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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第6章
35/59

31 白銀編01

「柘榴さん、そろそろ世間ではクリスマスですよ?」

 飛行船での生活に慣れてしまった頃。希はボソッと呟いた。

 今は飛行船の中の一室。柘榴と希、それから蘭の三人で使用している自室。蘭はシャワーを浴びているので、この部屋にいるのはベッドでごろごろしていた柘榴と机に座ってカレンダーを見つめていた希。

 希の言葉に、柘榴は起き上がって問う。

「もう、そんな季節だっけ?」

「ええ、もうそんな季節です」

 ほら、と言いながら希は近くにあったカレンダーを指差す。よく見ようと傍まで行き、カレンダーを見る。今日は十二月二十三日。

 つまり、と頭を働かせる。

「明日はクリスマスイブじゃん!」

「そうなりますね」

 飛行船が飛び立った日以降、ラティランスは特に現われていない。毎日遊んで、訓練と言いつつ遊んで。柊に勉強をするように命じられたので、時々勉強もして過ぎた日々。

 ハロウィンのイベントを行ったのは随分前のことのように思える。

 平穏。

 蘭は蘭で、毎日浅葱と競い合うように朝からトレーニングに励み、それに蘇芳と鴇も無理やり付き合わされている。希は午前中だけ柘榴と一緒に勉強しているが、午後からは基本体力作りのため別行動になってしまう。お互い自由気ままに過ごしていたここ最近。

