002 シンデレラの話
昔々、あるところに。
四姉妹が住む小さな家がありました。ついでに言うと、最近は居候が住み着いた、赤いお屋根の小さな家がありました。
長女はキャッシーと呼ばれる金髪の美女。男より女の子が好きな、少し変わった思考の持ち主。
次女は希。姉妹の中で誰よりも可愛がられた少女。美少女に分類される少女は、滅多に家から出させて貰えない箱入り娘。
三女は柘榴。食い意地の張っている食いしん坊の少女は、居候の作った料理を毎日食べあげる。食い意地が人一倍。剣術で勝てる者はいないほど、強い。
最期に四女の蘭はしっかり者。武器を持たせたら大抵は使いこなせてしまう。得意の拳銃と短剣はいつでもスカート下に隠しているのは、三女だけが知っている。
忘れるところだった居候。
彼の名前は結紀。森で居眠りをしていたところを、柘榴に叩き起こされて。話をしていたら、放浪の身と言うことで柘榴が連れて帰った。今ではこの家の料理担当である。
そんな姉妹と居候がいる、不思議な世界。
王家が治めるこの国では、三人いる王子のお妃選びで国中が盛り上がっていた。それは、姉妹と居候の住む家も同じ。
結紀の作ったご飯を食べながら、話題はお妃選びの話題になる。
「だから、二十歳以下の女の子は明後日お城に呼ばれるの!私は希ちゃんの代わりにお城に行ってきます!」
「キャッシー姉さん。二十歳は昔に過ぎている自覚ある?」
呆れた柘榴の質問に、キャッシーは笑顔を浮かべた。
「だって、希ちゃんが行ったら間違いなくお妃様に選ばれるじゃない。希ちゃんがこの家からいなくなるのは嫌だから、私が代わりに行くの!そして女の子と仲良くなるのよ!」
立ち上がって叫ぶキャッシーは誰も止められない。勝手に話が進むので、希が頬を膨らませる。
「私も行きたいですぅ」
「「それは駄目」」
柘榴と蘭が同時に言った。
「どうしてですか?」
「「「可愛いから」」」
「…そんなこと、ないですよ?」
キャッシーまで加わって言われたので、意味が分からないと希は首を傾げる。
「そんなことあるんだよ。とりあえず希ちゃんは家で待機ね」
「そうね、それがいいわ」
「うう、分かりました」
きっとどれだけ希が、行きたい、と言っても反対されるのは経験上で心得ているので、仕方がないと肩を落とした。
結局希が折れるしかない。
「まあ、希ちゃんが家にいるなら。俺はデザート作ってあげるよ」
不意に話に割り込んだ結紀が、食後のデザートを両手に持ってやって来た。二枚の大皿の上には、本日のデザートであるシュークリーム。
「シュークリームだぁ!」
「はいはい、柘榴はちゃんと座ってろ」
いつのもように一皿を柘榴の前に、もう一皿を希と蘭とキャッシーの間に置く。
「やったー!結紀、お城から帰って来たらまたデザートを作って待っていてね」
「帰って来たらな」
そう言いつつ、呆れた結紀は空いていた柘榴の隣の席に座る。
満面の笑みで勢いよく食べ始めた柘榴とは違い、蘭はシュークリームを食べつつ、小さく呟く。
「強い相手、いるかしら?」
「蘭さん、戦うために集まるパーティーじゃありませんよ。王子様のお妃選びなのですよ?」
キャッシーは可愛い女の子を探しに、蘭は何故か強い相手を探しに、それから柘榴は食べ物のためにお城に行くのだろう、と希は何となく理解してしまった。
個性豊かな姉妹はいつだって、どこかずれているのだ。
お妃選びを行う城には、三人の王子。
第一王子の名前は、陽太。軽いノリで国中の女の子と仲良くなっていると言う噂が流れている。この国の時期王候補である。
