42 モノローグ蒼
年が明け、日が昇っても、柘榴と希の姿はどこにもなかった。
それは心の隅で理解していたことで、信じたくないけど認めるしかなかった。
香代子は大人しく捕まり、空中庭園にあった爆弾は陽太が難なく解除した。残り数分前に爆弾を解除した陽太は冷や汗を流していたが、蘭はその話を後から聞いた。
侵入者は全て捕らえられ、鴇も含めた本部の人間の数人が重傷扱いされたが、幸い死人は出なかった。
それから、数日が過ぎた。
柘榴と希がいなくなった日。
柘榴と希のラティランスが空高く舞い上がって消えた日。
その日から、蘭は自分がどうやって日々を過ごしているのか、よく分からなくなってしまった。
寂しい。
悲しい。
苦しい。
一緒にいたかった。
それしか考えられなくて、何もしたくない。
ベッドの中で一人横になって蹲る。ずっと部屋に籠っているせいで、どれくらいの時間が経っているのか、考えない。
引き籠った蘭に食事を運んでくれるのは、洋子。
美味しい食事を目の前にしても、ろくに食べること出来ずに残してしまう。食べなきゃ、と思っても受け付けない。
洋子は毎日、蘭に話しかけてくれた。励ましてくれた。
それに応えることは、蘭には難しかった。
そんな日が変わったのが、一月十一日。
その日が何の日かなんて、蘭はすっかり忘れていた。
「おい、チビ。いい加減にベッドから出ろ」
蘭の寝室に、勝手に入って来た浅葱。久しぶりに聞く声に、思わず毛布を被って蘭は隠れる。全くベッドから動こうとしない蘭に、それでも浅葱は声を掛ける。
「チービ、返事くらい返せよ」
呆れられても、返事なんてしない。蹲った蘭は動かない。
「あー、分かった。今日も外に出る気ないな。このチビは」
そう言って、ベッドに腰掛けてしまった。
何か言えばいいのに、浅葱は黙って傍にいるだけ。帰って、と言いそうになって、浅葱は静かに話し出す。
「チビさ、今日何の日か知ってるか?」
「…」
「今日は一月十一日。チビの誕生日。知っていたか、自分のプレゼントが用意されていること」
可笑しそうに言い、浅葱が無理やり毛布を剥ぎ取る。
あ、と声を上げても遅く、泣き腫らした瞳で蘭は浅葱を睨んだ。柘榴と希とお揃いだった黒の制服を着崩して着たまま、タイツは履くのが面倒で生足の状態。
髪の毛はボサボサだし、隈も酷い。
すぐに毛布を奪い返し、顔だけ出す。浅葱の顔は見れないまま、小さな声で言う。
「…そんなこと、知っているわけないじゃない」
「だよな。それで、これがプレゼント」
浅葱がぞんざいに差し出したのは、可愛くラッピングされたアルバム。黒と白のストライプ柄のビニール袋の下の方にはレースの模様があり、中が透けて見える。黒いレースのリボンで上を結んであり、とても浅葱が用意したものには思えない。
「…なに、これ?」
「開けてみ」
毛布から手を出し、アルバムを受け取る。
ゆっくりとラッピングを外す。アルバムを、ベッドの上に置く。
『十六歳の誕生日、おめでとう』
書かれたアルバムの言葉。
表紙までしっかりデコレーションされたアルバムは少し重く、ベッドに置いて眺めるくらいがちょうどいい。表紙は黒で、文字とレースの模様は白。
蘭は最初のページを捲った。
最初のページには、柘榴と希が蘭と一緒にいた。
『お揃いのストラップ!今度は一緒に旅行行こうね。柘榴』
柘榴と希、それから蘭でお揃いのストラップと一緒に笑顔で写っている写真。
『合宿最終日。また、合宿がしたいです。希』
全員でピースして、楽しそうに笑っている六人の笑顔。
「何よ、これ…」
「見て分かるだろう?あいつらが置いて行ったプレゼント。クリスマス過ぎぐらいにさ、俺らにまでプレゼント作り手伝わせて作っていたんだぜ」
すげーよな、と言って浅葱が笑う。
写真から目が離せない。見つめながら、掠れた声で蘭は問う。
「柘榴と希は、私のこと恨んでなかったかしら?」
意味が分からない浅葱は首を傾げて、蘭は言葉を続ける。
「私が二人を巻き込んだの。私がいたから、二人は組織に来ることになったの。私がいたから――」
「馬鹿だな。恨んでいたり、嫌いだったら。こんなの作るかよ」
ばーか、ともう一度言われた。
言われなくても分かっていることを、何度も訊ねたくなる。確認しないと、不安で仕方がなかった。うん、と小さく頷いて次のページを捲り始めた蘭の姿を見て、浅葱は黙って部屋から出て行った。
ゆっくり、ゆっくりとページを、捲る。どの写真でも、柘榴と希は笑顔を絶やさない。
『蘭ちゃんと私、訓練中?負けたー!柘榴』
『蘭さんの食べている姿。可愛いですよね。希』
『チビ、と俺。浅葱』
『皆でハロウィン。魔女姿が可愛いね。鴇』
『クリスマスパーティーの一枚。蘇芳』
柘榴と希だけじゃない。浅葱や蘇芳、鴇に、それから柊や洋子、結紀や大輔、友樹や整備部の面々まで。それ以外にも沢山のメッセージと共に、何枚もの写真が貼りつけられたアルバム。
香代子の写真とメッセージもあった。
医務室で蘭と一緒に紅茶を飲んでいた時に撮られた写真。
『また、お茶しましょうね。香代子』
写真の中で笑顔の香代子がどんな想いでこの文章を書いていたのか、蘭には理解出来ない。でも、優しかった香代子は確かにいたのだ、それを忘れたくはないと強く思う。
柘榴と希は、いつアルバムを作ったのだろうか。
きっと蘭にばれないように、ひっそりと作っていたに違いない。
隠し事が多い二人だったから。蘭に内緒で馬鹿騒ぎもしていたし、蘭を巻き込んで毎日を過ごしていたこの半年間。
目頭が熱い。
ポタポタと涙が落ちるが、気にせずページを捲る。
最後のページに辿り着く。そこに写真はない。
『ずっと、一緒』
書かれた一言。
なんで、こういう最後にこういう言葉を持ってくるのだろうか。
「嘘つき…」
もう、傍にはいないくせに。蘭を置いてどこかに行ってしまったくせに。
それでも最後に、この文字を持って来た柘榴と希が蘭は大好きなのだ。
今までも、これから先も、ずっと。
【またね】
と、最後に聞こえた柘榴の言葉。その言葉を、信じたい。
顔を上げて、蘭は決意を固める。
「絶対に、もう一度見つけ出してやる。絶対に、絶対によ」
繰り返して、蘭は涙を拭った。
いつまでも泣いていたら、きっと柘榴と希は悲しむ。写真の中の柘榴と希のように、笑っていないと次に会った時に怒られる。
絶対に、もう一度会う。
そう誓って、蘭はベッドから降りると、閉じていたカーテンを思いっきり開けた。




