依頼19件目「地下室」
霊夢一行が飛んでいると赤い鳥居が見えて来る。
もうすぐ博麗神社につくのを察した霊夢は紅い零狐を横目で見る。
紅い零狐は変わった様子は無く魔理沙の箒に乗せられた状態で眠っている。
「魔理沙ー?紅い零狐の容態は?」
「血も傷から出てないし傷自体も治りかけてるから大丈夫だと思うぜ。」
「なら良かった。」
霊夢は前に向き直り神社の境内に着地準備をする。全員も着地準備は出来ている様だった。
(文は妖怪の山に指揮役で戻っちゃうし、歌仙も動物の事だとか…何だとか。)
全員は降り立ち、何とも言えない空気で博麗神社本殿に向かっていく。
「はいお茶。」
「ありがとう。」
霊夢はレミリア達にお茶を出して座敷に座る。
お茶を飲むレミリアに霊夢は問う。
「それで?何かあったの?」
「…まずはこっちの状況を話すわ。」
レミリアがそう言うと酷く重い空気が流れた。
「丁度…零狐と霊夢。貴方達が処刑用魔導書の中に行った日の夜を境に、突然フランがおかしくなってしまった。」
魔理沙が疑問を浮かべるように頭を傾げる。
レミリアはその様子を見て話を続ける。
「具体的には『何もいない所に話しかける』だとか『能力が少し不安定になる』くらいの物だったわ。でもそれは酷くなっている。」
レミリアの拳に力が入る。
「そして今じゃ地下室に閉じ込めないと抑えられないくらいに悪化している。そんな状態のフランの目を見たわ…その目は。」
「吸い込まれそうな程、深い、深い。紅色で…憎しみが体現しているんじゃないかと思うくらいに。殺気の篭った目だった。」
霊夢と零狐が『何か』に気付いた。
気付いてしまったが故に、震えていた。
ある感情が二人の体を震わせていた。
その感情は『不安』だった。
「気付いた?…そうよ。その目を私達は知っている。」
「前の紅い零狐の目と同じ…!」
レミリアは立ち上がり、紅い零狐に近づく。
そして胸ぐらを掴み叫ぶ。
「お前ッ…!何か知ってるんだろ…!」
レミリアの顔には憤りが現れていた。
咲夜が慌ててレミリアを引き離し抑えていた。
「離せ咲夜ッ!」
「少し落ち着いて下さいっ!!」
レミリアは息を整えて脱力する。
そして服を整えて「すまない」と謝る。
改めて紅い零狐の前に座り、問う。
「改めて問おう。何か知っている事は無いか?」
紅い零狐はレミリアを見て答える。
「率直に言おう。今回の…俺が零狐から離れた異変もお前の妹がそうなったのも。黒幕は一緒だ。」
「まず少し時系列を、まとめて見るとこんな感じだ。確か…フランがおかしくなったのは処刑用魔導書の日の夜後だな。」
·処刑用魔導書攻略前
まだ何も変化無し
·処刑用魔導書攻略後
零狐の中から紅い零狐が頻繁に出現
紅い零狐は紙にこう書いて説明を続ける。
「俺は攻略後に何故か外に出やすくなった。つまりフランに何かが取り憑いてると考えるなら。」
霊夢はその先の言葉を予測して話す。
「零狐が魔導書の中で何かに取り憑かれて紅魔館で取り憑いた奴が離れた…?」
紅い零狐は頷きレミリアを見る。
紙に書いた図を指して話を続ける。
「恐らくな。零狐には既に俺がいたから取り憑き難かった。それでフランに…って事だろう。」
レミリアがフランの様子にもう少し詳しく話すと零狐は取り憑いた奴の特徴らしきものを見抜く。
「負の感情の方が大きい奴に取り憑くんじゃないか?当然、取り憑いた後は負の感情をコントロールしてその体を乗っ取る。」
咲夜が疑問を浮かべる。
「タイミングが良すぎじゃないかしら?零狐達が紅い零狐と戦って疲れている時に妹様に偶然取り憑く。異変が一気に二つ起こるなんてそうある事じゃない…。」
レミリアは溜息をついて言葉を発する。
「何かが裏で動いてるのかもしれないけど。まずは紅い零狐を零狐に戻して解決に取り掛かりましょう。」
その時だった。
博麗神社の襖が勢い良く開かれる。
そこには息を切らしている美鈴が立っていた。
いや息を切らしている訳じゃ無かった。
美鈴の腕は普通では曲がらない方に曲がり、腹部に風穴が空いていた。
血は止まること無く流れ出している。
「妹様が…妹様がっ!」
美鈴は咲夜にすがり付くように近づく。