 飛行船に乗ってから、どこに行くのかも、何をするために飛行船に乗ったのかも、未だ説明されない。柊は何も教えてくれない。

 一回しつこく追及したが、結局教えてくれなかったのでそれ以降は話題にならない。

 とりあえず今は目の前に迫りつつあるクリスマスと言うイベントで、柘榴の頭はいっぱいになる。ねえ、と言いながら笑顔の柘榴は言う。

「クリスマスって言ったら、希ちゃんは何を思い浮かべる?」

「そうですね。サンタさんとプレゼント、それからクリスマスケーキとかですか?」

「だよね。私もそう思う。そして一番重要なのは、クリスマスパーティーかと」

 ああ、と頷きながら希は微笑んだ。

「前のハロウィンの時に、そんな話していましたよね」

「あれ、そうだっけ?」

 よく覚えていないが、希がそう言うのだからそうなのだろう。

 何から始めようか、と考えた途端。タイミングよく、ドアが開く。

 シャワーから帰って来た蘭。髪の毛が濡れたままの蘭は、柘榴と希に見つめられて首を傾げる。

「どうかしたの?」

 何も知らない蘭。ニヤリと笑った柘榴に、蘭は嫌な予感がしたのか一歩引いた。

「な、何よ」

「クリスマスパーティーするよ!」

「…は?」

 予想外の言葉だったのか、呆然とした蘭。意味が分からないと言う顔の蘭に向かって、柘榴はカレンダーを指差してもう一度叫ぶ。

「クリスマス!パーティー!美味しいご飯!いやっほー!!!」

「五月蠅い」

 一人で盛り上がった柘榴に、蘭は首から掛けていたタオルを投げつけた。あらら、と言いつつ希は笑って見守るだけ。

 顔面に当たったタオルは、すぐに床に落ちた。それでも笑みは消えない。柘榴は満面の笑みを浮かべて、眉間に皺を寄せている蘭に言う。

「蘭ちゃんは当日ミニスカサンタで参加しようね」

「嫌」

 即答。それでもめげずに繰り返した柘榴に、蘭がわなわなと身体を震わせ、怒りを爆発させたのはすぐのことだった。



 不貞腐れた蘭がクリスマスパーティーに積極的に参加してくれるはずもなく、一人部屋に残ると意地になってしまったので、柘榴と希の二人で柊を探すために部屋を出た。

「あそこまで、拒否されるとはね」

「途中から悪乗りし過ぎなんですよ。柘榴さん」

 嫌がっているのが明白なのに、ふざけ過ぎてしまった。キャッシーに衣装を作ってもらおう、とか、スカート長さは膝上二十センチだね、とか。

 絶対に着ないと言い張る蘭に、冗談で話していたら怒られた。

 それからクリスマスだからと言ってそんなこと出来るはずもない、とまで言われた。

 結果、柊にパーティーの許可の許可を取らない限り蘭は参加しない、と言う結論になってしまったのが今の現状である。

 夜なので、人通りは少ない。柊を探しながら、柘榴と希はゆっくりと歩く。

「ハロウィンの時は、怒られなかったし何とかなる気がするんだよね」

「あの時は…そうでしたね」

「皆いい人ばかりだもん」

 ハロウィンの一件があったせいか、飛行船の中のほとんどの人と仲良くなれた。

 思い出して自然と笑みが零れた柘榴は、左隣にいた希の方を見る。

「だからこそ、今度は本当に飛行船の皆でパーティー出来たらいいよね?結構ノリのいい人ばかりだし、楽しみたいし」

「そうですね。そのためにも、柊さんから許可が取れるといいのですが…」

「柊さんなら許可してくれると信じている!」

 そうですね、と希は微笑んだ。

 柊を探しながら静かな廊下に響くのは、二人分の足音だけ。

 夜は基本的に自室に戻っていない、と言う話を結紀から聞いたことがあるので、恐らく別の場所にいるのだろう。食堂、訓練室、と適当に柊を探す。どこにも見当たらないので、やっぱり飛行船の端にある喫煙室にいるのかもしれないと、言う結論になった。

 すでに三十分は経つ。

「あ、柘榴ちゃんに希ちゃん!!!」

 廊下の奥から見えた人影。小顔でいて、スタイルのいい金髪の女性と言えば、この飛行船には一人しかいない。

「「キャッシー」さん」

「やっだー。今日も可愛いわね」

 柘榴達の元に駆け寄ったキャッシーの息が荒い。左手には書類を持ち、右手で希の頬を撫でているのは異様というか、正直引く。

「…キャッシーさん。通常運転ですね」

 もう見慣れた光景だし、希はあまり気にしていない。くすぐったそうな顔をしているが、嫌ではない様子。キャッシーは希から離れることもなく、当たり前のような顔で笑った。

「当たり前でしょう。もう、書類がなければ抱きつくのに」

 そう言いながら希の腰に手を回そうとしているのを、柘榴ははっきりと見た。

「…うっわー」

 思わず誰にも聞こえないくらい小さな声が漏れた。

「あの、そろそろ…」

 希の気持ちを悟ったキャッシーは、素直に身を引く。いつもより早い。いつもなら、あと数分はくっついている。それで、とキャッシーは首を傾げた。

「二人してどうしたの?蘭ちゃんいないし、喧嘩でもした?」

 すぐさま首を横に否定する。

「今、柊さんを探して船内を歩き回っていたの」

「柊さん、見かけましたか?」

「それならさっき、船長室に向かっていたのを見かけたわ。真っ直ぐ進んで、階段で上に上がって、それから右へ進めば船長室よ」

 でも、まだ話している途中かしら、と首を捻ったキャッシー。希の方を見れば、船長室と言う言葉で少し顔を下に向ける。それに気付かない柘榴は、柊を見つけに行くために希の手を引っ張った。

「よし、行こう!」

「あ、はい。キャッシーさん、ありがとうございました!」

 いいえ、と笑顔で手を振ったキャッシーに見送られて、柘榴と希は駆け出した。



 真っ直ぐ行って、階段を上がりそれから右へ進む。船長室を探しながらゆっくりと進めば、廊下の突き当たりが見えて来た。ここまで進んで、柊とはすれ違っていない。

 突き当たりの手前のドアが開いて、探していた人物が出て来た。

「あ、本当にいた」

「いましたね」

 タイミングよく船長室から出て来たのは、柊。ドアを閉める一瞬だけ真剣な表情をしていたが、ドアを閉めた途端にいつも通りの頼りないと言うか、だらしないと言う顔で振り返った。

「お、どうかしたか?」

「いや、ちょっとね。お願いをしに…」

「柘榴くんからのお願いは、なんか嫌な予感がするんだけど」

 船長室のドアの前。廊下の真ん中で止まったままの柊はポケットに手を突っ込みながら、いつも通りの表情を浮かべていた。さっきの真剣な表情は見間違いだったのではないか、と思う程だ。

「それで、何だい?」

 黙って柊の顔を観察していた柘榴に、柊が困ったような顔で尋ねる。

「あ…うん。クリスマスパーティーしよう!」

「…は?」

「クリスマスパーティーをしたいのです。それで、柊さんの許可が下りれば開催出来るかと思いまして」

 端的な柘榴の言葉に、希が説明を加えた。そうそう、と柘榴が頷けば、柊は少し納得したように、あー、と声を出して考える。

「…いいんじゃないか?」

 小さく呟かれた言葉を、決して聞き逃さない。

「いいの!」

「いいのですか!」

「…許可するしかなさそうだしな」

 半分諦めたように、案外あっさりと許可を出した。まさかこんなに簡単に許可してくれるとは思わなかった、と言うの本音を言わず、喜びのあまり飛び跳ねる柘榴は両手を上げて大きな声を出す。

