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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
後日譚
51/59

01 青年の主張 Side:結紀

 十二月の中旬、時刻は夜。

 柘榴と希が二年も行方不明になり、戻って来る。ほんの一か月前のこと。

 結紀は食堂のカウンターで、一人夕飯を食べていた。

 あーあ、なんで彼女に振られたのかな、と考えて。今回は確実に自分が悪かった、と反省する。デートの最中に彼女の存在をすっかり忘れて別のことに夢中になっていた挙句、適当に相槌を打ったせいで他にも彼女がいる、と言う誤解を招いた。

 振られて当然、けど気持ちはそう簡単に整理出来ない。

 考え事をしながら箸を口に運ぶと、隣に誰かがやって来た。

「何一人でぼんやりしてるんだよ?」

「…陽太」

「あれだろ。合コンで会った彼女に振られたんだっけ?」

 遠慮なく言って、自前の缶ビール片手に椅子に座る。夕食の時間は過ぎているので、人は少ない。夕食を終えて、わざわざ食堂に戻って来る物好きは珍しい。

 物好きなのは仕方がない、と諦めているが、あまりにも情報が早い。数時間前の出来事をすでに把握している陽太に、結紀は食べるのを止めて言う。

「…その情報、誰から聞いたんだよ」

「そりゃー、勿論。合コンで一緒だった、別の子に」

「そうですか」

 素っ気なく返事を返して、納得した。彼女との出会いが陽太に誘われた合コンだし、知り合いの子がいてもおかしくない。

 陽太と特に仲良くなったのは、柘榴と希がいなくなった後からだ。それからちょくちょく話すようになり、今では合コンにまで誘われる仲になってしまった。

 落ち込んでいる結紀を気にせず、陽太は明るく言う。

「よし、次の合コン行くか!」

「…しばらく遠慮しておく」

 もしまた彼女が出来たとして、同じことの繰り返しになりそうだ。暫くは恋愛する気はない。

 誰かと一緒に出掛けても、どうしても一人の少女の姿を探してしまう。一緒に食事をすれば、少女の食いっぷりを思い出してしまう。

 少女を、柘榴のことを忘れられない。

 二年前はただ仲が良くて、一緒にいる時間も多かった。いなくなってから、柘榴の存在の大きさを知った。どれだけ探しても、見つけられない。柘榴のことを考える時間は増えるばかり。

 そんな時に、何となくで付き合い始めた元彼女。

 まあそこそこうまくいっている、と思っていたのは結紀の方だけだった。別れを切り出したのは彼女の方で、正直別れて未練はない。そこまで好きではなかったし、とは誰にも言わない。

 ふと、財布に入れてあった二枚のチケットの存在を思い出す。

「そうだ、陽太。プラネタリウムのチケットやるよ。俺は使わないからさ」

「いやいや、俺に渡されても…あ、でも。面白いことに使えそうだから貰っといてやるよ」

 結紀が見せた、プラネタリウムの無料チケット。それを受け取った陽太は、何かを企んでいるような笑みを浮かべた。持っていても仕方のないものだったので、なくなって清々する。

