プロローグ
めまいが治まらない。普通に歩いているだけなのに運動直後のように息は切れ、気を抜けばその場で卒倒してしまいそうだ。
けれど、諦める訳にはいかない。藁をもつかむ思いで家を出てきたのだ。こんなところで引き返すわけにはいかなかった。
「あ、あと、少し……」
ふう、と息を吐き、手にした広告に目を落とす。
これを見つけたのは母が用意してくれた朝食を摂っていた時だった。睡眠不足と食欲不振が引き起こした体調不良で手元がおぼつかず、ついテーブルの上に乗っていた新聞紙や折り込みチラシを床に落としてしまった。
呆れた様子の母に苦笑を浮かべつつ、散らかしてしまったものを回収していく。その際、ふと目に飛び込んできたのがその広告だった。
コピー用紙ほどの大きさの薄っぺらい紙の上部には、「泡草日記店」と茜色の字が大きく踊っている。その下にはどんな店なのかが簡潔に書かれた説明が並び、一番下に地図が掲載されていた。
普段なら気にも留めないような広告だったが、今は違う。
身支度を整えるや否や、スマートフォンと財布、そして例のものをショルダーバッグに詰め込んだ。襲い掛かってくる吐き気を堪えつつ、最後に広告を鷲掴みにして家を飛び出した。
なぜ、と聞かれて答えるのは難しい。ただの直感だ。
その店が、今の自分を救ってくれる気がしたのだ。
国道一号線からわき道に入り、次第に細くなっていく道を何度か左や右に曲がりながらゆっくり懸命に進んでいく。地図を見る限り店はもうすぐだと思うのだが。
すれ違う人々からの視線がそろそろ痛くなってきた頃、
「ここ、かな……」
頬を伝い落ちる汗を拭い、目の前に佇む木造二階建ての建物を見上げる。道に面した壁は一面ガラス張りで、扉の上には広告と同じ文字が書かれた分厚い木の看板が掲げられていた。
どうやらここで間違いなさそうだ。ショルダーバッグの上から例のものにそっと触れながら、黄土彩芽は店の扉を開けた。