十八話 褒美を蹴ったら王女と婚約(予定)になった
「―――お断りさせて頂きます」
俺が爵位を否定すると俺以外の全員が一斉にざわめき始める。あ、そうか。俺は爵位だけいらないって言ったつもりだけど、両方いらないに聞こえるな。うん、俺も緊張していた様だ。
「何故? と聞いても良いかな?」
「正確に申しますと爵位はお断りさせて頂きます。貴族に興味は無いので。もしそれが気に食わないのであれば報奨金の方も結構でございます」
「ほぅ」
おっともう一人、国王だけは混乱せずに問いただして来た。それに対して答えると関心されたらしい。直ぐに下がるように言われた。
部屋を出ると案内された部屋に戻っている様に、と騎士から伝えられた。最初に来た部屋に戻る途中、アルグリードさんから詰め寄られた。ミーナからも非難の目を向けられる。
「レイン、何で爵位を蹴ったんだ? 爵位が気に食わないのか。レインなら直ぐにでも爵位は上げられるだろう」
「何言ってるんですか、アルグリードさん。僕は将来、世界を旅したいんです。それに爵位なんてあったら邪魔でしょう? 最悪ミーナがいれば十分です。縛られたくは無いんですよ。言ったでしょう、そもそも爵位に興味が無いです」
俺の返答にあっけらかんとした顔になり、次には笑い出した。余程可笑しかったのか腹を抑えながら爆笑している。ツボに入ったみたいでちょっと苦しそうだ。
「くくくっ。……まぁ、いいか。ゴタゴタなんてどうとにでもなる」
リーフェスさんは微笑むだけで何も言わない。ミーナは「最悪」の所で機嫌を悪くし、「自分がいれば」の所で頬を緩める。アルグリードさんはまだ笑っていた。フェルナは近くまで来て尻尾を当て主張をする。それを見たミーナが対抗心を燃やしだす。
俺はその全てを無視し、歩みを少し早める。
部屋に到着すると直ぐにミーナが問いただして来る。
「お兄ちゃん! 何で受けないの!? せっかく、お兄ちゃんの凄さが皆にも分かって貰えるのに!」
「落ち着けって。別に僕は皆に知られて欲しい訳じゃない。ミーナ達がそれを知ってくれるだけで良い。見ず知らない人よりもミーナ達の方が順位は上だし、周りの評価は気にしてもしょうがない。……ミーナなら分かるだろ?」
「うん……」
最後の方はミーナの耳元に小声で言う。顔を赤くしたミーナはこちらに倒れ込んで来て、甘い声を出しながらぎゅぅうううって、抱き着いて来る。時折漏れて来る声にはちょっと毛色の違う物が含まれている気がしてならないが、棚に置く。
抱き着いているミーナを離すと恍惚に蕩けた表情が……やはり、五歳児としては感情表現が豊か過ぎる。
そんなミーナを落ち着けた所で国王達がやって来た。
国王様とアルグリードさんが対面に座ってそれ以外はイスの後ろで立つ。国王様はあの部屋にいた時と比べて表情は柔らかい。王妃様は絶賛、興味深そうにこちらを見ている。王女様は傍にやって来た。
「リード。久しぶりだな。それにしてもそっちには中々な男がいるんだな」
「中々だろう。だが、リュート。まずは自己紹介からしたらどうだ?」
「おお、そうだったな。私はリュートレイ・フォン・アルトハイム。近くにいるのが宰相のアルメダだ。よろしくな。ミーナ君、レイン君」
「レインです。先ほどの無礼はお許しください」
「ミーナです」
互いに自己紹介して話を進める。まずは先ほどの件だ。
「話すにしてもまずはここからだな。何故貴族の権利を蹴った? 男爵であっても貴族だぞ」
「先ほど言いましたが、貴族や爵位には興味が無いんです。最悪、フェスフォルトの街を守れたら満足です。恩は国、よりもフェスフォルト、ですから」
国王様のリュートレイはアルメダと少し話して次の件に移る。って事は貴族の件は良いのか。まぁ、恐らく次の件も同じ様な反応が見られる気がする。
「……分かった。では、報奨金だけ渡そう。次だが、街の防衛と娘を救ってくれた事には大金貨二十枚とラミリアとの婚約でどうだ?」
「……ああ。その権利は全てミーナに上げますよ。好きに決めて下さい。私は盗賊団の報酬だけで充分ですよ」
俺の返答に国王様と宰相殿は共に頭を抱えて唸っている。ついでにアルグリードさんも唸っていた。
それほど困る物だろうか? 寧ろ、早く決まりそうな物なんだが。……あぁ。もしかしたら功績に褒美が釣り合わないとかかな。貴族は外聞が大切だってリリィも言ってたし。それも王族となれば尚更か。
「もしかして……外聞を気にしていますか?」
「それもあるにはあるが……今回の褒美はミリアナが決めたんだ。後で何と言われるか……。褒美なら可能な限り用意しよう。娘を貰ってくれぬか?」
「!? 何で! 何でそうなるの!? お兄ちゃんは私と……」
出発前の王妃様からの言動から何となく……察してはいたけど本当だったのか。王妃様に目を向けると頷き、絶対にさせると言う意思が見て取れた。王女様の方も何だか真剣になっている。おいおい。俺のどこにそんな魅力がある? ……ミーナのですら未だに半信半疑だって言うのに。
そのミーナに視線を向けるとすっごい大きい涙を溜めている。あれ、そんな要素あったっけ?
