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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
後日譚
57/59

07 少女の恋心

「よし、温泉に行こう」

 季節は、冬。時々雪が降るようになった、十二月。

 柘榴と希が蘇芳の別宅でトランプをして遊んでいる最中に、本部から逃げて来た柊がソファーに横になって言った一言だった。

 大量のガイドブックを持ってやって来たかと思えば、ぐだぐだとソファーで横になっていた柊。突然の柊の言葉に柘榴は驚き、それからニヤリと笑った。

「いいねえ。いつ行く、柊さん」

「早めに行こう。それこそ、洋子の機嫌を直すためにも、早めに」

「それが今回の逃げて来た原因でしたか」

 ボソッと呟いた希の呆れた言葉を、柘榴も柊も聞いていない。起き上がった柊の隣に柘榴は移動し、色々なガイドブックを見始める。柊も一緒になってガイドブックを見るので、二人が気になった希が柘榴の横にやって来た。

 何だかんだ言っても、希は温泉に行くことには反対しない。

 それから三人で温泉旅行を計画し終えるまで、数時間が経過するのだった。



「て、感じで。この温泉旅行は計画されたわけ」

 温泉に向かう一台目の車。後部座席の真ん中に座っていた柘榴は得意げに話し、運転席に座っていた柊は、何度も頷く。助手席に座っていた蘭はあまり興味なさそうに相槌を打ち、言う。

「そうだったの…柊さん、次の角を右に曲がって」

「はいはーい」

「ちょっと、ちょっと!蘭ちゃん、真面目に聞いてよ」

 前に乗り出す勢いで言った柘榴に、蘭は深いため息を零す。まあまあ、と柘榴の身体を力強く引っ張ったのは左横にいた大輔。

「柘榴ちゃん、落ち着いて。蘭ちゃんは道案内中なんだから」

 不貞腐れた柘榴の右横の蘇芳も、首を縦に振った。仕方なく大人しく座った柘榴に、大輔が言う。

「そんな話より、旅館の話をしない?結構いい男がいるのよ…て、なんで蘇芳はそんな窓際に離れているのかしら?」

「いや、別に」

 大輔の言葉に出来るだけ距離を置こうとしている蘇芳だが、狭い車の中では限度がある。妙な冷や汗を背中に感じて、決して大輔の方を見ようとはしない蘇芳は、柘榴の方すら見ようとはせずに窓の外を見た。

 休日の土曜日。温泉街にも関わらずあまり車の量も多くなく、閉まっている店も多い道を車は制限速度を守って進む。そう言えば、と柘榴は大輔に問う。

「今日泊まる旅館は、一応、キャサリンの知り合いの旅館なんでしょ?料理は美味しい?」

「美味しいわよ。期待していなさい」

「やったー!因みに何が美味しいのかな?」

 楽しくて仕方がない柘榴と大輔が話し出す。大輔の視線から解放された蘇芳は、見えないようにホッと息を吐く。そんな様子をバックミラー越しに見ていた柊は、微笑ましげに笑みを浮かべた。


