3話「話し相手」
ルモールが走り去った後、フィルは黙々と本の整理を続けていた。
そのなかにはルモールが踏み荒らしていった本も含まれており、その内の殆どが表紙や背表紙の何処かに靴の跡がついていたり何処かのページが少し破れていたりしていて、そういった本にはカイスの町の数少ない本屋である”運び風”の従業員として、フィルは出来る限りの処置を施した。
丁寧に本の汚れを拭き取った後、ページが少し破れている物は繋ぎ止める事が可能だと思う物のみ、道具箱から必要な道具を取り出して繋ぎ止めていく。
やっと終わった……そういった雰囲気を纏いながら
フィルは溜め息を吐いた。
「フィル、フィル……ちと、話し相手になってくれんかのぅ」
フィルが本棚の本を眺めていると店の奥のカウンターから、しゃがれた老婆の声が聞こえて来る。
「はーい」
軽く返事をし、フィルは店の奥のカウンターまでゆっくりと足を進めた。
「お疲れ様……さあ、そこにお座り」
老婆がカウンターの近くに置いてある埃を被った木の椅子へ座るようにフィルに言いつけると、フィルは埃を払って椅子に腰掛けた。
「フィグニア婆さん、今日は何のお話をしましょう?」
にこやかにフィルが質問をするとフィグニア婆さんと呼ばれた老婆が「そうさねぇ……」と呟いて何の話をするか考える素振りを見せる。
「今日は、お前の話を聞かせてはくれないかのぅ?」
フィグニア婆さんがゆったりとした口調で問う。
「僕の話、ですか?フィグニア婆さんの話と比べると面白く無いかもしれませんが、お話しても良いですよ」
フィルの返事を聞いたフィグニア婆さんは、
「ありがとうねぇ……」と小さく言った。
「__ねえ、フィグニア婆さん」
微かに微笑み、フィルが呼びかける。
「貴方が僕から聞こうとしている事__当てて見せましょうか」
不気味な雰囲気のその言葉をフィルは優しい笑みを浮かべながら口にし、フィグニア婆さんがコクリと頷いたのを見て答えて見せた。
「お前はまだ旅をしたいか……お前は旅に出て何をするつもりだ……お前は魔族が怖くは無いのか……お前が旅に出ようと思ったきっかけは何だ……」
フィルが複数の答えをゆっくりと言った後、フィグニア婆さんは、うんうんと頷いて口を開く。
「凄いねえ……」
フィグニア婆さんの呟きを聞いた後にフィルは「ふふっ」と嬉しそうに笑った。__そして、先程、自分が口にしたフィグニア婆さんの質問に丁寧に答えた。
「旅は、今もしたいです……何をするのかは、出来れば言いたくありません。魔族が怖いかどうか、でしたね。僕の場合は……この町で種族差別をこの身で経験した身の為、なんとも言えません。最後に僕が旅に出ようと思ったきっかけはシルフィリア以外の種族がどの様に暮らしているか……どの様な環境に暮らしているかを実際にその地へ赴いて体験する為です」
フィグニア婆さんは、「成る程ねぇ」と言って一人で何度も頷いた。
「フィル、最後にこれだけは聞かせておくれ……これに答えたら今日はもう仕事を休んでもいいからね……」
フィルは頷き、フィグニア婆さんの言葉に静かに耳を傾けた。
「__お前はルモールに、恋心を抱いているね?」
フィグニア婆さんの言葉を聞くなりフィルは立ち上がって店の出入口へ足を進め、さっさと進めていた足を止め、口を開いた。
「魅力ある女性に男は皆、恋心を抱くものです。しかし、僕は彼女のみを愛する程の恋心は抱いていない。ほら、答えましたよ、フィグニア婆さん。でもね?そういうの、職権乱用って言うんですよ?人の事は言えませんが言わせてもらいます。貴方も、意地悪ですね」
フィルが運び風から去った後、フィグニア婆さんは自分しかいない筈のその場所で誰かに言う様に、こう言った。
「__気をつけて行くんだよ」