第二王子の名前は、友樹。第一王子と正反対で真面目であるが、見た目が王子の中でも飛び抜けてかっこいい、美少年。女の子の憧れの存在である。
最後に第三王子の名前は、浅葱。戦うことが好きなので、もっぱら武術に励む日々を送る。ガサツな少年は、お妃選びに全く興味がない。
そんな王子達のお妃選び。
客間に自然と集まった三人王子は、それぞれがソファに座って各々静かに過ごす。友樹は黙って本を読み、浅葱は黙って剣を研ぐ。
ただ一人、始終楽しそうな顔を浮かべていた陽太は、さて、と口を開く。
「もう少しでお妃選びだけど、準備は出来ている感じ?」
「別に。陽太兄さんと違って、本当は参加したくないし。俺は訓練していたい」
「浅葱に同じ」
興味のない友樹と浅葱に、陽太はがっくしと肩を落とす。
「友樹も浅葱も、それはなくね?可愛い女の子いっぱいじゃん!恋愛しよーぜ!」
立ち上がる勢いで言った陽太の言葉に、げっそりとした顔を上げた友樹も浅葱。弟たちの恋愛は、長い時間が掛かるだろう、と思いつつ陽太は尋ねる。
「友樹、どんな子がいいの?」
「どれも嫌」
「おい!じゃあ、浅葱は?」
「俺と同等に強い女」
陽太は言葉を失い、呆れた。
二人に何を言っても仕方がないのだろう、と陽太は部屋の外で待っていた護衛の三人を呼び出した。
浅葱の護衛は、幼馴染で浅葱に振り回される日々を送る鴇と言う少年。
友樹の護衛は、無口で友樹を尊敬している蘇芳と言う少年。
そして、第一王子である陽太には、柊と言う年長の護衛。
最初に部屋に入って来たのは鴇で、元気よく片手を上げて浅葱に言った。
「浅葱、帰ろうぜ」
「おう!また、メイドに振られたか?」
からかうように言った浅葱の言葉で、鴇の顔は固まった。瞬く間に表情は変化し、その場にしゃがみ込むと、膝を抱えながらいじけて言う。
「どうせ、俺は相手にされませんよ」
「いつものことだろ?先に帰るぞ?」
護衛を置いてさっさと部屋から出ようとする浅葱。正直護衛がいなくても強いので、鴇を無視して帰ってもいいが、王子に護衛が付くのは規則である。
それから鴇のすぐ後ろから黙って部屋に入って来た蘇芳。
蘇芳が来た途端に立ち上がった友樹は、軽く頷いてから言う。
「蘇芳、行くか」
「はい」
真面目な友樹に、真面目な蘇芳。こちらの強さも王子の方が強い。浅葱はともかく、友樹に至っては頭の速さも陽太より速いので、第二王子にしておくのは勿体ない、と王が嘆いていたほどである。
陽太の護衛はまだ来ない。
鴇と蘇芳に向かって、陽太は一応言っておく。
「鴇、蘇芳。悪いけど妃選びの準備頼むな」
「「はい」」
陽太のお願いに、鴇も蘇芳もしっかり頷いた。嫌そうな顔を浮かべた友樹と浅葱は、さっさと部屋から出て行ってしまう。その後を、鴇も蘇芳も急いで追って部屋からいなくなった。
「で、第一王子。帰るぞー」
数分後にやって来た柊は、ダラダラと歩きながらやって来た。やる気の無さは、見れば分かる。
「わあお、王子に対する態度じゃないでしょ?柊さん」
「当たり前だろう。俺より年下。親方…じゃなくて王様に頼まれなきゃ護衛なんて俺はしない。毎日サボって過ごす!結紀が逃げたからこんな仕事を押し付けられてさ」
肩を竦めて、柊は言った。
基本的に自由奔放な王子達のお妃選びは、明日の夜。
お妃選びの当日。
綺麗に着飾ったキャッシーと柘榴、それから蘭を玄関で見送ることになった希。
「キャッシーさん、人様に迷惑を掛けては駄目ですよ。柘榴さんは食べすぎ注意です。蘭さんは喧嘩しては駄目ですからね」
