依頼14件目「普通の魔法使い」
(早くっ…!魔理沙が殺られる前に文を置いてこないと…!)
零狐は一瞬、頭の中に自分の言葉が浮かんだ。周辺調査をしている時の。
(あの時…俺は天狗達の血が乾いていたから殺されてから時間が経っていると考えた。少なくとも、もう奴は移動しているだろうと。)
零狐の拳に力が入る。
更に飛行速度を上げて魔理沙の家を目指す。
風が妙に心地悪く感じた。
(死なないでくれよ…魔理沙!)
その時。
目の前から何かが飛んでくる。
零狐の目には赤と白の服が映った。
「…霊夢か!?」
お互いに誰かを認識して急停止する。
霊夢はいつもより重装備で殺気を隠しきれていない様子だった。
零狐の頬に冷や汗が流れる。
(魔理沙をそんなに早く始末してきたのか…?いや、だとしても1度バレた姿で俺の前に現れる必要が無い。安心しても…大丈夫か?)
あれこれ零狐が考えていると霊夢が深刻な顔で事情を話してきた。
「今から妖怪の山に行くところだったんだけど、既に襲われたみたいね。」
零狐の腕と背負われた文を一瞥して言う。
「魔理沙が紅い零狐に襲われてるから救出してくれ。絶対に倒そうなんて思うな。」
念を押すように霊夢に言い聞かせる。
霊夢は零狐の異変に気づいた。
(少し…震えている?)
「分かったわ。…気を付けてね。」
零狐は少し微笑み前を向く。
すぐに笑顔は消え言葉を返す。
「霊夢も…気を付けろ。あいつは恐らく、俺より強い。同じ俺だが何かが違う。」
霊夢は言葉を返さずに零狐の横を飛び去る。
それを合図に零狐も結構な速さで飛び立つ。
少し経った頃。
木々が生い茂った巨大な森が見えてくる。
(魔法の森が見えてきた…!もう少しだな。)
「ゴホッ…ん…こ、此処は?」
文の口から血が吐かれる。
天狗の再生力もあり無くなった腕も再生されていて大方の外傷は塞がっていた。
しかし内部はまだ治っておらず何らかの治療魔法や妖術を使って治す他に、短期間で治す方法は無かった。
息をするにも苦しい様な感じではあるが意識を取り戻した事から零狐にも安堵の表情が現れる。
「起きたか。もう少しで魔理沙の家に着くからそこで手当するから、まだ動くなよ。」
文は力無く頷き零狐の背中に身を任せようとした。しかしある事に気づいた。
背中の一部の衣服が破け肌が見える。
そこには前には無かった黒い紋様が浮かんでいた。何かが蠢いている様にも見える。
「ぜ、零狐さん…これどうしたんですかっ…!ゴホッ!」
急に動き出した為、更に血を吐いてしまう。
「おっ、おい!あんま動くな…ってやばいっ!文、捕まってろ!」
零狐も体制を崩し、魔法の森に落下し始める。途中で体制を立て直すが、目の前には枝がいくつも迫ってきていた。
「くそっ!」
上手く体を旋回させて枝の間をすり抜ける。
しかし。
一本だけ見落とした枝があった。
「はっ!?」
枝は零狐に正面から当たり、折れてしまった。当たった衝撃により二人は地面に落ちていく。
(せめて文だけでもっ!!)