半分錯乱状態になっている美鈴を抱き抱えて止血をすぐさま行う。
「咲夜。美鈴を頼んだわ。」
レミリアは直ぐに立ち上がり博麗神社の襖を開ける。その後、霊夢達に振り返る。
「私は紅魔館に行くわ。貴方達がどうするかは任せるわ。」
そう言い残してレミリアはその羽を大きく広げ飛び去って行った。
「私は紅魔館に行くから零狐を元に戻してから来てくれ。咲夜は美鈴を治療してからで頼むぜ!」
魔理沙は箒を掴み霊夢達に指示をする。
霊夢は頷き早速、零狐の作業に取り掛かる。
飛び去った魔理沙の後ろ姿を見つめながら霊夢は注意する様に呟く。
「何も無いといいけど…。」
魔理沙はレミリアの背中が見える程に速く飛んでいた。丁度レミリアの横で並行飛行する。
「乗ってけレミリア!最速で行くぜ?」
レミリアはふっと笑い箒に腰掛ける。
「なら頼むわ。遅かったら小突くわよ。」
魔理沙は親指を立てて笑う。
その顔は自信に満ち溢れているそのものだった。
魔理沙は左手に挟んだスペルカードを発動する。
「飛ばすぜっ!!スペル!」
ーーー「彗星『ブレイジングスター』」ーーー
箒の後ろに据え付けられた八卦路が光る。
魔力が一気にそこに集中してるのかが、分かる程に出力音が鳴り響く。
そして高密度に蓄積された魔力が八卦路の中から放出される。
天狗の速度を超える速さで箒と共に魔理沙達は紅魔館に飛んでいく。
魔理沙のスペルカードの特徴でもある星屑や光る弾道が空に残される。
その姿は遠くから見ればまさに「彗星」だった。
「…レミリア!見えて来たぜ、紅魔館だ!」
「これは…何があったのかはわからないけど…まずい状況みたいね。」
紅魔館は至る所が破壊しており、殆ど半壊状態だった。
火の被害は既に大半が治まっている様で、煙の方が量は多かった。
恐らく数十分前の出来事だろう。
「魔理沙、あなたは別館に行ってパチュリーと小悪魔探してきて。私は…フランを。」
魔理沙はレミリアの言葉に頷き、その場を後にして別館に向かう。
·魔理沙側
ーー別館ーー
辺りは焼け焦げた箇所もあり、焦げ臭い匂いが鼻につく。
明かりを照らしていた筈のシャンデリアも床に粉々に散り、ガラスの破片も散乱している。
かろうじてその様子が分かるのは魔理沙の出している光源魔法による物。
「大体の部屋がぶっ壊れてんな…あんなにいた妖精メイドも何処に行ったんだ…。」
前に進みながらも紅魔館内部の倒壊状況を見て歩く魔理沙。そんな中、一部屋だけ壊されていない部屋を見つける。
(何だ?あそこだけ崩れてないぜ?)
魔理沙が近づくと部屋の中からは怯えた様な声や息遣いが聞こえた。
意外と大勢の様だった。
「そこに誰か居るのか?」
魔理沙の声に反応して息を押し殺すのが感じ取れる。魔理沙は声をかけ続ける。
「レミリアと一緒に助けに来たんだぜ。怯えてるなら大丈夫だ。もう近くに何もいない。」
魔理沙が出て来る様に促すと、しばらくして鍵の外れる音が鳴る。
扉から顔を覗かせたのは妖精メイドの副メイド長だった。後ろには40人くらいの妖精メイドが大きな個室にいた。
「あぁ…!魔理沙さんでしたか!良かった…!」
心底安心した様でその場にへたれこむ副メイド長を支えて魔理沙は部屋に入る。
部屋では疲れて眠る妖精や怪我の手当をしている妖精、蹲り怯えている妖精もいた。
「何があったんだ?」
魔理沙の問に副メイド長が答える。
「妹様と…氷の妖精、人喰い妖怪、大妖精さんが暴動を起こしてこんな事に。」
「そんな…でもパチュリーが居れば抑えられるだろ?あいつらがこんな暴動起こすとも思えないしな…。」
副メイド長は首を横に振り、説明する。
「流石に妹様とあの四人同時に相手をするのは危険だとお止めしたのですが…小悪魔さんも居たので妖精メイドの護衛をつけて、妹様を追っていきました。」
「…助けに行こうとは思わなかったのか?」
魔理沙は改めて部屋を見渡す。
「皆、怪我をして動けない子もいるのでじっとしていました。パチュリー様を助けに行かなければならないのは分かってます…でも。」
殆どの妖精が怪我をしていて、体の一部が無いものもいた。
副メイド長の体はいつの間にか震えていた。
「でも…怖いんです!先程の妹様の事を思いだすだけで…体が、動かないんです…!」
