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狐の万事屋  作者: zeillight(零狐)
30/34

依頼26件目「親殺しの狗」

それぞれの戦いが始まった中、ある一組は森の中に入っていった。

日はあまり当たらず所々に光が差し込んでいる。

「全く…いきなり逃げたと思ったらこんな所まで連れてきて、どういうつもりだ?」

伝承の鬼とは似つかない様な小柄な体をした少女は、長い距離を走ったにも関わらず、息を切らす様子も無くそう言った。

(やはり小柄な体でも鬼は鬼か。)

「流石ですね…零狐さんに聞いた通りだ。」

息を切らしてはいないが、若干呼吸の早くなった声で萃香に返事する。

萃香は呼吸を整えている青年をまじまじと見る。

「あんた何の妖怪だ?」

少し考える様な仕草を見せて答える。

「質問を質問で返しますが…貴方は簡単に他人を蔑んだり軽蔑したりする人ですか?」

「簡単にはしないよ。する前に叩きのめすと思う。」

萃香と応対している青年「犬神」は迷った顔をしたが、仕方なく話した。

「名前を聞けば分かるのではないでしょうか…。犬神という種族です。」

萃香は少し驚いた表情を見せたが後は普通だった。だから何だとでも言うかの様だ。

「その見た目からすると、親を殺したのは幼い頃か。母と兄弟を守る為に掟に従った。そんな所か。…親殺しの家系。」

犬神は胸に手を当てて謎の痛みを抑える。

悔やむ様な表情をして萃香に向き直る。

「軽蔑するでしょう?親殺しの家系なんて。」

犬神は槍を取り出して、構える。

「すいません。闘いの前にこんな話。俺の準備は出来ました。」

萃香は頭を搔く仕草をして、舌打ちをする。

そして一言呟く。

「…賭け、しないか?」

犬神は構えながら、黙って聞いている。

「あんたが勝ったらあんたは塔に向かえ。私が勝ったら…。」

ただ一点に萃香を見て構えている犬神。

萃香はその先の言葉を続けた。


「私が辛い時、あんたが辛い時。どっちでもいい。私の酒に付き合え!」


犬神は驚きを隠せていないが、暫くして大きな声で笑いだす。

笑いが収まり、少し笑い泣きが含まれたまま、萃香に答えを返す。

「良いですよ!…やるからには本気でやりますけどね。」

そう言いながら槍を地面に突き刺す。

拳を握り締め、萃香に向き直る。

「当たり前だよ!ところでソレは使わなくていいのかい?私と素手でやり合う事になるけど。」

片手を腰に当て、左拳を握る。

「俺の本気は元からこっちです。最初から本気じゃないなら槍を構えますよ。」

「そうかい」と呟き、足で強く地を蹴る。

右拳を素早く打ち出し、犬神は直感的に受け流す。受け流されると予測していなかった萃香は体のバランスが崩れ犬神の後方に飛び出す。

「今のを受け流すのかっ…!」

直ぐに振り向いたが目の前には犬神の足が迫っている。鈍い音が鳴り、萃香の体は後方にとぶ。

顔の前で手を交差させて何とか防ぐが、腕の痛みが犬神の蹴りの鋭さを物語っている。

(こいつの蹴り芯に響く…これじゃあっという間に麻痺するな。)

「余所見はいけませんよ萃香さん!」

その言葉が耳に届いた時、犬神の体は萃香の目の前の宙にあった。

空中から踵が振り下ろされ、頭に直撃した。

…かと思われた。

萃香は体の中心の軸を地面に対して垂直にして、片手で踵を受け止めていた。

(体への衝撃を地面に垂直になって半減させるなんて、普通じゃ思いつかない…!)

「ははっ。足を取られたら終わりだよ。」

両手で足を掴み、大きく振りかぶる。

犬神の体は軽々と飛ばされるはずだった。

「まだまだっ!」

犬神は体を逆方向にねじり、掴まれた足を自ら折る。骨と肉が千切れ足が変な方向に曲がる。

萃香の腕を掴み返して地面に向かって全体重をかける。その瞬間、萃香の体は軽々と投げられる。

綺麗に着地して構え直す。

「足を折ってまで交わす攻撃じゃないだろう?」

萃香がそう言うと、犬神は曲がった足を無理矢理に強制して布で縛り、止血する。

「萃香さんに投げられたら、受け身をとる前に追撃されますからね。それに…」

言葉はそこで途絶え、姿すらも消える。

(またこれか。奴は一瞬だけだが、速くなる。)

萃香は辺りを見回して五感を研ぎ澄ませる。

次の瞬間。

萃香の左側に犬神の足がまたもや迫っていた。

もちろん防ぎ切れる訳は無く、蹴り飛ばされる。

「俺はまだ動けますよ。」

そう言って自ら折った足をぱんぱんと叩く。

既に犬神の足は布できつく縛られ止血されている。同時に骨も固定され、走る事も可能だろう。


犬神。

親殺しの家系でもあり伝承では、戦いの為に産まれた種族とも伝わる。獰猛、好戦的で高い索敵能力と格闘による高い戦闘能力を持っている。

両足がついた状態なら信じられない速さを出せる。更に戦闘を重ねた個体は高度な判断力が備わっており大変危険な個体である。

『どんな状況でも最後まで戦い続ける』という掟を幼い頃から長や親に教えこまれる為、彼らは応急処置など緊急時の治療に長けているという一面がある。だが稀に『好戦的でない』又は『戦闘を必要以上行わない』といった個体も見られるらしい。また犬神の中にはある異名を持つ者がいた。

