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絡繰

本編を書き始める前、専門学校在学中の課題で書いた、いわばプロトタイプです。

本編とは一部設定が異なります。

「やあ、こんにちは」

 見るからにお人好しそうな笑顔を浮かべて玄関先に佇んでいたのは、小豆色の着物に革色の羽織を纏った青年だった。

 綿(わた)()(はや)()は黒緑色の目を何度か瞬かせ、「どちら様?」と首を傾げた。

「あれ、聞いてないかな。君のお父上から依頼があって、俺はそれを引き受けてここに来たんだけれど」

「依頼って、なんの」

 眉間に皺を寄せつつ問いかけると、青年は着物の懐からチラシのようなものを取り出し、隼馬に手渡した。

 そこには、『泡草日記店』の文字がでかでかと踊っていた。


 (あわ)(くさ)()(すか)と名乗った青年は、隣町にある『日記店』とやらの店主だという。まだ若いように見えるが、座布団の上で正座をして茶をすする様子はどこか年寄りくさい。

「ちょっと確認してきた」机を挟んで向かい側に腰を下ろした隼馬は、父が置いていったと思しき紙片を片手にため息をついた。「あんたが来るって、確かに書いてあったよ」

「よかった。不審者め、帰れって言われるかと思って少し冷や冷やしたよ」

「親父から何も聞いてないからな」

 父とは必要最低限の会話しかしない。おかげで訪問客の事も知らされていなかった。紙を残して行っただけましかもしれないが、同じ家で暮らしているのだから何か言ってくれてもよいだろうと思わなくもない。

 隼馬くんだっけ、と湯呑を置いた朱鳥は、ゆるりと(さび)(ねず)色の目を閉じた。

「君は何も聞いていないみたいだから、まずは説明させてもらうね。俺は今日、君の父上から依頼された件で訪問したわけだけど」

 依頼主の息子と話しているというのに、やけに砕けた口調だ。若干気に食わなかったが、自分の方が年下なのは明確だ。特に何も言えず、ぶす、と口を尖らせる。

 それを見て「怪しまれている」と感じたのか、朱鳥は机に置かれたままになっていたチラシを指さし、にこりと微笑んだ。

「俺はね、日記に染みついてしまった『想い』を浄化していく仕事をしているんだ」

「……はあ?」

 言っている意味が分からない。

「日記にはね、書いている最中の様々な『想い』が宿るんだよ。喜び、悲しみ、怒り……それが余程強いと、問題が起こることもあってね。そういう時、俺が呼ばれる。日記に宿った『想い』を見て、聞いて、解消する。それが俺の仕事」

 自慢げに笑ってみせる朱鳥は、その仕事に誇りを持っているだろうことが窺える。

「つまり親父は、日記に染みついた『想い』を何とかしてほしいって依頼したわけか」

「話が早くて助かるよ」

 さて、早速だけど。そう立ち上がった彼は、感覚を研ぎ澄まさせるように目を閉じた。何をしているのかとじっと見入ってしまったが、はっと目を開けた朱鳥は難しい顔で唸った。

 一体何をしていたのか。問いかける前に、朱鳥は客間から出て行ってしまった。

「あ、おい!」

「屋敷の中を歩き回っていいと許可は頂いてるよ」

 どこか真剣みを帯びた声色に一瞬気圧されてしまう。先ほどののんびりとした感じは一切ない。すぐに我に返った隼馬は、慌てて彼の背を追った。

 客間の脇に伸びる廊下を進み、玄関まで戻っていく。いったん足を止めた朱鳥は再び目を閉じ、「あっちか」と呟き、玄関の脇から二階へと続く階段を軽い足取りで上って行ってしまった。

 ――ダメだ。そっちは。

「行くんじゃねえ!」

 階段下で声を荒げた隼馬に驚いたのか、朱鳥は足を止めて振り返った。

 あ、と口を両手で押さえ、気持ちを落ち着ける。感情的になってはいけない、と自分に言い聞かせ、今度は静かに「ダメなんだ」と呟いた。

「二階には、もう誰も行ってない。俺も、親父も……もう何年も」

 行ってはいけない、と言われているわけではない。あくまでも自分の意思で立ち入っていないだけだ。それを朱鳥に押し付けるのは間違いだと分かっているが、他人には足を踏み入れてほしくはなかった。

