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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第7章
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37 遊戯編

 競争、と言って希と一緒に自室を出たはずなのに、訓練室に到着して息切れをしていたのは柘榴だけ。先に訓練室の中に入って、平然としている希を見て柘榴は恨めしそうに言う。

「力を使うのは反則ではないかな?希ちゃん」

「ありです」

 にっこりと可愛く笑った希を見つめて、ため息を漏らす。汗を掻いているのも柘榴だけ、途中で箒に乗って訓練室まで向かった希は疲れてすらいない。

 卑怯だ、と叫んだところで希は取り合ってくれないだろう。

 満足そうな表情で自分の席に座った希と同じように、柘榴も席に座る。

「最後の最後で力を使うなんて…」

「能力の使用は制限していませんでしたからね」

「そうだけど。そうなんですけどね!」

 ダンダンと机を叩き抗議する。が、その途中で誰かがドアを開けたので、柘榴と希の視線はほぼ同時にドアの方に移動した。

「あ…鴇と蘇芳かぁ」

「残念そうに言わないでよ、柘榴ちゃん」

 先に訓練室に足を踏み入れたのは、不満そうな鴇。その後に、無表情の蘇芳が現れた。二人も自分の席に座ろうとしたので、柘榴は身体の向きを変え尋ねる。

「鴇と蘇芳はどうしたの?」

「え、なんか三日後のこと聞いて、落ち着かなくて」

「同じく」

 その答えを不思議に思った柘榴は希を見た。希も同じことを考えていたのか、首を傾げて同時に言う。

「「落ち着かない?」」

「あ、二人に緊張はないんだね」

 悟ったように鴇が言った。蘇芳は腕を組んだ体勢で黙ったままだ。

 緊張、と言う単語は頭の中になかった。

「今更緊張しても、ねえ?」

「え?そんなもんなの?」

 心底驚く鴇には申し訳ないが、柘榴にとってはそんなもんだ。

 正直、緊張しても仕方がない。腹を括るしかない、と思っているし、騒いだって喚いたって現状は変わらない。と、言う考えは、蘇芳と鴇にはなかった。

 それよりさ、と言いながら柘榴は身を乗り出して提案する。

「蘭ちゃんと浅葱が来たら皆で遊ばない?」

「そのためにここに来たのですものね」

 ねー、と言いながら笑い合う柘榴と希に、蘇芳と鴇はポカンをした顔をして一言ずつ。

「ここで?」

「マジで?」

 問われた言葉に、柘榴も希も満面の笑みを浮かべて大きく頷くのだった。


 何の遊びをするか。

 柘榴と希、蘇芳と鴇の真面目な話し合いは、廊下の方から響く二人の声で中断した。五月蠅いくらいに言い争う少女と少年の声は、訓練室の中にもよく響く。

「ちょっと、なんで付いてくるのよ」

「俺も、そっちに用があるんだよ!」

 蘭と浅葱が来るであろうドアを見ていれば、壊れる勢いでドアが開く。

「ちょっと、先に入らないでよ!」

「はあ!なんでだよ!」

 どっちが先に入るかですら、揉めている蘭と浅葱。仲が悪いくせに一緒にいて、喧嘩が耐えないのに離れることもない二人。このまま猫がじゃれ合っているような様子を見ていたいような、微笑ましい気持ちの柘榴は見守り、希はそんな二人に声を掛ける。

「蘭さんも浅葱さんも遅かったですね」

「二人でどこにいたわけ?」

 無邪気な笑みを浮かべた希と、対称的に意地悪そうな笑みを浮かべた鴇が訊ねる。蘭も浅葱もそれどころじゃなくて、答えることはない。

「二人で、愛の逃避行」

「ちょ、蘇芳笑わせないでよっ」

 小声で言った蘇芳の冗談に、思わず笑いを耐えきれない。幸いにも蘭と浅葱には届かなかったので、顔を背けて笑う柘榴。

 結局、無理やり同時に部屋に入った蘭と浅葱。空いていた自分達の椅子に向かう二人が加われば、訓練室の中はいつもと変わらない空間となる。

「…てか、お前らはなんでここに?」

「俺と蘇芳はここで浅葱を待っていたわけ。どうせ浅葱はいつも訓練室に居座るからさ。そしたら二人が遊ぼうって」

 椅子に座った浅葱の質問に答えたのは鴇。確かに鴇の言う通り、どんな日でも訓練室にいそうな浅葱。それは蘭にも言えることだから、柘榴も希も一番に訓練室を目指したとも言える。

