依頼28件「首無」
無い首に白いマフラーを巻き、身軽な和服を身にまとった青年が足を踏み出す。
ストレートに下ろしてある耳くらいまである長さの茶色の髪が少し揺れる。
手には緩めてある光に反射して光るワイヤーが垂れ流しになっている。
「さて…やりますかねぇ。」
涼し気な口調で首無はこれから戦う式神二人を一瞥する。ただ立ってこちらを見ている様にも見える、橙と藍は既に身構えている状態だった。
「ほんっとさぁ、久しぶりの再開で人使いが荒いんだよねぇ。ウチの大将は。」
「そうですね…私も日々、紫様には苦労させられています。お互い大変ですね。」
藍は橙の頭を撫でながら鋭い目つきで首無を見ている。首無は溜息をつく。
(行動見張ってんのバレバレだよ。九尾の狐と言えども知能ならウチの狐様の方が良いねぇ。)
首無は片足を前に出した。
その瞬間、橙が目にも留まらない速さで飛びかかる。同時に狐の亡霊の様な弾を藍は放つ。
地面の石は飛び粉塵が巻かれる。
粉塵が晴れていくにつれて状況が明確になる。
首無は宙にある何かを掴みぶら下がっている。
「ははっ。こっちだよ猫ちゃん。」
顔だけは笑っているが、目は笑ってない。
橙は持ち前の跳躍力で飛び首無の顔の位置を蹴る。首無はにやりと笑い右指を動かす。
「なっ、なんだ。足が!?」
橙の蹴りは受け止められ、ワイヤーで縛られていた。首無は掴んでいたワイヤーの上に立ち、両手を広げる。
すると橙の両手はワイヤーで縛られる。
足のワイヤーは既に外されていて、両手で宙吊り状態になる。
「私がいる事を忘れるな?」
「おっと、危ないねぇ。」
数多の狐の亡霊が藍によってあやつられ、白いモヤの様な弾と共に襲いかかる。
首無は服の懐から投げナイフを幾つも放つ。
途中で弾幕に命中して止められるものもあったが、手数はやはり負けてしまう。
(俺も馬鹿じゃないからね。対策くらいはするよ。)
腰に据え付けていた分銅つきの紐を上に投げつける。分銅は木の枝にひっかかり紐は首無を引っ張り上げる。
意外と速く上がる為、弾幕は全て空回りする。
「ならこれはどうだ!?」
左手を前に掲げ、指に挟んだ輝く物を発動する。
ーーー『式輝「四面楚歌チャーミング」』ーーー
首無の周りの至る場所に小さな赤の球体が現れる。段々とそれは大きくなり、薄い赤の波紋となり小弾幕と共に放たれる。
青く鋭い弾幕も赤の波紋から幾つも首無を狙う。
「俺、飛べないのにそういう事しちゃう?意外と卑怯だねぇ。」
首無が片手を大きく振り上げると橙の片手を縛っていたワイヤーが消滅する。
直ぐに振り上げた片手に従うようにワイヤーが首無を弾幕から護る。
「まだ残ってるぞ?」
藍の言う通り直ぐに第二陣が来る。
青く鋭い弾幕は狐の亡霊と共に数が倍になり襲って来る。
「スペカが無い俺に遠慮ないねぇ。でも…」
首無はワイヤーの上から飛び降りる。
かなりの高所だが直ぐにあるはずも無い枝にくくりついたワイヤーを掴み、宙を逃げる。
宙を逃げながら森の入口に近づく。
(明らかに不利だからねぇ…有利な方でやらせてもらうよ。)
森の中にあるはずも無いワイヤーを至る所に出現させて高速でワイヤーの上を駆け抜ける。
途中で別のワイヤーに掴まったり、乗り換えたりする為、姿を一定に固定できない。
追尾していた弾幕は木々に当たり消滅する。
「ちっ…逃げんなっ!あっ…逃がしはしない。」
藍は乱暴な口調が出て「しまった」という顔で首無を追いかける。
橙もそれに続くが一瞬だけ距離が離れた。
その様子を追いかけられながら見た首無はいきなり視界が掠めた。
(何だ、一瞬目が。それに見間違い…幻かねぇ?あの女狐が…背丈の低い少女に見えた。逆にあの橙っていう式もウサ耳ついてるように見えたし…。)
既に橙は藍に追い付き、一緒に首無を追いかけていた。首無は意識を切り替え、少し開けた場所に出た。そこに幾つもワイヤーを張り巡らす。
「被弾なしか。やるな。」
「弾幕の唯一の欠点。何かに当たると小さいもの程消滅しやすい。」
藍は表情にこそ出さないが焦りを感じていた。