「やったー!クリスマスパーティーだ!」

「こんなにあっさり許可が貰えるとは思いませんでした」

 喜んでいる柘榴と、まだ驚いたままの希。柊は、タバコを取り出しながら言う。

「まあ、前回のハロウィンのように無許可でやられるより、許可取りに来たしな。どうせ、無理やりでも周りを巻き込んで開催させるつもりだろう」

「…否定出来ませんね」

 柘榴なら何が何でもやりかねない勢いに、希は肯定して軽く笑う。それに、と柊は言葉を続ける。

「他の連中に迷惑は掛けないように、そこらへんは事前に調整しなくちゃいけないしな」

「ええ!飛行船の人も全員参加だよ!」

「それは無茶な話だよ、柘榴くん」

「何で!?いいじゃんそれぐらい!」

 柘榴があまりにも騒いでいたせいか、はたまた偶然にも声が聞こえていたのか。近くのドアが開いたのに気が付いたのは柊だけだった。

 ドアから出てきた人物と目が合って、ギョッとした柊が口を開く前に柘榴と希も振り返る。

「ほう、また面白いことを始めるのかい?」

 船長室の中から出て来た男性。柊より年上で、四十代ぐらいの見た目に反して、老人みたいな喋り方は違和感を覚える。前のハロウィンの時には会っていない、覚えていない。

 誰だ、と首を傾げたのは柘榴だけで、希はハッとした表情で男性を見つめた。

 煙草の火を点ける前だった柊が、それを隠すようにポケットに突っ込んだ。何でもないです、と敬語で話しかける柊。男性はニコニコと笑って柊を見るので、観念したようにボソボソとさっきの話を説明し始める。