 基本的な行動パターンは各々承知しているのだ。

 鴇の説明に付け加えるように、希が話し出す。

「折角暇な時間を頂けたのですから、貴重な時間を皆で遊びたいなと思いまして。さっきまで何で遊ぶかを話し合っていたのですよ?」

「さてさて、何しますかね?浅葱と蘭ちゃんは希望ある?」

 鴇に問われて、蘭も浅葱も悩みだす。特に意見もなさそうなので、柘榴が明るく言う。

「やっぱりさ、外は寒いし。飛行船の中で何かしたいよね?」

「それなら飛行船の中で鬼ごっことかは?一度やってみたかったんだよね」

 どう、と全員の顔を見渡した鴇。

「鬼ごっこは他の連中に邪魔にならないか?」

「では、かくれんぼはどうでしょうか?」

 浅葱の意見に、希が両手を合わせながら言った。浅葱が乗り気で会話に参加するので、柘榴は意外だな、と思いながら話を聞いていた。

 他にドッヂボールとか、トランプとか意見が上がって中々まとまらない。

 浅葱と鴇は年相応な笑顔で楽しそうに話し、蘇芳は時折口を出す。柘榴と希が積極的に発言するのは当たり前だとして、蘭は始終静かだった。

 話の途中で、鴇が幼い頃の武勇伝とか言って思い出話を話し出した頃、ふと蘭が柘榴の服の袖を引っ張った。主に鴇が五月蠅く盛り上がっているので、柘榴以外誰も蘭の様子に気が付かない。

「柘榴、その、あの…」

 珍しく蘭がはっきり言わず、言葉に詰まって言いにくそうに顔を伏せた。柘榴にしか聞こえないように小さく呟くので、良く聞こえない。柘榴はそっと蘭の方へ身体を傾けて、言い返す。

「どうしたの?」

「…かくれんぼ、て何なの?」

「へ?」

 思わず間抜けな声が零れ、蘭の顔を観察する。聞き間違いではないか、と思ったが真面目な顔の蘭ははっきり聞こえるように、柘榴の耳に顔を寄せてもう一度言う。

「かくれんぼ、てどんな遊び?」

「…やったこと、ない?」

 その質問に、迷わず頷く蘭。信じられない、という言葉は何とか呑み込んだ。知っているのが当たり前な柘榴には衝撃的告白である。

「ちなみに、鬼ごっことかは?」

「それは知っているわ」

 知っている、からと言って遊んだことはなさそうな言い方。

 説明した方がいいのだろうが、わざわざ蘭が柘榴に小声で聞いたのだから、知らなかったことを周りに知られたくなかったのかもしれない。蘭はプライドが高いし、それならと柘榴は微笑んで言う。

「知るより慣れろ、てことでかくれんぼする?」

「それを言うなら、習うより慣れろよ」

 呆れている蘭に言われて、うっと言葉に詰まった。

「まあ、細かいことは置いておいて!皆、注目!これからかくれんぼします!」

 突然立ち上がった柘榴に、全員の注目が集まる。あ、と驚く蘭が止める暇もなく、柘榴は黒板の前に行く。書くことは決まっている、大きな文字で『かくれんぼ』。

 突然の柘榴の行動に誰もが驚きつつも、最初にその疑問を口にしたのは希。

「さっき、かくれんぼも鬼ごっこと同じで、他の方の迷惑になるから止める、と言う話になりませんでしたか?」

「そうなんだけど。やっぱり、かくれんぼしたいなー、て」

 そう言いながら、黒板に白いチョークで文字を書く。飛行船の外、トイレ、自室、個人的な部屋、と書いて振り返る。

「かくれんぼはさ、鬼が一人で他の五人が隠れるでしょ?最初の鬼は、五分経ってから隠れた五人を探しに行くとして、鬼以外が隠れていい場所は、ここに書かれた場所以外。主に共同スペースに隠れて、他の人に迷惑を掛けないように、走るのは禁止で、駄目かな?」