零狐は文の腕を掴み、自分の上に位置させる。零狐の左肩には木の枝が刺さっている。
そのまま体は地面に強く打ち付けられた。
「がっ…くそっ。痛ってぇ…。」
文はすぐに体を持ち上げ上から退く。
「大丈夫ですかっ!?ケホッ…ゴホッ…。」
心配する文を安心させるよう起き上がる。
手を引き文に手を貸す。
文の体はまだ冷たいままで衰弱してるにも関わらずまだ動けるようだった。
天狗の生命力が目に見えた。
「文の方が俺より重症なんだから、ほら肩貸すから早くしろ。」
零狐は文に肩を貸して歩き出す。
少し薬品の匂いがあたりに立ち込めてきた。
「なんだ…薬品の匂いか?」
「おそらく…ゴホッ…魔理沙さんの家が近いのでは?」
少し回復してきたようだが、重症な事には変わりない。
「取り敢えず、薬品の匂いを辿ってみるか。文。まだ歩けるか?」
「えぇ…まぁ。」
零狐は答えを聞いて、歩き出す。
最近何かの動物が頻繁に通ったようで足跡が多く見られる。
もっとも、虎の様な大型の動物や、鼠の様な小型の様な動物の足跡まで色々見られた。
「あれじゃないか?」
零狐が指を指した方向にあったのは少し古めかしい家だった。
零狐は手で看板にかかった土を払う。
(霧雨道具店…。ここだな。)
「わっ!?ちょっと…!ゴホッ…」
「暴れんなよ。仮にもまだ怪我してるからな。ちょっと待ってろ。」
文を担いで、片手で扉を開ける。
気の軋む音が鳴る。
足を踏み入れた瞬間。
部屋の奥から電撃の弾が襲ってくる。
勢いで全て弾き返す。
「くそっ…文!ちょっと出てろ!」
文は急いで扉を開けようとした。
しかしその扉は、さっきまでの軽さが嘘の様に重みがあった。
「駄目で…ゲホッ…開きません…カハッ…」
見たところ文の腹部の傷が開き始めてしまっていた。段々と血が流れていく。
「誰だか知らないが攻撃をやめてくれ!」
弾き返しながら零狐は叫ぶ。
その途端、電撃は止んだ。
木を踏みしめる何かの足音が聞こえる。
「零狐…?」
奥から出てきたのは白い幻獣を手に乗せた人物。桃色の髪が少し揺れる。
「歌仙か…良かった。お前も怪我人か。」
部屋の椅子に腰掛け歌仙に話しかける。
歌仙は体に包帯を巻いており、その上から血が滲み出ていた。
既に時間が経ち、血は止まっている様だ。
「えぇ。でも大分良くなったわ。」
零狐はちらりと時計を見る。
霊夢と空中で出会った時刻から大体、10分は経過している。
「よし取り敢えず寝かせて。」
「分かった。」
歌仙の言葉に応じて文をベッドに寝かせる。
「さて、まずは傷を見ないと。…あ、俺が見たらまずいんじゃないか?」
歌仙は首をかしげて言う。
「え?何かまずい事があるの?」
零狐は唖然とした顔を見せる。
少し沈黙が生まれるが、文の呻き声に破られた。
「だって、なぁ。一応女の子だし。男が傷見る為にとはいえ半裸体を見るのは…。」
その言葉を遮るように文が呻き声の後に溜息をついて話す。
血はもう止まっていて少しの治療で済みそうだった。
「はぁっ…零狐さんには見られても…構いませんから…ゴホッ…取り敢えず処置を。」
先程よりは幾分か楽な様だった。
「…仕方ない。なるべく見ないようにはするからじっとしてろ。」
約10分後。
文の治療は終わって、束の間の休息。
「霊夢達には会った?」
「あぁ。一応、霊夢に魔理沙を助けるように言ったが…紅い零狐から逃げられるかどうか…。」
零狐が深刻な顔で俯くと歌仙は近くに寄り、手を差し伸べた。
「あの二人はそう簡単にはやられないわ。過去の幻想郷縁起見た事ある?」
零狐は顔を上げ、疑問を浮かべている。
歌仙は手を差し伸べたまま話す。
「あの二人は何度も異変を解決してきたタッグ。幻想郷で最も良いコンビネーションだと思うわ。」
差し伸べられた手を掴み、刀を持つ。
刀を腰につけて歌仙に振り向く。
「そうだな。今は二人を信じよう。」
零狐が魔理沙の家に着いた頃。
魔理沙は紅い零狐と闘っている最中で実質、少しまずい状況に陥っていた。
「さて、そろそろ魔力切れか?」
紅い零狐が刀を魔理沙に向ける。
魔理沙は紅い零狐の言う通り、八卦路もショートして故障。スペカも残り1枚。
通常弾を出すにも魔力が底を着きそうだった。顔には疲労が滲み出ていた。
「はっ…まだまだ!あと1ラウンドは持つぜ?お前こそ避けすぎて疲れたんじゃないか?」
中指を立て挑発するが紅い零狐は乗ってこない。魔理沙は心の中で悪態をつく。
「強がっても無駄だ。それじゃ、今度は俺の番だな。覚悟しろ。」
(くそっ…完全になめてたぜ。こいつは殺す事とか闘いに関しちゃ、零狐より上だ…!)