 柘榴と希の入れない空気に、一歩引いて様子を伺う。

「…希ちゃん、この人誰だっけ?」

 知らないといけない人な気がして、小声で希に尋ねた。柘榴にしか聞こえないように、本当に小さい声で希は言葉を選ぶ。

「えっと…船長さん、です。それから、蘭さんのお父さん、だったはずなのですが」

「ええ、そうなの!!!」

 あまりに大きなリアクションに、柊と話していた男性、または蘭の父親であり船長が柘榴と希の方を見た。にっこり笑っているが、恥ずかしさで柘榴も希も顔を伏せる。

「いやいや、顔を覚えられていなくても仕方がない。なんせ、顔を合わせるのは初めてじゃ」 

 どうしてそんな話し方なのか、聞けない。さっきから始終笑顔だけれど、蘭と似ていない。希に教えてもらわなきゃ、絶対に分からなかった。

 先程視線が合ったからか、先に顔を上げた希が口を開く。

「はじめまして、希です。蘭さんにはいつもお世話になっています」

「は、はじめまして柘榴です。蘭ちゃんには、物凄くお世話になっています。あと、これからもお世話になる予定です」

「二人とも、蘭ちゃんより一つ年上なんだけどね…」

 緊張で変なことを言ってしまったが、蘭の父親は気にしていない。むしろ嬉しそうな顔である。柊の呆れ返るような独り言には、誰も反応しない。

「いつも娘がお世話になっているのぉ。これからもよろしく頼む」

 やっぱり目の前にいる男性は蘭と似ていない。蘭と最初に会った時のとげとげしさが全くない。

 ふむ、と一呼吸おいてまた話し出す。

「いやいや、やっぱり愉快な子達だ。クリスマスパーティーをやるんじゃろ。食堂を使ってもよかろう」

「え、いいの?」

「柘榴さん、敬語。敬語忘れています」

 あまりにも軽く言われた言葉。素で聞き返した柘榴の口を塞ぐ希の行動は、一歩遅れた。蘭の父親にはしっかり聞こえていた。

「よいよい。飛行船の中で退屈じゃろう。息抜きも必要。明後日の夜には海に着水して、全員が参加できるようにすればいい。はて、開催は二十五日の夜でいいかね?」

「本当によろしいのですか?」

 これ以上話すと、ボロが出るであろう柘榴の口を押さえたままの希が訊ねる。

「よかろう。この件については柊に任せる。決まったことは後で、報告しておくれ」

 風のように颯爽と現われたかと思うと、すぐに船長室に戻ってしまった。

 それは、あっという間の出来事。

「…トップから、許可下りちゃったよ」

 柊は茫然とする横で、柘榴と希は両手でハイタッチをするのだった。


 柊の許可が出た。

 船長から食堂を使うことも許可された。

 これはもう、クリスマスパーティーを行うしかないと、柊が溜め息を付く。

「まさか、こうなるのは予想してなかったな」

 計画を立てるべく、柊を先頭に柘榴と希も訓練室に向かう。

「柊さん。ここは、腹を括って盛り上がるしかないでしょう」

 柘榴はやる気満々で、足も軽くなる。クリスマスパーティーが出来るというだけでこれほどまでに嬉しい。それは柘榴の隣を歩いていた希も同じことで、では、と明るい声を出す。

「蘭さんは参加だとしても、四人では少ないと思います。他にも誰かに手伝って貰わないといけませんよね?」

「蘭ちゃん以外だと、浅葱くん、蘇芳くんと鴇くんは強制参加だな」

 とりあえず通信機で呼び出すか、と言いながら面倒くさそうに最初になんて言おうか考える柊。その様子を見ていると、悪戯心が浮かび上がった。

「柊さん。合宿前の呼び出しは結構効いたから、あれもう一度お願い」

 にやにやしながら柊に言えば、その顔も悪だくみをする子供のような顔になる。

「いい考えだな。よし、それで行こう」

「柘榴さんも柊さんも、物凄い悪い顔してますよ?」

 希の言葉を聞き流し、柊が通信機に向かって声を上げようとした。

『き』

「あ、柊さん。どうせなら緊急ボタンを押した方がいいですよ」

 通信の途中で柊の言葉を遮った笑顔の希。おかげで通信機から聞こえたのは柊の『き』という言葉だけ。

柘榴はもう笑いの限界で、笑いを堪えるのが辛い。

 そこまでしたら希の方が悪乗りではないだろうか。

「今、『き』だけ流しちゃったんだけど?」

「もう一回言えばいいんじゃないですか?それこそ、間が空くと変ですよ?」

 希は当たり前のように言うので、柊は少し頭が冷えたらしい。それでももう一度通信機に向かって言うことにしたようだ。今度はちゃんと緊急ボタンを押す。

『緊急招集。全員すぐに訓練室に集合してくれ。戦闘ではないが、急いでくれ』

 落ち着いた声で柊が言うと、通信機を離す。

「希くん、絶対不審だったよね?」

「いえいえ、そんなことありません。しっかり緊張感ありました。柘榴さん、そんな場所で蹲ってないでそろそろ行きますよ?」

 希にそう言われても、笑いすぎて蹲ってしまったのは仕方がない。

 足に力を入れ、何とか立ち上がった柘榴。笑いつつ、言う。

「柊さんの、『き』も面白かったけど。希ちゃんも、中々に悪いこと考えるよね」

「そんなことありませんよ?」

 悪気はない。もしかしたら真面目に考えたのかもしれないが、方向性が間違っている。面白くないわけがない。笑いすぎて、お腹が痛いくらいだ。

「もう、柘榴さんは笑いすぎです」

 希が頬を膨らましても、それは怖いというより可愛い程度。

「まあ、そろそろ移動して訓練室向かおうか?蘭ちゃん達が待っているよ」

「はーい」

「はい」

 とりあえず、どんなに風に慌ててやって来るのか。それを話しながら、わざとらしくゆっくり歩くことにした。



 午後九時頃。

 基本的に各寝室にいたであろう四人が呼び出されている様に、柘榴は着いた途端に吹き出した。

「やばい、腹筋が痛い」

「柘榴さん、いい加減に笑うのを止めて下さい」

 そういう希もつられてか、心なしか笑っているように見える。

「…なんか、嫌な予感はしたのよね」

 蘭は椅子に座ったまま、ため息をつく。訓練室に入って来た柊、その後ろに笑いを堪えた柘榴と希を見て、察したように諦めたような表情を浮かべた。

 蘭は柘榴達と別れた後に着替えたようだ。すぐに寝るつもりの寝巻で出て来た。コートは着ていても、その下に穿いているズボンは間違いなく黒チェックのパジャマ。

「そもそも、こんな時間に緊急招集って…」

「俺、浅葱倒せそうだったのに」 

 何となく落ち込んだ様子の蘇芳と、何が起こっているのかさっぱり分からないと言いたげな浅葱は、眉間に皺が寄って怒っているように見えなくもない。どちらも戦闘服のまま、服装に変化はない。

