表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第4章
23/59

22 覚醒編02

 柘榴の中で希を守ることが何よりも大切だ、と思っていた。

 希は大切な友達で、守らなければならない女の子で。その理由を深く考えようとしていなかった。

 友達だから、以外に柘榴が希を守りたいと願った理由をはっきりとは答えられない。

 何故か希を守ることは当たり前のことで、最優先事項だったから。希の姿がない現実が訪れると、心を占めるのは、恐怖と不安。 

 希を探すために駆け出して、整備室、食堂、エントランス、もう一度自室。各場所を探し走って数分経っても通信機から良い知らせもなく、柘榴は息絶え絶えになって廊下で立ち止まった。

「はぁ、はぁ…」

 全速力で走り過ぎて、苦しい。少しだけ呼吸を整えようと下を向くが、すぐに顔を上げた。立ち止まるわけにはいかない。希を見つけるまで、立ち止まれない。

『――柘榴くん、まだ探し回っているならキャッシーの部屋に来るんだ』

 柊の緊迫した声に、柘榴は慌てて右手を耳に当て、通信機を押さえながら言う。

「なに、か。分かった、の?」

 息切れ切れに問いかければ、柊は小さく、ああ、と肯定した。

『だから、早くキャッシーの部屋に』

「…わか、った!」

 返事をした途端に、柘榴は走り出した。


 キャッシーの部屋は遠くない。あっという間に辿り着いた柘榴は、ドアを勢いよく開けて叫ぶ。 

「柊さん!希ちゃんは!」

 部屋の中で、いつものように椅子に座っているキャッシーと、その横で立ち煙草を咥えながらパソコンを見つめている柊の姿があった。朝早いはずなのに、二人とも変わらない姿で柘榴を振り返る。

 机の傍に枕が一つ落ちていたり、寝袋が近くにあるのはこの際気にしない。

 息を整える暇さえ惜しいので、柘榴は奥へと進み、もう一度柊とキャッシーに言う。

「ねえ、希ちゃんは!?」

「柘榴ちゃん。希ちゃんなら探してもこの基地にいないわ」

 冷静なキャッシーが、目の前のパソコンの画面へと視線を移動する。日本地図、ここら辺一帯の地図で、本部がある場所には赤い点滅が二つ。それから全く別の場所に、もう一つ赤く点滅している。

 その点滅を見つめる。

「…この光に、希ちゃんがいるの?」

「そうよ。通信機に発信機も組み込まれているから。この二つは柘榴ちゃんと蘭ちゃん。だから、こっちが――」

「希ちゃん」

 キャッシーの声を遮った柘榴は、画面の位置を覚えようとする。

 そこは柘榴の知らない土地。少し離れた場所だと言うことは分かるが、地名がはっきりと書いてないので、詳しくはどこだか分からない。

 唇を噛みしめ、画面から目を離さない柘榴に、柊が静かに言う。

「ここはおそらく…希くんの実家がある場所だ。数か月前に最初にラティランスが現れた場所でもあって、今は立ち入り禁止区域。一般人はおろか、軍の人間も入っていないはずだ」

 柊の説明を聞きながら、柘榴は次に自分が取るべき行動を考えた。考えなくても本当はとっくに決まっていた言葉を口に出す。

「希ちゃんを連れ戻しに行く」

「そう言うと思った。行くな、とは言わん。ただ、一人では行こうとするな」

 ゆっくりと柊の方を見れば、柊の表情は真剣そのもの。頷いた柘榴は、分かった、とすぐに言い返す。

「それから、蘭ちゃんや浅葱くん、蘇芳くんと鴇くん達はこのまま本部で待機していてもらう。いつラティランスが出るか分からないから、戦力は本部に残して置きたい」

「いいよ。じゃあ、私は誰と行けばいいの?」

 一人で行くな、と柊は言う。蘭達以外に柘榴と一緒に行く人など全く思い浮かばなかった柘榴を見て、柊はニヤリと笑う。

「一応、戦力になる俺の優秀な部下はもう一人いるんだな」

 その偉そうな態度に、キャッシーが呆れ顔で柊を見ていた。名前を言わないが、キャッシーには誰だが分かっている様子。柘榴だけが、一体誰なのか分からない。

「…柊さんの、部下なんだよね?」

「そう」

「えっと…私達以外に誰がいるの?私の知っている人?」

 答えに辿り着けそうにない柘榴の様子を見て、キャッシーがため息交じりに言う。

「柊の部下、なんてそんなにいないわよ。私と、柘榴ちゃん達。最近入ったガキ三人と、食堂に飛ばされた馬鹿一名」

「食堂に飛ばされたって…」

 ようやく誰だか柘榴も理解出来た。基本戦闘にいないので、忘れていたとも言える。

 ドタバタと五月蠅い足音が廊下に響き、キャッシーの部屋に近づいて来る。足音が止まったかと思うと、勢いよくドアが開いた。

 まさに噂をしていた張本人は、息絶え絶えに部屋に転がり込んだ。

「柊さん!いきなり何なんですか!?すぐに戦闘服でキャッシーの部屋に来ないと秘密をばらす、てただの脅しじゃんか!」

「お、結紀くん。早かったね」

 見慣れたコック服じゃなければ、私服でもない結紀。着ているのは、何度か見たことがある戦闘員専用の服。改めてみると、軍服に似ている。黒が基準で、ネクタイ姿は見慣れないので不自然だ。