魔理沙は副メイド長に背を向ける。
「私は今からパチュリーと小悪魔を助けに行ってくるが…お前達はどうする?」
副メイド長は震えて俯いているだけだ。
魔理沙の方に向いている訳じゃ無かった。
魔理沙は少し溜息をついて副メイド長に振り向く。そして副メイド長の顔が見える様に屈む。
「お前はあいつを。パチュリーを助けたいか?」
副メイド長は直ぐに顔を上げるが震えは治まっていない。震え声で答える。
「助け…たいです。」
魔理沙はもう一度問う。
「助けたいのか?本当に?」
副メイド長は魔理沙の問にまた俯いてしまう。
しかし何かをその短時間で決めた。
それが魔理沙には分かった。
何故なら。
副メイド長の震えが止まったから。
「本当に…助けたいです!」
魔理沙はその返答に満足した様に笑う。
副メイド長の頭に手を置いて撫でる。
「行くぞ。あいつらを助けに。」
副メイド長はどこからか取り出した拳銃を持ち覚悟を決めた顔で魔理沙についていく。
魔理沙はその場にいた妖精メイドにレミリア宛の手紙を渡して館を出ていった。
·レミリア側
ーー本館ーー
酷い血の匂いが辺りに漂う。
中はとても荒れていた。
光源も割れ、中途半端に体を『壊され』息のあるまま死ねずにもがいている者、倒壊から発生した火災の後の焦げ臭さ。
その瓦礫や装飾だった物に横たわる死体。
それは地下室に近づくにつれ酷くなっていった。
「どうやって抜け出したかと思えば…」
レミリアは見たくない物を見たように目を逸らす。その見たくない物は。
手に繋がれていた鎖はちゃんと手を繋いでいた。
その手は既に体とは離れているが。
フランは自らの両腕を無理矢理に鎖につけたまま引っ張った様だった。
かなりの力で引かれた腕は体から引き離され、只の肉片と化していた。
「でも…もう再生しているでしょうね。別館に行って他の状況確認をしてフランを追いましょう。」
レミリアは地下室から足を運び、別館に向かった。別館に入った頃だろうか。
レミリアの五感が何かを感じ取った。
(何かが…集団でこちらに寄ってくる。敵か、味方か。分からないけど迎え撃つ準備を…。)
レミリアは視覚と聴覚に神経を集中させて通路の曲がり角に視点を絞る。
足音が近付いて来るのが分かる。
軽い足音に、軽量の生物が集まった集団だと言うのが分かった。
レミリアは自身の心拍数が上がるのが手に取る様に分かった。
(一体何が…!来るの!?)
ついにその姿が正体を表す。
「あいつは…何!?」
レミリアの視線の先にいたのは見るのだけでもおぞましい『怪物』。
黒い人形の生物が不自然に集まった様な容姿をしており、まるで溶解液に溶かされ不格好に混ざり合った実験動物の様だ。
レミリアはその怪物の額に何か見覚えのある刻印がある事に気付く。
その刻印は『服従』の意味が込められた刻印。
何かを呼び出す際、召喚時に付けられる物だ。
問題は誰がそれを呼び出したか。
(襲って来ない所を見るとパチュリーが召喚した物かしら。)
その怪物を無視してレミリアは通り過ぎる。
怪物はどうやら付いて来るだけで危害は与えてこない様だ。
(まぁ襲って来ないなら大丈夫か。放っておきましょう。あっちには…妖精メイドかしら。)
妖精メイドが部屋から出て行く所が見えて、レミリアは近づく。
「あっ…お嬢様。魔理沙さんからこんな手紙をっ…ひっ…!」
妖精メイドの中から一人がレミリアに手紙を渡す為に歩み寄る。
しかしその表情は一気に恐怖に変わる。
「どうしたの?何かあったの…」
手紙を受け取り、妖精メイドの視線に気付く。
その視線はレミリアの背後に向けられている。
レミリアはその言葉を続けられずに頭に強い衝撃を受け壁に叩きつけられる。
「かっ…はっ!はぁっ!はぁっ…!」
レミリアは頭から血を流し少し目眩が起きる。
壁に叩きつけられたせいで呼吸も荒くなっていた。怪物は握った拳を前に突き出していた。
「隙を狙っていたか。…いいわ。」
レミリアは不敵に笑い血が出ている顔の怪我に手を当てる。
次の瞬間、レミリアの手の中から紅い眼光が見える。手が怪我から離れると怪我は消えていた。
「紅魔の主に挑んだ事を後悔させてあげる…!」
続く




