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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
後日譚
54/59

04 少女の決別 Side:蘭

「ねえ、消しゴム貸してくれない?」

 それは、突然。最初の講義の最中、隣に座っていた少女が言った一言だった。

 大学に進学した蘭が興味本位で取った講義に、高校からの知り合いは一人もいない。後ろの方の席で静かに講義を受けていたところを、その少女に話しかけられた。

「どうぞ」

「ありがとう」 

 素っ気なく返事をした蘭とは対称的に、消しゴムを受け取った少女は嬉しそうに笑った。

 少しパサついた髪は肩につき、前髪は短め。頬にはそばかすがあり、瞳は一重。お世辞でも可愛いとは言えない少女は、おそらく化粧をしていない。

 それは蘭が初めて少女と出会った、四月のことだった。



 少女の名前は、愛莉あいり。蘭と同じ学年の、県外からやって来た少女。共通の講義は一つだけで、それ以外の共通点はない。話しかけられなければ、きっと一生話すことはなかったはずだ。

 大学内ですれ違うことはなく、会うのは週一の講義の間だけ。 

 その講義の度に、愛莉は蘭の隣にやって来た。

 愛莉はミーハーな性格。アイドル好き、とも言える。聞いてもいないのに、一人で盛り上がり、蘭は適当に相槌を打つ。友達と言うほど仲が良いわけでもないのは、未だ数回の講義の時しか話していないせいだ。

 一人でも楽しそうな愛莉は、いつものように明るく言う。

「ねえねえ、知ってる?この大学の一番のイケメン」

「そんな人、いたかしら?」

 言いながら、教科書や筆記用具を準備する。正直あまり興味がないが、残念なことにこの講義だけは、高校時代からの知り合いが一人もいない。

 愛莉以外、知り合いがいない。

「友樹先輩、て言うの。知り合いなんだよね?」

「…一応」

 知り合いの名前に、無意識に身体が強張った。肯定したくはなかったが、嘘を言える性格でもないので仕方ない。知り合いは知り合いだが、どうして知っているのか不思議に思い、蘭は問う。

「どうして、知っているの?」

「友樹先輩のファンクラブに入ったから!大学内で密かに作られたんだけどね。友樹先輩の個人情報とか、写真とかが手に入るの!」

 嬉しさを隠しきれずに、愛莉は言った。それは駄目だろう、と口を開く前に、愛莉は言葉を続ける。

「友樹先輩って、格好いいよね!頭もいいし、運動も出来る。て、もっぱらの噂なんだよ」

「へえ」

「だから会いたいんだよね!紹介してくれない!?」

「それは…ちょっと」

 言葉を濁す。そういうことはしたくない。

 蘭が断った途端、愛莉の顔が不機嫌になった。そう、と言ったきり蘭の方を見向きもせず、黙ったきり教科書などを眺める。

 講義の先生がやって来たのは、それからすぐのことだった。


 講義が終わり、蘭は一人で図書館に向かって歩いていた。講義の内容ではなく、愛莉の態度に疲れた。講義が終わっても愛莉は不機嫌で、何も言わずに蘭の傍からいなくなった。

 蘇芳も中々の友樹好きだが、愛莉は蘇芳とは違う。

 前に蘇芳から聞いた話では、蘇芳は友樹に直接声を掛け、名前を覚えてもらい、仲良くなったらしい。ファンクラブに入って情報を集めたり、写真を手に入れるような真似は決してしない。

 愛莉と友樹が出会わないように祈ろう、と考えていると前から本人がやって来た。

 疲れているような顔の友樹の隣に、楽しそうな寛人が蘭を見つけて手を振った。

「やっほー」

「お久しぶりです」

 傍まで行き、一礼しながら蘭は言った。友樹は寛人から解放されたと言わんばかりに、蘭の方を向いて言う。

「浅葱達は一緒じゃないのか?」

「昼は一緒でした。それから最後の講義だけは、浅葱と一緒です」

 お互い微笑んでいるわけでもなく、淡々と事務連絡を済ます。大人しく黙って聞いていた寛人は、ふと気になったことを問う。

「二人とも、仲が悪いわけじゃないよね?」

「「普通」」

「あ、そうだよね」

 同時に言われて、寛人はもう一度口を閉ざした。

 蘭にとって友樹は先輩であり、希の恋人。友達、と言う関係ではないので、馴れ馴れしく接することも出来ない。そう言えば、と蘭は言う。

「今度希が大学に遊びに来たい、て言っていました」

「それ、前も聞いた」

「断る理由が分からなくもないのですが、希が全然納得していませんよ」

「知っている」

 ため息交じりに友樹は言った。

 希が大学に来たのは、約三か月前の一度だけ。一度大学を歩いただけでも、希の存在は広まった。確かに希が可愛いのは蘭も認める。その可愛さのせいで写真が出回る事態が起こったので、友樹だけでなく蘭もあまり来て欲しくない。