「え、でも何かあったから緊急招集でしょ?じゃなきゃ、俺がこの格好で来た意味…」

 途中で消えて行った声は鴇。

 髪の毛は濡れっぱなし、ズボンは履いていても上半身は、半袖シャツ一枚で季節感なし。そのシャツも、濡れていて見ているだけで寒い。

 シャワーの途中で呼び出されたらしい。

 あまりにもその姿が哀れに見えた柊が言う。

「あー、あれだな。鴇くん、着替えて来ていいぞ」

 冬なので、半袖では風邪を引くのは目に見えている。

「このままでは風邪引きますからね」

「鴇、着替えて来いよ」

「え、あ…うん」

 希や浅葱にまで言われて、ゆっくりとドアまで行ったかと思うと、ドアを閉めた瞬間に物凄く速い足音が聞こえた。

「相当、寒かったみたいね」

 ぼそりと呟かれた蘭の言葉に、憐みが部屋の中に充満する。

「それで、どうして緊急招集なんですか?」

 浅葱や蘇芳は何故呼び出されたのか全く想像出来ない様子で、少し緊張した表情を崩さない。蘭だけが、やさぐれている。

 申し訳ないくらいラティランスとは関係のない話で呼びだしたわけなので、内容を知っている柘榴や希もまずは座ろうと席に向かう。

「いやー、柘榴くんと希くんがまたとんでもないことやらかして――」

 椅子に座ろうとした柘榴と希の首元を掴まれて、座ることを阻まれる。

「柊さん、首!首が締まる」

 希のように動かなければいいものの、柘榴は慌てて逃げ出そうとしていた。

 必死の抵抗も空しく、グイッと引っ張られて後ろに下がらされる。

「だから、この二人から説明してもらうよ。もう、おじさんは疲れたよ」

 本当に疲れているのか、柊が先に柘榴の席に座ってしまった。

「さあ、頑張りたまえ」

「柊さん、投げ出す気ですか!あんなにやる気だったのに!」

「茶番はいいから、さっさと進めなさいよ」

 威圧感のある蘭の言葉に、部屋の温度がマイナス二度は下がった。突然の呼び出し、怒っているのは間違いない。

 それを読み取った希が、慌てて今回の騒動の内容を話し出す。

「今回、皆さんを集めたわけなのですが、二十五日の夜にクリスマスパーティーをすることになりました」

 誰もがその意味を考えて、数秒無言の空間と化す。

「は?」

「え、今なんて言った?」

「…」

 蘭、浅葱が驚き、蘇芳も少しだけ眉を寄せて次の言葉を待つ。

「いやー、それぞれやっぱ言いたいことあるよね」

「柊さんは、黙って」

 蘭に睨まれ、柊はそのまま青ざめながら首を縦に振って黙った。

「どういうことか、きっちり説明しなさい」

「実は――」

 説明を始めようとした希の耳に、足音が聞こえた。おそらく、先程一時的に訓練室から消えた人物が戻って来たに違いない。

 と言うことで、希はドアを待って全員が揃うのを待った。

「戻りました!!!」

 ドアを破る勢いで、掛け込んできた鴇は戦闘服ではあるが、髪の毛までは乾かせなかった様子。それでもさっきよりは良くなった。

「鴇さん。おかえりなさい」

「うん、ただいま?」

 よく分からない雰囲気に、鴇が押されている。鴇に向けられた希はにこやかな笑みを浮かべているのに、その希を見ている蘭は眉間に皺を寄せ、浅葱や蘇芳も訳が分からないという顔で鴇を迎え入れた。

「ほらほら、鴇くん。座って、座って」

 柘榴の席で座っている柊に呼ばれ、驚きつつ鴇は席に着く。

「さて、それでは最初から話しましょうか。柘榴さん、お願いしますね」

「て、私が話すの!」

「提案者ですから。私が書記をしますよ」

 希に無理やり前に出され、一気に視線が集まる。希はホワイトボードに文字を書き始める。

『クリスマスパーティーについて』

 希が書き終えた言葉、それから希自身に微笑みかけられて話すしかないと空気になる。楽しまなきゃ損だけれど、蘭があまりにも睨んでいるのが少々怖い。

「ということで…明後日クリスマスパーティーをすることになりました!」

 当たって砕ける勢いで、柘榴が宣言する。

「だからそうなった経緯を話しなさいよ。経緯を!」

 今日の蘭はまだ怒りが収まりそうにない。いやー、と言葉を濁しながら最初を思い出す。

「クリスマスパーティーがしたくて柊さんを探して、許可を取ったところに船長である蘭ちゃんのお父さんからも食堂を使うことを許可されて、飛行船に乗っている人全員参加のパーティーになったから、皆を呼び出した。みたいな?」

