依頼22件目「狐退治」
月が煌々としている夜。
博麗神社の中は静寂に包まれていた。
何一つ物音が鳴らない中、零狐はうなされていた。とても苦しそうに。
零狐は暗い闇の中に一人、立っていた。
そんな時、幼い声がただ一つだけ響き渡る。
『助けて!零狐!』
零狐は頭が急に痛みを訴え始め、よろめく。
『お前を奴らの所には行かせない。』
今度は男の声だった。
声がする度に零狐の頭には痛みが走る。
『何で来てくれなかったの零狐。』
「違う…やめろ。違うんだ…!」
零狐は何かに許しを請う様に蹲る。
その時、何かの足音が近付いてくる。
どうやら紅い巫女服を身に付けている様で、その足音は妙に辺りに伝わっている。
『あの子は何も知らなかっただけ。』
狐の仮面を付けているせいで顔は見えないがこちらを覗き込み、そう言ってくる。
恐る恐る顔を上げるとそこには零狐より幼い12歳位の少女がこちらを見下ろしていた。
『お前のせいだ。』
零狐はその声に反応して体を起こす。
目の前には自分の布団と汗ばんだ手があった。
零狐は全身に冷たい汗をかいていた。
顔色は悪く息も荒い。
何も音がしない静寂に心を落ち着かせ、部屋から出ていく。
零狐は神社から見える魔法の森にそびえ立つ氷の塔を見つめながら夢を思い出していた。
(何故今になって…こんな夢。)
幼い少女の声が頭の中にフラッシュバックする。
(俺に力があったら…あいつを救えたのかな。)
自分の掌を見て胸の辺りが痛くなる。
その時、零狐は背後に視線を感じた。
溜息をつき視線の正体の名を呼ぶ。
「紫、何をしに来た。博麗神社への集合は朝だと言ったはずだが?」
振り向いた先には紫がスキマに腰掛けて零狐を見ていた。口元を扇子で隠している為、表情は分からないが目は完全に笑っていない。
「少し酷な話をしに来たわ。時間が惜しいから手短に話すから良く聞いて。」
「…なんだ。」
「あら、霊夢達とは違って直ぐに聞いてくれるのね。『急になんだ。説明しろ』みたいな事を言われるかと思ったわ。」
零狐は頭を掻く仕草を見せて、面倒そうな表情を見せる。
「率直に言うわ。」
「このままでは、幻想郷が消滅してしまう。」
零狐はそれを聞いて驚きを隠せなかった。
しかし直ぐに理由も解決方法も理解してしまった。何より犠牲が少ない方法。
「察してくれたかしら。あの塔の頂上の上には幻想郷を覆う結界。博麗大結界の最も緊張している『目』が存在する。」
零狐の口が開かれる。
「フランはそれを破壊して結果全てを壊そうとしている。そういう事だな。」
「半分は正解ね。」
紫はスキマから腰掛けるのを止め、零狐を通り越し境内へと歩いていく。
「正確には、フランの心を操る何かがフランを操り破壊する、ね。」
紫はスキマと共に消えたと思いきや、零狐の隣に現れる。零狐は動じずに話を聞く。
「心を操る者の撃退法。知らない筈は無いわよね?」
零狐は葉を食いしばり俯きながら答える。
「操る者が自ら離れるか、操られる者が操る者を自ら切り離すか、又は操られた者ごと殺してしまうか…。」
紫は悲しそうな表情を表しながらも話を続ける。
「一、三番目の方法は可能性が低い…確実性のある二番目を明日に実行するわ。今はそれを伝えに来たのよ。幻想郷の力のある住人の1人でもある貴方にね。」
零狐は何も言わずに俯く。
紫は踵を返して神社から出ていく。
「…貴方がこの二番目の方法に加担するかは任せるわ。でも…」
零狐は顔を見上げて紫を見る。
そこには大妖怪には相応しい雰囲気があった。
「邪魔をするなら殺すわ。」
(フランを救う為に紫を邪魔して可能性の低い撃退に懸けるか。フランを殺して幻想郷を確実に守るべきか。)
部屋に戻り壁に身を預けて小さく呟く。
「俺は…どうしたら。」
次の日の朝。
天候は悪く空は曇り雨は激しく降っている。
紫は博麗神社には来ず、代わりに白玉楼、紅魔館博麗、魔法の森、太陽の花畑。等各地の代表が集まっていた。
その日零狐は昨晩、紫に言われた事を個々の判断に委ねる事を伝えた。
驚いている者もいたが冷静な者もいた。
「明日だ。明日全員の判断を聞く。関わらない『中立派』フランを助ける為に一、三番をとる『反対派』紫に加担する『八雲派』それぞれいると思う。良く考えて明日伝えに来てくれ。」
その場にいる者が悩んでいる様に、幻想郷もまた悲しんでいるかのように雨をふらせ続けた。
「そうか。皆はこう判断したのか。」
零狐は送られてきた判断が書かれた幻想郷各地の答えを一つ一つ読んでいた。
「紅魔館は『反対派』か。当たり前だな。次は…」