 それでも何度も必死にお願いされるので、蘭は一応友樹に頼んでみる、と言って話を切った。

 諦めが悪い希を思い出しつつ、蘭は言う。

「もう一度だけ、案内してもいいと思いますけど?」

「一度だけ、か」

「そうだよ、友樹。俺も希ちゃんに会いたいし!」

 蘭の意見に同意しつつ、テンションの上がった寛人を、蘭と友樹は冷ややかに見つめる。こういう人間がいるから、会わせたくない。と、言う言葉を蘭は呑み込んで言う。

「まあ、この話はまた後で」

「だな」

「えー」

 不満そうな寛人を、無視する。

「それじゃあ私は、これで――」

「あ、あの!」

 蘭の言葉を遮って、誰かに声を掛けられた。声がした方を振り返れば、そこにいるのは瞳を輝かせている愛莉の姿。講義が始まる前まで不機嫌だったくせに、笑顔を浮かべて愛莉は言う。

「初めまして!友樹先輩ですよね?私、彼女の友達の愛莉と言います」

 彼女、とは蘭のことで、愛莉はさりげなく蘭の隣に来た。友達になった覚えはない。何も言えず、呆然とする蘭。驚いていたのは蘭だけでなく、友樹と寛人も同じだ。

 愛莉だけが、勝手に話し出す。

「私、ずっと友樹先輩に会いたくて。話してみたくて…よかったら、連絡先を交換してもらえませんか?」

「いや…それは」

 ぎこちなく、友樹は拒否しようとするが、愛莉は引き下がらない。グイッと友樹に近づく。

「でも!彼女いないんですよね?」

「いや、いるし」

「…え?」

 信じられない、と言わんばかりに愛莉の表情が固まった。彼女の存在を、希の存在を知らなかった愛莉。それまでの勢いがなくなり、急に大人しくなった様子を一部始終見ていても、残念ながら同情は出来ない。

 寛人は不思議そうに、首を傾げる。

「あれ?知らない?友樹の彼女」

 愛莉は微かに頷き、掠れた声で言う。

「…彼女、いたんですか?」

「まあ」

「でも、でもっ!彼女がいる素振りもないと言うか、そんな噂もなかったと言うか」

 段々と早口になった愛莉。

「友樹はシャイだから、わざわざ言いふらさねーよな」

「シャイじゃねーよ」

 ボソッと呟いた友樹の言葉は、絶望している愛莉には届いていない。その後、寛人が友樹に希のことを聞いて、話が盛り上がる。

 蘭は何となく会話を聞いていたが、愛莉は静かにその場から消えた。

 これで愛莉は蘭と関わることなく、友樹のことを諦めたに違いない。そう、願った。



 一か月が過ぎた。蘭の願いは届かず、愛莉は友樹を追いかけた。

 友樹と一度会っただけで愛莉の態度が変わってしまったのは、蘭の責任。その責任を感じて、ちょくちょく友樹の様子を伺いに行く日々。

 昼休みの休憩時間を利用して、友樹に会いに研究室に向かった蘭は、飲み物を買いに行った寛人と入れ替わるように部屋に入る。机にうつ伏している友樹は、疲れているようにしか見えない。

「友樹先輩、お疲れ様です」

「ああ」

「私のせいで、すみません」

 いや、と言いながら、友樹は起き上がった。腕を伸ばし、欠伸をした友樹。

 愛莉はここ一カ月ほど、ストーカーのように友樹につきまとっている。蘭がいる間は近寄って来ないようだが、友樹が一人でいれば必ずと言っていいほど愛莉は寄って来るそうだ。蘭がそれを止めさせようとしても、いつも逃げられてしまう。蘭に捕まらないように、タイミングを見計らっている。

