依頼15件目「解決の兆し」
「ねぇ…零狐。」
椅子に座った零狐に歌仙が呼びかける。
「…何だ?」
「紅い…零狐は貴方の負の感情の塊だと言っていた。つまり。」
歌仙は文の静かな寝息しか聞こえない魔理沙の家の中。ある結論を出した。
「最終的には貴方に戻さないといけないんじゃないの?」
歌仙の言葉に少し反応を見せる。
零狐は俯いたまま黙っている。
「負の感情が無い…それはもう。前の零狐とは違う…。別人になってしまう。」
零狐の口から言葉がぽつりと出始める。
「分かってる…そんな事は分かってるんだ。だがそれにはあいつを…もう一人の俺の今までの憎しみを俺が受け止め切る必要があるんだ。」
歌仙は話を黙って聞いている。
「俺が…受け止め切れなかったら。あいつは幻想郷中に憎しみをぶつけるだろう。…正直リスクが高過ぎるんだ。だから…幻想郷中に注意を促して封印する方向性を取ったんだ。」
歌仙は何も言えなくなっていた。
零狐は言う通り、かなりのリスクで失敗した
ら止められるかが分からないからだ。
妖怪の山。
(明らかにさっきまでの霊夢じゃねぇな。
まぁいい。こいつも殺すだけだ。)
紅い零狐は刀を中段で構える。
刀の切っ先が怪しく光る。
「お前、近接戦に自信は?」
紅い零狐の問に対して霊夢は反応を見せた。
「遠距離も近接もどっちも少しなら。」
「そうか。」
そう呟いた瞬間。
紅い零狐は霊夢の前まで迫っていた。
刀で胴体めがけ横に斬り掛かる。
「甘い。」
しかし太刀筋は霊夢には見切られていた。
お祓い棒で受け止められ、弾き返される。
その隙にお祓い棒を逆手に持ち紅い零狐の丁度、肺と肺の間にある気管支に向けて突く。
「危なっ…!」
紙一重で躱し、刀の柄で霊夢の首筋辺りを殴る。命中した。
確かに命中したのだ。
しかし次の瞬間。
紅い零狐の顔に刀の柄が跳ね返って来たのだ。理解が出来ていなかった。
「はっ!?」
上手く柄は受け止めたが、目の前に霊夢は消えていた。
そして背後に迫るお祓い棒。
「その程度か。元妖怪の長。」
紅い零狐の背後で声が聞こえる。
それを理解した時には紅い零狐の後頭部には強いショックが走った。
地面に落ち体を強く打ち付ける。
「くっ…!」
紅い零狐はすぐに立ち上がり上を見上げる。
霊夢が高速で落下して来ていた。
紅い零狐めがけ、お祓い棒を地面に叩き付ける。間一髪でバックステップで革される。
その時に霊夢に幽かな隙が出来た。
「たっぷり俺の刀を味わいな。」
その声と共に紅い零狐は抜刀術の姿勢から抜刀した。その刀を鞘から抜き去った瞬間。
紅い零狐は消えて、いつの間にか霊夢の後ろ側に刀を納めて立っていた。
「…げほっ…。」
鋭い風が吹くような音がした。
既に、霊夢は腹部を斬られていた。
御面も砕け、顔には切り傷がついていた。
血を吐いてよろめき、紅い零狐を睨む。
「言っておくが…もう一人の青い目をした俺より俺の方が抜刀術の技術は高い。」…同じ俺なのに。何故かわかるか?」
紅い零狐は手を広げ空を見つめる。
「憎しみや怒り…そういう感情が多い奴は狂っているかもしれないが。何より。強い。」
霊夢の方を向き指を指す。
「お前も同じだ。友人が傷つけられ怒っているだろう?今のお前は初めて神社で戦った時より遥かに強い。」
霊夢は俯き話を聞いていた。
「もう一人の俺は負の感情を全て俺に擦り付けた。そして俺を拒絶して分離させた。今までの憎しみや悲しみ、怒りがもう俺は…抑えられないんだよ!俺は…あいつの仲間。大切な物。何よりもあいつが!憎くてたまらないんだよ…!!」
霊夢は何も言わずに立ちあがる。
腹部からは血が出ていたが応急処置をこの短時間で施したのが確認できた。
「全てが憎い。だから殺すと?」
「あぁそうだ。俺に負の感情を擦り付けて…誰も俺を…負の感情の俺の憎しみを受け止めてくれない。」
霊夢はすこし、しんどそうな表情で微笑んだ。霊夢は再び口を開く。
「今。貴方を一番必要として戻ってきて欲しい。貴方の憎しみを受け止めてくれる人物が一番身近にいるわ。」
紅い零狐はぴくりと反応を見せる。
霊夢を睨み刀を向ける。
それにも恐れずに霊夢は言葉を続ける。
「そいつは…もう一人の貴方。青い方の零狐よ。」