 反対、と言う人はいなかった。代わりに、浅葱が確認を込めて問う。

「最初の鬼とか、時間とはどうするんだ?」

「最初の鬼はじゃんけんで負けた人。次からは最初に見つかった人が、鬼。時間は一時間で、もし鬼が一時間以内に全員を見つけられなかったら鬼の負け、でいいんじゃない」

「見つかった人は、訓練室に戻って来ることにしますか?」

「うん。それでいいと思う」

 希の質問を肯定して、蘭の様子を伺う。一応説明を含めて話した柘榴の言葉で、蘭もなんとなくは納得した表情をしていた。もし蘭が鬼じゃなかったら、後でもう少し説明しよう、と思いながら柘榴は右手を上に上げる。

「それじゃあ、じゃんけん。最初は――」

 柘榴の掛け声と共に、六人は一斉に手を出した。そして鬼になった一人を残して、柘榴は蘭と一緒に部屋を飛び出したのだった。



 鬼から隠れるため、それぞれ別々の場所に散らばった。

 何故か意気揚々と希に付いて行こうとした鴇や、絶対に見つからない場所に隠れると宣言して分かれた柘榴と一緒に行った蘭。走らない、とルールを提示したのは柘榴のはずだが、訓練室から出てからすぐに蘭の腕を引っ張って走っていた気がする。

 そして蘇芳は一人、どこに隠れるか考えながら廊下を歩いていた。

 と、廊下の影に見知った集団というか三人を見つけて、迷うことなく駆け寄る。廊下ですれ違うとは、なんて幸運なのかと、心が弾む。

「お疲れ様です!友樹先輩!それから、親方と陽太さんも」

「あ、ああ」

「相変わらず、友樹に対して忠実な犬のようだな。蘇芳」

「親方、面白い表現です」

 少しだけ驚いて一歩引いた友樹、それからその隣にいた親方と陽太。整備室がなくなったため、今のうちに部屋を直すと言う話は聞いている。

 数日前、大きな怪我こそなかったが命の危険に晒された三人は、今も無事で蘇芳の目の前にいる。それは素直に嬉しい。

 笑顔が絶えない蘇芳に、友樹は思わず尋ねる。

「というか、蘇芳。かくれんぼの最中なんじゃないのか?」

「どうして、ご存知なのですか?」

 知っていてくれるのは嬉しいが、やけに情報が早い。

「それは俺が説明するよ」

 本音は友樹に説明して欲しかったが、それを言うチャンスはなく、ニヤニヤ笑っている陽太が勝手に話し出す。

「さっき、希ちゃんと鴇とすれ違ってさ。かくれんぼしてる、て言っていたから。ついでに、希ちゃんの後を付いて行こうとした鴇を俺が無理やり剥がしておいたぜ」

 仕事しました、と言わんばかりのドヤ顔で言われた。その様子を見ていた友樹が心なしか微笑んでいるように見えて、蘇芳は昔と比べてしまう。

 訓練生の頃、憧れていた一つ上の先輩。滅多にと言うよりもほとんど笑わなくて、けど誰よりも強くて尊敬していた先輩は、今とは雰囲気が全く違う。

 友樹を変えた人物がいるなら、それは蘇芳ではなく陽太や親方。そして、もう一人。

「そう言えばさ、希ちゃんはどこに行ったんだっけ?友樹」

「俺に聞くな」

「えー。これくらいで不機嫌になるなよー。さっき話していたじゃんかさ」

 勝手に肩に腕を回した陽太をぞんざいに扱う友樹だが、陽太はめげずに笑っている。不機嫌な友樹に頭を殴られるまでくっついて、殴られたせいで廊下の奥に吹き飛ばされた。

 それをさも当然のこととして、友樹が蘇芳に向き直る。

「蘇芳、早く隠れろよ」

「はい、失礼します」

 友樹に言われるまでもなく、ここにいたら間違いなく最初に捕まる。一礼して、素早くその場から去ることにした。

 友樹は変わった。その一番の要素は、おそらく希。

 希を見る友樹の顔が、誰よりも優しいことには随分前から気が付いていた。希のおかげで、表情豊かになった友樹がいる。

 憧れてた先輩はいなくなったが、その表情を見れば友樹の進んで来た道は正しかったのだろうと思う。

 戦闘員じゃなくても、ずっと憧れていた気持ちは消せないし、消えない。

 あの頃の友樹がいたからこそ、今の蘇芳もいる。

 本当は友樹のように、ただ強い戦闘員になりたかった。誰よりもかっこよくて、誰もがその存在を認める程の実力を持つ、立派な戦闘員になりたかった。

 それは今でも変わらない気持ち。

 けれどもそれ以上に、今は憧れの先輩を守れる強さが欲しい。憧れの先輩にはいつまでも、どんな形でも、幸せであって欲しい。

 そのためにも戦おうと決意を固めて、蘇芳は大きく一歩を踏み出した。



 陽太という邪魔者に希から離れてしまった鴇であるが、最後には執念で希の姿を見つけ出したと言っても過言ではない。正直、追いかけるのは途中で止めるつもりだった。けど、希が整備部の、友樹と話している様子を見たら言わなくちゃいけないことがある気がして、身体が勝手に動いていた。