「「「はい」」」
お留守番の次女に諭される三人。そんな三人は言われっぱなしではなく、今度は言い返す。
「希ちゃんは家から出ちゃ駄目よ。外は危険がいっぱいなんだから」
「そうだよ、希ちゃん。料理はくすねて来るから期待していて」
「希、いい子にしているのよ」
キャッシーと柘榴、蘭はそう言って家から出て行った。
残された希は、少し行きたかった、と考えてしまう。
「でも、皆さんを困らせたくはありません…」
「よし、では俺の出番!」
希の横でひょっこり現れた結紀が楽しそうに言う。意味が分からなくて、希は首を傾げた。
「結紀さん?」
「ある時は、居候。ある時は、王子の護衛役。ある時は…魔法使い役に立候補する、俺の出番だ!」
「えーっと…?」
結紀はどこからともなく綺麗なドレスを持って来て、希に手渡す。
「ほら、これに着替えて。ちょっとだけ城に行ってみよう。少しなら、怒られないだろうし。見つからなかったら問題ないって」
「で、でも」
行ってはいけない、と言われている。行きたい気持ちはあるが、でも、と思ってしまった。希の気持ちを悟った結紀は、微笑んで言う。
「素直に、ね」
目が合って、すぐに顔を下げた。希は、そうですね、と小さく呟く。
「少しだけ、いいですか?」
「勿論!」
その言葉で、希は嬉しそうに笑った。
ドレスに着替えた希は、結紀の運転する車で城に向かった。
一応持っていた携帯を結紀から預かって、希は城の中を歩く。
結紀に教えてもらった道を進んでいたはずが、警備をしている人に見つかりそうになって希は慌てて隠れた。そうして隠れることを繰り返していたせいで、途中で迷子になってしまった。
「…どこに行けばよろしいのでしょうか?」
フラフラと歩くが、目的地にたどり着ける気がしない。
「結紀さんのところに、帰りましょうか」
と、言ってみたはいいものの帰り道も分からない。楽しくない。柘榴も蘭も、キャッシーもいないこの場所は、希にとってつまらない。
細い階段があった。人がいないのをいいことに、勢いよく階段を駆け下りる。履き慣れないハイヒールであることを忘れていた。
危ない、と気が付いた時にはもう遅い。
「あ!」
階段の下には、誰かいる。着飾った少年が驚いた顔で、希に手を伸ばす。希はどうする事も出来ずに、少年にしがみついた。
階段から少女が転げ落ちそうになった。
だから友樹は無意識に手を伸ばして、その少女を助けた。
「大丈夫か?」
少女は声を出さずに何度も首を縦に振る。それから、ゆっくり離れてその顔を見た。友樹が今まで出会った女の子の中でも一際可憐で、可愛らしい少女。
顔を真っ赤にして、俯いている。
「友樹様。足を挫いているみたいです」
一歩後ろにいた蘇芳が指摘した通り、少女の右足が赤く腫れていた。
「だ、大丈夫です!」
立ち上がろうする希は一人で立てず、座りこんで動かない。人命救助だと思い、友樹は少女を抱き上げた。一気に真っ赤な顔になった希は硬直した。
「っ!」
「まずは、医務室だな。蘇芳。俺パーティー、パス」
「友樹様?」
蘇芳がそれ以上何か言う前に、指示を出す。
「俺はこの子に付き添うから。悪いがパーティーには参加出来ないと、陽太とか浅葱に伝えてくれ」
「ですが…」
「命令」
うっと言葉を詰まらせた蘇芳は、一度だけ頭を下げてその場からいなくなる。これでパーティーに出なくていい、言い訳が出来た。ホッと安心した友樹は、蘇芳がいなくなってから希を抱えたまま歩き出す。