 残りのご飯を食べ始めた結紀に、陽太は遠慮がちに訊ねる。

「…やっぱり合コン行かないか?」

「さっき、行かないって断ったけど」

「だってさ。そこそこ顔のいい奴との合コンだと盛り上がるじゃん。友樹を誘っても、あいつは絶対に参加してくれなくてさ」

 そりゃそうだろう、と言いたくもなったが、言わない。陽太は断る理由を知った上で誘って、毎度断られている。そのせいで、結紀が誘われる羽目になった。

 結紀や友樹以外に合コンに行きそうな奴、を思い浮かべる。

「…鴇とかいるよな?」

「鴇はまだ未成年。それに俺と同類みたいな感じだから、キャラが被る」

 断言されて、何も言えない。陽太と鴇を比べて、ぶっ飛んだ性格は陽太の方だと言う結論に辿り着く前に、陽太は言葉を続ける。

「蘇芳と浅葱も学生だし。浅葱に至っては蘭ちゃんにベクトルが向いていて、見ているだけの方が面白いだろ?そうすると、適任なのは結紀だけなんだって」

「そーですか」

 全く行く気になれない。棒読みの言葉で言い返しても、陽太はめげない。

「よし、じゃあ明後日の夜に次の合コンで!絶対空けとけよ!」

 すでに合コンのセッティングはしてあるのか。それとも今からするのか。どっちなのかは分からないが、楽しそうな陽太は颯爽といなくなる。

「…俺、強制参加かよ」

 呟いた言葉は届かない。

 別に彼女がいるわけでもない。後ろめたさもない。だから、別に気にすることはないというのに。

 一瞬でも頭を過ぎる顔があるから、行く気にはならない。

「あー、どうしよ。行きたくねー」

 しばらく頭を抱えて、悩む。結局結紀が立ち上がったのは、それから数十分後のことだった。



 そして迎えた合コン当日。

 オシャレな居酒屋での、二対二の合コン。やって来た一人の女性に、結紀は目を奪われた。

「はじめまして、華子はなこです」

 にっこりと、華子と名乗った女性は微笑んだ。目を奪われたのは、その容姿があまりにも柘榴と似ていたせいだ。似ているのは顔だけで、声も身長も柘榴とは違う。

 真っ白なスカートに、ピンクのカーディガン。黒のタイツに、赤のピンヒール。少し恥ずかしそうな様子など、柘榴ではあり得ない。

 違う、とは分かっているものの、似過ぎていて心臓に悪い。

「どうも」

 挨拶を返すだけなのに、緊張した。ここで逃げ出すわけにもいかない。結紀は仕方なく、始終微笑んでいる華子の前の席に座った。

 いつものように自己紹介から始まり、その後は二人ずつで話すことになった。

 陽太はすぐにもう一人の子と話し出したので、結紀は必然的に華子と話すしかない。話せば話す程、顔は似ていても、異なる人間なのだと気付かされる。

 まず、小食。滅多にご飯を食べない。お酒を飲みつつも、結紀の様子を伺っている。それに物静かで控えめ、柘榴の騒がしさは皆無に近い。

 話題が豊富で、会話は尽きない。

「あの…カウンターに移動しませんか?」

 そう言われて断ることも出来ず、華子と2人でカウンターに移動する。華子は始終笑顔を浮かべているが、結紀は内心疲れて小さくため息を漏らす。

 カウンターに座って、お互いカクテルを飲む。すぐ隣に座った華子はちびちびお酒を飲み、結紀の顔を伺う。時々つまみに手を出し、美味しそうに食べる。

 柘榴だったら、きっと目の前にいる華子以上に美味しそうに、思いっきり食べるのだろうな。そう思うと、笑みが零れた。

「どうして…笑っているんですか?」

「え、いや。ちょっと思い出し笑いで」

「そうなんですか?…誰を思い出したんですか?」

 顔が近い。柘榴に似た顔で、数センチの距離まで近づかれると心臓が五月蠅い。華子はジッと結紀の瞳を見つめ、視線を外してくれる気配はない。

 柘榴とそっくり、なはずなのに化粧をしているせいか。少し、大人っぽい。 

 何度か近距離で柘榴と接触したことはある。最初に出会った時、終冶から希を取り戻すために戦った時。鬼と戦っていた柘榴を助けに行った時は、同時に抱きかかえられた記憶が蘇る。

