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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
後日譚
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08 少女の幸福

 結紀との約束は果たされ、柘榴は楽しい年越しを本部の食堂で迎えた。帰って来たばかりの時のようにどんちゃん騒ぎをして、朝まで騒いだのはもう二か月前のこと。

 つまり、現在二月十三日。

 バレンタインデー前日の夕方に何をしているか、と言うと。大人しく椅子に座っている柘榴の目の前で、希が蘭にチョコチップクッキーの作り方を教えている。台所でエプロン姿の希と蘭を見ていると、平穏な日だとしか思えない。

 柘榴も料理が出来ないわけではないが、希の方がお菓子作りは上手で、教えるのも上手い。

 去年は柘榴と希がサプライズで蘭に友チョコを用意したので、今年は反対に蘭が作ると宣言された。なので大人しく見守ろうかと思っていたが、蘭の手際が怪しくて、結局は希が手伝うことになった。

 柘榴だけは、最初から最後まで手出しも口出しもしない。

 蘭が楽しそうに柘榴と希のために作ってくれている様子を見ながら、柘榴は思う。

 いや蘭ちゃん。私達だけじゃなくて浅葱にあげなよ、と。言いたいが言えない。どうせ言っても、なんで、と逆に聞き返されるのがオチだ。

 可哀想なくらい相手にされていない浅葱のことを、蘭は本当に友達としか思っていない。そう、本人が言っていた。そんな蘭がオーブンにクッキーの生地を入れ終わり、嬉しそうに柘榴を振り返る。

「待っていてね、柘榴。明日は美味しいクッキーを渡すから」

「今日でもいいよ?」

「駄目よ。家に持ち帰って。ラッピングしてからちゃんと手渡すわ」

 本人を目の前にして、蘭は言い切った。蘭がそれでいいならいいが、つまり明日も柘榴と希が住む蘇芳の別宅にやって来ると言うことだ。平日の放課後、大学帰りに来るのだろう。

 面倒だとは思わないらしい。

 柘榴も希も蘭がやって来ることは嬉しいので、止めたりはしない。

 明日は希と一緒に色んな人にお菓子を配りに行く予定。それは日中に済ませる予定なので、夕方には家に戻る。蘭がやって来る時間には、家にいるつもりだ。

 来年度の四月には大学二年生になる蘭は、日々のことを逐一柘榴や希に報告する。柘榴と希より本来なら年下だけれど、今では年齢が逆転したように大人っぽくなった。腰まで伸ばした長い髪。身長は変わっていないのに、醸し出す雰囲気は随分と優しいものに変わった。

 柘榴と希は、と言うと見た目が一年ではあまり変わらなかった気がする。今でも高校の制服を着れば違和感がないし、実際に高校生に間違えられたこともある。四月からはお互い専門学校に進むことは決まっているが、今の時期は基本的に暇だ。

 暇な柘榴は、希と楽しく談笑している蘭に問う。

「蘭ちゃん、髪切らないの?」

「どうして?」

「なんか、昔の蘭ちゃんを見たいなー、と」

 髪が長くても似合っているが、どうしても柘榴の中で蘭のイメージは髪の短い少女。柘榴の言葉に、希が言う。

「確かに、蘭さんとっても髪が伸びましたよね。これからは伸ばすのですか?」

「別にそういうわけじゃないわよ?柘榴と希を真似していただけで――」

 途中で自分の言った言葉に恥ずかしくなった蘭は、言うのを止めた。言わなきゃよかった、と言わんばかりの蘭の顔を見て、柘榴も希も自然と微笑んでしまう。

 からかってもいいが、怒り出すと後が怖い。さて、と柘榴は椅子から立ち上がった。

「蘭ちゃんのお菓子作りも終わったみたいだし。夕飯は私が作るよ。二人とも何が食べたい?」

「私は何でもいいですよ」

「特にリクエストはないわね」

「じゃあ適当で」

 言いながら冷蔵庫を開けて、適当に作れるものを考える。希と蘭はいつものように椅子に座って、柘榴の作る夕飯を待ちながらお喋りを続ける。

 希と蘭と過ごす時間は楽しくてあっという間に過ぎてしまう。だからこそ、さっさと夕飯を作って会話に加わりたい。そう思いながら、食材を取り出した柘榴は冷蔵庫のドアを閉めた。