 結紀は真っ直ぐに柊の元へと向かった。近くに柘榴とキャッシーがいることは目に入っていない様子で、早口で言う。 

「大体俺がこの部屋嫌いなの知っているでしょ!?あの変態に捕まったら、なんて罵倒されるか――」

「何ですって?」

 あまりにも低い声に、結紀の声は途中で消えてしまった。恐る恐る振り返った結紀の背後には、立ち上がり腕を組んで、冷ややかな表情を浮かべたキャッシー。

 朝早くだと言うのに、お互い視線を逸らさずに嫌そうな顔。

「げ、キャッシー…いたのかよ。うわー、顔見たくなかった」

「それはこっちの台詞よ。さっさと出て行け」

 キャッシーの口が誰よりも酷い。結紀のあからさまに嫌っている様子も珍しい。

「来たくて来たんじゃねーよ。俺だってこんな部屋から、さっさと出たいわ」

「あら、それならちょっと海外行ってきなさいよ。そのまま、カリブ海にでも沈め」

「おい、ふざけんなよ」

 二人の間に見えない火花が散りそうで、柘榴は口出せない。柊はやれやれ、と言いたげな顔で、二人の間に割って入った。

「二人とも、今日はそこまで。今は時間が惜しいから、落ち着いてくれよ。特に洋子くん」

「名前で呼ばないでよ」

 噛みつくように言いつつも、大人しくなってもう一度椅子に座り直す。

 結紀もしぶしぶ引き下がったので、安心した柊は柘榴と結紀の方を見ながら話し出す。

「二人ともよく聞いてくれよ。二人にはこれから希くんを連れ戻しに行ってもらう。タイムリミットは、今日一日だけだ」

「はい?なんでそんなことに?」

「無能な馬鹿は黙って話を聞きなさいよ」

 現状を把握していない結紀の言葉に、キャッシーがバッサリと言った。思いっきり睨んでいる結紀の方など見向きもせず、キャッシーは机の中から何かを取り出し柘榴に手渡す。

「これ、ミニノートパソコンよ。少し重たいかもしれないけど、希ちゃんを探すのに役立つはずよ。柘榴ちゃん、絶対に希ちゃんを連れ戻してね」

「うん。絶対に連れ戻す」

「それから、無茶はしちゃ駄目だからね」

 心配してくれているキャッシーの言葉に、柘榴は微笑んで素直に頷いた。

「声、きも」

 水を差すように結紀がぼやいた言葉は間違いなくキャッシーに向けてで、今度は逆にキャッシーが結紀を睨む。

 パンパンと二回、柊が手を叩いたので、思わず三人とも柊の方を見た。柊は肩を落としながら、呆れて言う。

「いい加減にしてくれよ、二人とも。結紀くん、悪いけど詳しくは通信機で話すから、移動しながら現状理解で頼む。洋子くんは、さっきの続きを」

「はーい」

「分かったわよ」

 結紀もキャッシーも、柊の言葉には一応従う。それから、と言いながら柊は柘榴を見据えた。

「柘榴くん。希くんはきっと無事だ。何か分かったらすぐに連絡してくれよ」

「…うん」

 無事だ、なんて根拠はどこにもない。けど、そう言って貰えるだけで少しだけそんな気がして、目頭が少し熱くなった。



 本部を出たのは、それからすぐのこと。

 運転席に座っている結紀は耳に付けている通信機で柊と会話をするので、助手席に乗った柘榴は黙って車が進む道をただ見ていた。柘榴達がいつも身に付けている通信機とは少し構造が違うらしく、柘榴の通信機から柊の声が聞こえることはない。

 柘榴は何も出来ず、窓の外に顔を向けていた。

 朝早く本部を出発して、何も食べていないのに空腹すら感じない。

 早く、早くと焦る気持ちだけが心にあって、それ以外考えられない。

 本部から出て一時間以上経った頃。お互い黙ったままだった柘榴と結紀の通信機に、同時に同じ声が聞こえる。

『もしもし、二人とも聞こえているかい?』

「…柊さん?」

『結紀くんも聞こえているよね。さっき整備部の友樹くんから連絡があった。友樹くんは今希くんと一緒で、二人とも無事らしい』

「…本当?」

 思わず不安そうな声が漏れた。安心させるように、柊は優しく言う。

『一応、だけどね。まだ目を覚ましていないし、どうして友樹くんまで一緒にいるかは本人も分かっていないけど。友樹くん曰く、朝方に希くんが目を覚ました直後に、身体が光って、気が付いたら知らない土地にいたそうだ。おそらく、希くんの能力だろうな。友樹くんの意識が戻ったのが先程。希くんはまた意識を失って、今は二人とも安全な場所で待機するように言ってある』