全てまとめると結果はこの様になった。
『中立派』
·命蓮寺
·地底
·天界
·永夜
·神霊廟組
·妖怪の山
『反対派』
·零狐
·紅魔
(美鈴、小悪魔、パチュリーは戦闘不能)
·魔理沙
·アリス
·妹紅
·白玉楼
·三妖精、春妖精
『八雲派』
·八雲
·博麗
·慧音
·風見 幽花
·守矢
·仙人(歌仙 青我)
·伊吹 萃香
「霊夢は…あっちなのか。仕方ないな。」
零狐の拳に力が入る。
「博麗の巫女としての道を選んだか。」
そう呟きながら万事屋の外に足を踏み出す。
そこには既に『反対派』の連中が集まっていた。
零狐は息を大きく吸って吐き出す。
「お前達、よく集まってくれた。八雲の奴らは俺達と一緒に過ごしてきた仲間を簡単に捨てるやり方の様だ。…そんな事許していいのか?相手には今までの仲間もいるだろう。悲しい事だ…仲間を傷つけなきゃならないのは。」
零狐の言葉を全員が黙って聞いていた。
その場の全員の顔には決意の意志が見て取れた。
「こんな考えは酷いと言われるだろうが…。」
零狐は刀を掲げ一言叫ぶ。
「俺達の守るべき仲間を守る為、力づくで八雲の連中をねじ伏せろ!!」
それを合図に全員が空に向かって飛び立つ。
一方『八雲派』は既に塔に近づいている最中だった。全員、森の中を低空飛行しており周りから攻撃されにくい状況を作り出していた。
霊夢は飛びながら先程の会話を思い出していた。
「貴方はどっちにつくのかしら、霊夢。」
紫は霊夢に問いただす様に扇子を向ける。
もっとも、扇子の先にあったのは本殿の障子だったが。
返事のない事を不思議に思った紫は障子を自ら開ける。そこには胡座で座り、狐の仮面をつけ巫女服を整えた霊夢がいた。
「…もう行く時間?準備は出来てるわ。」
霊夢はそう言って立ち上がり紫の横を通り過ぎる。首を鳴らして塔を見つめる。
「私は…『博麗の巫女』としてこの異変を解決するわ。貴方が絡んでちゃ流石に…ね。」
「ぷっ…あはっ、はは!あはははは!!」
紫は久しぶりに驚いたようで笑ってしまった。
「何を笑ってんのよ。」
紫は笑いで出てきた涙を拭いて塔の方に向いて霊夢に語りかける。
「いや珍しいな…ってね。まぁいいわ。まずは平和ボケして、甘っちょろい考えをした狐を退治しに行きましょう?」
霊夢は溜息をついて飛び立つ。
「あんたといると調子狂うわ…。」
「…夢!霊夢!」
霊夢は紫の声に我に返る。
慌てて紫に向き直り、返事をする。
「何か言った?紫。」
「だからそろそろ目的地だってば。」
霊夢はそれを理解して二重結界のスペカを用意する。紫もそれに続き四重結界を用意する。
「さぁ…狐の罠を貼るとしましょうか?博麗の巫女さん?」
「えぇそうね。まずは狐退治から終わらせましょう。」
片方は眩い光を放ち、もう片方は紫色の輝きを放ってスペカが発動する。
「「スペルッ!!!」」
ーーー「境符『四重結界』」ーーー
ーーー「夢符『二重結界』」ーーー
辺りに紫色の紋章が辺りに放たれ巨大な結界を作り出していく。更に内側にも外側にも赤色と黄色の弾幕が囲むように射出される。
赤の紋章が二重の輪の様になって発動する。
さながら二つの紋章が表すのは強固な一つの檻のようだ。
「やっぱり先に廻って用意されてたか。ならいいだろう。くらえ…俺達の強さを活かした策をな!」
零狐が声を張り上げて叫ぶ。
「作戦プランAだ!やれ魔理沙、レミリア!」
大きく開かれた黒い羽が零狐の前に飛び出す。
それに続く様に彗星の如き速さで魔法使いも飛び出していく。
「やるなら派手に行くぜ!!レミリア!」
「あの程度じゃ私達が抑えられない事を教えてあげましょう!」
魔理沙の目の前には光り輝くスペカ。
レミリアは片手を頭上に掲げて発動する。
「「スペルッ!!」」
ーーー「神槍『スピア·ザ·グングニル』」ーーー
ーーー「魔砲『ファイナルスパーク』」ーーー
七色の魔法弾がひとまとめに凝縮され、それが集まり極太の魔砲が放たれる。
周りへの衝撃が伝わり風圧も酷く強くなる。
木々や雲までも消し飛ばされていく。
それに続く様に赤い稲妻の様な魔力が神の使っていた神器「グングニル」の形に変わる。
激しい轟音と共にそれは紅魔の悪魔によって撃たれる。残像が見える程に高速で飛んでいく槍はまるで怒りを体現しているかにも見える。
結界はガラス細工の様に破られて結界自体は一箇所が破壊されて消滅してしまう。
零狐はその瞬間を見逃さなかった。
「今だ!全員一体一になる様に畳み掛けろ!」
反対派と八雲派の激しい戦いが幕を開けた。
続く




