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オズワルドはガラスの粒をもてあそんでいた。
三センチ角程度の小さなかけらだったが、オズワルドの力をもってすればこの一面にガラスの雨を降らせることができる。
公園にほどよく人が集まって来た。そろそろ昼だ。そろそろ雨を降らせてもいい頃合いに思える。
さて――
オズワルドが手中のガラスに意識を集中させたとき、声が聞こえた。
「ここ」
つたない子供のようなしゃべり方だが、声は大人のものだ。
見ると、ゆるキャラの一種だろうか、赤い大きな『7』があった。
「ここぉ?」
そう返したのは、黒うさぎだ。それにしてもでかい。オズワルドの世界でもこんな大きなうさぎは見たことがない。これもこの世界で流行っているというゆるキャラの一種か。
その黒うさぎの背後からブサイクな走り方でやってきたのは、オズワルドもかろうじて見たことのあるとある球団マスコットだ。
今日は何かそういうゆるキャラのイベントでもある日なのだろうか。
まあいい。
しかし集中が途切れたため、オズワルドはひとまずその奇妙な一団が去るまでコトを起こすのをやめることにした。
「み、みなさん意外と足が速いんですね」
某球団マスコットが息を切らせながら言う。
「まあね。一応、俺はうさぎだからね」
黒うさぎが言う。
「七番目ぐらいに足がはやいから」
『7』が言った。
「はあ……?」
某球団マスコットが首をひねりながら応じる。
「でも、ここ――ですかぁ? 誰もいないようですけど」
「でもでもでも、あんの魔女の巻物の座標はここなんだよな。あ、しまった。置いてきちまった」
「だいじょうぶ。おぼえてる。このばしょ」
「だよなぁ」
黒うさぎが耳をかしげながら、腕時計を見る。
「時間も合ってるし」
魔女。座標。時間。
三つのキーワードにオズワルドは敏感に反応した。
魔女――
そうか。あれが★の魔女にうさぎにされた人間か。たしか、探偵とは名ばかりの体のいい使いっ走りをやらされてるって聞いたことがある。
分の悪さを感じたオズワルドがこの場から逃げようとしたとき、「あ」と声が聞こえた。
「すいちょくざひょう」
「すいちょくざひょう? あ、垂直座標か。うん?」
その時、上を向いた黒うさぎとオズワルドの目がバチっと交差した。オズワルドはガラスをくわえて木から飛び降りた。着地と同時に四つの足で地面を蹴って走り出す。
「りす?」
『7』の声が背後に聞こえる。
「あれはタイワンリスですね。へえー、札幌にもいるんだ」
某球団マスコットがのん気な声を返す。
公園を飛び出し、ビルの隙間の路地に入ろうとしたとき体の上に黒い影がかかった。
見ると、黒うさぎだ。
「この体は二足走法より、四足走法の方が速いんだよね」
オズワルドは観念して、足を止めた。ガラスを地面に置いて、両手を上げる。
黒うさぎはガラスをポケット入れると、オズワルドの首の皮を背後からつまみ上げた。オズワルドを自分の目の高さまで持ち上げる。やっぱりでかいうさぎだ。
「はい、一件落着」
オズワルドの体が放り投げられる。ポンと受け止められた先にいたのは金髪ショートカットの人工的な美女だ。
「お疲れさまです。この成功報酬はのちほど」
美女が機械的に言う。
美女の言葉を受けた黒うさぎが一瞬まぶたをキュッと閉じて開いた。
「――その報酬ってやっぱり金なわけ?」
「?」
「俺としては、金じゃない報酬がいいんだけどってキミに言ってもしょうがないか」
「――」
「うん。わかった。おっけ。キミはキミの仕事をまっとうしてよ。報酬はなんでもいいからさ」
「はい。では失礼します」
タイワンリスを抱いた美女が路地に向こうに消えた。