 ぎゅっと拳を握り顔を俯かせてしまった隼馬に、朱鳥は「そうなんだ」と吐息を漏らすように呟いた。

「でも、ごめんね。仕事だから」

 そう言い残し、朱鳥はするりと二階の廊下に消えてしまった。

 驚くあまり声も出なかった。追いかけた方がいいような気はするが、どうしても二階に上がる勇気が出なかった。

 だが、朱鳥が何をしようとしているのか見てみたい。

 隼馬はぐっと唇を噛み、両頬を強く叩いた。

 恐る恐る足を踏み出し、階段を上っていく。ようやく二階の廊下に辿り着くと、一番奥の部屋の扉の前でこちらを窺う朱鳥の姿が見えた。

 早足で彼に近づき、肩を並べる。労っているのか何なのか、隼馬の肩を二、三回撫でた彼は「この奥、かな」と確認するように頷く。そのままぐっと扉を押し開けた。

 その先に広がっていたのは、ごく普通の和室だった。長年閉め切られていたためか室内は埃っぽく、一歩足を踏み入れれば顔に蜘蛛の巣が引っかかる。

「明かりとかあるかな。暗くて何も見えない」

「ちょっと待ってて」

 朱鳥の要求に頷き、一度一階に戻ってからランプを手に二階へ上がった。

 ぼう、とした明かりで照らし出された室内は、久しぶりに見た隼馬ですら目を奪われた。

 狭い部屋の壁に沿うようにずらりと並ぶのは、今にも天井に付きそうなほど高い本棚だ。所狭しと詰め込まれた書物は古いものばかりで、入りきらなかったものは床に置かれているものもある。

 窓もあるはずなのだが、本棚が全て覆い隠してしまっている。昼間だというのに明るくないのはそのせいだろう。

「ここから日記の気配がする」

 確信に満ちた声で部屋の奥に進んだ朱鳥は、扉から見て正面に構える本棚の前で立ち止まった。

「どこだ……? 下、いや、右か」

 ぶつぶつと呟きながらしゃがみ込み、朱鳥は本棚をあさっていく。背表紙に指をかけて表紙を確認していくが、どれも日記とは違い普通の本のようだ。

 初めは呆けたように眺めていただけの隼馬も、朱鳥と並んで本をあさっていく。本音を言えば今すぐこの部屋から出て行きたかったが、彼の仕事に興味が湧いた。

 どれだけ本を確認しただろうか。気配を感じるという場所を重点的に探して見たものの、日記は一向に見つからない。

 少し休憩しよう、と二人は本棚に背を預け、ぼんやりと天井を眺めた。

 煤けたように見えるそこは、幼い頃の夜を思い出させた。

「小さい頃は、木目がちょっと怖かったんだよな……」

 意識しないうちに呟いていた独り言に、朱鳥は「分かるなあ」と頷いてくれた。

「二階には入ってないって言ってたけど、小さい頃はここに入ったことがあるのかい?」

「三歳とか、そのあたりに」

 でも、と膝を抱え、隼馬は目を閉じた。

「母さんが死んでからは、一回も入ってなかった」

 脳裏によみがえるのは、十五年前の記憶。玄関先で血まみれになって倒れる母の姿だ。

 母を殺したのは強盗だった。金目のものがないかと家に侵入し、出かけようとしていた母とばったり会ってしまったという。気が動転した犯人は、持っていた刃物で母の腹を刺し、そのまま逃走した。

