依頼16件目「騙し合い」
「…誰か来たみたいだな。」
魔法の森。魔法使いにはうってつけの場所とも言われる。魔理沙の家もそこにあった。
その家の扉が2回叩かれた。
零狐は刀を持ち用心して扉を開ける。
「元凶。もといもう一人の貴方をつれてきたわよ。」
「魔理沙だけを連れて帰ってきてくれと、頼んだ筈なんだが。」
扉の前に立っていたのは霊夢だった。
霊夢は零狐を一点に見据えて言う。
「異変を終わらせる方法…貴方ならもう気づいてるでしょ?…リスクが高いからやらないだけで。」
零狐は全てを見透かされている事に驚きつつも苦渋の選択を迫られていた。
リスクを侵して異変を解決するか。
もしくは傷跡を残すが成功率が少し高い方法を使うか。
頭を抱えて悩む零狐に魔理沙が歩み寄る。
そして零狐にした行動は全員を驚かせた。
響きのいい音が高く鳴る。
零狐は魔理沙に平手打ちされていた。
「お前は…私の知っている零狐は!こんな臆病な奴じゃなかった筈だぜ!」
魔理沙の突然の言葉に唖然とする零狐。
「仲間や自分の大切な居場所が壊されそうな時にはどんなに危険でも迷わないで助ける…それが零狐じゃ…それが『万事屋』じゃなかったのかよ!」
零狐は少しの間、動かなかった。
しかしその顔には笑みが戻っていた。
危険な時ほど笑ういつもの『零狐』だった。
「そうだな…。よし。」
零狐は魔理沙の肩を叩き小さく「有難う」と呟き扉の外に出る。
扉の外で腕を組み待っていたのは。
片目が既に青くなった紅い零狐だった。
「久しぶりだな。もう一人の俺。」
その言葉に反応し紅い零狐は振り返る。
「そうだな。」
段々と片目の青が紅く変わり始めた。
周りの空気も圧迫され木々も揺れる。
紅い零狐の周りには赤黒い何かが取り巻いている。さながらそれは憎しみ。悲しみ。そういった物全てが体現されている様だ。
「俺の…全てを受け止めてくれよ。そしてもし受け止め切ったなら…今度は一緒に負の感情を受けてくれ。」
恐らく本音だろう。
紅い零狐から吐かれた三度目の本音だ。
零狐は決心した笑顔で刀を抜く。
「もちろんだ。」
紅い零狐は刀を納め、目を閉じる。
(抜刀術か。俺のあいつに対する認識は…間違ってたみたいだな。)
零狐は刀を抜き下段で構える。
「戦いの知識、頭の回転の良さは…俺の方が上の様だな!」
それを合図に紅い零狐は刀を振り抜き瞬時に零狐を斬りつける。
零狐は軽く躱し、下段からかなりの速さで斬りあげる。
しかし紅い零狐に上手く受け止められる。
「流石だな。普通、抜刀術の後は隙が出来る筈なんだが…受け止められるとは。」
紅い零狐はひたすら頭を回していた。
(何故だ…?見切られていたのか…!?)
その後、何回も抜刀術を行うも全て躱された。
「何故だ…何故当たらない!?」
紅い零狐は零狐の目を見る。
解説。
何故、紅い零狐の抜刀術がいとも容易く零狐に躱されたのか。
まず本来、抜刀術というのは戦闘時に使う事を想定されて作られた物ではない。
敵を強襲する際や不意をついて攻撃をする事を想定されて作られた物なのだ。
そして暗殺が一番メインに考えられた術だ。
今回の様な相手に自分の存在を認識されている時には使うのは得策とは言えない。
零狐が戦闘時に使えていたのは、その刀を振る速度、抜刀速度、何より零狐自身の移動も速かった為、抜刀術を使った瞬間に敵を切り裂く事が出来たからだ。
その他にも話術や、体現させた妖気によって敵を畏れさせたりなどして隙を作り出していたからだった。
更に此処は仮にも森の中。
開けているにしても抜刀術は動きにくいのは確かだ。
それを短時間で理解していたのは零狐自身。
それを理解した上で抜刀術を避けるのは、いとも容易い事だろう。
しかもその逆は無い。
何故なら、紅い零狐は負の感情に任せて戦う事しかしてこなかった。
故に弾幕ごっこにおいて強者とされる者達に備わっている物が紅い零狐には無かった。
戦況を読み相手の裏をかく戦略的な頭脳?