 一応は、知り合い。でも、一歩間違えれば犯罪になりそうなくらい追っかけている愛莉を、もう友達だとは思えない。思いたくもない。

 動くのも億劫な友樹が、壁に掛かっていた時計で時間を確認した。

「あと、一時間くらいか」

「今日はようやく希が来るのを許した日ですよね」

「うん、まあ。とりあえず、座れば?」

 近くのイスを勧められて、蘭は素直に座る。

 友樹はもう一度机にうつ伏し、寝るような体勢になった。蘭はいつものように鞄から一冊の本を取り出し、無言で読み始める。

 別にそれ以上話すことはない。愛莉が近づかないように傍にいるだけで、蘭と友樹が楽しく談笑するなんてことはない。

 本を読もうと思っていたが、柘榴と希の顔が頭をよぎる。

 二人は、四月から本部を離れた。本部の中で隠れているのにも飽きて、蘇芳の家の別宅で静かに暮らしている。本来なら本部で過ごすべきだが、組織と関係のない場所にいた方が安全だろう、という結論になった。ちなみに蘭の家も別荘または別宅を持っているが、その場所は遠い。

 半年勉強して高卒認定試験を受ける、と柘榴と希は宣言した。正直、柘榴が真面目に勉強に励んでいるかは不明ではあるが、希もいるので蘭は特に心配していない。

 三十分程離れた場所にある蘇芳の家の別宅に、柘榴と希の二人暮らし。広いお屋敷なので、蘭は週三回以上、泊まりに行く。蘭以外の人間もちょくちょく遊びに行き、様子を見に行っている。

 基本的には勉強に必死な希が、一か月の説得の末にようやく友樹から大学に来る許可を得た。

 午後一時が、約束の時間。

 友樹の受ける講義はないので、人が少ない時間を狙って希を呼んだ。残念ながら蘭は講義があるので待ち合わせ場所にはいけないが、今日の夕食は柘榴と希と一緒だ。

 夕食が楽しみなのに、愛莉のせいで気が滅入る。段々といらいらしてきた蘭は、小さく呟く。

「彼女、しつこくて迷惑ですよね」

 名前を出すのも嫌だった。名前を伏せて言えば、友樹は何も言わない。動かない。

「相手の気持ちを考えないで、自分の気持ちを押し付けて。柘榴や希、私にだって自分勝手なところはあるけど。そんなレベルを超えている」

 独り言を呟くように言い切った。やられっぱなしは性に合わない。

 顔を上げた友樹が、肘をついたまま蘭の方を向く。友樹の顔を見ずに、苛立ちの収まらない蘭は、にやりと黒い笑みを浮かべた。

「次会ったら、容赦できないわね」

「何する気だよ」

 小声で言った友樹の言葉は聞こえないフリをして、蘭は鞄の中を探った。携帯を取り出し、立ち上がる。

「少し、下準備してきますね」

「下準備って…」

「失礼します」

 鞄を置いて、蘭は笑顔で部屋を出た。

 部屋を出た途端に、笑みは消え廊下の端で電話をかける。着信相手は、洋子。

 最初に愛莉と出会わせるきっかけを与えたからこそ、後始末をする役目は蘭にある。都合のいいことに、知り合いには情報に長けた人間がいる。弱点を見つけることは、容易いに違いない。

 洋子が電話に出るまで、蘭は廊下の壁を背にしてゆっくりと息を吐いた。


 数分後。

 電話を終えた蘭は、真剣に聞いていた顔を上げた。その瞳の片隅に、微かに少女の姿が映る。一目散に駆け出し、慌てて友樹のいる部屋に戻ろうとしたが、一歩遅かった。

 鍵を掛けられて、部屋に入れない。

 ドアの窓ガラスから、部屋の中が見えた。愛莉が友樹に言い寄って、叫ぶ。

「本当は私知っているんです!彼女なんていないんでしょ!?嘘なんでしょう!?それなら私と付き合って貰えませんか!私、ずっと友樹先輩が好きだったんです!」

「だから、俺は――」

「いませんよね!いないなら私と!!」

 止まらない愛莉の叫び声。友樹が逃げようにも、愛莉はその服を掴んで決して離そうとしない。聞いているだけで、耐えられる蘭ではない。

 近くにあった消火器を見つけた。それを、力いっぱいドアにぶつける。

 ガンッと、低い音が廊下に響く。周りにいた人間の視線が蘭に集まるが、気にしている暇はない。鍵を壊す勢いでドアを蹴っ飛ばし、蘭は勢いのままに部屋に滑り込んだ。

 部屋に誰も入らぬように、開けたドアを力任せに閉めた。

 眉間に皺を寄せ、これでもかと言うほどの怒りをあらわにする。唐突の乱入者に、愛莉も友樹も呆然と蘭の方を見た。愛莉の表情が、悔しそうな顔に変わった。友樹がホッとした顔になる。