 その記憶は思い出したくもないので忘れ去りたいが、強く願うほど忘れられない。

 華子の問いに、平然を装って言う。

「ちょっとした…知り合いです。それより少し、離れてもらえませんか?」

「そうしたら、その子のこと話してくれます?」

「まあ、話すしかなさそうですので」

 諦めるように言った。柘榴の話、と言っても大した話はない。結紀にとって、柘榴はそう、妹みたいなものだと言い聞かす。

 柘榴の顔を思い出しながら、と言うより目の前にいる華子を見ていれば嫌でも思い出す。華子の方は見ず、グラスを眺めながらゆっくりと言う。

「えっと…華子さんと顔はそっくりなんですが、性格が反対でして。食い意地が人一倍で、騒がしいことが大好きな奴です」

「それ以外にもあるでしょう?」

 優しく、話を促そうとする。

「そう、ですね。いきなり会った途端に『お菓子』と叫ぶ奴ですし、イベントが大好きなのか事あるごとにパーティーを開催させ、俺はそれに巻き込まれました」

 懐かしい、記憶。最初はからかいがいのある奴だと思っていたのに、いつからか振り回されていた。

 話し出したら、止められない。笑いながら、話す。

「暇あれば話し相手にさせられ、こっちが忙しくてもお構いなし。挙句の果てには、俺のことパシリにしていましたから」

「すごいですね、その子」

「まあ、そうですね」

 お互い遠慮がない相手、それが柘榴だったのかもしれない。でも、と言う。

「今はちょっと連絡がつかなくて…それに本当はいい奴なんです。誰よりも友達思いの、他人のために無茶をしでかす奴でした」

 最初に出逢った時、恐れもせずにラティランスに立ち向かった。結紀を助けるために、預けた小刀で戦った。驚く結紀よりも勇敢だった、その姿。

 いつだって、目を奪われる程に凛とした表情で柘榴は戦った。

 自分のために戦うのではなく、誰かを守るために戦っていた。決して周りを気にしないわけではない。周りにいる仲間を命懸けで守ろうとする、そういう奴だってことは結紀はよく知っている。

 夢中で話していることに、結紀は全く気が付かない。そしてその様子を華子が楽しそうに聞いていたことも、知らない。

「頭も悪いし、馬鹿です。でも俺、そいつのこと結構気に入っていたんですよ」

「その子に会いたいとか、思います?」

「まあ、会えば楽しい奴ですからね。会いたい、です」

 噛みしめるように、言い切った。

 素直に、会いたい、と言うのは久しぶりかもしれない。柘榴だけじゃなく希にも、会いたい。その感情を抱いている人間は多くいるが、それぞれが前へと進み始めた。

 だから、結紀も平気なフリしていつも笑っていた。

 柘榴のことを、本当はどう思っていたのかを考えずに心の隅に追いやり、蘭や友樹のために二人を必死に探していた。

 ふと、華子は嬉しそうに笑った。

「その子のこと…本当に大切なんですね?忘れられないんですね?」

「そうかもしれませんね」

「その子のこと、恋愛感情として好きなんでしょう?」

「いやー、それはどう――」

 でしょう、と言う前に、バシッと頭を叩かれた。

 叩いた相手、華子がにっこりと笑っているが、それが今までの笑みと違う。何となく洋子と似ているような、怖い笑みを浮かべて結紀を見ている。

 まるで全てを見抜いているように、華子は話し出す。

「何今更、好きじゃない。とか言うんですか?だいたい私の顔を最初に見た時に、その子のことを真っ先に思い浮かべたくせに」

「いや、それは――」

「それに。さっきからその子のことを話している貴方は、心底幸せそうで、楽しそうな顔をしていたわけで。食べている時に笑ったのは、その子の食べっぷりでも思い出したんでしょ。違う?」

 ズイッと顔が近づいたのは、ほんの数分前にもあったこと。

 けれども今度は胸倉を掴まれ、笑っているはずの華子の瞳が全く笑っていないのだと気付く。背中に冷や汗が流れて、結紀の心情を悟っている華子に恐怖を覚える。勢いのある華子の声は、止まらない。