「あ、あの?私なら、大丈夫ですよ?見ず知らずの方に迷惑を掛けたくありませんし大丈夫です」
何度も大丈夫と言い張る少女。友樹の顔は知れ渡っているはずだが、この様子と知らなさそうなので、一応聞いてみる。
「俺のこと、知っている?」
「…どこかで、お会いしましたか?」
素で返された言葉に、友樹の方が笑ってしまいそうだった。中々いない。この国で友樹を知らない人間はいないと言っても過言ではないのに、目の前の少女は友樹を知らないと言う。
嘘を言っているようには、見えなかった。
「俺、友樹」
「あ、私は希と言います。ではなくてですね、一人で歩けるから降ろしてください…」
半分諦めているような声で、それでも何度も同じことを少女は言う。
「いいから。医務室に」
「うう、歩け――」
「歩けない」
「意地悪ですぅ」
言葉を遮って言えば、頬を膨らませる希。いじける希を見て、友樹は微かに笑った。
第二王子が、友樹が参加できないと言うことで、パーティーに参加した半数の女性が落ち込んでいた。蘭には関係ないし、興味もない。
だから気分転換にベランダに出た。先客が、一人。
しっかりと正装しているのに、不貞腐れている少年は蘭と身長が同じくらい。
「あ、誰だよ?」
ガラの悪そうな態度。喧嘩するなと希に言われたが、売られた喧嘩は買う主義だ。
「そっちが先に名乗りなさいよ」
「…チビのくせに。生意気な」
ボソッと呟いた言葉は蘭にしっかり届いた。
「貴方だって同じぐらいチビじゃない。そんなんじゃ、戦えないわよ」
「何だって?」
少年から殺気を感じた蘭は、すぐさまスカートを捲り短剣を突き出した。
「なっ!どこから武器を取り出すんだよ!」
「スカートの中からだけど?」
「女だろうか!」
顔を真っ赤にして叫ぶ少年。狼狽えた様子に、蘭は首を傾げた。
「何で顔を赤くしているのよ?」
「自分で気が付け、このチビ!」
「チビじゃないわよ!私の名前は蘭よ」
少年は蘭と同じように、腰に身に付けていた剣を構えた。
「ふーん、俺は浅葱。最近強い奴と戦っていなくて、退屈していたんだ。相手になってやるよ」
「負けても知らないわよ?」
何故かベランダで、蘭と浅葱の決闘が始まってしまったのだった。
「あれ、結紀じゃん。丁度良かった、これお城の料理」
「…タッパに詰めるなよな」
希の帰りを待っていたはずなのに、先に出てきた柘榴。その様子からして、お妃選びには全く興味がない様子。
それは行く前から分かっていたことだ。
「何しているの?」
「あー」
言い訳を考えていると、携帯が鳴る。急いで電話に出ると、希ではない声。
『おい、聞こえているか?』
「あれ?その声、友樹じゃん。久しぶりじゃね」
懐かしい、護衛をしていた時の顔なじみの声は今でも覚えている。
柘榴に拾われる以前の結紀は、第一王子の護衛をしていた。そのため城の中を把握しているし、他の王子とも関わりがあった。サボって居眠りをしていて、まさかノリで付いて行った家で居候をするとは予想外のことで、本当は途中で姿を消すつもりがいつの間にか居座ってしまったのが、今の結紀の現状。
電話越しの相手は疑うように言う。
『…結紀?本物?』
「そうそう、何で俺の番号知っているわけ?」
『隣にいる奴から聞いた』
『あ、結紀さん!ちょっと、足を挫いてしまいまして。友樹さんにお世話になっているのです』
元気な希の声ははっきりと聞こえたが、どうしてそんな状況になったのか。結紀は頭を抱える。
「あー、うん。ちょっと、友樹と話していい?」
『はい、友樹さん。結紀さんがお話したいそうですよ?』
『何?』