「そう、なんだ」

 また意識を失っている希。無事だけど、素直に喜ぶことは出来ない。

『また何か分かったら連絡する』

「分かった」

 すぐに話は終わった。

 結紀は運転しているせいか、柘榴に気を遣っているいるせいか、何も言わない。静かな車の中で、柘榴は一人ゆっくりと息を吐いた。


 あと、少し。

 数分で目的地に着く、と結紀に先程言われてから。どうしてだろう、嫌な予感が心を占める。

 朝見た夢の内容が、今更ながら気になって仕方がない。

 希の身に危険が迫っている気がして、唇を噛みしめた。

 車の行く先には人影が全くなく、広がるのは崩壊した街。建物は崩れ、車が通る道が次第に狭くなって行く。

 結紀が車で行けるギリギリの場所まで行き、ゆっくりと停車した。

「…ここが限界だな。後は歩いて行くしかないか」

 車の目の前には、瓦礫の山。コンクリートの平らな道はなく、でこぼこの道が続く。

「結紀、車はここに置いて行くの?」

「ああ。行く前にあいつから貰ったノーパソ貸してみ」

「あ、うん」

 頷きながら、ずっと膝の上に置いてあったノートパソコンを差し出す。B5サイズのノートパソコンを結紀が操作すると、すぐにこの区域の詳細な地図が画面に出た。

 その中で二カ所、赤く点滅している。その点滅の傍には、無数の数字。

「こっちが柘榴。こっちが希ちゃんだな」

「へえ」

「ここからだと、歩いて三百メートルくらいか。急いで連れ戻すぞ」

 結紀が車を降りようとしたので、柘榴も急いでシートベルトを取り外し車から降りた。



 早く希に会いたい。

 ドアを開け、左足が地面に着く瞬間。瞳に映ったのは地面の茶色ではなかった。柘榴を中心に一瞬で周りが真っ黒に埋め尽くされ、驚いて顔を上げる。

「…ここ、て?」

 真っ黒な空間には、何もない。柘榴自身の姿は確認できるのに、他にも何もない。

 いや、あった。

 宙に浮く一つの宝石が次第に光を増し、その存在を主張している。それはガーネットの、深紅の光。

 随分と前にも同じことがあったな、と思っているうちに宝石の光が増し、光が形を変えていく。赤い光に包まれた、巨大な生き物。

「…ドラゴン」

 前よりも大きくなったような気がするドラゴン。その顔が微笑んだように見えた。幾度となくラティランスと戦ってきたせいで、落ち着いてその姿を見つめた。

 ドラゴンと柘榴は見つめたまま、お互い目を離そうとしない。

 柘榴は意を決して声を上げた。

「ここはどこ!貴方は何者なの!」

 言葉が通じると思って叫んだ言葉。   

 今まで戦って来たラティランスとは比して異なる存在だと感じた。もっと神秘的で、神聖な生き物のような、そんなオーラを持つドラゴン。

 柘榴の言葉に、答えるように顔を少しだけ近づけてドラゴンは言う。

【急げ】

 低く優しい声が頭に響いた。どこか懐かしい声は、柘榴に何かを伝えようとしている。

【急いで、探せ。エメラルドを、守れ】

 少し片言。でも以前より聞きやすい言葉で柘榴に訴える。エメラルド、それが指すのは希のこと。

「どういうこと?」

【時間がない。言葉を授ける。そして、イメージするのだ。我が力を――】

 もっと聞きたいのに、ドラゴンの身体が輝き出して辺りが眩しくなっていく。そのせいで目を開けていられなくなり、右腕で光を遮ろうと試みる。

 ドラゴンの声は一方的に頭の中で響き続ける。

 意味が分からない。

 それでも、ドラゴンの言葉は確かに柘榴の頭の中に残る。

 眩しくて目を閉じた瞬間、ドンっと身体に何かが乗りかかったような感覚に襲われた。



 ハッとして目を開けた瞬間に、結紀の心配そうな顔が目の前に現われた。

「柘榴、どうかしたか?」

「…えっと」 

 ドラゴンの声は一切聞こえなくて、現実に戻って来たのだと実感する。軽く周りを見渡しても、ドラゴンの姿なんてあるはずがない。瞬きを数回繰り返したのち、息をゆっくり吐いて言う。

「大丈夫。何でもない」

 まだ少しぼんやりするが、意識ははっきりとある。

 夢のようで夢じゃない出来事には、時間はあまり関係ないようだ。車から降りようとしたほんの数秒が、ドラゴンとの会話の全てに当たる。

 ドラゴンの言った言葉は、不思議と覚えている。

「それならいいけど。お前さ…いつの間にそれ、手に入れたわけ?」

 結紀がそれ、と言って指差したのは柘榴の左手。左手を胸元まで上げれば、いつの間にか存在していた赤いブレスレットが目に入る。

「…何これ?」

「いや。俺も知らねーよ?」

 驚きを隠せない柘榴は、まじまじとブレスレットを確認する。

 赤いコードに通されているのは、長方形の金属。その中心には柘榴が持つ宝石、一センチにも満たないガーネットの粒が埋め込まれ、日に当たってキラキラと輝いている。

 右手でそっと宝石に触れてみれば、淡く光ったように見えた。

「私、いつの間にこんなの身に付けていたっけ?」

「だから、俺がそれを聞いているんだって」 

 ブレスレットから目が離せない柘榴が問えば、呆れた結紀の声が返って来た。考えても答えがない柘榴を見て、ため息交じりに結紀が言う。

「とりあえず、先に希ちゃんを探すぞ。それについては後で追及するからな」

 そう言ってさっさと歩き出した結紀は、ノートパソコン片手に一人で瓦礫を踏み越えて進む。

「ちょっと、置いてかないでよ!」

 ブレスレットのことが気になるが、それは一度頭の隅に追いやった。とりあえず今は置いて行かれないように、慌てて追いかけることにするのだった。

 