「ここは母さんが集めてた本の保管場所なんだ。なかなか寝付かなかった俺はいつも我が儘を言って、寝る前に本を読んでもらってた」

 そのせいもあり、ここに入ると母を思い出してしまうかも知れない。それに気付いて以降、母が亡くなってからは一度もこの部屋に、そして二階に足を踏み入れなくなった。

「それじゃあ、浄化を依頼された日記っていうのは、君のお母上のものだろうね」

「……だと思う」

 だが、母が日記を書いているところなど見たことが無い。

 日記に染みつく『想い』は様々だと言っていた。

 果たして、母が日記に残した『想い』とはなんなのか。

「……再開しよう、泡草さん」

 言いながら、本棚から出しっぱなしになっていた本を数冊抱え込む。

 どれも幼い頃、母に読み聞かせてもらったものばかりだ。

 真剣な顔で話を聞いてくれていた朱鳥はふっと微笑みと、「そうだね、もう少し探してみようか」と背筋を伸ばした。

 朱鳥が本を取りだして日記を捜していく傍ら、散らかしてしまった本を片付けよう、と隼馬は順番に元通りに棚に戻していく。

 端から順番に戻して行っていると、残りの一冊が何かに引っかかって奥に進まなくなった。並べていた本が曲がっているのだろうか、と手を突っ込み、「ん?」と首を傾げる。

 本棚の奥に、何か丸いものがある。

 これは何かと触っているうち、不意にそれを押し込んでしまった。

 咄嗟に手を引っ込め、棚と手を見比べてしまう。

 しばらく様子を窺っていたが特に何の反応もない。ただ単に本棚の部品か何かが飛び出していただけだったのだろうか、と感じていると、

「うわっ!」

 がちん、と。

 足元から鈍い音がした。

 驚くあまり尻餅をついてしまった隼馬に対し、音を聞きつけたらしい朱鳥はハッとしたように本棚の一番下の段を見つめた。

 よく見ると、一番下の棚の板、その右半分だけが僅かに浮き上がり斜めになっている。それに耐えられなくなった本が数冊、ずずず、と床に落下した。

 何が起こっているのか、と二人は揃って棚を見つめた。外してもいいか、というように朱鳥に目を向けられ、隼馬もこくりと頷く。

 細い指を板に伸ばし、すっと手前に引く。そこから現れたのは、棚に並べられている本と同じ大きさの木箱だった。

 朱鳥に手渡されたそれはずっしりと重い。よく見ると線が一本入っており、きちんと開くらしい。だが、どれだけ引っ張っても開く気配はない。

 隣で静かに視線を投げかけてくる朱鳥の表情から察するに、日記はこの箱の中に入っているらしい。

「どうやら君のお母上は、本棚にちょっとした仕掛けを仕込んでいたようだね」

 ランプを片手に本棚を覗き込んだ朱鳥は「そりゃあ見つからないわけだ」と笑い交じりに呟いた。

 隼馬が何気なく押したのは仕掛けが動くボタンだったようだ。覗き込まなければ見えない上に、通常は本で隠されている。恐らく、父もこの仕掛けは知らないはずだ。

「さて、日記を拝見させていただこう……と、思ったけど。開かない?」

「全くっ……!」

 力を込めてみるが、開きそうにない。どうしたものか、と朱鳥は隼馬の手から箱を取り、ランプにかざして四方八方からじっくり観察した。

「……?」

 気のせいだろうか。一か所だけ、僅かに色が違う部分がある。

 まさか、と思いながら軽く押してみる。

「ああ、やっぱり」予想通り、微かに機械音がした後に蓋が開いた。見た目の割に重いのは仕掛けが施してあったからだろう。

 立ち上がった隼馬は朱鳥から箱を受け取り、中を覗き込む。中にすっぽりと収まっている紙の束の表紙には、母の字で「日記」と書かれていた。

「とても優しい『想い』が残されているよ。まだじっくり見ていないから詳しくは言えないけれど」

「……親父があんたに依頼したって事は、この日記は何かしら問題を起こしてたのか?」

 見上げながら問いかけると、「毎晩ね」と頷かれた。

「初めは一年に一回程度だったらしいんだけど、君が成人に近づくにつれて頻度が多くなってきたそうだ」

「何が……?」

「お父上の枕元に、君のお母上が立つそうだよ」

 はっと。

 隼馬の目が、見開いた。

「幼い君を残して逝ってしまったのがずっと気掛かりだったんだろう、とお父上が言っていたよ。君はお母上にべったりだったらしいから、余計に」

 確かに、小さい頃は母に甘えてばかりいた。父は何となく怖くて、怒られそうで、それは成長してからも心の奥底で考えていたことだ。

「さて、俺は今から日記の中に残された『想い』と向き合うつもりだけど……君も一緒にどうだい?」

 その方が、お母上も安心なさるだろう。

 朱鳥の提案に、隼馬は涙を流しながら頷いた。

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