食事
ユウテラスが自分の素性について考えていると、台所の方からパチパチという音とともに食欲を刺激されるなんとも言えない香りが漂ってきた。
ここ数日間何も食べていないユウテラスはその匂いに釣られ、ふらふらと台所の方へ寄っていった。
「あれ、ユウさんどうしたのですか。」
台所に寄ってきた彼にアイリスが気づくと声をかけた。その声で我に返ったユウテラスは恥ずかしそうに言った。
「あ、いえ、美味しそうな匂いがしたもで・・・つい・・」
「ふふふ、そんなにお腹が空いていたんですか。大丈夫ですよ、もう直ぐ出来ますから。あと少しだけ我慢して下さい。」
そう言うと彼女は、手に持っていた竹筒の先を火の方に向け、竹筒の中に息を吹き込んだ。
「あれ、それは何をしているんですか?」
ユウテラスがふと疑問に思ったことを口にする。すると、アイリスが驚いたような表情をした。
「え⁉︎火おこしを知らないんですか?これがないとごはん作れませんよ?」
「え、あ、そうなんですか。僕のところでは魔法で何でも済ませているので知らなかったです。」
「魔法ですか。私は逆に魔法を知らないですね。あ、いや魔法がどんなものかは分かります。小さい頃に話してもらったお話の中に出てきてどんなものなのかは知れました。けれど、魔法を使う人にであったことがなくて・・・本物は見たことがないんです。」
言葉の最後の方になるにつれて少し悲しそうな声になっていくアイリスにユウテラスが一つの提案をする。
「じゃあ、今、私が本物を見せましょう。」
「え、え、え、こ、ここでですか?それはこ、困ります〜」
そう彼女に言われてユウテラスは、えっ、と思った。
(え、え、え?彼女は魔法を見たことがなくて落ち込んだような声になっていたんじゃなかったのか?)
「だって、ここで魔法を使われたらこの家がこわれちゃいますよ〜」
それを聞いてユウテラスは更に、えっ、と思った。
「こ、壊れるってどういうことですか?」
「え、え?使う本人が知らないんですか⁉︎」
「え、え、え?」
お互いに思っていることがかみ合わず混乱していたところに先ほどの老人がやってきた。
「お互いに落ち着きなされ。さもないとせっかくの料理が焦げてしまうよ」
そう言うと、アイリスは急いで鍋の方を振り返った。
「あ、大変!もうお鍋をどけないと!」
そう言って、かまどの横にあった手袋をはめるとお鍋を持ち上げテーブルがある方へと向かっていった。
その間、未だに頭が混乱していたユウテラスに老人が話しかける。
「まだ、お時間はありますぞ。そう焦らずともあとでゆっくりとお話をして下さいな。ささ、まずは出来上がった料理を食べましょう。」
「え、ええ。そうですね。調理の邪魔をして申し訳なかったです。」
「ほっほっほ。それは私ではなくアイリスにいってやって下さい。さあ、席につきましょう。」
そう言うと老人もテーブルの方へ向かい、それにユウテラスもついていった。
そして、席に着くとテーブルの真ん中に先ほどまで火にかけられていたお鍋が居座っていて、取り皿であろう皿とスプーンが3枚置いてあった。
「さあさあ、遠慮せずに食べてくださいね。」
アイリスがそう言いながら皿に鍋の中身を取り分けていく。その中身は全体的に温かみのある白でところどころに赤や紺といったものが浮かんでいた。そして湯気によって更に食欲を刺激するように仕上げられていた。
ユウテラスはごくりと唾を飲み込み、一秒でも早くこの料理に手を付けたい気持ちを抑え尋ねた。
「こ、この料理は?」
「この料理は私の自信作でね、メコナと森で採ってきた木の実を煮込んだものなの。」
アイリスが得意げに言うと、最後に彼女の分の皿に料理を盛ると席に座った。
「それじゃあ食べるとするかのう」
老人がそう言うと、ユウテラスは勢いよく自分の腹へと料理を流し込んだ。一言も話さずにただひたすら皿にある料理を掻き込んでいった。