 瓦礫の山や壊れたコンクリートの道、破壊した建物が広がる景色が目の前に広がる。

 急いで走れる道なんてなく、一歩一歩を気をつけて歩かないと進めない。結紀の後を追いかけて、辿り着いた建物は、一つの病院だった。

「ここ?」

「みたいだな」

 壊れた病院を見上げて、柘榴は何も言えない。

 窓ガラスは全て割れ、斜めに傾いた建物。外壁は剥がれ落ち、今にも崩れそうな病院は昼間だと言うのに、中が薄暗い。四階建てだったはずが、屋上の一部は破壊されて、跡形もないぐらい悲惨な状態。

「…酷いね」

「そうだな」

 お互いそれ以上のことを言えないまま、ゆっくりと歩き出す。

 ノートパソコンを見ながら結紀が先に進み、辿り着いたのは警備室と書かれた部屋。不思議なことに、その部屋のドアだけは綺麗に見える。

 ドアの前で立ち止まった結紀はノートパソコンを閉じ左手で持つと、少し緊張しながらドアノブに手を伸ばす。

 緊張が柘榴にまで伝染して、両手に汗が滲んだ。

 ドアを開けた先、不自然なくらい普通の部屋。棚も机も、椅子もある。何も壊れていないからこそ、感じる違和感。部屋の中はまるで何事もなかったかのように、存在していた。

 部屋の端。眠る希と、すぐ傍で座り込んでいる友樹の姿があった。ドアが開いたからか、顔を上げた友樹と目が合う。

「よかった。無事だったな」

「…無事、とも言い切れないけど」

 ホッと一安心した結紀の言葉に、友樹は歯切れ悪く答えた。

「こんな場所にいないで、早く帰ろうぜ」

 結紀が一歩足を踏み出して、部屋の中に足を踏み入れようとした途端に、部屋の方から風が生じた。柘榴と結紀の頬を撫でた風は心なしか冷たい。

「へ?」

「これ――っ!」

 驚いている結紀の服を咄嗟に掴み、柘榴はそのまま前に躍り出る。

「グラナード!」

 咄嗟に叫んだ柘榴の声と共に現れた日本刀は、直後に現れた突風を切り裂く。下から一直線に日本刀を振ったせいで切った風、その風は両脇へと逸れて壁を傷つける。

「んな、何が起こった」

「希ちゃんの、力だね」

 日本刀は構えたまま、柘榴はもう一度部屋の中に入ろうと試みる。

「っ!」

 また、だ。

 部屋に入ろうとした途端、突風が柘榴を襲いもう一度風を切る。逸れた風は壁にひびを入れ、ギリギリで驚いている結紀の脇を通り過ぎていた。

 こんな芸当が出来るとしたら、柘榴の知る限り一人しかない。

「友樹さん、そっちから出ることは出来ないんですか?」

「何度も試した、けど――」

「そうですか」

 真剣な表情で、柘榴は一瞬だけ考えた。

 困っているのは柘榴だけじゃない。結紀も友樹も同じことで、もしこの状況を変えられるとしたら柘榴しかいない、そう思ったからこそ深呼吸を繰り返し、それから意を決して言う。

「結紀、私から離れていてね」

「…柘榴」

 結紀の心配そうな声は無視する。柘榴に出来ること、それは希の風を破ることしかない。ゆっくりと日本刀を構えて、真剣な眼差しで前だけを見据える柘榴から、結紀は静かに一定の距離を取った。