 二台目の車。後部座席で一番左に座っていた鴇は、一つ空けて一番右端に座っていた希に問いかける。

「希ちゃんはさ、知っているでしょ?浅葱の好きな人」

「蘭さんですよね」

 唐突な鴇の質問に、希は笑顔で即答した。二人の真ん中に座っていた浅葱の顔は一気に真っ赤になって、

五月蠅いくらい咳き込むが、誰も浅葱を心配しない。希の回答は周知の事実で、助手席に座っていた洋子が振り返って言う。

「あら?進展あったの?」

「ないだろうなー」

 まるで悟っているように、運転しながら結紀は呟いた。五月蠅い浅葱が咳き込むのを止め、叫ぶ。

「今その話は関係ないだろうが!!!」

「いやー、暇だし。蘭ちゃんいないし。ぶっちゃけ、周りの意見を聞きたくてさ」

 軽く言った鴇の本音に、怒ったような顔になった浅葱。そうですね、と希は真面目に言う。

「脈なしではないと思いますけど?蘭さん、浅葱さんの話をよくしますよ?」

「え?」

「浅葱は蘭ちゃんのどこが好きなわけ?」

 少し嬉しそうな顔になった浅葱に、結紀が気になっていたことを尋ねる。それは、と言葉を濁した浅葱に代わって、楽しそうに話し出したのは鴇。

「そりゃー、勿論。浅葱のことだから、顔と性格と、それから――」

「鴇、てっめぇ!」

 さっきから浅葱は蘭のことを否定はしない。鴇の首を絞めるようにして騒ぎ出す浅葱を止めることはせず、結紀も洋子も笑っている。

 浅葱の話題で盛り上がる車内で、希は笑みを浮かべて静かに見守ることにしたのだった。



 昼過ぎに出発して、旅館に到着したのは夕方。

 各自ゆっくり温泉に浸かったり、近くを散策したりして有意義な休日を過ごせたのは、夕食前まで。浴衣に着替えて、宴会が始まってすぐに問題が発生した。

 酔っ払い二人によって、楽しい宴会は終わりを告げた。

 柘榴は冷静に現状を理解しよう、と試みる。

「ほらー。もっと飲みなしゃい!!!」

「そうよ。飲まなきゃやってられなわよ!!!」

 日本酒片手に、暴れ出した洋子と大輔の呂律が回っていない。柊は洋子の前で正座で座らされ、無理やり酒を飲まされている。その横でやんわり希が止めようとしているが、全く意味を成していない。

 蘇芳と鴇は大輔に捕まり逃げられずに、酒をコップに注がれていた。蘭と浅葱なんて、すでにお酒一口で撃沈して動かない。

 何とか逃げ切った柘榴と結紀は、宴会場の隅に御膳ごと移動した。カーテンの裏に身を隠して、向かい合って静かにご飯を口に運ぶ。

「あー、本当にご飯は美味しい」

「ご飯は、だよな。本当に」

 お互い言いたいことは分かっているので、美味しさを噛みしめながら言った。半分ほど食事を終え、さて、と柘榴は言う。

「このままじゃ、駄目だよね。キャッシーとキャサリンを止める作戦会議をしないと」

「いや、もう止められねーよ。あいつらが最初に酒を手にした途端に、もう終わりだったんだよ」

 小さな宴会場を貸し切っていて、良かった。盛り上がり過ぎて他のお客さんの迷惑になる事態を避けられて、本当に良かった。

 安心した柘榴の目の前で缶チューハイを飲む結紀に、何となく尋ねる。

「キャッシーとキャサリンって、そんなにお酒弱い?」

「弱い、て言うより。酒癖が悪い」

 結紀の言葉で、前に洋子が暴れていたことを思い出す。もう一年ぐらい前の記憶を手繰り寄せ、ああ、と納得した。兄妹だから大輔も仕方がないのかもしれない、と思った。

 あからさまに疲れ切った顔でカーテンから様子を伺った結紀は、深いため息をつく。食欲が失せそうになりつつも、柘榴の箸は止まらない。

「あー、やっぱり美味しいな。ご飯は」

「作戦会議はもう終わりかよ」

「だって、もう少し美味しいご飯を食べていたいもん。それに、巻き込まれたくないのが本音だし」

 面倒くさいから、と言った。黙々と食べつつも、少し口を尖らしてしまうのは折角の食事が台無しになってしまったからだ。酒を飲むな、と言いたいわけじゃなく、本当は皆でわいわい夕食を食べたかっただけに、それが出来なくて悲しい。