「拒絶した本人が憎しみを受け止めて、俺を必要としてるってのか?」
紅い零狐は鼻で笑い、霊夢を睨む。
霊夢は怖気づかず食い下がらない。
「負の感情が無いからこそ。負の感情である貴方が必要なんじゃないの?」
足を引きずりながら紅い零狐に歩み寄る。
「貴方も私にとっては同じ『零狐』。負の感情が無いなんて唯、感情がかけているだけ。私は貴方と青い方の零狐が一緒になって一人の零狐だと…思うわ。」
霊夢は御面を外し紅い零狐を見つめる。
「正直。この異変は貴方が零狐と一緒になるまで終わらない。貴方を消したとしても残った零狐は感情が欠けた零狐でしかないもの。その逆も同じよ。」
紅い零狐は考え込む様な仕草をして言った。
「分かった…。だがあいつが受け止め切れなかった時は幻想郷に全てをぶつける。わかったな…?」
紅い零狐の目はいつの間にか紅では無く青になり始めていた。まだ薄くはあったが。
(負の感情の度合いで変わるのかしら…。それならもう少し減らす為には。幻想郷の楽しさをこれで知ってもらいましょうか。)
霊夢が仕方なく取った行動は。
霊夢はお祓い棒を紅い零狐に向ける。
紅い零狐は驚きの表情を見せる。
「寝言は寝て言って。何の代償も無く零狐まで辿り着けると?馬鹿じゃないの?」
中指を立てて更に挑発する。
「糞が…!」
紅い零狐の目は青から紅に戻る。
『怒り』が生み出されたせいだろう。
霊夢の首を刈り取る勢いで刀を振る。
素早く後退し、臨戦態勢になる。
両手を前に突き出し霊力を収縮させる。
「私の一撃。受け止めてみなさい。」
しかし。
紅い零狐は霊夢が撃とうとしている霊力を収縮させた攻撃に気を取られて、気付いていなかった。
上空で近接戦闘をしている時にかなりの上空に放った物。
時間差で落ちてきた霊夢の封魔針に。
「あんたに慈悲は無いわ。博麗の針を良く味わいなさい。冥土の土産になるわ。」
紅い零狐はやっと気づいた。
霊夢の通常弾、封魔針が何本も降り注いで来ていた。
「この程度なら…!」
そう言って刀で弾く準備をした時だった。
紅い零狐の体が何かによって制限されていた。もはや体を動かす事がままならない。
封魔針はあと少しで地面にめがけ刺さる。
(なんだ…!?まさか!?)
紅い零狐は自らの足元を見る。
そこには札によって作られた結界があった。
「いつ…こんな物が!?」
「私が腹斬られてしゃがんでる時よ。話なんかしてないで殺すべきだったわね!」
(くっ…そんなの後で良い!今は何かで防ぐんだ…!!今から能力で地面を隆起させても間に合わない…!近くには草すらない!能力で防ぐのは無理だ!)
紅い零狐は気づいた。
自分の右指だけが動く事に。
「これしかない…!スペル!」
ーー防符『火鼠』ーー
火鼠の炎の如く、炎が巻き上がる。
封魔針から紅い零狐を自動的に守る。
炎に飲み込まれ溶けていく封魔針。
その1本も紅い零狐に届く事は無かった。
「今のはさすがに焦ったぜ。お前の札の拘束もそろそろ解ける。次は俺の番だ。」
霊夢は地上に降り立つ。
「あんたの下にあるその結界。確かに直ぐそれは解ける。だけどそれは他の事にも使えるの。」
霊夢は紅い零狐に背を向け手を掲げる。
その手には光り輝くスペルカードが掴まれていた。
そしてそのスペルカードが発動された。
ーーー神技『八方鬼縛陣』ーーー
紅い零狐の下に貼ってあった札が剥がれた。
その下には更に未発動の札が張り巡らされていた。
しかしもう『未発動』ではない。
紅い零狐の周辺に巨大な結界が張られ、その強さは名の通りだ。
かなりの強さの結界が紅い零狐を縛り付ける。
「しばらくは結界効果で動けなくなるわ。」
「今回は…俺のっ…負けらしいな…!」
霊夢は振り向き意地悪く微笑んだ。
「どう?…幻想郷名物『弾幕ごっこ』は?」
紅い零狐に微笑みかける。
「たまには憎しみをぶつけないで楽しく戦うのもいいと思わない?」
紅い零狐は既に片目が青くなり始めていた。
「確かに、そうかもな。」
霊夢には聞こえない様な声で出た言葉は紅い零狐自身にも意外な物だった。
(憎しみが薄れてきたのか…分からないけど少しは異変は解決が楽になったかもね。)
霊夢は岩に腰掛け、そんな事を考えていた。
続く。