 それを横目で確認して、祈るように言葉を紡ぐ。

「グラナード。お願い、力を貸して」

 声に答えるように、日本刀を纏う焔が燃え上がる。

 比例するようにドアから緑の光が溢れ出す。柘榴が少しでも攻撃しようとすれば、さっきのような突風が襲うことは承知済み。それでもここから出なきゃ、何も始まらない。

「――希ちゃん、目を覚ましてよねぇええ!!!」

 腹から声を上げ、叫びながら柘榴は日本刀を躊躇うことなく振るった。



 全てを思い出した希は、誰かに呼ばれた気がして意識が覚醒した。

 身体が重たいし、怠さが襲うし、現実を見つめるのが怖い。事実は残酷で、心が痛くて苦しくて、そして悲しいだけ。

 五年前に、希の知らない場所で大好きだった柚はいなくなった。

 五年前に、姉のように慕っていた女性は、美来はいなくなった。

 数か月前に、兄の歩望は目の前でいなくなった。

 大切な人達は、皆いなくなってしまった。

「希ちゃん…希ちゃん!」

 誰かが何度も名前を呼ぶ。

「目を開けて!希ちゃん」

 必死に呼びかける柘榴の声に、答えられない。希の記憶が正しければ、柚が巻き込まれたきっかけを与えたのは、希。柘榴を巻き込んだのも、希。

 どんな顔を合わせればいいのか、分からない。

「守るから!」

 言葉が変わった。

 その言葉が希の心に響き、遠い昔に柚と交わした約束と重なる。

「希ちゃんを守るから!絶対に守るから!だから、目を覚まして!」

『希ちゃんは、僕が守るよ。これからずっと、絶対に守るから』

 守ってもらう資格なんてないのに、それでも変わらずに同じ顔した少女と少年は同じことを言う。

 今の世界は希にとって、柚も美来も、歩望もいない世界だけど。

 柘榴のように守ろうとしてくれる人がいるから。生きていていいんだ、と思えるから。

 だから、希は瞳をゆっくりと開けた。



 何度も何度も希に呼びかけていた柘榴。

 どんなに日本刀で切り裂けなかった風が、変わる。次第に風が弱まり、暖かく優しい風が柘榴の頬を撫でた。日本刀を手放して、呆然とする間もなく希に駆け寄る。

「希ちゃん!」

 柘榴の後を追って、結紀も駆け寄る。

「…ん」

 声を漏らした希の顔を覗き込もうとしていた友樹とは反対側に周り、柘榴はその顔をジッと見つめる。

 ゆっくりと瞳を開けた希。瞬きを繰り返したのち、掠れた声で言う。

「…私は、生きていていいのです?」

 泣きそうな顔で呟いた希の右手を、ギュッと握って柘榴も泣きそうになりながら優しく言う。

「馬鹿。当たり前でしょ」

 よかった、と心から思えた。

 それは友樹も感じたことのようで、同じ言葉を小さく漏らす。結紀は何も言わなかったが、表情から感情は読み取れる。念を押すために、柘榴はもう一度言うことにした。

「生きてね、希ちゃん。いなくなったりしないでね」

 希の瞳に、柘榴と友樹、それから結紀の姿が映った。静かに一粒の涙を流した希は、はい、と小さな声で言って微笑む。

 希が生きていて、柘榴の手の届く場所にいる事実が何より嬉しい。

 友樹に支えられて起き上がった希。柘榴は先に立ち上がり顔を少し背けて、顔を拭った。

「あ、柘榴。泣いてる?」

「泣いてない!」

 確かに泣きそうになったが、実際は泣いていない。楽しそうに笑う結紀を叩き、遊んでいるように見えた二人に、呆れて友樹が言う。

「それで、どうやってここまで来たわけ?」

「あ、少し離れた場所に車を止めてあるから、希ちゃん歩ける?」

「あ、はい」

 結紀の言葉に頷いた希。自力で立とうとした希は足に力が入らないのか、ガクッと座り込んでしまう。

「…すみません」

「どうしたの?」

 思わず希の横にしゃがみ問えば、申し訳なさそうな顔の希が言いにくそうに言う。

「足に、力が入りません」

「持つよ」

 え、と希が傍にいた友樹を振り返る前に、その体が宙に浮く。平然としている友樹に抱きかかえられて、希は落ちないように友樹にしがみつく。

 傍目から見ていても分かるくらい、希の顔がりんごのように赤くなった。

「お、下ろしてください!重いですから!」

「別に重くないけど」

 友樹の言葉に、それ以上反論出来ない希は顔を隠すように下を向いた。

 柘榴も何となく、恥ずかしい。あまりにも希が恥ずかしがっているので、茶化すに茶化せない。

 それは結紀も同じなのか、少しだけ言葉を濁らせてから先に歩き出す。

「あー、うん。よし、行くか」

「…そうだね」

 先に柘榴と結紀が歩いて、その後ろから希を抱えた友樹が歩く。

 振り返りたいけど、振り返るのは野暮だろうか。結紀も同じことを考えていたのか、柘榴にだけ聞こえるように言う。

「あれだな。若いっていいな」

「…結紀も、あれすればいいじゃん。モテるよ、きっと」

「無理無理。イケメンにしか出来ない」

 くだらない会話は後ろには聞こえていない。確かに友樹は誰から見てもイケメンに分類されるだろう、と心の中で柘榴も思う。

 そんな柘榴に、結紀はふと問う。

「希ちゃん達がここにいたのは、力のせい?」

「多分…無意識に故郷に戻って来たんだと思う。あの風の力も」

 そこまで言ってから、柘榴は口を閉じ考える。

 最初の時、希の能力が無意識に発動したのは、ラティランスが希と苺を襲ったからだった。いつだって希の風は、守るために発動する。

 では、さっきは何故能力が発動していたのだろうか。

 この場所は、人がいなければ何もない。ただ希の故郷であるということだけ。

 それでも、希の力はここに着いてからずっと発動していたと、思う。現に友樹はあの場所から出られなかったと言っていた。考え事をしていた柘榴には周りの音が聞こえなかった。