 不貞腐れた柘榴を見て、結紀は冗談交じりに言う。

「柘榴、試しに酒飲むか?」

 差し出された缶に、柘榴は少し迷ってから首を横に振った。

「いらない。酔っぱらいには、なりたくない」

「誰もがあんな風になるわけじゃないけどな」

 その通りだとは思っても、今回ばかりはお酒を飲みたくない。そもそもまだ未成年なので、二十歳になってからで十分だ。と、考えていたら、部屋が静かになった気がした。

 宴会場の様子が気になって、結紀と一緒にカーテンから顔を覗かせる。巨大な物体が飛んで来たのと、結紀が柘榴の腕を引っ張ったのはほぼ同じタイミング。

「へ?」

「柘榴っ――!」

 大きな音と共に、先程まで柘榴が座っていた位置に倒れ込んで来たのは、大輔。目の前にあったお膳がひっくり返り、柘榴は何が起こったのか理解出来なかった。

 柘榴の耳元で、結紀の声が聞こえる。

「うわー。何だよ、これ…誰だよ、キャサリンを投げた奴」

「すみません。俺が投げ飛ばしました」

「て、蘇芳か。珍しいな」

「いや、本当はそんなつもりはなくて。浴衣を脱がされそうになったので、思わず」

 乱れた浴衣姿の蘇芳に、結紀は憐みの視線を送って言う。

「それは仕方ねーな。蘇芳も災難だっただろ?柊さん達は…て、すでに潰れているし」

「どうします?」

「とりあえず、キャサリンのことは任せろ。他の連中の様子を見て来てくれないか?」

 はい、と素直に頷いた蘇芳が傍から離れて行く。呆然としていた柘榴は今の状況が理解出来ず、それから徐々に頭がフル回転し出す。

 柘榴がいた場所に大輔が吹っ飛ばされたから、結紀が引っ張ってくれた。そのせいでお膳の上は倒れ、柘榴は結紀に抱きしめられている。それも浴衣を着ているから心臓の音と体温を感じて、徐々に顔が熱くなっていく。

 掠れた声で、柘榴は言う。

「は…離して欲しい、です」 

「あ、わりい」

 掴まれていた腕が緩んだ途端に、柘榴は結紀から離れた。おそらく誰も柘榴と結紀のことなど見ていなかったはずだけれど、柘榴の心臓は五月蠅い。

 今になって恥ずかしくて、ドキドキしている気持ちを紛らわすために早口で言う。

「夕飯。めちゃくちゃ。タオル貰って来るっ!」

 片言でしか言えず、勢いよく立ち上がって宴会場を飛び出した。

 身体が熱いのは、さっき温泉に入ったせいだ。絶対にそうだ。それしかないんだ。そう言い聞かせて、柘榴は全速力で旅館を走り回った。


 旅館を走り回っていたら、旅館の従業員に止められた。

 料理を台無しにしてしまったことを伝えると、すぐに宴会場にタオルなどを持って行く、と言われた。柘榴は先に宴会場に戻ることにして、とぼとぼと歩く。

 さっきのは柘榴の勘違いだ。

 いつも通りにすればいい。

 と、宴会場の扉を開けた途端に、冷静になれた。

 元気よく動いているのは、結紀と希。それから、テキパキ動く蘇芳。柊と大輔、洋子の姿は、すでにない。蘭と浅葱は目を覚まして、ぼんやりとしている。気持ちよさそうに寝ていた鴇は、蘇芳に蹴っ飛ばされて目を開けた。

 結紀は蘭と浅葱に部屋に行くように促し、扉の前で立ち止まっていた柘榴に気付いて言う。

「お、柘榴。お前、どこまで行っていたんだよ」

「うん。旅館の人がいなくて」

 半分は本当、半分は嘘。割れた食器を片付けていた希が、微笑みながら振り返った。

「柘榴さん。怪我はありませんでしたか?」

「うん?私は、大丈夫。手伝うよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言われるようなことはしていないが、希の傍に行き一緒に片付けを始めた。それにしても、と柘榴は話し出す。

