依頼12件目「妖怪の山」
霊夢と魔理沙が博麗神社を出て約20分後。
紅い零狐と歌仙の戦いは終わりを告げようとしていた。
「さて…最初に憎しみをぶつけるのはお前だ。最期に何か言いたい事は?」
無慈悲で無機質な瞳が歌仙をただ見つめる。
紅い零狐の目には歌仙の腕や腰、腹部から少しずつ流れ出る血が映っていた。
「じゃあ…ひとつだけ教えて。」
地面に座り込み神社の御神木に寄りかかる歌仙の静かな声が紅い零狐の耳に届く。
「貴女の目的は…何なの?」
紅い零狐の口からひとつ小さな溜息が漏れる。重く口が開かれる。
「質問は…自分が有利な状況、相手と同等の時にやりな。」
歌仙が静かに顔を見上げる。
刀が高く振り上げられ太陽の光が少し照らされている。
刀に付着した血が一粒、落ちる。
「これで二人目。」
刀が振り下ろされ歯切れの良い音が鳴る。
血が歌仙の顔に落ちて、垂れる。
垂れ落ちた血は首の方に流れ、やがて大量の血に合流する。
歌仙の左の首筋から右の腰あたりにかけて、刀による傷が大きく出来ていた。
「あっ…がはっ…!?」
段々と血だまりが広がっていく。
薄れつつある意識の中、歌仙の頭の中には様々な妖怪や人間の顔が浮かんでいた。
「じゃあな。先に地獄で待ってろ。」
冷たい声だけが耳に入る。
やがて視界は途絶えた。
痛みは感じる。
ただそれ以外に感じるのは温もり。
体全体に広がる暖かさだけだった。
「ん…ここは…何処だ?」
目を覚ました歌仙はひとつのベッドに寝かされていた。
ゆっくりと起き上がると胸の辺りに激痛が走り、呻き声が漏れる。
胸には包帯が巻いてあり血が滲んでいた。
部屋は随分と散乱していて本が積み重なり、ビンやフラスコが倒れていた。
「…起きた?」
優しい声と共に扉が開かれる。
紅い服が目に映る。
「あぁ…霊夢。助けてくれたの?」
「魔理沙にだけ妖怪の山に行ってもらって私は神社に戻ったら…あんたが倒れてたの。」
安心した表情を見せた歌仙に近付いていく霊夢。霊夢は歌仙の前にある椅子に腰掛ける。
「…貴方が仙人でよかったわ。あんなに出血しても生きてるなんて。大した生命力だ。わ。」
「魔理沙は?」
歌仙の言葉に首を振る反応を見せる。
「まだ帰ってきてないわ。結構遅い気もするわね。」
霊夢の言葉を聞き、何かに気付く歌仙。
段々と顔が青ざめて行く。
急に俯く歌仙を心配そうに霊夢は覗き込む。
やがて歌仙の口が開かれる。
「ねぇ…貴方が私を助けたのは何時頃?」
「え?今から10分前くらいじゃない…。」
さらに歌仙は質問を続ける。
「貴方達の所に紅い零狐が来たのは?」
「大体…40分前になるわ…。それが…?」
歌仙は何かを確信した様に震え始めた。
汗が吹き出て焦っているのが目に見える。
「霊夢。落ち着いて聞いて欲しいんだけど…。」
神妙な面持ちな歌仙を見て、霊夢も何かまずいことが起きているのはわかった。
「私が動物達に零狐が妖怪の山に向かった事を聞いたのは大体30分前。つまり博麗神社に向かっている途中。」
緊迫した空気が部屋に流れる。
「動物の伝達力は凄くてかなり早く情報が入る。……ここまで言えば…分かる?」
「まさか…。」
霊夢の拳に力が入る。
手汗が滲み始める。
「私を殺したと勘違いして紅い零狐が妖怪の山に近い博麗神社を出たとしたら。もしそうならば。」
「魔理沙より…零狐より早く。幻想郷唯一の宣伝役の天狗を殺しに妖怪の山についているはずよ。」
霊夢はお祓い棒を掴み支度を始める。
「歌仙は…ここにいて。せめて零狐と魔理沙だけは助ける。」
鋭い目つきでそう告げる。
歌仙は霊夢の名を呼び歩みを止めさせた。
「前の容姿で紅い目の零狐に気を付ける事も含め、事情を書いた手紙を動物達に幻想郷中に届けさせる。」
背を向けていた霊夢は少し振り返る。
「ありがとう。」
少し微笑みながら建物を出ていく。
その背中はいつにもまして頼もしく感じた。
幻想郷に崩落が訪れようとしていた。
続く