「おい。さっきから変な音がしないか?」

 友樹の足音が止まり、誰もが立ち止まり耳を澄ませる。

「本当だ」

 まるで地面の中を何かが動き回っているような、そんな音が聞こえる。

 その音が段々と近づいている。

「なんか俺、物凄く嫌な予感がするな…」

「結紀、黙ってないで周りを見渡しなさいよ。グラナード」

 柘榴は右手に持った日本刀を強く握りしめ、結紀も持っていた銃を持って周りを見渡す。その後ろにいた希は友樹に抱きかかえられたまま、一人瞳を閉じ神経を集中させる。

 音が止まった。

 同時に、希が叫ぶ。

「下です!」

 咄嗟に柘榴と結紀は、右へ。希を抱えたままの友樹は左へ駆け出した。

 その瞬間、さっきまでいた地面が膨れ上がって、地面を抉って出て来た怪物。

「なんで、こんなところまで来るのかな。ラティランスは」

 ため息しか出ない。

 頑丈そうに見えた身体、何本もの巨大足。地面から現れた身体は一部で、すぐに地面に潜った。地面の下、穴を掘って自由自在に移動する音が辺りに響く。

 銃を構えたままの結紀を置いて、柘榴は音のする方へ一目散に駆け出した。

「柘榴!」

 名前を呼ばれても振り返らない。不思議といつもより身体が軽くて、内心微笑んでしまう。

 急げ、とドラゴンは言っていた。

「つまりは守れって、ことでしょう…グラナート!!!」」

 希を守れ、そう伝えていたドラゴン。

 柘榴の掛け声と共に焔が燃え上がり、日本刀を振り上げて地面が膨れ上がりそうな場所目掛けて飛び跳ねた。音がするはずの方向へ駆け出したつもりだが、途中で音のする方角が変わった。

 すぐ近くの地面から音が聞こえた瞬間、ラティランスが現れて空中に放り投げられる。

大百足おおむかでだ、柘榴!」

「大百足って何!」

「長くて、足がいっぱいある奴だよ!」

 離れた場所から結紀が叫び、また別の地面から尻尾のようなものが柘榴を襲う。

 咄嗟に日本刀を振り、切りつけようとしたら地面に逃げられた。柘榴が地面に着地すれば、大百足の姿はすでに地面の中。

 舌打ちしながら着ていたコートを脱ぎ捨てて、周りを見渡す。

「逃げ足が、早いなあ」


「それは、君もね」


 聞いたことのない声。すぐ後ろからの殺気を感じて振り返れば、数十メートル先に一人の男の姿。

 二階建ての崩壊した建物の鉄骨の上に立ち、見下ろすように柘榴を見て口角を上げる。真っ黒なコート。真っ黒なスーツ姿で、グレーのネクタイ。正装姿に深く帽子を被って、顔が半分しか見えない。

 そのシルエットは、夢で見た気がする。 

 そして、その男が抱えるのは気を失った少女。

「希ちゃんを離しなさい」

 はっきりと低い声で、睨みながら言った柘榴。心に占めるのは怒りと言う感情。

「まあ、落ち着いて。僕はこの子を連れて行きたいだけで、他には興味がない」

 そう言って、男は笑っていた。

 意識のない希を男は右腕だけで抱えているので、顔が見えない。両腕と両足がだらりと下がり、動かない。結紀も友樹も、いつの間にか瓦礫に背を預けて意識を失っている。近くまで行って確認するのには遠いが、息はしているのだけは分かった。