「希ちゃんは、お酒飲んでいないんだね?」

「いえ、少しは飲みましたよ」

 軽く言った希の手は止まらず、柘榴の方を見ずに言葉は続く。

「キャッシーさんが私にお酒を勧めて下さったので、逆に飲ませていましたが」

「あ、そう」

 それで洋子は途中から静かになったのかもしれない。

 別の場所の片付けを終えた結紀が、柘榴と希の方にやって来た。

「希ちゃん、悪いんだけど。蘭ちゃんを連れて行ってくれない?こっちは、俺と柘榴で片付けるから」

「はい。分かりました」

「え?私が行くよ」

「お前はサボった分、もう少し片付け手伝え」

 そう言われると、言い返せない。希はすぐに蘭に駆け寄り、宴会場からいなくなった。蘇芳も一緒に浅葱と鴇を連れて行った。

 残ったのは柘榴と結紀の二人で、一緒に自分達の食べていたお膳を片付ける。

 結紀はさっきのことなど全く気にしていない様子で、黙々と片付ける。柘榴もそれに倣って片付けているが、やっぱり結紀を意識して時々視線が上がる。

 結紀と出会って、もう随分経った。

 全くのノーマークの相手でも、突然抱きしめられると困る。すごく、困る。

 前は平気に一緒に出掛けたり、遊んだりした。ラティランスと戦っていた時なんて、最後で結紀をお姫様だっこをしたこともある。柘榴が結紀を意識する事なんて、なかった。

 なかったはず、なのに。

 今は目の前の結紀を、絶対に意識している。

 嫌いなわけじゃない。仲が悪いわけでもない。結紀はきっと柘榴のことを何とも思っていないはずだし、柘榴がいない二年の間に彼女だっていたはずだ。

 考えすぎて、手が止まっていた。顔を下げたままの柘榴に、結紀は不思議そうに問う。

「柘榴、どうしたんだ?」

「あ、うん。そうだね」

 声を掛けられて、ビクッと身体が震えた。なんて言ったか全く聞いておらず、柘榴は急いで片付けを再開する。手を動かして、頭も動かして。

 どうしても考えてしまうのは、目の前にいる結紀のこと。

 好き。嫌い。好き、でもやっぱり好きじゃない。ぐるぐると同じことを考えて、また手が止まる。

 何だかんだ言っても、一緒に行動するのが多いけど。何だかんだ言っても、いつも助けてくれるけど。でも、でも――。

「おーい、柘榴。大丈夫か?」

 声を掛けられたことに気が付いて顔を上げたら、数センチの距離に結紀の顔があった。

 驚きのあまりに、咄嗟に出たのは右手。

 パンッと音が響いた。ハッとしても、もう遅い。

「ごめん、結紀」

「いや…俺、お前に何かしたっけ?」

 左頬を押さえている結紀に、もう一度小さく謝る。しょんぼりしている柘榴に、結紀はそっと柘榴の頭に手を乗せて優しく笑った。

「落ち着け、柘榴」

「分かっている、分かっている。普通に、普通に」

 一度目が合ったが、すぐに逸らして繰り返した。よし、と深呼吸をして、思いっきり自分の両手で頬を叩く。痛いが、少しは落ち着けた。

「片付け、終わらせようか」

「さっきから、そう言っていたけどな」

 呆れている結紀の言葉は無視して、柘榴は気合を入れた。タイミングよく旅館の従業員の人と希が戻って来て、宴会場の扉が開いた。

「柘榴さん、結紀さん。後は旅館の人に任せていいそうですよ」

「そうなの?」

「あれ?蘇芳は?」

 先に立ち上がった結紀の問いに、希は笑って答える。

「蘇芳さんは疲れたそうなので、浅葱さん達と一緒にもう部屋で休むそうです」

「そっか。じゃあ俺はもう一回温泉に行って来よう、と」

 じゃあな、と言いながら、結紀は笑って宴会場から颯爽といなくなった。不覚にも、宴会場からいなくなる一瞬に振り返って、あまりにも嬉しそうな笑顔を見せたのでドキッとした。

 立ち上がっていたので挨拶ぐらいしようと思っていたのに、声が出なかった。

 顔が赤くなっていた柘榴に近寄った希は、首を傾げながら言う。

「柘榴さん。顔が赤いですよ?」

「そ、そんなことないよ!」

 大慌てで否定するが、恐らく希の言う通り顔は赤い。何かを悟ったような顔をした希は、では、と言って柘榴の手を引っ張った。

「私達ももう一度温泉に行きませんか?」

「え、なんで?」

「きっと、今なら人が少ないです。それにもう一度、露天風呂からの星空が見たくはありませんか?」

 楽しそうに希は言った。眠たいわけではない。むしろ目が覚めている状態で、反対する理由もない。

「いいよ」

「では、行きましょう」

 希は柘榴の手を離してくれる気配はない。まずはタオルを取りに行って、それから温泉に行くことになった。



 あっという間に、時刻は深夜十二時を過ぎた。確かに希の言う通りで、温泉には一人もいない。貸し切り状態である。

「見てください。空、凄い綺麗です」

「本当だね」

 満天の星空は、まるで宝石の宝箱。空気が澄んでいる土地のようで、いつもより星が綺麗で沢山あるように見える。

「柘榴さん、あっという間に一年が終わりますね」

「そうだね」

 静かな夜空の下、希が語り出す。

「一年、て早いのですね。あっという間に終わって、でも色んなことが起こります。嬉しいことも悲しいことも、楽しいことも苦しいことも。時間は止まることなく流れて、過去に戻ることは出来ません」

 お湯をすくった希はどこか悲しげで、柘榴は黙って話を聞くことにした。

「私にはない二年を皆さんは過ごしていて、でも私がそこにいないことが寂しいです。私が選んだ道を後悔しているわけでもありません。ただ、時々無性に寂しくなります」

 駄目ですね、と希は笑う。

「駄目じゃないよ。私だって寂しくなる時はあるから。そんな時は素直に弱音を言ってもいいんだよ。そのために私とか蘭ちゃんとか、希ちゃんの傍にはいつも友樹さんがいるんだから」