取り敢えずミーナの涙を拭って国王様に一言。多分王女様のは一時の迷いだし、本当にそう想ってるとしたら……面倒くさい。
「まぁ、どちらにせよ、その提案は蹴っていますよ。恐らく王女様はミーナの話を聞いてそうなったんですし、一時の迷いじゃないでしょうか?」
今度はそれを聞いた王女様が涙を溜め、部屋を飛び出して行った。いつの間にか外にはリリィとフェルナがいて、二人共厳しい視線を向けている。特にリリィのは怖い。ある意味一番だ。
続いて部屋にいる全員からも非難の視線を浴びせられる。それはミーナにも例外は無い。
あれ、何か間違ってる事を言ったのか? 俺にはそんなつもりはないんだが。
「お兄ちゃん!! 早くミリアちゃんを迎えに行ってあげて! それで少しで良いからお兄ちゃんの事教えてあげて欲しいの! それをミリアちゃんが受け入れてくれるのならお兄ちゃんも受け入れてあげて……早く!!」
「わ、分かったよ」
何故? と思ったが、どうせ無駄な足掻きなんだろう、と半ば自棄に決めつけ、ミーナに言われて王女様を探しに行く。
部屋を出た時にリリィから「ちゃんと落として下さいね? でないと、お仕置きですよ?」と実に良い笑顔で言われたのが一番の恐怖だったとだけ言っておく。アルトラと対峙したはずなのにそれ以上の寒気を時々リリィから感じる事があるんだよなぁ。不思議だ。
探すと言っても王女様を見つける事に大した苦労はない。そこはそれ。俺のチートステータスが何とかしてくれる。現に今も気配感知と『通り道』が場所を伝えてくれる。
そして、王女様がいたのは一つの部屋。予想だと自分の部屋、とか。ミーナ的には最大級の嫌な事があったら部屋に閉じこもるらしい。迷宮の時も目覚めるまで扉は閉め切っていたそうだ。そもそも俺にはそんな自由すらなかったからな。良く分からん。
ひとまず扉を叩く。しかし、返事はない。一声掛けても返ってこない。やはり鍵が掛かっている様で無理矢理に開けられない。
「あの、お話したい事があるんですが入れてくれませんか?」
声を掛けてみると部屋の中から物音がして扉が開く。入れてはくれるらしい。入った部屋は真っ暗で良く見えない。と思っていたら見えやすくなったので夜目、とかのスキルを得たのだろう。もう特質は慣れた。じゃないとこれからやっていけないからな。
王女様はイスに座っていて、俺はその対面に座る。そして、王女様に少しだけ自分の事を話す。
「突然ですが王女様。私は孤児なのです」
「こ、じ……」
「ええ。私は本物の両親に捨てられました。それを拾ってくれたのがアルグリードさん達フェスフォルト家の方達です。それと私は他者の好意に疎いらしく、王女様の気持ちが本当とは思えません。未だにミーナの気持ちですら半信半疑ですから」
「……そう、なのですか?」
「はい。ですので、そんな薄情な私を……と思ったのですが」
見える様になっても暗いので王女様の詳しい表情は分からない。と言うか王女様は俯いているのでそもそも顔すらよく見えない。
どれくらいそうしていたのか、顔を上げた王女様はあの時のミーナの様に真剣な表情だと思う。……よく見えないからな。
敢えて言うなら空気が変わった、とでも言おうか。今までは悲しみの様な物が漂っていた感じなのだが、今は決意みたいな物を感じる。その空気が王女様から発せられていたのが分かったのでそう考えただけだけど。
「……良いですよ。ですが可能性はあるのよね?」
「可能性、ですか」
「あなたが私を好きになってくれる可能性、その逆の可能性も」
「……私が王女様を信じられればあると思いますよ。現状は何とも言えませんが」