 助けに行きたいが、目を離した隙に希を連れて行かれそうで、一瞬たりとも男から目を離せない。

 今この場で動けるのは、柘榴とそれから希を抱えた得体の知れない男だけ。

 お互い目を離さずに、時間は流れる。

 先に足を踏み出したのは、柘榴。駆け出した足は瓦礫を飛び越え、二階の高さを苦も無く越えて男を目指して日本刀を振り上げた。

「――っこの!」

「遅いよ」

 男は柘榴の攻撃を悠々と避ける。希を抱えているにもかかわらず、攻撃は一切当たらない。

「希ちゃんを返しなさい!」

「ちょっと、落ち着きなよ。僕は君に攻撃をするつもりなんて、これっぽっちもないんだよ。僕が欲しいのは、エメラルドだけさ」

 そう言って、男は軽々と別の建物に飛躍した。

 高さは変わらないし、数メートルの距離なので近づこうと思えば近づける。けど、近づいたところで攻撃が当たらないことは、嫌と言う程思い知らされた。

 唇を噛みしめている柘榴に向き直り、男はゆっくりと帽子を取る。

「始めまして、優作さんの娘さん。柘榴ちゃん、だっけ?こうして顔を合わせるのは初めてだったよね」

 どこにでもいそうな優しそうな男性。少したれ目で、細すぎず太っているわけでもない。でも、どこか異質な雰囲気を持つ。写真で見たことのある、その男。

「私、貴方を知っています」

「そう?それでも自己紹介するよ。僕の名前は終冶。悪いけど――」

 一旦言葉を切った男、終冶はそう言って黒い笑みを浮かべて言う。

「少し、この玩具で遊んでくれないかい?」

 タイミングよく地面が揺れた。瞬く間に終冶の真後ろの地面から現れた大百足は、二人の頭上を飛び越えて柘榴を襲う。

 バッと日本刀を振りかざし焔で威嚇すれば、すぐ真横の地面に逃げようとした大百足。そのせいで柘榴がいた建物が崩れそうになり、咄嗟に地面へと飛び降りた。

 大百足が地面を動き回る音がすぐ近くからする。首を見渡しても姿はないが、顔を上げれば終冶が楽しそうに笑っている。

 見物することにしたのか。希をすぐ傍に下ろして、終冶は一人柘榴を見て手を振った。

 その余裕が、柘榴をイラつかせる。奥歯を噛みしめて睨むことしか出来ないのが、悔しい。

 大百足を相手にしている場合ではない。

 希を、守りたい。

 強く想えば、同時に頭の中に浮かび上がった言葉があった。左手のブレスレットは、知らないうちに赤く光り輝き始める。

「我が身に宿りし力」

 ドラゴンが言った言葉は、一度口から発せられると止まらない。男を睨みながらも静かに言葉が続く。

「赤く燃える焔は我が化身。我を燃やせ――」

 イメージしろ、と言われた。我が力を、と。

 それがどんな力でもいい、大切な人を守る力が欲しい。

 ブレスレットは途中でするりと腕から抜け、そのまま赤く丸い光となって目の前に浮いていた。視線を前に戻し、柘榴はその光に空いていた左手を伸ばす。

「グラナート」

 最後の言葉を言い終わると同時に、赤い光が今までないほど強い光を放った。

 眩しさで目を瞑る前に、赤い光を掴んでいた。

 光は形を変えて、右手と同じ日本刀へと変化していく。形も、大きさも同じ。柄の紐も、その先端に付いている赤い宝石も瓜二つ。違うのは刃が金色に輝いていること。

 光が収まった頃には、柘榴の両手に焔を纏った日本刀が一本ずつ。

 左手を上げたまま、終冶に剣先を向ける。

「行け」

 左手に持っていた日本刀に纏っていた焔は意志を持つかのように、赤い鳥の形となって終冶の頬を掠めた。すぐに消えた赤い鳥、その速さに瞬きを繰り返した終冶に柘榴は叫ぶ。

「希ちゃんは絶対に返してもらうから!絶対に、貴方を逃がしはしない!」

 はっきりと宣言した柘榴に、終冶は嬉しそうに笑って言う。

「じゃあ、僕を飽きさせないでね。存分に玩具と遊んでよ!」

 その途端、地面は大きく揺れた。



 誰かに頭を思いっきり殴られた。

 そのせいで気を失っていた結紀は殴られた頭を擦りながら、注意深く周りを見渡した。真っ黒なシルエットの男と抱えられた希、日本刀を振り回す柘榴の姿を離れたビルの上で確認して、結紀は全身の怪我の具合を確かめる。

「…特に、大きな怪我はないな」 

 殴られた頭から血が出ているが、出血多量ではない。

 立ち上がったところでふらつきもなく、冷静に今の状況を確認する。

 友樹が数メートル先で気を失っている。すぐに傍まで行くと、結紀はその肩を揺さぶった。

「おい、友樹。起きろ」

「…ってぇ」

 何度か揺さぶると、目を覚まして、その途端に結紀を睨んだ。

「何だよ」

「どういう状況か、分かるか?」

 真剣な表情の結紀の問いに、友樹は怒りを抑えて首を横に振った。

「怪我は?」

「特に」

 友樹に手を差し伸べれば、素直に捕まって立ち上がる。お互い視線はビルの上で繰り広げられる戦闘に向けられた。柘榴の手助け、及び希を奪還しに行きたいのが本音だが、丸腰で行っても意味がない。

 結紀は自分の持っている銃がまだ使えるか確認して、もう一丁持っていた銃を友樹に手渡す。

「とりあえず、友樹。予備の拳銃を渡しておく」

「ああ」

 友樹は慣れた様子で、拳銃の具合を見ると、腰のベルトに挟んだ。

 戦いからは暫く離れていた、とは思えないほど慣れた手つきに、素直に感心する。

「お前、もう戦闘員じゃないよな?」

「五月蠅い」

 聞くな、と言わんばかりの表情に、結紀は黙った。友樹の視線はずっと希から離れず、今すぐにでも駆け出したい気持ちは結紀にも伝わった。

「見つからないように近づいて、隙を見て俺が撃つ。お前は希ちゃんを――」


「お待ちください」


 話の途中で遮ったのは、どこかで聞いたことのある女性の声。驚いて振り返った結紀と友樹の瞳に映ったのは、瓦礫の山を優雅に歩く一人の女性。

 結紀は見たことのある女性に驚きを隠せず、友樹は警戒して反射的に銃口を構えた。

「昨日の?」

「知り合いか?」

 知っているような素振りの結紀を、友樹は不思議そうに横目で確認する。

 女性は数メートルの距離を置いて止まった。武器は持っていないと言うように、両手を軽く上げた女性は、昨日大学でぶつかった女性。何かを知っている素振りを見せ、目の前から突如消えた女性。

 今日も似合っていないサングラスを掛け、微笑んで言う。

「その銃では、威嚇も出来ませんよ。彼女は私が助けますから、どちらか一人は私の援護に。もう一人はガーネットの傍に」

 そっと女性は、視線を柘榴の方へ向けた。

 ほぼ同じタイミングで地面が揺れ、柘榴を目掛けて大百足が襲う。ハッと息を飲んだのは束の間で、大百足から逃れた柘榴は地面に着地した。大百足は姿を消し、柘榴は男を見上げていた。