 愛莉に対する同情は、いらない。

 無言で、あからさまに足音を立てて、蘭は近寄った。

「――っひ!」

 小さな悲鳴を上げた愛莉の首元の服を引っ張り、顔を寄せる。数センチの距離で愛莉を睨み、低い声でゆっくりと言う。

「いい加減にしなさい、愛莉」

「っな、なんで邪魔をするの!友樹先輩に彼女がいないなら、私がなったって――」

 なれるわけがない、とは言わない。好きになった気持ち、それを否定したいわけじゃない。自分の気持ちを押し付けないで欲しい、それだけだ。

 空いていた左手を、痛いほど握りしめる。奥歯を噛みしめて、言葉を選ぶ。

「貴女は…彼女になってどうしたいの?相手を支配したいの?」

「ちがっ!そんなわけじゃ――」

「それならどうして、ここまで相手を傷つけられるわけ!!!」

 愛莉の言葉を遮って、蘭は気持ちをぶつけた。一度溢れた気持ちは止まらないし、止められない。

「いつだって貴女は人づてで聞いた情報と嘘に踊らされて、一人で舞い上がっていたわよね。貴女が知っている気になっているだけ。相手の気持ちを一切考えていない。まだそのことに気が付かないの?」

 侮辱するように言った言葉で、一気に顔が赤くなった愛莉。

「そんなこと――」

「ない、なんて言わせないわ。その性格は、ずっと昔からでしょ?そうやって独り善がりで生きて、友達もろくに出来なくて。ようやく大学に入って、同じ学部の友達が出来たのよね?違う?」

「どうして…それを」

 愛莉の声が掠れた。

 早口で、洋子から得た真実を述べた蘭。恐怖を感じた愛莉の顔が引きつるが、最後まで言いたいことがある。すうっと息を吸いこみ、止めを刺す。

「今の世の中を舐めないで。貴女の個人情報なんて、いつだって世間にばらまける。やっと大学に入って、人並みの平穏を感じているなら、これ以上関わるのを止めなさい。さもないと」