 少し驚いた希は、すぐに笑みを零した。

「そうですね」

「でしょ。あー、でも。今回は友樹さん達来れなくて、残念だったよね」

「それは…はい。残念でした」

 少し頬を赤らめながら、素直に肯定した希。

 友樹と陽太、親方や苺も誘ったが、四人には断られてしまった。友樹は就活で、陽太と親方は仕事。苺は今年受験なので、受験勉強を理由に断られた。

 希の顔が赤いのは、おそらく友樹のことを思い出したからだろう。

「希ちゃん、本当に友樹さんのこと好きだねー」

「え?いえ、そんなことは…ないわけではないのですが」

 どっちだ、と柘榴は思いつつも、結局希の顔を見ていればどっちか分かった。恥ずかしそうに温泉に浸かり、顔の半分まで潜ってぶくぶくと息を吐く。

 可愛い、と言ったら、おそらく希はもっと顔を赤くするのだろう。

 好きな人がいて、自分の感情に素直になれる希が羨ましい。

「私も、恋しようかな」

「結紀さんにですか?」

「ちょ、え!なんで、そうなるの!?」

 大慌てで立ち上がった柘榴の方が、顔が赤くなった。寒いのでまたすぐに温泉に浸かった柘榴に詰め寄るように、目をキラキラさせた希は言う。

「さっき抱き合っていたではありませんか?」

「違う!あれは不可抗力だから!!!」

 今になって希が柘榴を温泉に誘った理由を理解した。おそらくそのことを聞きたくて、そのために誘った。見られていないと思っていたのに、しっかり見られていたらしい。

 満天の星空の下、希による柘榴の尋問が始まるのだった。


 長風呂になり、ようやく希から解放された柘榴は先に部屋に戻ることにした。

 希は友樹から着信があったので電話をしてから部屋に戻る、と言って別れた。夜遅いので旅館の中はとても静かで、柘榴の足音が響く。

「「あ」」

 温泉から部屋に戻る途中のエントランスで、椅子に腰かけお茶を飲んでいた結紀と目が合った。今会うのは非常に気まずいが、避けたらもっと気まずくなる気がして口を開く。

「何しているの?」

「お茶」

「見れば分かるし。私にも奢って」

 冗談で言ったら、数秒悩んだ結紀が、仕方がない、と言いながら立ち上がる。

「どうせ財布がないとか言うんだろ?」

「まあ…本当に買ってくれるんだ」

 まさか本当に奢ってくれるとは思っていなかった。近くにあった自販機に結紀がお金を入れたので、柘榴は驚きつつ自販機を眺める。ジュースもあればお酒もある。何を飲もうか悩んでいる柘榴は、結紀が優しい笑みを浮かべているのに気付かずに、適当なボタンを一緒に押した。

「おお、野菜ジュースだ。結紀、ありがとう」

 しゃがんで野菜ジュースを見せながら、お礼を言った。はいはい、と言った結紀が椅子に戻るので、柘榴も近くの椅子に座って、買ってもらったジュースを飲む。

 案外いつも通り話せている気がする。その事実に内心ホッとした。

「美味しいな、野菜ジュース。後でお金返すね」

「いいよ、別に。お前に奢るのは慣れた」

「そんなに毎回奢ってもらっているわけじゃないじゃない!」

 心外だ。確かに何度か奢って貰った記憶はあるが、そう毎回じゃない。頬を膨らませた柘榴を見て、結紀は嬉しそうに笑う。

「子供みたいに頬を膨らましてないで。さっさと飲めよ」

「子供扱いしないで!」

 唸りながらも、柘榴は言う通り野菜ジュースを飲む。喧嘩がしたいわけじゃない。別の話題を、と思って柘榴は話し出す。

「今年はさ、結紀がお蕎麦作ってくれるんでしょう?」

「そう言う約束だからな」

「楽しみだな。年越し蕎麦」

「二回も守れなかった約束だからな」

 二回、と言う言葉が心に突き刺さった。柘榴と希は二年もいなかったから、破ってしまった約束。

 さっきまで温泉で希と話していたことを思い出す。希は過ごせなかった二年を寂しい、と言った。その気持ちは柘榴にだってある。寂しいし、約束を守れなくて申し訳ないと思っている。