「どゆこと?」
『俺が聞きたい』
まさか、友樹と話すことになるとは思っていなかった。居場所がばれたし、そろそろ帰る頃合いだったのかもしれない。
「…俺、そっちに行ってもいい?」
『そうだな。そうした方が。話が早そうだ』
「今から行きまーす」
そう言ってから電話を切った。隣で一部始終を聞いていた柘榴が、不思議そうな顔で結紀を見ていた。
「…柘榴、ごめん。希ちゃんを連れてきちゃった」
「いいよー」
「軽い!」
必死に謝ろうと思っていたのに、柘榴はすぐに許してくれた。予想外なことで、もう一度尋ねる。
「俺、怒られない?」
「だって、電話越しの希ちゃんの声が楽しそうだったから。許す」
いつだって、次女の希が基準の柘榴。姉想い、と言うか希を好き過ぎる柘榴。将来、長女のキャッシーのようにならないか、それが結紀の不安要素。
結紀の考えなんて全く知らない柘榴が、笑顔で一歩踏み出した。
「希ちゃんがいるところに行くなら、私も行ってもいいでしょ?早く行こうよ」
「…ああ」
連れて行けない、と言っても付いて来る雰囲気のある柘榴。その雰囲気に押されて、結紀は仕方なく頷いた。
蘭と浅葱の決闘は白熱した。
中々決着が着かず、いつの間にか人が集まっていた。その集まりの中心が、護衛対象である浅葱に、鴇はため息をつくしかない。
「何をやってんの。うちの王子は…」
止めなければいつまでも戦い続けそうな浅葱と、鴇の知らない少女。
それにしても少女の戦いは見ていて綺麗だった。浅葱はそこらへんの奴らより相当強い。浅葱と互角に戦う少女の実力は、本物だ。
でもいい加減、パーティーの最中に戦うのは止めて欲しい。
「ストープ!浅葱、ストープ!!」
戦いの邪魔になろうと止めるのが鴇の役目。タイミングを見計らって叫んだ鴇を、浅葱と少女が同時に振り返って睨む。
「邪魔するな!」「邪魔しないでしょ!」
「…うん。二人とも、今がパーティーだってこと、忘れているでしょ」
パーティーと言う言葉で冷静になったのか。お互いポカンとした表情を浮かべた。
それから、ゆっくりと剣を降ろす浅葱と少女。ホッと一息ついて、鴇はそんな二人の腕を掴む。
「はいはい、医務室行くよ。かすり傷でも怪我は怪我」
「あ、おい!鴇!」
「離してよ!」
騒ぐ二人を無理やり、医務室に運ぶことにした鴇だった。
医務室で感動の再会を果たした柘榴と希。の後から、蘭はやって来た。
「…蘭さん、なんで短剣なんて持っているのですか?」
「そ、それは…」
「蘭さん?」
怒っている希に、蘭は頭が上がらない。
「まあ、まあ。希ちゃん、落ち着いて」
「…そう、ですね。蘭さんに大怪我がなくてよかったです」
そう言って希が蘭を抱きしめれば、途端に蘭の顔が泣きそうになる。
「ごめん、なさい…」
「いいですよ。無事、ですから」
蘭も甘えるように希に抱き付く。蘭は末っ子で、希には甘えん坊。柘榴には甘えてくれたことなど、ない。羨ましい、わけじゃないが時々柘榴にも抱き付いてほしい。
そんな少女達と同じ部屋の一方で、少年または青年は集まって話し出す。
「いや、なんで医務室に王子が揃う訳?」
壁際で見守っていた結紀が、とりあえず左隣にいた友樹に問いかける。
「むしろ、なんでお前がいるのか知りたい」
「俺?柘榴に拾われて、料理とかしていたから」
「陽太の護衛は?」
「いやー、なんか忘れてた。柊さんいたし問題ないかな、と」
無言で友樹に睨まれる。その奥にいた蘇芳までも結紀を睨む。助けを求めるように、右側に視線を向けた。近くの椅子に座っている浅葱の顔は、心なしか顔が真っ青だ。