 今じゃなくちゃいけない理由なんてないが、今言わなくちゃいけない気がした。

「っ、希ちゃん!」

 廊下で叫んだ希が驚いた顔で振り返る。

「あれ?鴇さん、どうかしました?」

「いやー、偶然?俺もここらへんで隠れようかなってさ」

 不自然過ぎる態度のはずだけれど、希は全く気が付いていない。息を切らしながら希に追いついた鴇は、何も考えず希の手首を掴んだ。

 希はただ不思議そうに、首を傾げて言う。

「どうしましたか?鴇さん」

 息を整える鴇は顔を少し伏せたまま、考える。

 今しかないと思ってきたはずなのに、本人を目の前にすると頭の中が真っ白になる。鴇の今の気持ちを伝える、たったそれだけの行為が難しい。

「鴇さん?」

「俺っ――!」

 顔を上げた途端、驚いている希の顔がすぐ傍にあった。唇を噛みしめて、希の目を見据える。心臓が五月蝿いくらい鳴って、顔も熱い。おそらく真っ赤になっているに違いない。

「…好き、です」

「え?」

「俺は希ちゃんのことが、好きなんだ」

 声が廊下に響いた。

 言ってしまった後悔と、言えてよかったと言う感情が湧き上がって、鴇はそっと希の様子を伺う。希は驚いているだけ、何だか泣きたい気持ちになってきた。

 掴んでいた手を離して、無理に笑いながら一歩下がる。

「なーんてね。お互い早く隠れよう!んじゃ、また後で」

「鴇さん!」

 名前を呼ばれても振り返れない。冗談だと、思ってくれても構わない。

 踵を返したと鴇は、全力で廊下を駆けた。 


「おい、鴇。お前は隠れる気があるのか、ないのかはっきりしろよ」

 自販機の隙間に蹲っていた鴇を見つけるなり、浅葱がうんざりしたように言った。先程の自分の行動を思い返して、動けなくなっていた。

 きっと断られる。

 そんなことは分かりきっているのに希の返事を聞くのが怖くて逃げ出した。臆病者の自分に嫌気が差す。

 あまりに落ち込んだ鴇の顔に影が差したので、顔を上げようとした。

「っ!!!」

「こんな場所で落ち込むんじゃねーよ」

「浅葱!今何で殴った!?結構痛かったんだけど!?」

 見下ろしていたはずの浅葱が手に持っているのは、空き缶。痛さと予想外の出来事に驚いて、浅葱を睨もうとしたのに当の本人は楽しそうに笑っている。

「落ち込むなんてらしくねーよ、ばーか」

「ばーか、て…」

「とりあえず、鴇は見つけたからな。俺、次探しに行くから」

 じゃあな、と言って浅葱は颯爽といなくなった。鴇の都合なんて聞きもしないし、よく分からない励ましをしていなくなる。

「ったく、浅葱は昔から全然変わらないし」

 いつもマイペースで鴇と蘇芳を振り回して、本人にはその自覚がない。

 鴇が落ち込んでも、泣きたくなっても、機嫌が悪くなっても。いつだって、最後は鴇を叩いて笑顔を見せるところが変わらない。フッと笑みが零れて、鴇は立ち上がる。

 最初に鴇を見つけたのが浅葱でよかった。浅葱以外に、こんな醜態を見せられない。

 よし、と思いっきり頬を叩いて気合を入れ直す。

 希の返事を聞くのは怖い、けど言うと決めたのは鴇で言いたかったそれだけだ。それでいいじゃないか、と開き直って、一人訓練室へと歩き出したのだった。




 かくれんぼは白熱した。

 結局次の日もかくれんぼを続行して、途中から鬼ごっこに変わった。

「さて、そろそろ違うのしない?」

「そうね。流石にこれ以上は止めましょう」

 柘榴の提案に、腕を組んでいた蘭が素直に頷く。

 昨日の夜、柊に飛行船の中で走り回るのを止めてくれ、と懇願されたので、今日は朝から大人しく訓練室に集まった。メンバー六人は変わらず、訓練室で円陣を組むように椅子を並べて座っている。