(バレんのも時間の問題だな。全く…あの女狐も大変な仕事おしつけやがって。)
橙は赤く目を光らせ、首無を睨んでいる。
(私の幻覚も長くは続かない。早めに叩き伏せないと…。)
そう。実はここにいる藍は鈴仙が見せている幻覚だ。正邪に藍の弾幕を真似させているのだ。
一方の橙は鈴仙が自らを幻覚によって姿を変えている。こうなった発端は作戦開始前のまだ派閥が別れる前の事だ。
零狐が悪夢を見て、紫が要件を伝えたあの日。
反対派が確実に邪魔をしてくるだろうと判断した紫は藍に命じていた。
『一応、だけど。自分と橙の影武者を作っておきなさい。相手の目を欺いて塔に邪魔されずに着くためにも。』
鈴仙は紫と永琳の旧友の仲で駆り出され、正邪は報酬を得てやっているのだった。
首無は二人を不審に思いつつも、呆れたようなポーズでこう言った。
「もう、君たちに勝ち目はない。ここは既に俺の世界なんだよねぇ。二度と弾幕は当たらないよ。それでもやるかい?」
藍、もとい正邪は首無に向けて中指を立てる。
「あ?思い上がってんなよ糞が。此処でお前は潰す。」
橙、もとい鈴仙は首無に気付かれぬ様に、正邪の足を踏みつける。
(あっ、ごめん。つい素が出てた。)
(気をつけてよ。)
首無から視線を逸らさずに、藍の弾幕を真似て大量の弾幕を一瞬にして放出する。
「この場所が逆に仇になったな。この狭まった場所でこの弾幕を躱せるか!?」
その時、首無は地上に足をつけていながらも余裕の表情だった。
鈴仙は勢い良く走り出し、首無に向かって蹴りあげる。
鈴仙は的確に弾幕を避けつつ近接で攻めていく。
「まいったな…近接は得意じゃないんだよねぇ。」
鈴仙の足を右手で受け止め、空いている左足で鈴仙の顔めがけ同じ様に振り上げる。
しかし鈴仙の既に受け止めた足は戻っている。
最小限の動きで頭を下げて躱す。
「くっ…弾幕が!?」
首無は近接を返すのに集中して、弾幕に囲まれているのに気づかなかった。
首無は宙に浮いて、右手で橙の首を掴んでいる。
「がっ…やめろ…!はなせ…!」
「橙!このっ…!」
藻掻く橙の首を不敵に笑いながら手の力を強める。藍は右手を上に振り上げる。
至る所に魔法陣が出現し、青と赤のレーザーが首無に放たれる。
「この程度は、楽勝だねぇ。」
橙を掴んでいない方の手の指を順番に動かす。
首無に当たる筈のレーザーは何かに弾かれ別方向に飛んでいく。
「弾かれっ…!?」
藍は驚きつつもレーザーの間を縫うようにして橙の元に飛んで行く。
その時だった。
橙の体に一つのレーザーが迫っていた。
更には首無の頭に向かって一つだ。
藍は更に速度を増して、橙の体まで到達しようと必死になっていた。
(くっ…!?間に合うか!?)
首無がその時、舌打ちして自らの防御のワイヤーの集合を解いた。
「ちぃっ…!」
次の瞬間には橙の体は直ぐに出来たワイヤーの集合により護られていた。
「なっ、何故だ。橙を…護った!?」
一方、首無はたった1本のワイヤーでレーザーの軌道をずらし、自らの肩に命中させていた。
首無は橙を藍に向かって乱暴に投げる。
橙は咳込みながら気を失い、藍の腕の中に入った。しかし首無の目に映っていたのは藍や橙等ではなかった。
そこに映っていたのは正邪が鈴仙を持ち上げている姿だった。
「ちっ…うどんげのヤローが気絶しちゃったからな。もう見えてんだろ?」
首無は驚いた顔をしたが直ぐに察し笑い出す。
「なるほどねぇ…気絶した方が幻影持ちか。お前は確か…正邪だったかな。他人の弾幕を、まさかスペカまで真似るとはね。」
頭を掻き溜息をついた正邪は、鈴仙を担ぎながら首無に背を向ける。
「ま、あたし達は足止めだから。十分時間稼いだしもう行くわ。そんじゃ。」
首無は何も反応せずに正邪の姿が見えなくなるまで力を緩めなかった。
しかしその姿が森の闇に消えていくと、両手の指を緩める。至る所に張り巡らせていたワイヤーを巻き戻そうとした瞬間。
「何だ…何か感触が!?」
首無が何かを感じた時には腹部にナイフが一本突き立てられていた。
「…ッ!!」
軽い装備なだけに装甲も薄く、首無へのダメージは大きい物だった。
