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狐の万事屋  作者: zeillight(零狐)
29/34

依頼25件目「操り操られ」

紫と一夜の闘いが始まった瞬間。

同時にそれぞれの戦いも始まっていた。


七色の人形使いの異名を持つ少女アリスの背後には剣や銃、各々の武器を持った人形が浮かんでいた。アリスはいつもの様に片手で操るのではなく、両手で人形達を操っている。

「その状態の貴女と闘り合うのは久しぶりね。」

札を片手に挟み首の骨を鳴らす霊夢にアリスはそう声をかけた。

霊夢もアリスと同じくいつもとは違っている。

狐の仮面を付けているのだ。

「そうね。私も両手のあんたとやるのは久しぶりな気がするわ。」

アリスは近接武器を持った人形を前に出して、遠距離の武器を持った人形を後ろに下げる。

「相手にとって不足はないと思うけど?」

呆れた仕草を見せて霊夢は言う。

「暇つぶしにもならないわ。てっきり零狐が私を止めると思って本気でやれるって期待してたのに…がっかりだわ。」

アリスは一歩前に出て睨む。

「私を嘗めるのも大概にしたら?」

中指を立てて霊夢は言い返す。

「ただの人形使いのくせに調子のらない方がいいんじゃない?潰されたいの?」

「あら。最近零狐と魔理沙に任せてあんまり戦ってないのに良くそんな大口叩けるわね。」

手の骨を鳴らし霊夢も一歩前に出る。


「ほんっと…嫌味な奴ね。何?戦うの怖くなった?口が達者になってるけど。」


「その言葉、そのままそっくり返すわ。」


アリスの言葉を最後に、暫くの静けさが生まれる。霊夢が札を上空に放つ。

「…!?」

霊夢の行動を見逃さない様に注視していたアリスは反射的に札を見てしまう。

まずいと気づいた時にはもう勝負は始まっていた。霊夢の拳がアリスの胴体にめり込んでいた。

「かっ…はぁっ…!」

アリスの体は平行に放り出される。

なんとか空中で受け身をとって体制を立て直す。

霊夢は地上からアリスを見ていた。

「やっぱり小細工は通用しないか…。」

霊夢の右拳にはいくつもの切り傷が出来ていて血が流れ出している。

しかしそんな物で霊夢の拳が止まるはずも無くアリスの肋骨は既に何本か折れていた。

(針金…いやカミソリ?何にせよ無駄な事を。)

アリスは痛みに耐えつつ間合いをつめる。

「下手に間合いを広げずに詰めるあたり…少しは近接戦闘について知ってるのね。」

その時、霊夢は消え去った。

「でも残念。私と戦う時はそれは裏目に出る。」

人間が目標を認識する時間が終わった時には、霊夢の足がアリスに迫っている。


霊夢が言った事は合っている。

下手に逃げるよりは詰めて攻撃した方がよっぽどいい。しかし霊夢の様に素早く且つ、重い一撃を出す熟練者には対処法を知られている可能性が高い。更には持ち前の素早さで隙をつかれてしまう危険性すらある。


そんな事はアリスも分かっていた。

だからわざと間合いを詰めておびき寄せたのだ。

アリスは指を鳴らして仕掛けを発動させる。

「かかった…!」

霊夢の周りに特殊なワイヤーが張り巡らせられる。しかも何本も張り巡っている訳では無くたった1本だった。

霊夢は右腕と左の脇腹にワイヤーがかすり傷を負ってしまう。

「言ったでしょ。小細工は通用しない。それにたった一本のワイヤーなんて簡単に切れるし障害にもならないわ。」

そういいながらワイヤーの一部を切った瞬間。

張り詰めた状態でかなりの緊張状態で張り巡らせたワイヤーは緊張から解き放たれる。

一瞬でワイヤーの先をくくりつけ固定した場所まで戻っていく。

「はっ…!?」

霊夢の体にいくつもの切り傷がつけられる。

霊夢は血が流れ出す箇所を抑え、苦痛に顔が歪む。深い箇所はおおよそ拳と右足の二箇所だ。

アリスは剣を携えた人形を構え、話し始める。

「アフタレフティングワイヤーって知ってる?」

アリスは霊夢を上空から見下ろしている。

「伸びやすいワイヤーでピアノ線より鋭利な特殊ワイヤーよ。さっき貴方は小細工は通用しないって言ったけど…小細工無しじゃ勝てないから使うのよ。分かる?」

霊夢は歯を食い縛り、無理やりに体を動かした。

火事場の馬鹿力は意外に信用出来るものだと思う。霊夢は傷ついた体で先ほどゆり速い速度でアリスに向かっていく。

「人形使い風情が…やってくれるじゃない!!」

霊夢の右足は傷があるにもかかわらず速くアリスの元に届く。

(やっぱりこれじゃ止まらないわね…!)