『速消の狗』。

伝承ではその名の通り素早く消えて視認するのが普通ではできない犬神だった。

子孫がいたり、最期はどうなったか等分かっていない。


(以前に勇儀から聞いた通り…こいつは危険だな。)

萃香は犬神を睨んでいるが、頭ではそんな事を考えていた。

実際、萃香はまだ致命的な傷を与える事が出来ていない事に焦りを感じ始めていた。

そして一瞬だけだが、視認できない速さに対応する術が無いことも萃香に警戒させる原因の一つだった。

(単純だけど…宙では自由に体勢は変えられないだろ。)

そう考えた萃香は自らの体を霧に変え、高い木の上に座る。

下から見ていた犬神は何も言わずに、また姿を消す。消えるのを確認した萃香は周りの気配を読み取る様に神経を研ぎ澄ます。

それから約一秒くらいだろうか。

予期していた様に反対側の木の側面を蹴り、右手を振りかぶって萃香の元に飛び込んでくる。

萃香は右手を受け止めずに受け流そうとした。

(何だ…?やけに軽い…。まさか!?)

それに気づいた瞬間、萃香の肩には犬神の足が乗っていた。たった一瞬だが。

強い衝撃が萃香の肩に流れる。

体はバランスを崩し空中に投げ出される。

着地の瞬間に霧に姿を変え、ダメージを失くす。

「これも駄目なんてね…!」

「これくらいは予想できますよ。」

負傷したはずの足も再生を終えていた。

犬神は既に地上に降りて、次の攻撃に移っていた。またもや姿が見えなくなる。

「ちっ…ならこれはどうだ!」

辺りが響くくらいの力で、右足で地面を踏む。

振動と衝撃が響き、地面には小さな亀裂が走る。

「なるほど。これなら姿を出さざるを得ない。」

跳んで衝撃を躱していた犬神は萃香を見ていた。

萃香は笑いながら犬神の懐に早く行くために走り出していた。丁度、拳が届く距離になった時には犬神は左足で萃香めがけ蹴り上げていた。

右手だけで蹴りを抑え、左手に力が籠る。

「終わりだ。」

その呟きと共に犬神の胴体には、酔っていない萃香の紛れも無い鬼の力が打ち込まれた。

骨を物ともせず萃香の拳がめり込んでいる。

「ごぼっ…こぽっ…かっ、げほっ。」

まともに鬼の怪力が胴体に伝わったのだ。

犬神は目眩と身体中に走る激痛でよろめく。

「ちょっと待っててくれ。直ぐに…永琳を読んでくる。」

萃香は何かを悔やむ様に、走り出そうとする。

しかし歩き出した萃香の腕が犬神に掴まれる。

「もう…お前の負けだ。だから動かないでくれ。」

臓器がめまぐるしく掻き回されているかの様な嫌悪感が流れているだろう。

「はぁっ…はっ…はっ…。」

萃香から手を離し、犬神は膝をついて多量に血を吐き出す。

そこにはひとつの手に収まる様な大きさの、四角い形状した黒いものがまじっていた。

それを徐ろに手に取り、抱き込むようにする。

「一体、何を。」

「何を、ですか。正気にする為に痛覚を戻しました。ただそれだけです。」

犬神はその瞬間に、両手を地面について軸にして、左足で萃香の足を払う。

突然の事に対応できずに、体から倒れ込む萃香。

「お前っ…!」

犬神は素早く後方に身をは引いて立っている。


「抗え。最期まで。」


萃香の目は一点に犬神を見ていた。


「俺の父の言葉です。負けを認めてない限り、抗うことを辞めるな、って事です。」

「だからその体で私に挑むと?」


犬神は頷き、しゃがみこみ姿勢を低くする。


「俺は今、父の異名を。『速消の狗』を継ぐ。」


萃香は溜息をついて笑う。

「まさか伝承の犬神の子孫とはね。いいよ、戦おう。…だけど次、私がお前に一発入れたら。私の勝ちでいいな?」

犬神は無言で頷き、指に挟んだ札を顔の前に持ってくる。

次の瞬間に、札は光を発して段々と黒と赤の霧のような物が犬神のを包む。

犬神の体は赤と黒の色だけになり萃香を睨んでいる。萃香はその身でその強大さや獣じみた覇気を感じとっていた。

(これが犬神の…本気か。私もこれを使う機会が来るなんて思ってなかったけど…使うしかない。)

「犬神。私もお前の本気に応えてやるよ。」

萃香はそう言って能力を発動させる。

萃香の能力は『密と疎を操る程度の能力』。

様々な物を萃めたり散らしたり…そんな能力。

その能力を使った切り札は、自らの密度を上げるという単純な事だった。

一般的に物体や生物は密度を上げるとどうなるか。温度が上昇する、又は外殻が耐えられなくなり破裂してしまう。

萃香はそれを自らの体に発動したのだ。

体は熱くなり、周りには熱気を纏っている。

「来な。これが最終ラウンドだ。」


続く


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