依頼29件目「スキマ」
「さて…素直にそこを退いてくれると助かるのだけど。退く気は無いようね。」
紫は見下す様な目で一夜を見る。
冷徹な目をしている紫に畏を感じる事も無く一夜は刀を抜く。
「そう簡単には通しませんよ。仮にも現総大将ですし…それなりの力はあります。」
「あら。貴女が私に勝てると思っている事に私は驚きだわ。頭も雀並なのかしら?」
嘲笑う紫に一夜は憤る様子も見せない。
以前ただ微笑んでいるだけだ。
「紫さんこそ…ご高齢の頭には厳しいんじゃないですか?無理はしない方がよろしいかと。」
「…何を言ってるのか分からないわね。私はまだ若いわよ。」
一夜は刀を構え言い返す。
刀を向けられても紫は動じていない。
「ほら。話を逸らそうとする辺りが低脳な頭だと私は言ってるんですよ。」
紫は溜息をつき一夜を睨み付ける。
「はぁ…どうして妖狐組の連中はこうも口が達者なのか。理解し兼ねるわね。」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。」
暫くして沈黙が流れるが、紫が先に動く。
傘をスキマにしまい、右手を振り上げる。
一夜は目の前に広がった光景に戦いた。
明るい筈の周りは暗い闇が漂う。
闇の中心にいる紫の背後や周囲には空間の裂け目のスキマが開く。
まるで死体を待ち受ける様にスキマの中の眼がこちらを凝視している。
スキマの中からは外界の標識が飛び出している。
(はっ…。これが大妖怪『八雲 紫』か…!?想像を遥かに超えている…!何だこのバケモノは!?)
笑顔を崩す事はしなかったが冷や汗が頬を伝わっている。手に震えが漏れ始める。
「これじゃあ…零狐様が、総大将が手を出すなって言う訳だ。だけど…」
一夜は体の震えを止めて刀を握り直す。
刀を下段に構え、握り締める力を強める。
「そんな恐怖より総大将を守る方が大切だ。」
「貴方みたいな奴が従者にふさわしいのね。まぁ…力量も計れない馬鹿の様だけど。」
標識は一夜目掛け飛んで行く。
幾つもの標識は一夜を狙い、放たれるが一夜は最初の一本を跳んで躱す。
速度はかなり速い様で地面にめり込んだ瞬間、礫が轟音と共に辺りに飛び散る。
「そんな命中率じゃ遠距離攻撃としては役に立たちませんね?」
標識の棒の部分に着地し駆け上がる。
紫が手を前に出すと更に標識が何本も放たれるが一夜は全て紙一重で躱していく。
「チッ…なんて突拍子もない動きを。」
簡単に被弾させれない事に焦りを感じているのだろう。命中率が最初より悪くなっている。
一夜は間合いを徐々に詰めてきている。
(どこか間合いを一気に詰められる場所は…)
そして標識が飛び交っていないある一部の箇所を一夜が見つけた時だった。
今までとは段違いのスピードでその場所に移動する。紫が標識の狙いから外れたと分かった時にはもう遅かった。
「これで…終わりです。」
一夜は刀を握り締め、紫に向かって振り上げた。そして一夜は咄嗟に紫の顔を見た。
口元が上がり笑っていた。
それを一夜が気付いた時、一夜の目の前にスキマが出現した。
「貴女が終わりみたいね。チェックメイトよ。」
その言葉と共に標識が一夜の目の前に迫る。
(刀で防ぐにも標識相手じゃ折れるのがオチね。やっと私も塔に…。)
しかし。
金属の弾ける音が鳴り紫はもう1度振り返る。
そこにはたった一本の刀が標識を受け止め、更には標識を逆にひしゃげさせている一夜の姿があった。紫は予想外の出来事に頭の処理が追いつかなくなっていた。
「ふぅ。今のは危なかった。」
「な、何で…?」
一夜は勢い良く飛び上がり刀を紫に振り下ろす。
紫は直ぐにスキマを出現させ墓石を盾にする。
しかし違和感を紫は感じとった。
(な、何…?こんな刀じゃあこんな重い一撃は出せない。もっと重量のある武器じゃない限り…!)
紫は左手を上に上げ一夜の背後にスキマを出し標識を再度放つ。
すると一夜は離れ標識を避ける。
「分かりました?確かに重みがおかしいですよね。恐らくこの刀の名前を知れば納得するかと。」
一夜は刀を下段に構え直しその名前を明かす。
「天真…それが名前です。」
「…天真!?持ち主は不明になっていたけど今は貴女が使っていたのね。」
※第三弾オリキャラ設定集にて
「私は以前に斬馬刀という刀を見ましてね。咄嗟にさっき使いました。」
紫は舌打ちをしながら傘を一夜に向け青い球体を先端にした弾幕を放つ。
「ならこれはどう?」
(刀が厄介なら弾幕で戦わざるを得なくすればいい。)
一度に四つ放たれた弾幕は打ち出された瞬間にかなりの速度で弾道を変化させる。
(不規則に弾道が変化するのかっ…!?)
一夜は何も言わずに低姿勢になり躱すが、ホーミング性能が高く追いかけられる。
紫は追加で何度も打ち出している為、一夜は避けるだけになってしまう。
避けながら一夜は失点を見返していた。
(八雲紫のもう一つの強み…弾幕の強さ、量の多さ…!これをやられると手が出ない!)
紫は更にスキマからも標識を打ち出す。
「くそっ!」
一夜は天真の能力を発動させある刀を真似た。
滑空しながら振り向きざまに刀を振る。
刀の剣筋に沿うように小さい弾幕が放たれる。
「楼観剣を真似するとはね…!」
紫は驚きつつも指に挟んだスペルカードを発動させる。
ーーー境符『四十結界』ーーー
辺りに蒼く輝いた札の形の弾幕が無数と言って良い程に放たれる。
「ぐうぅっ…!無理だって!」
更に連続して放たれ続ける弾幕に一夜は被弾してしまう。
肩に被弾してしまい落下していく。
落下していく最中、空中のスキマが更に追い討ちをかける。
即座に突出した標識に腹部をめり込ませられ、飛ばされる。
血が口元から滲み出るがまた宙に打ち上げられる。うっすらと目を開けるとまたもや真上にスキマが出現し、鉄柱が放たれる。
降り注ぐ鉄柱を体勢を整え弾くが、右腕に鉄柱が突き刺さる。
痛みに耐えられずに落下していく。
地面に叩き落とされ、身体を直ぐに起こそうとするが鉄柱が腹、左肩、右腕に突き刺さり動けない。
「ちぃ…げほっ。いったいな…。」
ぼやける視界の中、目の前に巨大なスキマがあるのが見えた。
その中からは紫がゆっくりと傘をさし降りてくる。
着地した後、直ぐ隣に治療薬をそっと置いた。
「…だから言ったじゃない。力量も計れない馬鹿だって。」
一夜は血を吐き出しながら涙を流していた。
「最初から…分かってたんだよ。紫さんに…あんたに勝てない事ぐらい。でも役に立ちたかった…。総大将の…役に。」
紫はただ塔に歩き出した。
しかし急に足を止め振り向きざまにこう言った。
「役に立ちたいなら強くなることね。力が無ければ只の約立たずの従者になるわ。」
いつの間にか闇は晴れていた。
続く




