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たんぺん

ゆーがっためーる。 俺が異世界に召喚されたときの話

作者: ほすてふ

 よ、久しぶりだな。今暇かい?

 ちょっと話を聞いてくれないか。聞いてくれるだけでいいんだ。一人で溜めこんでるのがつらくてね。

 なに、たいした話じゃない。そう長くもならないさ。ちょっとばかり、不思議な出来事が起きたって、それだけの話。





 これはしばらく前のこと、一通のメールが届いたのが始まりだ。

 ゆーがっためーる。

 登録していないアドレスからの着信音だったから、まーた迷惑メールか消さないとってなもんで端末を開いたわけ。そして消そうと思ったところで手を止めた。なんでかって? それは件名がちょっと面白かったからさ。


『異世界に召喚されませんか?』


 なんだこれ、と思ったね。

 エロサイトの広告だのお金差し上げますだの還付金がどうのだの名前も名乗らずアドレス変えたんで登録してね(^o^)/ だの、そんな迷惑メールはさんざん見てきたが、こんなのは初めてだ。そういう意味じゃこのメールは勝者だよな。気を引くことに成功したんだから。

 そしてちょうど暇だった俺はそのメールを開いてみたのさ。変な添付ファイルもなかったし、何かあっても最悪端末がお釈迦になる程度。バックアップもまめに取っていたから大丈夫だろ、と軽く見ていたんだ。

 そして開いたメールは思いのほか長文だった。内容は要約するとこんな感じだ。


『私は別の世界の召喚術師です。召喚獣として契約してくれる方を探しています。以下の条件で契約に同意していただけるようなら下の【同意します】ボタンを押してください。(以下契約条件)』


 契約条件ってのは、召喚獣と召喚主は互いを意図的に害さないことだとか、召喚時間によって規定の報酬がもらえるとか、雇用契約書とか就業規則みたいな内容だった。なかなか手が込んでるなあと俺は感心して、さっきも言った通り、ちょうど暇だったもんだから、ついつい【同意します】ボタンを押しちゃったのさ。

 すると思いもよらないことが起きた。

 いや、ある意味起こるべくして起きたことなんだろうけども。

 変なジョークソフトか何かがインストールされるように仕込まれてるくらいは想定してたが、まさか本当に召喚されるとは思わないだろう?


 そんなわけで次の瞬間俺の目の前にはかわいい女の子が立っていた。

 魔女スタイルっていうのかな。つばひろのとんがり帽子に、マント。その内側はミニのワンピースだったけど、色は黒っぽい紫だ。マンガやアニメに出てくる魔女、その中でも若い、少女な感じといえば想像できるだろうか。ちなみに顔は物凄くかわいいというか俺好みだった。

 マジかわいかったんだよ。


《はじめまして! よろしくおねがいします!》


 呆然としてへ、あれ? みたいな間抜けなセリフが口から漏れていた俺の頭の中に女の子の声が響き渡った。テレパシーっていうのかな? 後で聞いた話によると、召喚主と召喚獣の間でのみ使える意思疎通手段なんだとか。

 結局この時は顔合わせだけですぐに送還、帰らされたんだ。俺も混乱していたし、向こうもこっちを慮ってくれたんだ。来る時と同じ、至極あっさりと元の場所に戻してもらえたんだ。一度は夢でも見たのかと思ったんだが、その後何度も呼ばれたからな、夢なんかじゃない、現実だった。

 とまあこんな感じで俺は召喚主様の召喚獣になったのさ。


 それから始まった異世界での召喚獣生活はまあ、なかなか興味深いものだった。

 まず、召喚主様が用があるときには端末にメールが来るんだ。『今大丈夫ですか?』ってな感じでな。

 それで、こっちがメールでOKの意志を示すと向こうに召喚されるようになっていた。時には『今トイレ中だからちょっと待ってくれ』なんて返事を返したりもしたな。ここ笑うところだぞ。

 仕組みなんかわかりゃしないよ。なんでメールなんだとか、どうやってメールを使ってとか、俺も聞いてみたけれど、召喚主様もよくわからないそうだ。召喚の術式がメールなるシステムに偶然合致して云々って仮説を立ててくれたけど、それを証明する手段もないし、できたところで仕方がない。とりあえずそういうものだとわかっていればいい類のことだろう。そもそも常識外の出来事なんだし。

 で、召喚されて何をしてたのかというと、実はこれがほとんど雑用だったんだ。それも軽い肉体労働。重い荷物を運んでくれとか、高いところにある者を取ってくれだとか。

 笑えるだろう? 異世界から召喚するなんてとんでも技術を利用してその程度の手伝いをさせるんだぜ?