「というかね。ふとした瞬間に思い出すとか、会いたいとか言っている時点でそれは、恋。自分の恋ぐらい、さっさと自覚をしなさいよ!」

「す、すみません」

 何故か説教のような雰囲気になり、結紀は謝った。突き放すように結紀を離した華子は、ドンッとカウンターを叩いた。

「そもそも、男が自分の気持ちをはっきりさせないから、女の子は困るんですよ!」

「えー、えーと…華子さん?」

 何か、おかしい。最初の華子のお淑やかな印象がなくなった。戸惑いつつも声を掛けたが、華子はもはや結紀のことを見てもいない。

 傍にいた店員に向かって、華子が叫ぶ。

「すみません!生ビール二つ!」

「いつものですか?」

「そう!その前に着替えたいから、いつものように裏借りてもいい?」

「どうぞ」

 テンポのいい会話。華子はすぐに席を外した。一連の出来事に置いて行かれた結紀は、ポカンとした顔で見ていることしか出来ない。置いてけぼり状態で、小さく呟く。

「何、これ?」

「お、結紀。華子は?」

「…着替えに?」

 先程まで華子が座っていた席にやって来た陽太を振り返って、何とか答えた。陽太は別の女の子と話をしていたはずなのに、その子の姿はない。

 堂々と腰かけた陽太と結紀の目の前に、生ビールが二つ置かれた。

「ラッキー、華子のビール貰おっと!」

「何言っているのよ!」

 陽太の服、首の後ろを掴んだ華子が思いっきり後ろに引く。引っ張られた勢いで陽太の身体が真後ろに倒され、床に転がっても華子は気にせず見下ろしていた。

 どれだけ力があるんだ、というツッコミより、気になったのはその顔。

 声で華子だと認識出来たし、服装も同じなのに、顔が違う。顔を観察しつつ、結紀は問う。

「…誰?」

「え、私?華子ですけど?あ、でもさっきまで変装していたから、よく分からないかな?」

 言いながら、華子は結紀の隣に座る。

 少し垂れ目、頬には二つの並んだほくろ。下ろしていた髪をアップにして結び、化粧の仕方が変わった。ビールを片手に持ち、ニヤッとした笑みを結紀に見せる。

「さて、恋愛相談しましょうか!」

「うっわー、ノリノリだね。華ちゃん」

「うふふ、陽くんには感謝しているわよ。こんな面白い企画を考えてくれたわけだし?他人の恋愛話ほど面白いものはないわ」

 結紀の方を向いている華子の後ろ、つまり空いている華子の隣の席に大人しく座った陽太。俺にもビール、と店員に注文する様子を片隅で確認しつつ、あくどい顔の華子の方が気になる。

 わざとそんな顔をしているのか。華子が怖い。結紀の顔は、自然と引きつった。

「…帰って、いいですか?」

 無理だと分かっているが、一応聞いてみる。華子も陽太も、その表情が満面の笑みに変わった。

「「駄目」」

 同時に言わなくてもいいだろう、と思う程。二人は素敵な笑顔を浮かべていた。


 陽太によって企画された合コンは名目だけで、本当は結紀の気持ちをはっきりさせるためだけに企画をした飲み会。そのために陽太の彼女である華子がわざわざ登場した、と言うのはその後すぐに聞いた。

 驚き、と同時に呆れた。

 陽太は一体彼女と何を企てていたのか、と。

 陽太に彼女がいることは知らなかったし、そもそも彼女がいるのに何故合コンを計画するのか。とも言いたくなったが、別れ際に言われた華子の言葉には、呆れて掠れた声しか出なかった。

『えっと、今なんて言いました?』

『だから。私、結紀さんには前の合コンでも会っていますよ?』

『…はい?』

『陽くんを合コンに一人で行かせると思います?まあ、変装は日常茶飯事なので』

 結論としては、陽太の彼女はよく分からない。職業不明で、と笑っていた。

 華子の方も結紀と何度か合コンを繰り返したことで、結紀にはきっと好きな人がいる。と勝手に推測し、これを機に暴いてやろうとしていたらしい。前の彼女からも情報を聞き出し、おおよその見当を付けて柘榴に変装までしてやり遂げた。

