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「じゃんじゃんぼりぼり」
セブンが言った。
意味はわからないが、たぶん『たくさん増えた』ということだろう。
俺は
「そうだね」
と言って、目を丸くしたまま、大量の紙幣を財布に入れる。
魔女がよこした金貨(一枚)をためしにコンビニの支払いに使ってみたところ、きちんと使え上に大量のお釣りが返ってきた。
「ぱちんこ、いこう」
セブンがそう言って、パチンコ屋の方に俺を引っ張って行こうとする。
「やだよ。ダメだよ。もとはと言えば、おまえとパチンコに行ったせいで俺たちは今こんな姿になってるんだろう」
セブンは足を止め、口をとがらせると、
「ぷー」
と言った。
たぶん、軽い抗議の意。
でも、それほどの怒りではなかったようで、俺が大通り公園の方に足を進めると黙って付いてきた。
背後からさっき買ったアイスをねらってる。
レジ袋からアイスチョコバーが奪われた。振り返って見ると、セブンがさっそくチョコバーのパッケージを破り、うれしそうにそれをパクついている。
すれ違ったこどもが口を開けてそれを眺めていた。
大通り公園に着いた時には、セブンのアイスはきれいになくなっていた。
「おいしかった」
と言って、セブンがゴミ箱にアイスの棒を捨てて、ベンチにもどってくる。
隣に座ると、
「がらすの、あめ?」
と言って、セブンが小首をかしげた。
魔女の依頼の話だ。
「うん。そう、ガラスの雨が降ってくる前になんとかしろって話かな。くわしくはこの巻物に書いてあると思うんだけど」
俺が懐から巻物を出すと、セブンは顔を曇らせ、ベンチから離れる。
かつて俺たちは巻物で変身させられた。
セブンはそれを思い出し、なるべく距離を置きたいと思ったのだろう。
うーむ。どうしたものか。
巻物を開けないと依頼は受けられないし、開けるとまた何が起こるかわからない。
「へい、ぴっちゃー」
セブンが力の無い声で誰かを呼ぶ。
ぴっちゃー?
ひらがなで発音されたそれが耳を通過してしばらくして『ピッチャー』とカタカナ変換された。
ピッチャー?
誰か公園で野球でもやってるヤツいんのかな? この公園って球技OKだったっけ?
セブンの視線を追うと、その先にスーツ姿の冴えない男がいた。
丸顔メガネ。やや薄毛。年齢は三十後半か四十ぐらい。
セブンに呼ばれた男は「え、オレ?」というように自分の顔を指さした。
セブンはそうだというようにうなづき、もう一度、
「へい、ぴっちゃー」
と声を張った。
「え、なに? あの人。ピッチャーなの?」
「うん。そう」
「あの人誰だっけ? なんか見覚えあるんだけど……」
「セブン○レブンほんしゃのひと」
「あ、そっか」
セブンの見張りの人だ。
呼ばれた薄毛男がひょこひょこした足取りでこっちに来る。
そして一礼、
「若い頃に肘を痛めまして、もうピッチャーではないのですが」
恐縮したように薄い頭を下げる。
『セブンに野球やってたって話したことあんの?』
と聞こうとしてやめた。
たぶん、セブンは勝手に察したのだ。こいつにはそういうところがある。
気付くと、セブンは
「これ、あけて」
とピッチャー男に巻物を渡していた。
「え?」
「あかないんだ」
セブンが悪びるそぶりもなく言う。
「はあ」
受け取ったピッチャー男は難なく巻物のひもをほどいた。
その瞬間、白煙が巻物から噴き出すのが見えて、俺とセブンは同時に遁走した。
「うわぁぁぁあああ! ちょっ、なんですか、これー!!!!」
ピッチャー男の混乱した声が背後から聞こえる。
およそ五分経過した頃に、俺とセブンはもとの場所にもどった。
「あ」
セブンが小さく声を出す。
「あ」
俺も声を出した。
「ちょっともう、驚かさないでくださいよー」
そいつが言った。
「じゃぴっと」
セブンが言うと、そいつは
「ちょっと、ちょっと、私の前でそれは禁句ですよ。うちの社長はアンチ巨人で有名なんですから」
とジャビットの姿で言った。