 バレンタインデー当日。

 平日の昼間に最初に向かったのは、本部にいるメンバーの所。柊達にはすでに行くことを伝えてあったので、わざわざ結紀が迎えに来た。

 希は手作りトリュフで、柘榴はチョコレート入りバナナケーキを配った。

 洋子は感激して泣きそうなほど喜び、柊は照れたように受け取った。大輔には逆に巨大なチョコレートケーキを貰い、整備部の親方と陽太は素直に感謝を言われた。

 去年も同じことをしたが、毎年この日だけは柘榴にとっては大切な日。

 バレンタインデーは、感謝を伝える日。

 普段は素直になれなくても、この日だけは自分の気持ちを偽ることなくチョコレートを配ろうと決めていた。それなのに、本人に会っても渡せない箱が一つ。鞄の中で眠っている。

 希は早々に結紀に渡したのに、柘榴は、後で渡す、と言って渡せなかった。

 だって一人だけラッピングが違う。わざわざ希にばれないように、朝早く起きて作ったのに。人前で渡すことなんて出来ない。いつ結紀に渡せばいいのか分からなくて、このまま鞄の中で終わりそうな予感さえして来た。

 早々に本部でお菓子を配り終え、次に向かったのは友樹や浅葱達がいる大学。

 本部から大学までの移動も結紀の車なので、今日中に渡せないことはないはずだが、助手席に乗った柘榴は窓の外を眺めながら不安になった。

 渡せなかったらどうしよう、と。

 いつもより静かな柘榴に代わって、車の中では希と結紀が楽しそうに話す。

「それで、浅葱達にはいつ渡すんだ?」

「浅葱さん達には、講義が終わったら会う予定です。蘭さんは夜に一緒にご飯を食べますので、その時に。そうですよね?柘榴さん」

「…うん」

 名前を呼ばれた気がして、曖昧に相槌を打った。

 話の半分も聞いていない。窓の外の景色を見ずに、考えすぎて段々とイライラしてきた。どうして結紀に渡す箱一つに、こんなにも頭を悩ませなくてはいけないのか。軽い気持ちで渡せばいいだけのことだ。

 そうだ。希が友樹に会いに行っている隙にでも、さっさと終わらせてしまおう。

 よし、と気合を入れれば、車は駐車場に入ったところだった。結紀が希に問う。

「希ちゃん、友樹はすぐに来るのか?」

「はい。もうすぐ着くことは言ってあります」

 言いながら携帯を確認する希。画面を覗き込む希の顔はとても嬉しそうで、楽しそうな顔。希のように素直に手渡せたらどんなにいいか、と思いながら前を向いた。目の隅に友樹の姿が見えたので、後ろを振り返って柘榴は言う。

「希ちゃん、友樹さん来たみたいだよ」

「本当ですか?」

 すぐさま顔を上げた希も、友樹の姿を確認した。必要な荷物だけ持って車から降りようとした希が、ふと気が付いたように言う。

「柘榴さんは行かないのですか?」

「行かないよ。私、友樹さんの分は用意していないし」

 残っているのは浅葱達の分と苺の分。それから、結紀のための箱だけだ。それに、と柘榴はずっと言いたかった言葉を言う。

「友樹さんには希ちゃんのチョコだけで十分でしょう?」

「そんなことありませんよぉー」

 段々と小さくなった希の声と反比例するように、顔は赤くなっていった。逃げるように車から降り、希ははにかみながら笑った。

「では、私は行ってきますね」

「「いってらっしゃい」」

 柘榴と結紀の声が重なった。

 車から離れて行った希は、数メートル先を歩いていた友樹に駆け寄って笑いかける。対する友樹も駆け寄った希に優しく微笑み返している。

 遠くから見ていても分かるくらい、二人の間には幸せな空気が漂っている。

「凄いね。誰もあの二人の間には入れないよ」

「確かにな」

 ハンドルに体重を掛けて二人の様子を見ていた結紀が、ぼそりと言った。

 ぼんやりと二人の様子を見ていようかとも思ったが、ある意味いつもの光景なので柘榴は鞄の中を探って結紀に渡す箱の存在を確認する。

 すぐに渡す気にはなれなくて、世間話を、と思いながら口を開く。

「知ってた?希ちゃんは基本的にはトリュフだけど、友樹さんの分は夜中に一生懸命ガトーショコラを作っていたんだよ」

「俺が知るはずないだろ。で、俺の分は?」

 顔を上げた途端に、期待している瞳と目が合った。もう少し本題まで引き延ばそうと思っていたのに、無駄になった。うっと言葉に詰まって、数秒結紀を見つめたまま無言になる。