 暇人と言いたくなったが、言うと後が怖いので言えなかった。

 結紀から根掘り葉掘り話を聞き出した後。唐突に始まったのは、恋とは何なのか、という講座。女の子は褒めてなんぼ、可愛がってなんぼ。華子の独断的講座は長かった。

 そして聞かされた方は、散々だった。

『いい!本当に好きかどうか確かめたいなら、一回手でも握ってみればいいのよ!』

 華子の無茶ぶりもいいところ。

 そんな機会など、いつ訪れるか分からない。いつ帰って来るかも分からない。

 それでも、柘榴に会いたくて。好きだったのかもしれない、とようやく気持ちを認めた冬。



 それから一カ月後に、柘榴と希はひょっこりと帰った来た。

 突然すぎて、嬉しかったが驚いた。

 再会した日は嬉し過ぎて、華子に言われたことをすっかり忘れていたが、次の日の夜。結紀は以前のように食堂で、カウンターに座っている柘榴と希に食事を運ぶ。

「ごめんね、希ちゃん。お待たせしちゃって」

「いえいえ、お忙しい中ありがとうございます」

「ちょっと!私に謝罪はないの!?」

 騒がしい柘榴をわざと無視した。

 食堂には柘榴と希しかいない。柘榴と希の存在は公にしない。全てが終わっていたとしても、二人がもう危険な目に遭わないように、その存在は一部の人間にしか言わない。と、柊は言っていた。

 昨日、顔を合わせた人間以外は未だ柘榴と希の無事を知らないはずだ。

 存在を隠すためにも、組織の人間がいない食堂で、柘榴と希は食事を取る。

 さっさとカウンターの奥に戻る途中、柘榴と希を振り返った。相変わらず柘榴は美味しそうにご飯を食べて、希はその隣でゆっくりと食事を楽しむ。

 柘榴の食べっぷりには、言葉を失う。

 なんで、こんな奴のことが気になるのか。未だに不明。同時に、華子の言っていたことを思い出す。

『いい!本当に好きかどうか確かめたいなら、一回手でも握ってみればいいのよ!』

 当分無理だろうと思っていたが、案外簡単に出来るのではないか。と考えた結紀は、希の分のデザートを持って柘榴と希のところに戻る。

 楽しそうに、結紀は言う。

「はい。希ちゃん、デザート。ついでに柘榴、腕相撲しようぜ」

「なんで?」

「お前が勝ったらデザートをやろう」

「それ、おかしくない?」

 疑問に思いつつも、柘榴は戦う気満々で袖をまくる。楽しそうな笑みを浮かべ、立ち上がって右手をカウンターに出した。

 色気もないが、まあ手を握ることにはなるだろう。そんな軽い気持ちで結紀も手を差し出した。柘榴の手は、案外小さい。本音が漏れる。

「…柘榴、手が小さくね?」

「小さくないよ!普通でしょ!?いいから、やるよ。希ちゃん、審判してね」

「はい!それではお二人とも、レディー」

 希が間を置く。

 結紀の心情など全く知らず、柘榴は本気で結紀に勝とうとしている。小さな手で、結紀の手をギュッと握る。想像以上に小さくて、結紀の手にすっぽりと収まってしまう手。普段接している時は気にしないが、やっぱり女の子だよな、と思った。

 考えているうちに、希が叫ぶ。

「ゴー!」

「っしゃー!」

 女らしくない掛け声に、思わず気が抜けた結紀。普段なら、気を抜かなければ勝てたかもしれない。最初の一瞬を出遅れて、その後は勢いのまま柘榴が叫ぶ。

「一、二、三――っ十!私の勝ち!デザートゲット!」

 あっという間に負けたのは、結紀には力を込める時間も余裕もなかったから。結紀の心はまさにここにあらず状態だった。

 柘榴はこれっぽっちも意識していないので、飛び跳ねるように結紀から離れる。

「結紀に勝った!嬉しいな!」

「柘榴さん、力強いのですね」

 素直に喜ぶ柘榴と、少し驚いている希。仕方がない、と結紀が言う。

「…デザート、取って来るか」

「早くね!」

 満面の笑みで、柘榴は言った。小さな子供が大好物を待っているみたいで、笑い出しそうになりながら右手を上げて結紀はキッチンの奥に向かった。

 柘榴と希の姿が見えなくなってから、誰もいないと確認してから。結紀は腰を下ろし、ひっそり溜め息を付くしかない。

「華子の言った通りかよ…」

 嫌だな、と同時に気付いてしまった気持ちは押さえられそうにない。

 柘榴の手は確かに女の子で、柘榴が笑っていると、どうやら自分は嬉しいらしい。少し顔が赤くなった気もするが、柘榴と希は鈍い方だと思う。絶対に気付いてないだろう。

 気付かせてたまるかと、決意を決める。

 本当に恋をしていた、と気付いてしまった。


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