 そうですね、と考えるような素振りで、人差し指を唇に当てていた希が言う。

「迷惑はかけられませんから、今日は部屋で遊べることをしませんか?」

「部屋でね…なんかあったっけ?」

 頭を悩ませた鴇に、蘇芳が一言。

「人生ゲーム」

「そう言えば、部屋にあったな」

 浅葱も頷くが、同時に蘭の眉間に皺が寄った。

「誰の私物よ。それ」

「「鴇」」

「あはは、遊べるかなって。あ、それとプレステもあるから持って来まーす」

 そう言って、鴇はいそいそと逃げた。蘭に睨まれながら見送られ、鴇がいなくなった部屋で柘榴の隣に座っていた希がぼそりと呟く。

「…ゲームって、持ち込みしても大丈夫だったのですね?」

「私もなんか持ってくればよかった」

 今更後悔し始めた柘榴を見て、溜め息を吐いた蘭と浅葱。必要か、と言いたげな表情を柘榴に向けているのに気付かない。

 それからゲームについて話しているうちに、鴇は足音を響かせながら訓練室に戻って来た。

「はい、ただいま!どれから始める?」

 本当に部屋からゲーム一式を持ってきた鴇。その数々のゲームを見て、柘榴も希も瞳を輝かせた。柘榴は別にゲームが嫌いなわけでもないし、なければないで別に必要でもない。でも皆で遊ぶのはやっぱり楽しいと思う。

 それは希も同じで、二人で小さい子供みたいにはしゃいでしまう。

「わー!久しぶりだ!これとか知ってる!」

「懐かしいですね!柘榴さん、これは知ってます?」

「知ってる!知ってる!」

 テンションが上がった柘榴と希とは真逆に、浅葱は呆れながら言う。

「いつもゲームばっかりしているから、鴇は朝起きれねーんだよ」

「浅葱酷い!浅葱だって、寝るまでに筋トレばっかのくせに!」

「それでも、朝はちゃんと起きてるだろーが!!!」

「筋トレばっかりのも、どうなのよ…」

 蘭の呟きは浅葱に届かず、くだらない会話の一部始終は柘榴と希には届かない。柘榴は一本のソフトを手に取って、全員に見えるように掲げる。

「はい、注目!これしよう!」

 柘榴が掲げたのは、某有名なアクションレースゲーム。

「このゲームをトーナメント方式で二人ずつ戦い、勝者は敗者に何でも命令出来る!」

「「乗った!」」

「蘭さんも浅葱さんも、反応早いですね…」

 蘭と浅葱なら拒否するだろうと思って、後半に提案したルール。希は微笑んでいるだけで嫌だとは言わないし、鴇も楽しそうな顔をする。

「単純、馬鹿」

 珍しく蘇芳が二人を見て憐れむが、周りの言葉なんて気にせず蘭と浅葱が二人でさっさとゲームをセットする。訓練室にあった薄型テレビの前で、戦いたくて仕方がない蘭と浅葱の後ろ姿を、他の四人は微笑ましく見守ることにした。

「絶対、負けないわよ」

「は、チビが俺に勝てると思うなよ」

 と、始まった対戦ゲームは面白いくらい進まない。

「蘭ちゃん逆走してるよー」

「五月蠅いわね!このゲームが悪いの、っよ!」

「浅葱、そこ突っ込んでどうするのさ」

「勝手に進むんだから仕方ねーだろ!」

 必死に頑張る蘭と同じくらい浅葱も頑張るが、どっちもどっちだ。

「そう言えば蘇芳さん、最近友樹さんが時計をいじるのにはまっているそうですよ」

「知っている。だから俺の時計も渡した」

「そうでしたか。友樹さんって、本当に手先が器用ですよね」

 柘榴は蘭の、鴇は浅葱のフォローをしようとしているのに、後ろの二人は全く別の会話をし始める始末。蘭と浅葱の対戦に全く興味を示さないで、友樹の話をするのはいっそのこと清々しい。