 愛莉の表情が固まった。瞳に涙が浮かんでいるように言えなくもないが、蘭は言う。

「私を敵に回すということを、教えてあげる」

 うっすらと、笑った。

 そっと愛莉を離せば、腰を抜かしたように座り込む。

 ガチャ、とドアが開いた。

「修羅場、終わった?」

 ひょっこり現れたのは寛人。あまりにも緊張感ない寛人の姿を見て、友樹は肩の力を抜く。蘭は一度だけ、大きく頷いた。

 愛莉が逃げ出すように、部屋から出て行く。唇を噛みしめて、今にも泣き出しそうな愛莉は寛人の傍を通り過ぎたが、追うつもりはない。

 二度と、関わることもないだろう。

 一人楽しそうな寛人が、何故か人数分の飲み物を持って机の上に並べた。

「いやー、蘭ちゃん。怖い怖い。ドアの鍵なんて、完全に壊れているし」

「大丈夫よ。お父様に直してもらうわ」

「あ、そんな簡単なもの?それより、そろそろ講義行く時間でしょ?好きなジュース持っていく?」

「気分じゃないからサボるわ。ジュースも貰う」

 素っ気なく言って、近くにあった椅子に腰かける。どれがいい、と手渡された飲み物の一つを、蘭は遠慮なく貰った。

 満足げに美味しそうなジュースを飲む蘭を見ていた寛人も、近くに椅子を持って来て座る。同じく椅子に座った友樹は何も言わず、寛人のジュースを一本貰い一言。

「疲れた」

「でもさ、これで彼女ももう友樹に付きまとわないでしょ?俺の秘密兵器が役に立たなくて、残念だけど」

 言いながら、寛人がニヤニヤした顔で取り出したのは数枚の写真。受け取った蘭と友樹は、写真を見るなり真顔になった。

 写真を凝視している友樹に代わって、顔を上げた蘭はおそるおそる問う。

「この盗撮写真、どうしたのよ」

「え?友樹のファンクラブが暴走しているから、忠告する用に撮った。友樹の盗撮をしている子達を、俺が盗撮している写真」

「止めろよ」

 バッサリ言い返し、写真を返した友樹。蘭が返した写真にも、愛莉、だけじゃなく数人の子が盗撮をしている現場を押さえた証拠が写っていた。

 写真を受け取った寛人が、いやいや、と首を横に振って得意げに話し出す。

「ファンクラブだからと言って、限度は必要。これで警察に訴えようかな、と」

「それでも良かったわね」

「大袈裟にしないために、我慢していた俺の苦労が」

 ボソッと呟いた友樹。

 結局蘭が暴走しなくても、寛人によって懲らしめられたに違いない。愛莉との関係は、おそらく終わる運命だった。それだけのこと。

 これでよかったのだ、と蘭は貰った飲み物を飲み干した。



 それから数日後。

 浅葱達との移動途中で蘭は一度だけ、愛莉とすれ違った。友達と歩き、笑顔だった愛莉の表情が蘭を見つけて固まった。気まずそうに顔を下げ、視線を合わせようとしなかった愛莉。

 蘭は一瞬だけ愛莉の瞳を見た。目が合ったがすぐに視線を外した愛莉は、何も言わない。

「「…」」

 蘭も何も言わなかった。振り返りはせず、ただ耳を澄ませて愛莉の足音が遠のくのを確認した。

 隣を歩いていた浅葱が、突然黙った蘭を振り返った。

「おい、チビ。どうかしたのか?」

「いいえ。別に…それより、何の話をしていたのだっけ?鴇が苺に相手にされない理由を、皆で考えていたのだったかしら?」

 首を傾げながら訊ねた蘭の二つ横。鴇が泣きそうな顔で、小さく頷く。

「そう、浅葱も蘇芳も真面目に考えてくれないし」

「俺、真面目」

「鴇が相手にされないのは、その性格のせい以外にねーだろうが」

 鴇の隣にいた蘇芳と、呆れた浅葱が言った。確かに、と蘭は言う。

「鴇の場合、いつも冗談にしか聞こえないわね」

「蘭ちゃんまでそんなこと言う!?俺はいつも冗談のつもりはないからね!?本気で友樹先輩と希ちゃんみたいに相思相愛の恋人か、蘇芳の婚約者みたいな存在が欲しいの!」

「だってさ、蘇芳。どうやったら婚約者が出来るか教えて欲しいんだと?」

 浅葱に言われて、蘇芳は少し考えた。残念そうに、言う。

「俺の場合、幼馴染だから」

「幼馴染か…て。俺の幼馴染は浅葱しかいないの知っているでしょ!?浅葱なんて無理!絶対嫌だ――ってぇ!」

 バシッと無言で浅葱が鴇の頭を叩いた。怒っている浅葱と頭を押さえて痛がる鴇を無視して、蘭は心なしか楽しそうな表情の蘇芳に問う。

「婚約者の…瑠璃るりだっけ?浅葱達より、付き合い長いの?」

「同じくらい?」

「長い付き合いなのね」

 まあ、と少し耳を赤くした蘇芳が言った。蘇芳が照れるのは珍しくて、蘭は微笑んだ。穏やかな空気が流れているのに気が付いた鴇が、ちょっと、と声を上げた。

「話を脱線させないで!!!俺の相談は!?」

 本気で泣き叫ぶ鴇。が、面倒くさくて五月蠅い。

「そんなに知りたいなら。私じゃなくて苺の姉である柘榴に聞きなさいよ。それか、こういう話に興味ありそうな…別の人、とか?」

 言いながら思い浮かべたのは、色恋沙汰が好きそうな数人の顔。その名前を言う。

「結紀?」

「あの人、苺ちゃんのことはよく知らないでしょ?」

「友樹先輩?」

「教えてくれない!」

「じゃあ、寛人先輩?」

「なんか、嫌だ!」

 ああ言えばこう言う。蘭も浅葱も、何も言うまいと口を閉ざしたが、蘇芳だけは小さく応援する。

「頑張れ、鴇」

「師匠!一緒に考えて!!!」

 鴇が蘇芳に泣きつこうとしたが、蘇芳は嫌がってそれを避けた。

 茶番にいつまでも付き合うような蘭と浅葱ではない。呆れた浅葱が言う。

「チビ、行こうぜ」

「そうね」

 馬鹿な鴇と仕方ないと言わんばかりの蘇芳を置いて、蘭と浅葱は歩き出した。

 出会いと別れを繰り返す。おそらくいい出会いばかりではないし、また厄介なことに巻き込まれる日が来るかもしれない。それでも、日々を後悔しないように生きたい。

 浅葱の隣で歩く蘭は、真っ青な空を見上げて微笑んだ。


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