 面白いのが、向こうの世界だと俺はちょっとしたスーパーマンだった。

 なんだか知らないが体が軽い。国民的タヌキアニメの劇場版で重力が小さい星に行って無双する話があるのを知ってるか? 重力が小さいと構造物の強度も必要とされないもんで重力の差の分、見かけよりも超パワーを持っているように見えるって話だったっけ。あんな感じで。

 召喚主様も驚いていたけれど、俺が重力の仮説を話してやったらなんて言ったと思う?「それはお買い得でした!」だと。にっこり笑う顔もかわいかったもんさ。


 そうやって簡単な手伝いをしたり、たまに異世界を観光に連れて行ってもらったり、そんな日々を過ごしているうちに、召喚主様や召喚魔法、それに異世界のことをいろいろ知ることができた。

 召喚主様はけっこうズボラで、はじめは取り繕っていたけれど、だんだんとかぶった猫が剥がれて来てばれることになったり、召喚魔法にはいろいろ制限があることを知ったり、異世界の政治システムなんかを教えてもらったりなんかだな。

 例えば召喚主様の名前を言えないのもその制限の中の一つだ。名前は魔法使いにとって重要なものでどうこうって言っていた。悪質な召喚獣に知られると逆襲されることがあるので教えられないそうだ。いや俺は悪質じゃないからな。せいぜい召喚主様がこっちに意識を向けてないときに絶対領域をガン見するくらいだ。

 逆にお礼といっちゃあなんだが、と俺たちの世界のことを教えようかと思ったんだが、これは断られた。なんでも異世界の知識は法で禁じられているそうで。なんでも知識チートは禁止なんだと。理由は知らない。過去に問題が起きたことがあるんだろうと想像するばかりだ。

 まあそのおかげで一つ合点がいった。

 実はその世界で使っている言語は日本語じゃないもんで、俺は召喚主様としか意思疎通ができない。言葉を覚えればいいのかと思ったが、そういう問題でもないらしく、あえて何言ってるのかわからなくなるようになっていた。向こうのものが食べられるようにしたり、病気が相互にうつらないようにしたりしてくれているのに、意思疎通だけ妙に不便だと思っていたんだよ。情報の行き来のルートを絞っていたんだな。


 だが、この仕様のせいであんな結果になるとは当時の俺は思っていなかったわけだ。


 あるとき、メールが届いたんだ。いつも通りのゆーがっためーる。

 内容を見て俺は慌てたね。


『緊急。たすけて』


 急いで召喚了承の返事を出そうとしてギリギリで思いとどまった。そして周りを見回して手近にあったものを手に持ってから召喚に応じたんだ。

 この判断は正解だったと思う。

 なんせ、召喚されたら目の前にドラゴンがいたんだから。

 ドラゴンだ。

 俺はビビったね。恥ずかしながらチビッたといってもいい。

 ドラゴンは頭だけでも俺よりデカかった。全長はわからないけど、多分二十メートルとか三十メートルとかそのくらいじゃないだろうか。ぶっちゃけ下手な家よりデカかった。

 鋭角的で攻撃的な顔の作りで燃えるような目でこちらをにらみつけていた。

 意思疎通できない身だけれど、なんとなく、いきなり現れた俺を警戒して値踏みしようとしているように思えた。

 その俺はビビって動けなかったわけだが。

 妙な停滞した時間はすぐに終わることになった。

 俺の後ろでとさっ、と何かが倒れる音がしたからだ。

 その音のおかげで俺は少しだけ周りが見えるようになった。

 周りは焼け野原だった。

 そしてドラゴンをできるだけ視界から外さないように意識しながら動いて、後ろを確認したんだ。


 そこには、嫌な予想の通り、召喚主様が倒れていた。いつもの魔女服はボロボロに焼け焦げていた。いろんな耐性がついたすごい服なのだと自慢されたこともある服がだ。

 俺は叫んだ。

 ここからは実はあんまり覚えていないんだが、もう何が何だかわからなくなって、召喚主様を抱きよせたと思う。

 それを見たドラゴンが何か鳴いた。もしかしたら言葉をしゃべったのかもしれないが、理解できなかったからどっちでもいい。そして口を開けて、大きく息を吸い込んだ。

 俺はもうわけがわからなくなっていたので、思わずというか反射的に手に持ったものでドラゴンをぶん殴った。もちろん抱きよせた召喚主様じゃないぞ。召喚されたときに持って行った奴だ。