首無はナイフをゆっくりと抜き地面に捨てる。
傷を繋ぎ合わせる為にワイヤーで無理矢理繋ぐ。
「ハァッ…痛いなぁ…。誰だよ。」
首無の言葉に反応し、急に空間の中から吐き出された様に現れた。
「危ないじゃないか。こんな物を張ったら…。」
その姿を見た首無は動揺を隠しきれなかった。
「い…犬神!?何でお前が…。」
「あぁ、知り合いか。悪いな。息子の体はもう奪ったよ。」
「息子…?じゃあ、お前は。」
不敵な笑みを浮かべ、答える。
「そうだよ。犬神の親父…速消の狗、四閃。」
首無は懐に手を入れ投げナイフを幾つも指に挟む。四閃を睨み構える。
「ほぉ…やるか。良いだろう。本来、貴様の様な弱者に構う時間は無いがな。」
「弱者かどうかは戦ってみてから判断するんだな。妖狐組の軍師の力、見せてやる…!」
首無の持っていた三本のナイフが四閃に向かって投げられる。するりと手に従う様に綺麗に真っ直ぐ飛んでいく。
(ふむ…ナイフに相当扱い慣れているのか。いや、俺のナイフを躱せなかった辺り、ワイヤーを使っているだけか。)
四閃は自らの骨から作られた槍を使い、ナイフを全て弾き返す。
弾き返した時には首無は既に動き出して、四閃の方に走っていた。
「弾き返されたら動揺誘う為に走る…浅はかだな。」
何一つ答えずに左足で四閃の頭を目掛け蹴りあげる。槍の持ち手で受け止められるが、直ぐに足を戻し臨戦態勢になる。
可能な角度から拳や足での攻撃を繰り出していく。一発は軽い訳でもなくそれなりに重い一発だ。拳が四閃の鼻にかすめ血がにじみ出る。
「ふっ…速さが持ち味か?俺に速さで挑むとはな。大した根性だ。」
「お前の速さと俺の速さじゃ訳が違う。」
首無は片方の足を地面につけ軸にして、体を捻る。その反動で繰り出された回し蹴りは見事に骨の槍に命中し、槍は砕かれる。
「馬鹿なっ!?」
驚きつつ槍を投げ捨て、後退する。
「お前は全体的な移動速度や瞬発力は桁違いの化け物だが…細かい動作は俺が勝っている。」
首無は中指を立て笑みを浮かべる。
「例えば攻撃速度…とかねぇ。」
「何を言うかと思えば、速消の狗に向かって言う言葉じゃないな。お前は全てにおいて俺より遅い。」
首を鳴らし挑発する様に手を招く。
「寝言は寝て言えよ。老いぼれのワン公。」
「…果たして本当にそうかな?」
四閃は姿を消して首無の足元に出現する。
手は押し出す様に体の軸に沿っている。
「腹部に掌底か…当たれば確かに強いけど。」
横に体をずらし最小限で躱す。
右足で体目掛け蹴り上げるが、その体は煙の様に当たり具合は無く宙を蹴っていた。
体全体は消え首無の背後に回っていた。
気配で感じとった首無は姿勢を低くして躱す。
すぐさま左手を横腹を狙い振りかぶる。
「がっ…!」
腹を抑えたが、左足で蹴る。
首無は両手を交差し防ぐが吹っ飛ばされる。
「ちぃっ…!」
(予想外だ!こんなに重いとはな。速さには反比例して重くないかと思えば…これが速消の狗。)
首無は両手が痺れ身体ががら空きになっていた。
「やはり甘いな。」
四閃は既に首無の懐に入り込み右手に力を込めていた。素早く打ち出された拳は首無の腹に深く抉りこまれる。
「ごほっ!?」
背後の木に打ち付けられ、胃液が逆流し血が吐き出される。
「おぇ…げほっ…!」
ぼやける視界の中、前を向くと鈍い音と共に片方の視界が暗闇になった。
そして直ぐに脳が危険な信号を発する。
その信号は「激痛」で伝えられた。
理解した。
自らの右目が貫かれたと。
「あああああぁぁぁあっ!!!あぁっ…あぁ。」
頭を木から離そうとするがはなれない。
四閃は笑みを浮かべながら、腹部に容赦無く殴り込む。重い一撃を。
「おぁ…げぼっ…はぁ…はぁ!」
「木から離れないの何でか教えようか。槍の破片を俺が木とお前に貫通させてるからだよ。」
首無はそれを聞いて気が狂った様に笑い出す。
「…何がおかしい?」
その瞬間。首無の反対側。つまり四閃の背後にあたる側の木に未だに張り巡らせているワイヤーを首無は操り、自らを引っ張り上げる。