「やばい、女に怪我を負わせたとか。絶対に、やばい」
「浅葱、落ち着きなよ」
「落ち着けるかよ…」
本当に悩み始める浅葱は、唸りながら頭を抱えた。その後ろにいた鴇は、その様子を見て笑う。
誰一人として現状を理解していないので、結紀はぼそりと呟く。
「どうするかなー、この状況」
「いい案があるよ」
「げ、柊さん。それに、陽太」
いつの間にか医務室に入ってきた柊は、気配を消して結紀の傍にいた。反応が遅れて、カチャリと音がした時にはもう遅く、結紀の右手に手錠を掛けられていた。
その後ろにいた陽太は、悪だくみをするような笑みを浮かべている。
友樹も結紀と同じで、嫌な予感しかしない。
陽太が楽しそうに、柘榴達三人に近づく。
「そこの御嬢さん方。こんにちは」
「誰?」
「私に聞かないでよ」
「うーんと、お偉い方でしょうか?」
第一王子の顔すら知らない柘榴達に驚き、陽太が結紀を振り返った。その答えは結紀だけが知っている。仕方なく、その理由を話し出す。
「そいつらの一番上の姉のキャッシーが、じゃなくて洋子って言う女が。王子の情報を一切知らせないように情報操作していただけのこと」
「…何で?」
「だって、王子に憧れたら家からいなくなっちゃうじゃない!」
バンッと勢いよく開かれたドアから現れたのは金髪の美女。噂の人物の登場に、柊だけがおもむろに嘆いた。
「洋子くん…何で君が?」
「名前で呼ばないで!私はキャッシーよ!それから、私の可愛い妹に手を出したら…殺す」
いつの間にか持っているナイフは本物で、柊に狙いを定めている。
「落ち着こう、洋子くん。まずはナイフを降ろして―」
「名前で呼ばないで!昔から、言っているじゃない!」
最後の言葉と共に放たれたナイフは、柊の頬を見事に掠めた。男達が引いている一方で、少女達は尊敬の視線を送る。
「お、キャッシーのナイフ。久しぶりに見たけど、かっこいいね」
「柘榴、笑うところじゃないからな」
思わず結紀の本音が漏れた。目を輝かせているのは柘榴だけじゃない。蘭も同じ。
「洋子のナイフ技は、いつ見ても素敵ね」
「うふ、蘭ちゃんが望めば。手とり足とり教えるわよ」
「それは遠慮するわ」
一気に冷ややかな視線を受けてもキャッシーはへこたれない。
「遠慮しないで!」
蘭に抱き付こうとしたところを、思いっきり腕を掴まれて地面に倒される。
「洋子、痛い目に遭いたいの?」
「蘭ちゃん、待って!冗談よ、冗談!」
キャッシー相手にこれほどのことをやってのける蘭は、本当に容赦がない。
「蘭さん、そこまでです。キャッシーさんも、やりすぎですよ」
「…分かったわよ」
「希ちゃんが言うのなら、私も自重します」
希には頭が上がらないのはキャッシーも同じ。いつ見ても不思議な光景なので、最初の頃の結紀は戸惑ったが、なれると流してしまえる。それ以外の人間は、誰もが驚く光景。
「えーと、話を戻すけど。俺は第一王子の陽太。それから、あっちが第二王子の友樹と護衛の蘇芳。戦っていたのが第三王子の浅葱で、護衛は鴇。俺の護衛は柊さんで、一応結紀も数か月前は俺の傍で護衛をしていてくれたんだ」
陽太の説明に柘榴は適当に頷き、希は真面目に、蘭は興味がなさそうに聞いている。キャッシーに至っては、だからと言いたげな目線で陽太を睨む。
それで、と陽太は言葉を続ける。
「提案なんだけど。仮でいいから、弟達の婚約者になってくれないかな?」
陽太の爆弾発言に、部屋の中が静まり返る。
「「「「はぁあああ?」」」」