その光景を、アイリスと老人は驚いた表情で見ていた。そして、ユウテラスがあっと言う間に皿にあった料理を食べつくすと、「お代わりありますよ」とアイリスが笑顔で言った。
すると、ユウテラスは先ほどの食べ方を恥ずかしく思い、小さな声で「お願いします。」と言った。
2杯目が盛られると今度は味をかみしめるようにゆっくりと食べた。そして、そこから3人は食べ終わるまで会話をせずに黙々と食べ続けた。
食べ終わって直ぐにユウテラスが口を開いた。
「本当に助かりました。おかげで生き返りましたよ。ご馳走様でした。」
「いえいえ、私の方こそ命を助けてもらったのですから、お気になさらないで下さい。それよりも凄い食べっぷりでしたね。」
「え、ええ。お恥ずかしながらここ何日かほとんど何も食べていなかったものですから。」
「ふふふ。美味しそうに食べていただいて何よりです。」
そう言うと彼女は鍋と皿をもって台所の方へと向かった。
そしてユウテラスは老人の方へ向いて言った。
「私のような素性の怪しい者を家の中に入れて頂きありがとうございました。えっと・・・そういえばお名前をまだ伺っていませんでしたね。」
「そういえばそうでしたな、ユウテラスさん。私の名前は、アルベルト・D・ティターナでございます。」
「では改めましてアルベルト殿。この度はありがとうございました。」
そう言ってユウテラスが恭しく礼をすると、彼は微笑み言った。
「私の孫の命の恩人ともなる人を外に放置しとく訳にはいきませんので。そう頭をさげないで下さい。それよりも私の孫の料理はお口に合いましたかな?」
「ええ、とっても美味しかったです。メコナのもっちりとした食感に、木の実の酸っぱい味がでていて本当に・・・・あ、そういえば一つ忘れていたことがありました。」
「?どうかされましたかな。」
「彼女と森で出会ったとき、彼女は木の実を取りに来ていたと言っていたのですが、その理由は教えてくれなくて。何でも村長から聞いた方がいいとか。」
「ほう。そうですか・・・・」
アルベルトは少し考える仕草をすると、そう呟いた。そして数秒の間沈黙すると言い出した。
「わかりました。ではその理由をお聞かせいたしましょう。」
「え?ということは貴方が・・・・」
「ええそうです。私がこの村で長をやらしてもらってます。・・・で、アイリスが木の実を取りに森に行って行った理由でしたな。私がわざわざ言う必要もないはずなのですが・・・実のところ、この村は食料不足なのです。」
「食料不足、ですか。それはそれは・・・・」
食べる物がないことの怖さは、王の息子として学んでいたつもりのユウテラスであったが、いざ他人がその状況に陥っていたとき、かける言葉が見つからず口ごもってしまった。
「これが、凶作ならまだ許せましたがな・・・」
アルベルトはまるで一人言のように小さい声で呟いたが、ユウテラスの耳にはしっかりと届いていた。
「え⁉︎それはどういうことですか⁉︎凶作ではなかったのですか?」
ユウテラスは食料不足の原因は凶作であることしか考えられないと思っていたが、アルベルトの先の一言が原因が別にあるようであったので、つい驚きの声を上げてしまった。
「おや?貴方はご存知ないのですか?この間の徴用について。」
「ええ、お恥ずかしいようですけどそうなんです。実を言いますと私は村もないような山奥に師と住んでおりまして、この歳になり師が旅にでろと仰いまして、修行の旅に出ていたのです。因みに言いますと森はそのために入ったのです。」
ユウテラスは先程考えた自分の素性を明かした。それのどこかに違和感はないかどきどきしていたが、アルベルトは納得したように頷いた。
「そうでしたか。村にいたことがないのでしたら仕方ないかもしれません。では徴用についてもお教えしましょう。」
そう言ってアルベルトは語り出した。
※8/31 行間を増やしました
編集してたらいつの間にか日付越してました・・・