紅い零狐がついに膝をついた魔理沙に歩み寄る。その足音が段々と迫る。
「じゃあな。普通の魔法使い。」
魔理沙に血塗られたその刀が振り下ろされる。しかし魔理沙の箒を掴んだ左手には。
「だから言ったろ?『甘いぜ』ってな!」
箒で刀を受け止め、右手を紅い零狐の胴体に向ける。
右手の平には血で書かれた八卦路の紋章。
左手の指で挟んだスペカが輝く。
「この至近距離なら絶対外さないぜ!喰らえ!スペルカード!」
ー魔砲『ファイナルマスタースパーク』ー
魔理沙の右手の八卦路の紋章から極大の魔砲が放たれる。
かなりの魔力と光弾、更に魔法弾が高密度に集約された魔砲。
どれだけ硬い装甲を持ったとしても大方の物は壊れ、砕けるだろう。
生身でそれを受けたとすれば、妖怪であろうと軽傷では済まない。
しかし。
ちゃんとした、発射する為の道具を使わなければ発動した本人にも相当な負荷がかかる。
ましてや今回の魔理沙は八卦路を使わず自身の右手に魔力を込めて発動した。
人間の生身の右手が耐えられる筈がないのだ。右手が吹き飛ぶくらいの被害は出る。
だが、この時点でおかしい点がある。
まず一つ。
魔理沙の右腕が全体的に火傷をしただけで吹き飛ばされていない。
被害が最小限どころか更に抑えられている。
そしてもう一つ。
刀でいとも容易く斬られる筈の箒が斬られずにその剣撃を受け止めていた。
更にもう一つ。
魔理沙の体が吹っ飛ばされずに何者かに支えらているのだ。
「ごぽっ…ゲホッ…ちっ…最後に切り札を隠してやがったか。」
紅い零狐は発動される瞬間に、零狐のスペルカードを発動していた。
そのスペルカードは。
ーーーーー壁符『玄武の甲羅』ーーーー
※オリキャラ設定第2弾参照。
一応オリジナルスペカだから説明を入れる。
自動では無いがスペルカード一枚につきひとつ発動する。コストは悪いが神クラスの攻撃でなければ大体防ぐ事ができる。
ちなみにこれは同時に発動するのは不可能な為、発動時間が切れるまではスペカを発動できない。
「全く…無茶しちゃって。まぁ魔理沙の本気の一発、見させてもらったわ。」
白い狐の御面を片手で付ける。
気を失った魔理沙を抱き上げ岩のそばに寝かせる。
「さて、覚悟は出来てる?」
お祓い棒を紅い零狐に向ける。
魔理沙を助けに来た人物。
「一応…聞いてやるよ。御面してるから分からんからな。お前。誰だ?」
幻想郷の英雄であり畏怖の歴史を持つ。
「私の…名前は」
時には妖怪から嫌われ。
人からは畏れられ。
博麗の悲しき過去の流れを変えた人物。
「幻想郷の巫女。博麗霊夢。」
その場には、何とも言えない緊迫した空気が流れていた。
『博麗の巫女』と『狂気の元妖怪の長』の危険な闘いが始まった。
続く