それを聞いた王女様は大きく息を吐いてイスに背を預けた。どうやら力が抜けたようだ。力を抜いた王女様は少し俯いてこちらに歩いて来た。
「……少し胸を貸して。あと、私の事も名前で呼んで。それくらいは良いでしょ?」
「私なんかで良ければ。ラミリア様」
俺の前に座った王女様は胸に顔を埋めて静かに泣いた。嬉しいのだろうか、悲しいのだろうか俺には分からない。
声も上げずに泣く王女様をそっと抱き締める。……なんか、そうしないとリリィから何を言われるか分からなかったんだ。まぁ、無駄だろうけどさ。少しはマシにしたいな、って。……希望的観測。
あやす様に背中や頭をさすると王女様は声をあげて泣いた。……やはり、俺は他者の気持ちに疎いようだ。捉え方次第では自分勝手とも言えるな。治る見込みはあるんだろうか?
***
王女様が泣き止むまでずっとそうしていた。その間に王女様自身がその気持ちを根掘り葉掘り言い出した。俺に対する怒り、悲しみ、喜び、想いそれはもう様々な気持ちを全部。さっきまでの涙はかなり複雑だったんだな。泣き止んだ時の王女様は恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせて黙り込んだ。
俺は泣いて酷い顔になった王女様を綺麗にする為に『清掃』掛ける。涙で汚れた服も『清掃』を掛ける。
それからは借りて来た猫みたいに大人しくなって俺のされるがままだ。俺は王女様の手を引いて皆のいる部屋に戻る。戻った直後は皆何故か慌てて元の位置に戻ったようだが、何か企んでいた事は丸分かりだ。虫たちや小鳥たちに手伝って貰って情報は筒抜けである。俺は貴族にもアルグリードさんみたいにもなるつもりはない。
落ち着いた後、リリィが俺と王女様の繋いでいる手と王女様の姿を見てサムズアップを決めて来た。俺はそれを無視した。
最後に国王様達の所で王女様の手を離そうとしたところ、借りてきた猫状態なのに力強く握られて離す事が出来なかった。結局、その状態のまま最初の位置に戻る。
ミーナは王女様とは反対側にくっ付く。アルグリードさんは笑みを深めると国王様に一つの提案をした。
「なぁ、リュート。この際、家のミーナとそっちのラミリア様を同時に婚約させちまおう」
「ラミリアならともかく、ミーナ君の方は大丈夫なのか? 兄妹だと問題があるだろう」
「大丈夫だ。レインは元々孤児だからな」
国王様の疑問にアルグリードさんは問題無いと返す。と言うか、俺がアルグリードさん達の本当の子供ではない事を普通に言った。国王様はそれに驚き、王妃様が余計に笑みを深めた。
王妃様はアルグリードさんが二人と婚約させると提案した時から笑みを深めていたが、俺とミーナが血を繋がっていない事が分かるとそれはもう、直ぐだった。故に、返事は国王様ではなく、王妃様だったのは必然だったのだろう。
「そうしましょう。それで、いつ頃に発表しましょうか? 出来れば今の時期は止めたいのですけど」
王妃様は今しがたの嬉しそうな笑みとは真逆の面倒臭そうな顔になる。それを聞いた国王様も驚きの表情から一転、真面目な表情になる。つい先ほどに見た国王様、その者の表情だ。
「そうなんだ。こっちが本題だ。今回、リードに来て貰ったのは今の時期、ちょっとややこしい事になっててな。実はプリムリアから戦争をすると一方的に言われたのだよ」
話した内容はおよそ俺やミーナのような子供が聞いていい話では無かった。
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