はたまた全てを破壊する絶対的な力?
実はそのどれでも無い。
最後に物を言うのは結局、瞬間的な判断力。
知識を持っていても戦況に合った物を判断しなければそれは無意味。
更に力をもっていても相手の策にはまらないように判断しなければ負ける。
その判断する時間は戦いの中の無情な程の一瞬なのだ。
「さぁ次はどうする?」
「抜刀術が駄目なら別の方法を使えばいい。」
紅い零狐は零狐の言葉に反応して、懐からある物を投げた。
それは細く鋭い貼りの様な物だ。
「結構…!速いな…!」
紅い零狐は木の枝や幹を足場に姿を見せない速さで様々な方向から針を飛ばして来る。
零狐は刀で弾き、必死に紅い零狐を目で捉えようとしていた。
ようやくはっきりとは見えないが、動きを掴む事が出来始めていた。
(…次にあいつが行く場所は。ここだ!)
零狐は落ちていた針を拾い、目当ての場所に投げつける。
針は真っ直ぐに速く飛んでいく。
そしてその獲物を捉えた。
「ちぃっ…!」
高速で移動している物に鋭い物を当てるとどうなるかご存知だろうか。
その移動している物が硬いものだったりしたならば軽く跳ね返される。
しかしそれが柔らかいーー生身の人間なら。
生身の妖怪でも同じ事だが、刺さる場合はもちろん、普段より深く刺さるのだ。
中に抉り込むように。深く、深く。
紅い零狐の近くに零狐は歩み寄る。
見た所、腹部に深々と投げられた針が刺さっている。
痛みでまともに動く事は出来ないだろう。
「これで終わりだ。」
零狐が刀を振り上げる。
だが紅い零狐の顔は笑っていた。
鮮血が吹き出す。
「がっ…ごぽっ。」
紅い零狐は隠し持っていた小刀を零狐の首に突き刺している。
零狐の口から、喉から。
鮮血が滴り落ちる。
やがてそれは川の様に流れ出る。
「不思議には思わなかったか?針が刺さった腹からあまり血が出ていないと。」
紅い零狐は悲しそうな笑顔を見せて零狐に背を向ける。
「お前も…受け止めてくれなかったな。」
そんな中、霊夢や魔理沙。
歌仙は周りからその様子を見ていた。
紅い零狐が何もいない所を移動して零狐がいない場所に針を投げたりしている光景を。
「あいつは…独りで何を?」
零狐は抜刀術を受け切った辺りからスペルカードを発動していた。
ーーー嘘符『Liar’s eye』ーーー
※このスペルカードはオリキャラ設定集第2弾に掲載されています。
「誰が。受け止めてくれなかったって?」
零狐が紅い零狐に問いかける。
紅い零狐はスペルカードの効果が切れ零狐の方に振り返る。
「お前…何をした?」
零狐は発動済みのスペルカードをチラつかせた。紅い零狐はそれを見る。
「そのスペルカードは…」
(発動してから相手と目を合わせなければ効果を持たない!いつ…いつ目を合わせた?)
零狐は紅い零狐に指をさして言う。
「一つ教えてやる。今からやるのは弾幕ごっこであって『殺し合い』じゃあない。スペルカードと通常弾を使う。」
紅い零狐は黙って聞いている。
「よって殺したりするのはナシだ。能力も使っていい。…ただし手口を相手に教える必要も無い。自分の戦い方でいいんだ。」
零狐はそれを言って刀を下段で構える。
「弾幕ごっこで俺が勝ったら。戻って来い、俺の元へ。」
紅い零狐は一点に零狐を見据えて笑う。
小さい声で呟く。
「中々…面白いな、幻想郷は。」
そして紅い零狐は上段で刀を構える。
今度は大きく零狐に届ける声で。
「いざ…参る!」
続く