 そして戦いの行方は、最後は呆気なく浅葱の敗北で終わった。

「なんで、勝てないんだ!!!」

「訓練が足りないんじゃない」

「蘭ちゃん…訓練って」

 頭が床すれすれまで下がって悔しがっている浅葱を、蘭は立ち上がって見下ろす。浅葱に勝てたことが嬉しくて、蘭は笑顔で柘榴と希を振り返った。

 嬉しくて仕方がない蘭は、褒めて欲しくて笑顔を絶やさない。いつもこんな風に笑顔でいればいいのに、なんて蘭に言ったら怒るのだろう、と思いながらも柘榴も笑う。

「蘭ちゃん、流石だよね」

「まあね。それで、浅葱に何でも命令してもいいのよね?」

「うん…そう言うルールだからね」

 未だ悔しがって、ドンマイと言わんばかりに蘇芳と鴇に肩を叩かれている浅葱に視線を向ければ、何だか可哀想に見えた。

「くっそ!早く言いやがれ…」

 負けを認め、蘭を見上げる浅葱が言った。

「そうね。柘榴、何か食べたいものある?」

「え、私?」

 唐突な質問、少し考えて言う。

「ホットケーキ?」

「それじゃあ、今すぐホットケーキを持って来てもらいましょうか」

 蘭の笑みが黒い。浅葱相手だから、容赦がない。蘭も浅葱も、視線を外さないで見つめていた。その時間が長かったからか、浅葱の顔が徐々に赤くなる。

 浅葱は蘭には弱いよな、と言う言葉を柘榴は言わない。鴇はにやにやしながらその光景を見守って、耐え切れなくなった浅葱が叫ぶ。

「っつ、作ってくればいいんだろうぉおお!」

 逃げるように浅葱は訓練室からいなくなった。その速さの速いことに、感心したのは柘榴だけじゃない。

「浅葱さん…どこに向かったのでしょうか?」

「多分、部屋。俺の非常食にホットケーキミックスあるから」

 希の質問に答えた蘇芳はコントローラーを握る。

 蘇芳の非常食に、何故ホットケーキミックスがあるのか不思議だけれど、聞くと話が長くなりそうなので、今は聞かない。

「それじゃあ、次は蘇芳と誰にするのかしら?」

 蘭が言った。

「はいはーい!俺」

「蘇芳さんと鴇さんですね」

「…さっさと始める」

 やりたくなさそうな蘇芳。だけど、ゲームはすぐに始まった。

 すぐに始まって、すぐに終わった。

「よし!蘇芳の負けっと」

「悔しい」

「何度やっても、蘇芳は俺に勝てないよ。それより負けた蘇芳には…全員分のジュースを持って来てもらおうかな」

 調子に乗っている鴇。蘇芳は無言で睨んで、それからしぶしぶ訓練室から出て行く。

「鴇、あんな風に蘇芳に命令してよかったの?」

「いいの、いいの。それより、最後は柘榴ちゃんと希ちゃんだよ」

 柘榴の質問に、鴇は軽く返した。柘榴が希を振り返れば、希は先にゲーム機の前にいた。

「それでは柘榴さん、戦いましょうか」

「うん。絶対に負けないし!」

 気を取り直して柘榴も頑張ることにする。ようやく回って来た順番に、柘榴は楽しそうに張り切っている希の横顔を盗み見る。見た目からはゲームが強そう、とは思えない。勝てる、と意気込んでコントローラーを強く握りしめた。 

