36 モノローグ緋
自室で寛いでいたら、難しそうな顔をした柊がやって来た。
柘榴と希を目の前にして、柊は三日後のことを話した。終冶が柘榴と希を狙っていて、戦いを望んでいること。そのために蘭と接触したこと。
終冶と蘭の会話の半分以上を伏せて話した柊の言葉、一つ一つををベッドに腰掛けて、一応真面目に聞いていた柘榴と希だが、話が終わった途端に柘榴はへらりと笑った。
「それじゃあ、三日後は戦いだね」
「そうですね。頑張らないといけませんね」
柘榴同様に、希もあっさりと納得した。話をした柊が驚くほど、あっさりと。
「…君達、負けるとかは一切考えてない返答だよね」
「「負けない」です」
重なった声に、柘榴は隣に座っていた希と顔を合わせ、笑い合う。
その様子を腕を組み、立ちながら見ていた柊の視線に気が付いて、柘榴は首を傾げた。
「柊さん、どうしたの?」
「いや、別に」
何か言いたそうな顔で、手を横に振った柊。それにしても、と希が囁くように話しだしたので柘榴の視線は横に移動する。
「終冶さんはどうして三日後に戦いを指定したのでしょうか?」
「そうだよね。戦いたいなら、さっさと戦えばいいのに。どこぞのラスボスか、ってね」
あはは、と笑えば柊が思わず口を出す。
「…時間が必要なんじゃないか?」
「「なんで?」ですか?」
再び重なった柘榴と希の声に、柊が頭に手を当てて考え出す。答えなんて知らないのだろう、と思って柘榴はそれ以上の追求を止める。
「まあ、いいや。柊さん、三日後までは何をしていてもいいの?」
「ああ、そうだな。各自好きに過ごすといい」
「やったー!何して、遊ぶ?」
「そう…ですね。まずは、蘭さんのプレゼントをもう少し完成させておきませんか?」
「いいね」
「んじゃ、おじさんは退散するよー」
「「はーい」」
楽しく喋り出した柘榴と希の会話の途中で、柊はふらりといなくなった。足音が遠ざかるにつれて、自然と会話が減っていく。
「「…」」
お互い黙って、視線を下げる。柊がいる間は無駄に上がっていたテンションがなくなって、静寂が支配する部屋。
本当は柊にもっと言いたいことがあった。それは希も同じだけど、柊が全てを教えてくれないことは知っている。だから、追求なんて出来なかった。どうして、と言う疑問が増えても、柊が教えてくれる真実はきっと少ない。それが、現実。
バフンッとそのまま後ろに寝っ転がった柘榴の顔を、希が覗き込む。
「…大丈夫ですか?柘榴さん」
「希ちゃんこそ。あと…三日。そうしたらさ、私達はどうなるんだろう?」
柘榴の質問に答えず、希は不安そうな表情を浮かべて柘榴の横に倒れ込み、仰向けになった。何も言い返さないのかと思って天井を見つめていると、聞こえたのは小さな呟き。
「分かりません」
「だよ、ね」
分かっていた答え。それは柘榴も一緒だった。でも、と希が言う。
「私は…ずっとここにいたいです」
小さな小さな希の祈り。ゆっくりと起き上がって隣を見れば、両腕で顔を隠して唇を噛みしめる希の姿。泣いているのかな、と思いながら、ねえ、と声を掛ける。
希がそっと腕をずらして、柘榴と目が合う。泣いてはいないけど、泣きそうで不安で仕方がないと言う希の顔を見たら、これ以上悲しそうな顔にさせたくないと思った。
だから、微笑んで言う。
「希ちゃんはさ。やっぱり友樹さんが好きなの?」
「え?」
唐突な質問。一瞬だけ呆然とした希の顔が、一気にトマトのように赤くなった。面白いな、とまじまじ見てしまう。
「な、何を言っているのですか!?」
「いやー。そろそろ恋バナ聞きたいな、て」
「もうー!!」
恥ずかしさから近くにあった枕で顔を隠した希。それでもその態度で、希の好きな人を確定した柘榴はほくそ笑む。話題が変われば、部屋の雰囲気はすぐに明るくなる。
「そっかー。やっぱり希ちゃんは、友樹さんか」
「むー…」
枕をずらして、ニヤニヤ笑っている柘榴を睨む希。怒った顔で睨んでいるが、耳まで赤くしているので全く怖くない。
「可愛いなぁー。希ちゃんは」
「―っ、柘榴さんの馬鹿!」
耐え切れなくなった希は素早く起き上がって、そのまま流れるような動きで持っていた枕を柘榴の顔面に投げる。
「っんぷ!」
見事に命中して、変な声が出た。
ずるりと落ちた枕と柘榴の間抜けな顔に、希は楽しそうな笑みを浮かべて言う。
「ざまーみろ、です!」
「こんにゃろぉ」
やられたらやりかえしてやろう、と投げつけられた枕を希に投げ返す。が、希はそれをひょいと避けるので当たらない。
「避けないでよ!」
「嫌でーす」
形勢逆転と言わんばかりに、希は笑顔で逃げ回る。部屋にある枕やぬいぐるみを投げても、一個も当たらない。逃げ回っていた希が部屋から出て行こうとしたので、思わず叫ぶ。
「ちょっと!?希ちゃん、どこ行くの?」
「訓練室に行って、皆さんで遊びましょう!」
どうですか、と首を傾げて柘榴の返事を待っている希。柘榴は持っていたぬいぐるみを投げ捨て、右手を高く上げる。
「賛成!」
「それじゃあ、行きましょう」
「いえーい!じゃあ、訓練室まで競争して、負けたら希ちゃんの恋バナね?」
「え…い、嫌ですよ!」
ドアの近くで待っている希に追いついて、一緒に部屋を出る。笑っている柘榴は、希の意見を聞き入れるつもりは全くない。
「準備はいいよね?よーい、どん!」
希の有無を聞かずに走り出す柘榴。その後ろを希も慌てて追う。
「待ってください!」
「待たないよ!」
飛行船内を走る柘榴と希は戦いのことなど忘れて、楽しそうに走るのだった。
賑やかな少女達の部屋を後にして、一人廊下を歩いていた柊はタバコを吸おうとポケットを探る。探し物が見つからず、ため息を漏らしながら思い出す。
そう言えば、最近洋子に取り上げられた。自室に戻るまで、煙草はない。
仕方がない、と潔く諦めて、次は蘇芳と鴇を探しに行く。柊が報告するべき相手は他にもいるし、柘榴と希にばかり時間を割くわけにもいかない。
あと、三日。
年が明けるまでの、短い時間。
半年前に出逢った少女達は、成長して強くなった。見た目が変わらなくても、戦いは少女達の心を強くしたに違いない。
柊は蘭の知っている情報の全てを聞いた。それを聞いた上で、考える。
もしも終冶に負ければ本契約者である柘榴や希、蘭だけじゃなく関係者の多くも殺される。勝ったとしても、最後の原石を集め終われば柘榴と希の力は確かに不要になる。その場合、組織の上の連中がどんな判断を下すかは、柊でも分からない。
最悪、組織が柘榴と希の命を奪うだろう。
最初から、その計画も視野には入っていた。だからこそ柊が組織に誘った。組織の中にいれば、いつでも始末は出来たのだから。
それは正しい選択なのか。
柊はずっと考えている。
柘榴や希だけじゃない。蘭や浅葱、蘇芳に鴇。勿論、結紀や洋子、大輔や整備部の面々、誰もが幸せであればいいと願うのに、現実は甘くない。
最期まで結末を見届ける。
そう決意して、柊は歩き続けた。