 間違ってないよね、と希の方を振り返れば、希は確かに頷いた。

 お父さん、と言う単語に蘭の表情が固まった。怒りも徐々に収まり、今度は頭を抱え始める。柘榴が言い忘れた事柄は、希がさり気なく付け足す。

「食堂の使用許可はもう得ていますから、後は役割分担しないといけませんよね?料理担当と飾り付け担当と、あと飛行船の方にクリスマスパーティーのことを宣伝する係でしょうか?」

「…本当に、お父様が許可したの?」

 信じたくない、と言いたげな蘭の声は、柘榴と希には届かなかった。代わりに傍にいた柊が、微かに頷いて言う。

「今回は本当に許可をくれたよ」

「…信じられないわ」

 ブスッとした顔の蘭。

 柘榴と希が勝手に盛り上がって役割を話す傍らで、蘭と柊はお互いの方など見向きもせずに話す。

「蘭ちゃんが父親を嫌っていても、あの人はいつも蘭ちゃんのことを気にしていたよ」

「別に嫌ってなんか」

「同じ飛行船に乗っているのに、会いに行こうとしなかったのに?」

 淡々とした柊のことが、蘭の心に深く突き刺さる。

 それは事実で、言い返せない。

 ずっと会っていなかったからこそ、どんな風に会いに行けばいいのか分からなくなってしまった。強くなれば、父親と同じ立場まで行かなくては、会ってはいけない気がしていた。

「…」

「とりあえずそのことは置いといて、話に加わろうか」

 いつの間にか下がっていた視線を上げれば、楽しそうな柘榴と希の姿が映る。はいはーい、と後ろから声がして鴇が立ち上がる。

「柘榴ちゃん、希ちゃん。クリスマスプレゼントはどうするの?」

「あ、それもあったね」

 鴇の提案に希は、『プレゼント』という文字を書き加える。

 浅葱も蘇芳も未だ呆気に取られて、あまり会話に加わろうとしないが、鴇はいつもの雰囲気で発言をした。このままでは柘榴と希、鴇の三人で色々決められてしまいそうな空気。

 バンッと突然机を叩いて大きな音を立てた柊。何事かと、柊に注目が集まる。

「さて、そろそろ浅葱くんや蘇芳くんも話し合いに参加しようか。わざわざ緊急で召集したのだから、無事にクリスマスパーティーを成功させなければならない」

「…柊さんがまともなことを言っている」

 ぼそりと漏れた柘榴の本音ににっこりと柊が笑い、そのまま立ち上がったかと思うと全員に見える位置まで移動して言う。

「ということで、後は任せるから。よろしく頼む」

 んじゃ、と言いながら柊は瞬く間に部屋から逃げた。

 柊の行動を予想出来た人は一人もいない。誰もがその背中を見送った後、蘭が呟く。

「逃げたわね」

「まあ、いいんじゃない?任せる、と言った以上何かあっても柊さんの責任に出来るし、あんまり時間はないけど楽しもうよ」

 ね、と言って柘榴は微笑む。

「仕方ねーか。それで、どう役割分担するんだよ」

「どう分ける?皆で一緒に準備より、二グループぐらいに分かれた方が動きやすそうだよね?」

 浅葱の意見に柘榴が問う。

「男女混合にしよう!是非、そうしよう!」

「「鴇…」」

「そして浅葱は蘭ちゃんと一緒にさせてあげてください!」

「ってめ!何を言い出すんだよ!」

 一気に騒がしくなっていく部屋の中で、最後に蘭はもう一度だけため息を漏らす。誰もが楽しそうに笑っているのだ。無表情が多い蘇芳ですら、微かに微笑んでいる。

 それなら腹を括って積極的に参加した方がいい。

「蘭ちゃんは飾りつけと宣伝どっちがいーい?」

「どっちでもいいわよ」

「どっちでもいいかー」

 楽しくて仕方がない柘榴を中心に、話がとんとん拍子で進んでいく。深夜十二時を回るまで、話し合いは続くのだった。

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