 もうどうにでもなれ、と思って鞄から取り出した箱を結紀に押し付ける。

「はい。失敗作ですが」

「最後の言葉、いらなくね?」

 笑いを耐えながらも、結紀は柘榴からの箱を受け取った。

 嬉しそうに受け取った結紀の横顔を盗み見した途端に、渡せてよかったと素直に思えた。肩の荷が下りて、ホッとした柘榴は言う。

「それ、美味しいかは分からないからね」

「別にまずくても食うからいいよ」

 そう言うことをサラッと言わないで欲しい。少し頬が赤くなった柘榴に気付かず、結紀は箱を開けた。箱を開けて、ようやく中身が他と違うことに気が付いた。

 あれ、と驚きの声を出して、柘榴を見る。

「バナナケーキじゃない」

「っ、いいじゃん!何だって!」

 指摘されたくなかった。特別だなんて言えるわけもない。頬を膨らましてそっぽを向いた柘榴に、結紀は首を傾げる。

 結紀の箱の中身は、チョコタルト。一人分の小さなホールケーキしか入っていない。わざわざ少し生クリームをトッピングして、店で売っているケーキを目指した。

 味の保証が出来ないことが心配だったが、結紀はそれを一口食べた。

「ん、旨い」

「そう」

 素っ気なく言ったのは、照れていたせいだ。

「柘榴」

 名前を呼ばれて、何、と言い返す。まだ結紀の方は見れない。

「俺、お前のこと好きだから」

「そう…て、え。はぁああ!何言ってんの!!!」

 結紀の言葉を真に受けて、振り返った柘榴の顔は真っ赤になった。

 右手で顔半分を隠そうとして、後ずさるように結紀から離れる。結紀はニヤッと笑っている。冗談かもしれない、と思っていた柘榴に追い打ちを掛けるように言葉が続く。

「だから、俺は柘榴のこと好きだから」

「な、え?すっ…!」

 冗談なのか、本気なのか。分からない。分からないけど、さらりと言った言葉が頭の中でグルグル回る。

 心臓が五月蠅い。これでもかと言う程顔を赤くした柘榴を見て、結紀が余裕の笑みを浮かべている。ニヤッと笑ったと同時に、結紀の顔が目の前に来た。

 結紀に腕を引っ張られたのだと、気が付くまで時間が掛かる。

「――!!!」

 口に何か当たった。

 それから、甘いチョコタルトの味がした。

「はい、ご馳走様」

「―っ!」

 キスされた。

 と、気付いた途端に、柘榴は叫ぶ。

「――っ結紀の馬鹿ぁああ!!!」

 車の中に響いた柘榴の叫び声に、結紀は耳を塞いだ。平然とした態度で柘榴から離れ、残りのチョコタルトを口に運びながら、悪びれもなく言う。

「別に嫌じゃなかっただろ?」

「そう言う問題じゃないから!!!」

「じゃあ、何が問題なんだよ。嫌いだったら謝るけど?」

 開き直っている結紀が、柘榴を振り返った。うっと言葉に詰まった柘榴の言葉を、結紀は待つ。

 嫌いなんかじゃない。嫌いだったら一緒に出掛けたり、結紀のためのチョコタルトを用意したりしない。嫌いとか好きとか、そう言う問題じゃなくて。

 ファーストキスを奪った事実を謝って欲しかった、なんて恥ずかしくて言えない。

 それに結紀が気持ちを伝えてくれたのに、柘榴が気持ちを伝えないわけにはいかない。両手を握りしめて、結紀を見つめる。

 逃げられるなら、逃げ出したい。

 頭が真っ白になりそうなまま、ゆっくりと口を開く。

「…き、だから!」

「へ?」

 聞こえなかった結紀のとぼけた顔。柘榴自身が自覚できるほど、顔が赤くて熱い。けど、気持ちを伝えるのなら、今しかない。だから睨むように、噛みつくに柘榴はもう一度言う。

「私も好きだってば!この馬鹿!」

「そんなに馬鹿馬鹿言わなくてもよくね?」

「五月蠅い!!!」

 不貞腐れて、腕を組んでそっぽを向いた。ドキドキと高鳴っている心臓は収まってくれる気配がない。これ以上口を開いたところで、今は文句しか言えない。

 嬉しいけど、恥ずかしい。 

 希と友樹が戻って来るまで視線を外に向けていた柘榴には、その隣で結紀が幸せそうに笑っているなんて知る由もなかった。


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