46 エピローグ
食堂で寝ていた蘭を起こすため、柘榴はその肩を揺する。寝たまま運び出そうと思っていたがそれは無理で、何度か揺すればようやく目蓋を開けた。
「あ、蘭ちゃん起きた?」
「…ん?」
寝ぼけている蘭と目が合った。瞬きを繰り返し、柘榴の顔を凝視する。
「…どうしたのよ、柘榴?」
「もう夜遅いし、部屋に帰って寝ようと思ってさ」
柘榴の言葉を聞きつつ、蘭は食堂を見渡す。親方は陽太を、柊と大輔は酔っぱらった洋子を連れて行った。結紀は食堂の片づけをしていて、友樹と希もそれを手伝っている。
蘭同様に寝ていた浅葱は、蘇芳と鴇に引きずられて数分前に食堂から消えた。
つまり、食堂にいるのはカウンターで寝ていた蘭と起こしていた柘榴の二人。
蘭が状況把握をしたところで、柘榴は笑いかける。
「私達の部屋、キャシーがいつも掃除しておいてくれたんだって。だから部屋に帰ろう、と思ってね。今日は一緒のベッドで寝る?」
冗談交じりに言えば、蘭は素直に頷いた。
寝ぼけているのか。それとも本心から頷いたのか。少し驚いた柘榴が蘭から視線を外して顔を上げると、カウンターに戻って来た希は言う。
「蘭さん、ようやく起きたみたいですね」
「希…エプロン姿似合うわね」
レースのエプロン姿の希を見て、蘭は言った。片付けの手伝いのために、大輔のエプロンを借りて使用していた希。サイズは少し大きいが、似合っているのは柘榴も感じていたことだ。
エプロンを外した希が、柘榴と蘭に駆け寄る。
「もう片付けも終わるらしいので、先に帰っていいそうですよ」
「今何時なの?」
「夜中の三時!」
元気よく言えば、蘭はげっそりした顔になった。
普段の蘭なら寝ている時間。テンションが上がっていたので柘榴は始終起きていたが、途中で寝始めようとしていた人間は数人いた。
大きく腕を伸ばした蘭が言う。
「部屋に戻るのは賛成だけれど、その前に屋上に寄ってもいいかしら?」
「「屋上?」」
柘榴と希の声が重なった。
どうして屋上に行きたいのか。理解出来ないまま、蘭がポケットから取り出したのは、二つの鍵と青いトンボ玉のストラップ。
鍵を見せながら、蘭は嬉しそうにはにかむ。
「一つは学校の寮の鍵、もう一つが屋上の鍵なの。柘榴と希が帰って来たら、絶対に一緒に行きたくて」
「…行っちゃいますか?」
「そうですね」
少し考えた柘榴の言葉に、希も笑って言った。誰もが笑みを浮かべ、よし、と柘榴は一歩踏み出す。
「屋上に行こう!」
レッツゴー、と右手を上げて三人一緒に食堂を後にした。
蘭を先頭に、屋上に足を踏み入れた。
月明かりが、辺りを照らす。
どこか懐かしい、景色。四角い屋上の真ん中に、小さな丸いテーブルとイス、アンティークのランプ。人が通れる道以外は、色とりどりの花や植物で埋め尽くされていた。
まるで空中庭園のように、美しく綺麗な場所。
一歩前を嬉しそうに歩く蘭が振り返った。
「今日洋子に確認したら。去年のうちにガラスの壁を入れて、温室にしたんですって。だから寒くても大丈夫だろう、て言っていたのよ」
「綺麗です。すごく」
「うん…蘭ちゃんが連れて来たかったのも分かるかも」
季節外れの花まで咲き誇り、花の優しい匂いがする。温かい、場所。希と一緒に歩き出して、柘榴はこの幸せな瞬間を噛みしめながら言う。
「ねえ、蘭ちゃん。ごめんね、何も言わずにいなくなって」
「私からも、蘭さん。ごめんなさいでした」
「それはもう何度も聞いたわよ」
頬を膨らませる蘭は怒っているわけじゃない。少し照れているだけで、顔を赤らめて、そっぽを向く。柘榴と希が黙ったまま微笑んで蘭を見つめていたので、蘭は気まずくなって口を開く。
「…遅くなったけど、二年前に誕生日プレゼント。ありがとう…嬉しかった、わ」
「あはは、泣いてる?」
「泣いてはいないわよ!」
顔を覗き込んだ柘榴から逃げるように、腕で顔を隠した。それ以上は言い返せず、言葉を詰まらせた蘭の頭に手を置いた希。
「蘭さん、泣いてもいいですよ?」
「…子供扱いしないでよ」
「ばれてしまいましたか」
希は楽しそうに笑うだけで、口を尖らせた蘭。恥ずかしい、と言わんばかりの真っ赤な顔になった蘭と、幸せそうな希が傍にいる。
「本当に、楽しいね」
楽しかった日も、悲しかった日も。嬉しかった日も、苦しかった日も。一人じゃなかったから、今の柘榴がいる。キラキラ光って輝く宝石みたいに、幸せな日々を送ることが出来た。
これからの日々に、もう戦いはない。
平凡な生活で、スリルはないかもしれない。
それで、いい。
生きている時間が柘榴の宝物で、これから先も宝物は増えていく。
「ねえ、二人とも。これからも沢山思い出作ろうね」
柘榴が言えば、希も蘭も頷く。
綺麗な夜空、満天の星空の下。傍に大切な友達。目の前には幻想的な美しい光景。デジカメを取り出した柘榴は、ゆっくりとシャッターを切った。
END