 柘榴の顔が曇ったことに結紀は気付かず、懐かしそうに言う。

「お前らのいない二年は散々だったからなー。柊さんの仕事を押し付けられたり、キャッシーから無理難題を言われたり――」

 結紀の思い出話は尽きない。その話を半分以上聞き流して、考えてしまう。

 柘榴自身は結紀のことをどう思っているのか、と。

 二年間の話をする結紀は楽しそうで、嬉しそうな顔。そんな結紀の隣にいたかったのか、と考えたら――傍にいたかったのだと思う。

 だって、結紀の傍にいれなかったことが今は凄く悔しい。

 ずっと隣で当たり前のように笑っていたかった。今なら希の気持ちが、痛いほど分かる。好きになった人と一緒にいたかった気持ち、一緒にいられなくて寂しかった気持ち。

 きっと結紀は、柘榴のことを何とも思っていない。

 馴れ馴れしくて、女の子扱いしてくれなくて。柘榴だけ名前で呼ぶのは、恋愛対象ではない証拠。意識しているのは、きっと柘榴の方だけだ。

「だから、柘榴達がいなくても俺らは平気だったわけで――て、柘榴!?」

 いつの間にか頬を涙が伝って、落ちた。

 平気、なんて言って欲しくない。柘榴は平気なんかじゃなかった。でも希のように素直に口に出すことは、出来ない。強がって、いつものように笑って誤魔化すことしか出来ない。

 思いっきり涙を右手で拭って、柘榴は無理にでも笑う。

「何でもないっ!眠くなって、涙が出ちゃったよ」

 必死に涙を堪えようとするがもう遅い。涙が止まらなくて、何度も何度も目を擦る。

「駄目だなー。眠くなって、涙が止まらない。もう寝ないと駄目だな、これは」

「柘榴?」

 心配している結紀の顔が見れない。結紀の方を見ずに、早口で言う。

「じゃあね、またね!おやすみ、結紀」

「あ、おい!柘榴!」

 名前を呼ばれても、振り返れない。野菜ジュースを椅子に置いたまま、逃げるように駆け出した。

 泣くもんか、と唇を噛みしめる。

 今の未来を選んだのは、柘榴自身。後悔なんてしていない。声を上げて泣き叫びたいのに、それはプライドが許さない。

 馬鹿だな、と思う。

 こんなタイミングで、自分の気持ちに気付いた自分自身に対して。

 窓も外は星空満天なのに、柘榴の心は真っ暗闇。

 だから全て忘れて明日は笑おう、と思った。そんなことしか、考えられなかった。



「「頭、痛いわぁ」」

 車に乗り込む前に、洋子と大輔は同時にぼやいた。

「二日酔いだろうが」

「自業自得だな」

 運転手の結紀と柊に言われて言い返せない二人。頭を押さえて、吐きそうな顔になる。

「うわ!吐くなよ!」

 結紀が急いで持っていた袋を二人に手渡す。柊は深いため息をつく。そんな四人から少し離れた場所には、蘭と浅葱がぼんやりと青空を見上げて呟く。

「記憶が、ないのよ」

「チビもか。俺も宴会途中からの記憶がねーんだけど」

「キャッシーにお酒を飲まされたところまでは、はっきり覚えているわ。その後の記憶がない」

 はっきりと言った蘭に、浅葱は、うーん、と唸る。

「俺、チビに殴られたような気がするけど?」

「そうだったかしら?」

 覚えてないわ、と蘭は腕を組み、首を傾げながら言った。お互いの記憶を確認し合いながら悩む、蘭と浅葱。それからそのすぐ横で、朝ご飯を食べる時は静かだった鴇と、いつもと変わらない蘇芳が小声で話す。