 決着が着いたのは、おそらく蘇芳と鴇の対戦よりも早かった。

「なんでー!!!」

 思わず柘榴は叫んだ。

「えへへ」

「えへへ、じゃないよ!希ちゃん強すぎじゃない!?」

「確かに、希凄いわね」

「希ちゃん、このゲーム得意なの?」

 後ろで驚いている蘭。それから、鴇に問われて、希は照れたように言う。

「少々前に、練習しただけですよ」

「いや、そんな風には見えなかったんだけど」

 思わず真顔で突っ込んだ柘榴。それから、ずるい、と本音が零れた。

「柘榴、潔く負けを認めなさいよ…」

「こんなことなら、蘭ちゃんか浅葱と戦っておけばよかった」

「ちょっと、聞き捨てならないわよ!」

 怒り出した蘭に追いかけられそうになって、柘榴は即座に立ち上がると希の後ろに隠れた。頬を膨らませた蘭が言う。

「希、命令はどうするの?何でも、聞いてくれるわよ?」

 何でも、と強調する蘭が怖い。視線を合わせないようにしていた柘榴は、そのまま動かず希の言葉を待つ。

「そう、ですね。浅葱さんがお菓子で、蘇芳さんがジュースなので。柘榴さんは、私のクローゼットにあるキャッシーさんから頂いたメイド服を着るのはどうでしょう」

「え、本気?てか、おかしくない?」

 血の気が引く。真っ青になる。頭に浮かんだのは、ドピンクのメイド服。希が前に貰ってクローゼットにしまったままその姿を一度も拝んでいない幻の服。

「いいわね。それを着てきなさいよ、柘榴」

「いや、別に着なくてもよくない?」

「命令、ですよ」

 にっこりと笑った希に言われれば、何も言い返せない。ここで喚いても、希が命令を変えてくれそうもない。諦めて、着るしかない。

「いってきまーす」

「「「いってらしゃーい」」」

 楽しそうな希と蘭、それからいまいち分かっていない鴇に見送られて、柘榴は泣きそうになりながら訓練室を出て行くことにしたのだった。



 泣きだしそうな柘榴が訓練室から飛び出してから、希は傍にいた蘭に問う。

「…そんなに嫌でしたか?」

「まあ、あの服はね」

 メイド服で、ピンクで、柘榴の苦手なヒラヒラと沢山のレースという可愛いメイド服。柘榴が嫌がるのも無理はない。蘭だって、流石にあれは着たくない。

 命令した本人は、その命令の辛さに気づいていない。

「さーて、次は誰行く?」

 鴇の言葉に蘭と希は顔を合わせる。

「じゃんけんにしましょうか。勝った人が、シード権獲得でどうでしょう?」

「「了解」」

「それじゃあ、行きますよ。じゃーんけーん――」

 ポン、と出したのは、希がグーで、蘭と鴇がチョキ。

「それで、こうなるのね」

「蘭ちゃん、お手柔らかにね」

 と言う鴇の顔は笑っている。明らかに勝ちを悟っている顔に、蘭はムスッとしながら画面を睨む。希は後ろで笑って、その様子を微笑ましく見守る。

「鴇なんかに負けないわ」

「よし、それじゃあ。行くよ」

 負けない、と意気込んだものの蘭はあっさりと負けてしまった。

「勝った!蘭ちゃんに勝った!!!」

「二回も言わないでよ…うざい」

「酷くない!?」

「それで、命令は何よ。さっさと言いなさいよ」

 思いっきり鴇を睨みつければ、鴇が一歩引くように蘭から離れた。

「…なんで俺勝ったのに。負けた気分にさせられるんだろう」

「それで、命令は何にしますか?」

 希に優しく言われて、鴇はそうだな、と考え始める。

「浅葱が帰って来たら、無言で浅葱の腕を掴んで十秒見つめる」

「何よそれ」

 意味が分からない、と言ったのは蘭だけで、希は納得したような顔をした。

「それは面白そうですね」

「でしょ?」

 希と鴇は二人で笑う。ますます意味が分からない、と何か言おうとする前に、二人分の足音が近づいて来た。訓練室に帰って来たのは、着替えた柘榴とジュースを持った蘇芳。

「うう、この格好で飛行船の中を走るのは恥ずかしい」

「はい、ジュース」

 何故かお菓子の袋を持った柘榴は希の傍で膝を抱え、蘇芳は一人一人にジュースを配ってくれた。

「浅葱はまだなの?」

「もうすぐ来る」

 蘇芳がそう言って、ドアを見ればバタバタ掛ける足音。

「つ、作って来たぞ!」

 本当にホットケーキを作って来た。ところどころ焦げているが、美味しそうな匂いが訓練室に充満する。

 浅葱が隣まで来て、空いている場所にホッとケーキを置く。本当に命令を聞かないといけないのか、鴇を見れば、行け、と口パクで言われた。