 手に持っていたのは金属バットだ。ほら、昔野球少年やってた頃の奴。

 結果として鼻っ面を殴られたドラゴンはピギャアみたいな声を漏らした。俺はやったかと思った。さっき言ったように、この世界では俺はスーパーマンみたいなものだったから。

 だけどその程度じゃ足りなかったんだ。ファンタジー世界の強者たるドラゴン様は異世界の金属バットで殴られたくらいじゃやれなかったんだ。


 それから俺は尻尾を巻いて逃げ出した。

 痛い目にあったドラゴンは意思疎通できなくてもはっきりわかるほど怒りを顕わにしていたし、そもそも俺ははじめからビビっていたんだ、足が動いただけでも僥倖だったと思いたい。

 もちろんドラゴンは追いかけてくる。スーパーパワー(偽)のおかげでどうにか逃げ回ることはできていたけど、撒けるほどの余裕もなかった。ボロボロで意識を失っている召喚主様も心配だった。こうして抱っこして走りまわっていて大丈夫かどうかすらわかならないが、置いていく選択肢はなかった。なんでってそんなことしたら召喚主様はドラゴンに殺されるだろう。そうすると意図的に害しすることを禁じる契約に抵触して俺も同じ目に遭うのだ。つまり死ぬ。俺は極めて利己的な理由により、召喚主様をあきらめるわけにはいかなかったわけだ。

 一方で恐怖を押し殺して攻勢に出るというのも難しかった。スペックだけ考えたら俺一人ならどうにかなったかもしれないが、召喚主様を連れていたんじゃ無理だった。そうじゃなくても俺にそこまでの勇気があるかというと怪しいところではあったけど。


 そんなこんなで一進一退というか一退一退というか、先の見えない逃走が続いていたんだが、新しい登場人物が現れたことで状況が変わった。

 そいつらは、なんていうか勇者と愉快な仲間たち、という表現がよく似合う連中だった。

 剣と鎧を身に着けたさわやか系のイケメンと三人の美少女だ。俺たちとドラゴンの前に現れたそいつらは俺に何か話しかけてきた。

 しかし、何言ってるのかさっぱりだった。意思疎通はできないのだ。そういう風になっているのだ。

 召喚主様が意識を失っているのが痛かった。

 何か若干ドヤ顔で格好つけて喋っていたイケメンだったが、俺の反応が芳しくないのを見ると訝し気な表情に変わる。美少女三人は敵対的な雰囲気を纏い始める。

 マズいと思った。どうにかこっちに敵意がないことを伝えないといけない。だがドラゴンが迫っているし、どうしようか判断に困り、迷っているあいだにどんどん時間はなくなった。

 いっそこいつらに押し付けて逃げてしまおうか。結果的にそれが両者とも一番被害が少ないんじゃないかと思い至った。


 その瞬間だ。送還が始まったのは。

 召喚時間は召喚したときに使った魔力で決まる。俺の意思でどうこうできるものじゃなく、召喚から送還までシステマチックに解決される。これも召喚魔法の制限のひとつだ。

 タイミングが最悪だった。今俺が帰ったら意識のない召喚主様はどうなる?

 勇者と愉快な仲間たち(仮)はこちらを怪しんでいる様子を見せているし、ドラゴンは殺そうとして追ってきている。

 勇者(仮)が最大限友好的に見て中立的立場を取ったとしてもこの後予想されるドラゴンと勇者(仮)の戦いの余波か何かからかばってもらえるか?

 残されたわずかな時間、俺の判断はこうだった。

 召喚主様をその場に下ろし、金属バットを全力でドラゴンに向けて投げつける。

 あわよくば、勇者(仮)が、ドラゴンと共闘する姿勢をとったと見てくれれば残された召喚主様を守ってくれるかもしれない。スーパーパワー(偽)を振り絞ってぶん投げたバットがドラゴンにダメージを与え、撤退を促してくれるかもしれない。

 かもしれない、である。だがまあ最後の瞬間としては悪くない選択をしたんじゃないかと思いたい。そうだと言ってくれ。

 ともかくその次の瞬間には俺は送還されて、元の世界に帰っていた。




 その後、俺の端末に異世界からのメールは届いていない。

 おいおい、そんな顔するなよ。いや、変な話を聞かせて悪かったな。これは、その、あれだ、小説でも書いてみようと思って。その原案だ。そういうことにしといてくれよ。どうだ、面白そうだと「ゆーがっためーる」……!

 すまん、ちょっとメールが入った。また今度話を聞いてくれ。ちょっと行ってくる。またな。



                               おわり。

 

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