「昨日は、結構飲んだね」

「鴇はすぐ寝た。俺、悲惨な目に遭った」

「ドンマイ、蘇芳」

 ポンッと憐れむように蘇芳の背中を叩いた鴇。その様子を少し離れた場所からデジカメで撮影していた柘榴は、何度かシャッターを押し笑みを零す。

「あっという間に終わったけど、何だかんだで楽しかったね」

「それはよかったです」

 最初から隣にいた希が、嬉しそうに笑った。

「沢山素敵な写真を撮れましたか?」

「うん、ばっちり。宴会写真は途中で撮るのを止めたけどね」

「それは仕方がありませんよ」

 暴れ出した洋子と大輔のせいで、柘榴が写真を撮るのを止めたことは希もよく知っていた。今度は旅館の写真を撮り始めた柘榴に、希は優しく言う。

「柘榴さん、また来ましょうね」

「勿論。当たり前じゃん」

 一瞬だけデジカメから視線を外した柘榴と希の目が合った。それからまた、写真を撮る。真剣な柘榴に、希はそっと言う。

「柘榴さん、私は先に皆さんの所に行っていますね」

 遠くにいた結紀と目が合った希が、穏やかに微笑んでいなくなる。希と入れ替わるように、結紀が柘榴の傍にやって来た。

 昨日のことは一切忘れたフリをして、柘榴は写真を撮り続けていつもの口調で言う。

「結紀、キャッシー達は大丈夫?」

「無事だよ。先に車に乗せた」

 疲れた、と言ってしゃがみ込んだ結紀は柘榴の傍から離れない。蘭や浅葱が荷物を積み込み、蘇芳や鴇は先に車に乗った。結紀は柘榴の方を見ず、旅館に視線を向けて小さく呟く。

「あー、昨日は無神経なこと言った。悪かったよ」

「どしたの?急に」

「いや、昨日さ。希ちゃんに、ちょっと怒られて」

 それはおそらく、柘榴が結紀の傍を去った後の話。どんな話を結紀と希がしたのかは、分からない。けれどもそのせいで、結紀は柘榴に謝った。

 おかしくなって、柘榴は馬鹿にするように結紀を振り返る。

 落ち込んでいる結紀が顔を上げて、目が合った。ニヤリと笑って、柘榴は言う。

「何言っているわけ?昨日はジュースを奢ってくれただけでしょ?それでなんで謝るのさ」

「…柘榴を、泣かせたから」

「泣いてないし。眠かっただけだし」

 言いながら、写真を撮るのを止めた。泣いた、なんて認めない。昨日のことは忘れると決めたから、柘榴は車の方を見つめる。

 と、希が見事に頭から転んだ。

 足元にある小石に気付かず、転んだ希に洋子が車から降りて慌てて駆け寄る。怪我はしていないが、頭を打った希がしゃがみ込んだ。

「うう、痛いですぅ」

「大丈夫?希ちゃん…」

 そう言いつつ、洋子は生唾を飲み込む。頭を押さえている希の姿が、それはそれは可愛く映ったのか。二日酔いが醒めたかのように、希をジッと見つめた。

「…お持ち帰りしてもいいかしら?」

「何、馬鹿なことを言っているのよ」

 バシッと後ろにいた蘭に叩かれた洋子。蘭は呆れながら、希に手を差し出した。

「本当に、変わらないなー」

 前にも会ったような光景が繰り返す。それが嬉しくて笑っている柘榴を見ていた結紀は、頭を掻きながらゆっくりと立ちあがった。

「柘榴、無理するなよ」

「何が?」

「昨日のこと」

 話題を変えようとしたのに、結紀はそれを許してくれない。それなら、と柘榴は息を吸い、呟く。

「忘れて、結紀」

 祈るように言った言葉が、消える。

 昨日は感情が高ぶって、気持ちを押さえられなかった。自分の気持ちに戸惑って、泣いてしまった。結紀に気持ちを伝えることは、きっと出来ない。だから、なかったことにする方が傷つかなくて済む。

 柘榴の言葉を結紀は真剣な表情で受け止め、首を横に振る。

「俺は…忘れない。それに昨日言ったことは嘘だから。本当は寂しかったし、平気じゃなかったから」

 何か言おうとして、止めた。

 そんなことは言われなくても分かっている。再会した時の態度で、知っている。そう、と小さく零して柘榴も結紀も黙った。

 皆が車に乗り込んだ。最後に車に乗り込もうとした希が、柘榴と結紀の方を見て叫ぶ。

「柘榴さん!結紀さん!そろそろ行くそうですよ!」

「はーい。今行くー!行こう、結紀」

「だな」

 話はお終いと言わんばかりに、柘榴と結紀は一緒に歩き出す。

 帰りの車のメンバーは行きと同じ。柘榴と結紀は別々の車。温泉旅行が終われば、きっとまたいつものような日々を繰り返す。

 結紀との関係も変わらずに続く。

 それでいい。それがいい、と柘榴は車に乗り込んだ。



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