柘榴と蘭、それから結記と浅葱の叫び声が重なった。
他の人の驚く声は、そのせいで全て掻き消された。
友樹が無表情で陽太の首を締め上げる。
「寝言は寝て言え」
「友樹!話は最後まで!」
「聞きたくない」
気絶しそうなくらい締め上げた後に、陽太を解放する。息を吸い込んだ陽太は、肩で呼吸を繰り返しながらも意見を変えない。
「ほら。浅葱が女の子に怪我を負わせたことを後悔しているし、だったら責任取ればいいじゃん。でも、第三王子の方が先にお妃を選ぶと。友樹のお妃選びで、友樹がまいっちゃうだろう。だったら、仮にでも婚約者になって貰えば問題なし」
「え、私は嫌よ」
真っ先に蘭が断るが、陽太は笑っていた。問題なしと言う風に、浅葱を指差す。
「君が浅葱の婚約者になれば、毎日戦い放題。城の強い奴とも戦える」
「それは、いいわね」
「俺の意見はなしかよ!」
強い人間と戦える、その交渉で蘭の心が揺れ動く。
「駄目よ!蘭ちゃんはうちの子!」
「城には可愛いメイドが沢山いるけど?」
「乗ったわ。私は蘭ちゃんの護衛役で」
キャッシーが一気に目を輝かせた。陽太はほくそ笑む。
「で、友樹も婚約者がいればパーティーの日々から解放される。残りの二人のうち、どちらかが友樹の婚約者になって、もう一人はメイド役で傍にいればいい」
「あ、それなら希ちゃんが婚約者役だね。私ならメイドじゃなくて護衛役だし」
「あー。柘榴も強いもんな」
結紀だけが、納得する。他の誰も柘榴を強いとは認識していない。
だから、陽太がいやいやと首を振る。
「護衛役はいいよ。こっちから、信頼出来る護衛を――」
陽太の言葉を遮ったのは、柘榴の剣だった。陽太の首筋ギリギリを掠めるナイフは、蘭同様にスカートの中に隠していたもの。
にっこりと笑って、柘榴は言う。
「護衛、必要かな?」
「…必要、ないかもね」
あまりに速いナイフさばき。陽太の背中を流れた冷や汗。
「拳銃なら、柘榴に勝てるのに」
悔しそうに言った蘭の言葉に、柘榴は笑って言い返す。
「ナイフ技はキャッシー直伝だもん。剣術の方が強いの知っているでしょう?」
「そうなのよね。剣だと柘榴の方が…悔しいわ」
心底悔しそうな蘭。柘榴は乱れたスカートを直す。呆然としていた陽太の背中を、結紀は軽く叩いて話しかける。
「この姉妹、普通じゃないから」
「そうみたいだね」
見た目は普通。だけどどこか普通とは違う少女達、と女性。
こうして出逢ったのは運命だったのかもしれない。
第一王子はすでに決まっていたお妃様と幸せに暮らし。
第二王子は意図せず婚約者となった少女と恋に落ち。
第三王子は婚約者の少女と友情のような絆を育み。
第一王子の護衛は、部下に仕事を押し付け幼馴染と喧嘩し。
第二王子の護衛は、真面目に働き。
第三王子の護衛は、今日も今日とてメイドに告白し。
四姉妹の居候だった青年は、キッチンで少女につまみ食いをされるのでした。
こうして皆が幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
「て、言う夢を見たんだ」
「柘榴…頭大丈夫か?」
シュークリームを食べながら長々と語っていた柘榴の額に手を当てた結紀は、その温度を確認する。
「熱は…ないな」
「馬鹿にしないでよ!」
頬を膨らませて柘榴は反論する。
夢を見て、誰かに話したく仕方がなかった。だから真っ先に結紀を探して、話してみただけだ。
夢の話。
けれども何とも奇妙な夢、だったのだと。柘榴はシュークリームを食べながら、思い返してしまうのだった。