 腑に落ちないが、命令だから仕方がない。

 無言で腕を掴んで、十秒間を浅葱を見ればいいだけのこと。グイッと浅葱の腕を掴めば、案外引っ張り過ぎて顔が近づいた。

「な、何だよチビ」

 声が裏返った浅葱に問われても、無言で十秒なので答えられない。

 顔が赤く染まる浅葱は何故か固まってしまい動かないし、蘭は心の中で数を数える。一、二、三と心の中で数え、十と数えた途端に蘭は離れて鴇を振り返る。

「はい。お終い。これでいいの?鴇」

「予想以上に、面白かった、ですね」

 何故か敬語で、笑いを耐えながら鴇は答えた。何だったの、と問う柘榴や蘇芳には希が説明をする。希の説明が聞こえた浅葱は、真っ赤な顔のまま鴇を睨んで叫ぶ。

「鴇!お前か!!!」

「あー、ほら。浅葱の作ったホットケーキ、美味しそうだなー」

「聞けよ!!!」

 騒ぎだした浅葱と鴇は無視して、蘭と柘榴、希と蘇芳はホットケーキ及び柘榴のお菓子を食べたり、ジュースを飲んだりすることにした。

「柘榴、このお菓子はどうしたの?」

「んー?食堂から持って来た」

 恥ずかしい、と言いつつ、ちゃっかりお菓子を調達して来た柘榴は、実際本当に恥ずかしかったのか本人にしか分からない。黙々と食べていた蘇芳が珍しく、それで、と話し出す。

「最後は戦わないわけ?」

「そうでした。忘れていました」

 とぼけたように希が言った。

「まあ、いいんじゃない。ちょっと休憩で」

「そうね」

 柘榴の意見に蘭も賛同する。未だ浅葱と鴇が騒いでいるので、おそらく浅葱の怒りが収まるまでは静かにならないだろう。

 それならそれで、と蘭は浅葱の作ったホットケーキを口に運んだ。



「んじゃ、希ちゃん!いざ、勝負!」

「はい!」

 殴られてボロボロの鴇と、楽しそうな希の決勝戦を、柘榴を含む四人は後ろで静かに見守る。

 希に勝って欲しい、と言う柘榴の願いは途中まで叶うか分からなかった。

 接戦で、それでも最後に勝ったのは、希の方。

「勝っちゃいました」

「て、ええ!俺、勝つ自信あったのに!?」

 最後の一周は希の圧勝。信じられないくらいの強さに、驚いているのは希以外。おそらく全員が疑問に思っていることを、柘榴が代表して尋ねる。

「希ちゃん、さっきこのゲームは少々って、言ってたよね?」

「はい。中学生の頃、暇な時間に兄の友人と徹夜で頑張りました」

「それ、少々て言わない」

 普通、徹夜でやりこんだゲームを少々、とは言わない。希に勝てる気がしない。それは誰もが思った。

「ざまー、鴇」

 浅葱の得意そうな顔だが、浅葱も蘭に一回目で負けている。

「それじゃあ、鴇さんには…何をしてもらいましょうか?」

 希の言葉で、全員の視線が集まる。鴇は冷や汗を感じながら、恐る恐る訊ねる。

「め、命令は?」

「そうですね…」

 あまりにも周りが楽しそうな笑みを浮かべていたせいか、希は周りを見渡すと笑顔で言い放つ。

「鴇さんは、皆さんから一人一つ命令を聞くということで」

「ええ!なんか、それ違うでしょ!!!」

 抗議しようとした鴇が騒いでも、誰も耳を傾けない。浅葱は迷うことなく、鴇の目の前で仁王立ちした。

「よーし、鴇。歯をくいしばれ」

「浅葱!目が本気だから!!!でか、なんで浅葱はすぐ暴力に走るわけ!!!」

「鴇、お前のプリンは貰う」

「て、ちゃっかり蘇芳は俺のプリンを横取りかい!!!」

 少し離れた場所にいる蘇芳に、鴇が叫ぶ返す。プリンは確か、今日の夕食の献立だ。

「浅葱、私の分の殴っていいわよ。私は疲れたくないし」

「よし、今日だけはチビのいうこと聞いてやろう」

「なんで、こういう時だけ浅葱と蘭ちゃん仲がいいの!!!」

「じゃあ、私は。鴇の夕飯のおかずを貰うね」

「ナチュラルに夕食横取り決定!?柘榴ちゃん、それだと俺白米だけになるから!!!」

 鴇の口がよく回ること。全てにツッコミを返しているので、誰もが笑う。一気に騒ぎだした面々を見て、隣にいた希は満足そうに柘榴に言う。

「楽しいですね、柘榴さん」

「だね」

 希が嬉しそうだと、柘榴も嬉しくなる。楽しい日々、例え終わりが近づいていようとも、幸せな日々。こんな日々が、愛おしい。

 そう、思えた。


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