血なまぐさい音が鳴り、破片は引き抜かれる。
ワイヤーでの移動は速く、四閃は目で追うだけで追う反応力は無かった。そして首無が背を預けた木に背中を向け距離的に近づいてしまった。
直ぐに首無は木に到着すると動揺している四閃に向かって三本ナイフを投げた。
それは四閃に躱され森の闇に消える。
「馬鹿が…頭。穴空いてんじゃねえか。そんな状態で何するつもりだ。」
四閃の言葉に首無が不敵に笑うと右手と左手を自分の前で交差させる仕草をする。
それを合図に四閃は体が急に締め付けられる。
辺りの木が軋みの混ざった音を出している。
「なっ…何だ。」
四閃の体は森に張り巡らせていた幾つものワイヤーによって体を縛り付けられていた。
首無は驚いている四閃の前まで歩いてナイフをもう一本取り出す。
「今、投げたナイフ。あれを躱さなければこうはならなかったのにねぇ。」
首無は見下すような目で四閃を見る。
「あれは…俺が仕掛けた罠を起動する為のナイフ。躱される事を前提に投げたナイフだ。」
血が流れ出している右目を抑え話す。
「本来、あの二人を拘束する為の罠だったけどお前に使えて良かった。」
「じゃ…じゃあお前は!最初からここに誘導する為に…!?」
首無はナイフを握り締める。
「右目失くすのは予想外だけどな。…代わりにお前は命を失くすけど。」
ナイフを振り上げ笑う。
「別に良いよな?俺の右目を奪ったのは冥土の土産話にしときな。」
そう言って、ナイフを振り下ろそうとした瞬間だった。首無は手が震え始めナイフを落としてしまう。首無の手に握られたワイヤーも緩む。
緩んで自由になった四閃はナイフを拾いあげ首無の耳元で呟く。
「駄目だろ?ナイフを離しちゃあ…。」
(何でだ…力が。手に力が入らない。)
四閃は笑いながら理由を話す。
「毒だよ。神経毒だ。」
「そんなの…いつ。」
ナイフを手で遊ばせながら答えを返す。
「一番最初に俺が姿を現す前に、ナイフ刺さったろ。腹に。そのナイフには…止血阻止剤と毒がたっぷり塗ってある。」
四閃は首無の首を掴み持ちあげる。
その体を木に打ち付ける様に投げた。
案の定、背中を打ち付け血を吐くが四閃はそれに近付く。
首無が倒れ込む前に首をもう一度掴む。
「ほら…取り敢えず。お前のナイフ返してやるよ。地面に刺さった分もふくめてな。」
「えーと…八本か。ほら行くぞ。いーち…」
「あぁっ…あっ…あああぁぁあ!!」
それから数分後。
ようやく七本目になり首無はもう意識を失いかけていた。
首無は両手を上に重ねられ木にナイフで打ち付けられ、両方の肘に一本ずつ。
そして両膝に一本ずつ。
腹部の中心に一本。
すべて戦闘用の為のナイフであり長く切れ味がよいナイフばかりだった。
木はもう赤色で染まり、地面は赤色に染み付いている程に血が全身から流れ出ていた。
「おい…誰が寝て良いっつったよ。ほら起きろよ!?」
そう言って四閃は深々と腹に刺さっているナイフを更に押し込む。
「ああぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!??ああぁぁぁぁあっ…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
叫ぶ声も喉が裂けている様で掠れた声だが、痛々しさが伝わってくる。
「うるせぇな。黙れよ。」
四閃は喉に七本目のナイフを喉に突き立てる。
「がぼっ…ごぼほっ!がぼっ!!」
血が吹き出て何も話す事が出来ていない。
「さぁ、これが最後の八本目だ。」
首無は小さな吐息しかしておらず、反応しなかった。四閃は冷たい目で見下ろし顔を無理矢理上げさせる。
「最後はやっぱり…ここだな。…楽しかったぜ首無。お前は中々強かった。」
四閃は左目に狙いをさだめる。
次の瞬間。
叫び声は無くただ思い切りナイフを突き立てた音、血が流れ出す音以外鳴ることはなかった。
「あー…疲れた。まぁ首無とやらも…あの小さい鬼程じゃあ無かったな。」
四閃は欠伸をして身体を伸ばしながら森の中に入っていった。
妖狐組幹部「首無」死亡。
続く




