立ち上がり、自分のバックについていた本の形をしたストラップを無言で外して来た。


「現実の話だよ、楽斗さん。って言っても、信じては貰えないだろうし、証拠を見せることにするよ。」


そう言って紅葉は、ストラップを小さな胸に当て、静かに目を閉じ、


「我の内に潜む物語よ。今ここに確かな形ある存在として顕現せよ。我が《モノガタリ》赤ずきん。」


何か、魔法の呪文のようなものを唱えた。瞬間、紅葉の身体が光に包まれる。

その光は、紅葉の持つ、本から流れるように放出されていた。


「……マジかよ。」


光が収まると、紅葉の服装は大きく変化していた。羽織っていた冬物っぽい厚手のパーカーとは、質感も形も違う、西洋風のフード付きの赤い上着になっていた。全体的にフリルが増した気もする。

…というかこれって、


「赤ずきんのコスプレ?早着替えにしたって早すぎねえか?」


どんだけ用意がいいんだろうか。光を放つ本なんてものは見たことないが、それについてはスルーしないと今の現象に説明がつかない。うん、俺が知らないだけできっとそんなものもあるのだろう。


「そんなわけないじゃん!魔法的なモノだよ!超常現象だよ⁈」


そんなもん簡単に信じてたら怪しいやつらに騙され放題やんけ。

だが、ほんの少しだけ、俺の中にこの現象を信じなければならないという感情が出てきたのも事実だった。

だって論理的に考えて女の子が俺の前で早着替えなんてするか?しないだろ。いくら謎の光に自信があったって、しないだろ。


「まったく…頭が固いなあ。」


なんだか紅葉も呆れ始めているし、ここで適当に話し合わせて早々に帰ってもらおうという思考に、俺はチェンジすることにした


「わかったよ、それで本題は?その魔法少女っぽい紅葉が俺なんかに何の用?」


「ん?信じてくれる気になったんだね?じゃあ本題だね。」


満足気な紅葉はその場でくるりと一回転すると、


「楽斗さんにはわたしたちをサポートする《管理者》になってもらいたいの。」


「任せろ引き受けた。」


俺の想像を超えた一言を放った。

そして俺も、紅葉の想像もつかない早さで答えを出したのだろう、軽く引いているようだった。

実際俺も、頭で考えるより先に口が動いていた。幼女の管理者というのは俺の本能にクリーンヒットしたらしい。


「え…そんな軽くていいの?もっと…ほら、考えることとかないの?」


「ないな。」


これもまた反射的に答えてしまっていた。まだ俺はこの話、この与えられた役割がどんなものかもわかってないのに。


「そ、そうなの…そこまで言ってくれるんだ…。まあ管理者って言っても難しいことはないんだけどね。」


「どういう事だ?」


難しくない、その言葉に俺は反応する。


「楽斗さんはわたしたちの側に、寄り添ってくれればいいの。わたしたちは孤独で、隣には誰も居ないから。」


紅葉声のトーンを下げ、悲しそうにそう言った。その表情は、どう考えても遊びやおふざけには見えなかった。

この幼女は一体何者なんだろうか。さっきの話が本当にしろ嘘にしろ。俺はこの娘に興味を持った。その表情の意味を知りたいと思ってしまった。


「任せろって、何が何だか分からないが、隣にならいくらでもいてやるよ。」


「じゃあ早速なんだけど、わたしのおねがい聞いてくれる?」


紅葉は微笑みながらそう言った。その表情に、俺はなぜか意味深なものを感じたが、聞くだけならなんて事ないと思い、頷いた。


「わたし家ないからここに住ませてくれない?」


「ふぁっ⁈」


突然飛び出した紅葉の爆弾発言に対する俺の心情を表す叫び声が、部屋中に木霊した。

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