咄嗟に盾持ちの人形を足の行く先に戻す。

盾ごと人形は蹴られ衝撃によって破裂する。

しかし上に蹴り上げた為、どうしても胴体はがら空きになる。

(私は知ってる。霊夢の体ががら空きになるのはこの瞬間じゃない。)

アリスは身を引いて、霊夢のかかと落としを躱す。一気に間合いを離して向き直る。

間合いを離したところで意味が無いのを知っているアリスは直ぐに次の攻撃を見極める。

サーチアミュレットが自動追尾でアリスめがけて飛んで来る。

一瞬にして、槍を持った人形を出現させてアミュレット、そして霊夢自身に突撃させる。

しかし霊夢は痛みを物ともせずに、人形を足場に素早く駆け上がっていく。

幽かに残像が見える程度でその姿を認識できるはずもなく、直前の攻撃を見極める程度だ。

恐らく左の拳だろう。

アリスの目の前に迫っていた。

迫ったところで止まっている。

霊夢の表情を見なくても、霊夢が怒りに震えている事がアリスには分かった。

「どうしたの?殴らないの?」

霊夢はその体制から一歩も動かない。

いや、動けないのだ。

左拳を突き出している状態から。

「アリス…一体、私の体に何をしたの…!?」

睨んでいる表情には激しい動悸と顔色の悪さが見て伺えた。

「まぁ普通の人間じゃないから死ぬことは無いと思うけど…あなたの体についた傷。そこには私が仕込んだ毒が体内に流れ込んでいるわ。」

アリスは霊夢の深い傷を見て溜息をつく。


アリスの使用した毒。

それは『ストリキニーネ』化学式はC21H22N2O2。

インドールアルカロイドの一種で別名、ストリニキン。2.35mgで致死量になる。

ただ今回は本当に極小の量の為、体中の筋肉が動かなくなる程度で済んだ。

本来、致死量を与えられたなら体中の筋肉が痙攣し段々と体の形が弓型に反っていく。

顔の筋肉も痙攣し、笑ったように見える。

顔の筋肉までが痙攣したならもう手遅れだろう。

マチンと言う木の種子から取れる。


「…私が任されているのは貴方の足止め。」

アリスは動けない霊夢を元の姿勢に矯正して、抱き抱える。そのまま地面にゆっくり寝かせ、近くに小瓶のような物を置いた。

「貴方が体を動かせる様になった時に飲みなさい。解毒剤よ。完全に毒を浄化してくれるわ。」

「一体、なんの真似?」

睨む霊夢を他所にアリスは霊夢を一瞥しながら答える。

「零狐は『足止めは少しでいい』と言った。私の感覚が正しければもう十分な筈だから。ただそれだけの理由よ。」

「いいの?私は体が動く様になれば直ぐにフランを殺すために塔に行くわよ?」

アリスは手をひらひらとさせてその場から歩いて離れていく。

霊夢は目を瞑りながら、去って行くアリスに対して小さく呟く。

アリスにもそれはしっかりと聞こえた。


「次は勝つ。」


霊夢に踵を返して、アリスは少し微笑みながらも振り向かずに、塔に歩いていく。

(私があの状態の霊夢に勝つなんてね。前では考えられなかった事だわ。)


そんな事を考えながら歩いている時だ。


突然アリスの体は何かを感じ取り、素早く振り向く。無意識に体が何かを察知したのだ。

察知し、振り向いたと同時にアリスの体に拳がめり込む。衝撃と共にアリスの口からは血が混じった胃液が吐き出される。

体の胴体部分に激痛が集中しているのがアリス自身にはっきりと分かった。

アリスは胃の中が掻き回されている様な感覚を覚え、その場に蹲り嗚咽を漏らす。


「だから言ったでしょ。『調子に乗らない方がいいんじゃない』って。」


霊夢は冷たい目でアリスを見下ろしている。

「そういう所が甘いのよ。…あ、動かない方がいいわよ。動いたらもう一発入れるから。」

激痛と不快感、嫌悪感が体中を駆け巡りまだ立ち上がる事が出来ないアリスに霊夢は『アリスの敗因』を説明し始める。

「まず、最初から私には毒なんて効かないわ。作戦前夜、幽香がメディスンに頼んで私達の中に免疫を作らせたから。」

霊夢は置かれた解毒剤を拾い、一気に飲み干す。

苦味と共に冷たい液体が霊夢の喉を通る。

「もちろん免疫があっても毒は多少は回る。完全には防げない。だから私は演じた。毒が効いて苦しそうにする様をね。」

蹲るアリスに歩み寄り髪の毛を掴む。

霊夢はアリスの顔を覗き込む。

「貴方は私の足止めをするって言ったわね。そんな事は私も最初から見れば分かる。だからそうやって演じれば貴方が解毒剤を置いて去ると思った。…そこまで頭は回らなかった様だけど。」

霊夢は不敵な笑を浮かべてアリスの腰から毒薬と解毒剤を奪い取る。

毒薬に指の先を浸からせ、毒薬の一滴をアリスの口の中に落とす。

「麻痺の薬の方を飲ませてあげたわ。この位で免疫ない奴は三十分も動けないでしょ。」

霊夢は札でアリスを一時的に結界で縛り、麻痺状態で動けないアリスを更に行動できなくなる。

「念には念を。解毒剤は飲みやすい様に開けとくわね。」

アリスは歯を食い縛り、悔やみを顕にする。

霊夢は振り向かずに塔へ歩みを進める。

しかし、何か思いついたかのように立ち止まる。

「アリス」

名を呼ばれ、顔を上げる。

「ちゃんと注意して戦っていればあんたは勝ってた。あんたは負けたらへこたれる奴だから言ってあげる。」


「また挑戦しなさい。何度も返り討ちにしてやるから。」


背を向けたままの霊夢は一言だけ言い残して塔に再度歩いていった。

「言ってくれるじゃない。」

小さく聞こえない様な声だが、決意したのが分かる声でもあった。


続く






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