 柘榴の左腕のブレスレットが、微かに輝き出す。

「何が?」

「覚醒、しますね」

 あまりにも小さい声で女性は呟いた。

 遠くから見ているだけでも分かる。ブレスレットは次第に光を増し、その光はあっという間に二本目の日本刀となって柘榴の左手に収まった。

「希ちゃんは絶対に返してもらうから!絶対に、貴方を逃がしはしない!」

 柘榴の叫んだ声は、結紀と友樹、女性の耳にもしっかり届いた。柘榴らしい、と思って少し緊張が解れた結紀は、自然と笑みが零れる。

 その途端、また地面が揺れ女性は真剣な表情で、結紀と友樹に向き直る。

「ガーネットはまたラティランスと戦うことになりました。やはり一人で無理をさせるのは酷な話です。ガーネットが戦っている間に彼女を救出します。どちらが私と共に来ますか?」

 すでに柘榴は大百足と戦い始め、男は笑ってその様子を眺めていた。

 女性の質問に、結紀と友樹は無言で顔を合わせるとほぼ同時に頷く。

「俺が柘榴の方に行くから。友樹は希ちゃんを」

「ああ」

 頷いた友樹は拳銃を少し下げた。警戒はしているものの、協力をする意思を見せたので女性は嬉しそうに微笑む。

「まあ、柘榴を助けに行く前に一つだけ確認したんだけどさ。君は一体何者なんだ?」

 女性は少し不思議そうな顔をして、真面目な顔をした結紀を見た。

 昨日大学で出会った女性。その面影は、サングラスをしていても浅葱が見つけた写真の女性と瓜二つ。その女性は五年前に姿を消し、当時はニュースにもなった、と言うことを知ったのは昨日柊から聞いた話である。

 幽霊でも見たのかと思っていたが、二度現れると存在を信じるしかない。

 女性はサングラスをゆっくりと取った。閉じていた瞳が静かに開かれれば、ガラス玉のように光が反射した。人の、瞳じゃない。

「私はただの機械人形、可子かこ。我が主には、そのような名前をいただきました。これでよろしいですか?」

「…人、じゃないのか?」

「ええ。詳しくはまた別の機会に。では、先に行きますよ」

 そう言って女性、可子は一人でさっさと歩き出す。友樹が急いでその後を追いかけ、結紀もそれからすぐに大百足と戦う柘榴の方へ駆け出した。


「俺の手助け、なんているのかよ…」

 思わず本音が漏れたのは、大百足と戦う柘榴があまりにも強くて、人離れした戦い方を繰り広げているからに違いない。柘榴が音のする方へ駆け出せば、その近くから大百足は姿を現し柘榴を攻撃する。運が良ければ攻撃出来て、悪ければ攻撃を受けるの繰り返し。

 見晴らしのいい建物の上から見ていた結紀は、柘榴の背後の地面が微かに動いたのに気が付いて思わず叫んだ。

「柘榴、後ろだ!」

『結紀!?』

 驚いた柘榴は咄嗟に振り返って日本刀で斬りつけた。深い傷を受け、大百足はすぐに地面に潜った。柘榴はあたりを見渡し、結紀の姿を探す。

「…そっちじゃねーよ。右、右。それから上」

『無事、だったんだね。よかった…」

 結紀が片手を上げた姿を見つけ、柘榴の心から安心した声が通信機から聞こえた。

「まあな。どうだ、一人で倒せそうか?」

『位置さえ分かれば。音で探しているけど、そこまで正確には分からないから』

 言いながら、柘榴は周りを見渡しながら歩き出す。

 上から見ていると地面は穴だらけで、どこから出て来ても不思議ではない。

「穴の中までは追いかけないんだな」

『…いざと言う時、希ちゃんのところに行けないから。友樹さんは?』

「平気だ」

 答えた直後に、柘榴の背後の地面がまた動いた。すぐさま叫ぶ。

「柘榴!背後に気を付けろ!」

『了解っ!!!』

 バッと振り返って、立ち止まった柘榴。地面を動いていた音が止まり、静かになった。どこから現れても対応出来るように、微かな音を聞き逃さないように、日本刀を構え目を閉じ集中する。

 結紀も緊張しつつ、様子を見守る。

 柘榴の右横の瓦礫が落ちた瞬間、結紀は叫ぶ。

「右だ!!!」

『見つけたぁああ!!』

 先手を打って駆け出した柘榴は、地面から大百足が顔を出した途端。二本の日本刀で思いっきり、その瞳を斬りつけた。



 大百足を灰と化し、残ったのは深い青の宝石。その宝石を持ち上げた柘榴は、すぐに結紀と合流した。

 右手には日本刀。左手には宝石。全身軽い火傷や切り傷を負いつつも、急いで結紀のところへ向かった。

 希の気配が離れていないのは直感で、それでも姿を見ないと安心できない。

「これ、お願い!私は希ちゃんのところへ――」

「ちょっと待て!」

 すぐにでも駆け出しそうな柘榴の右腕を掴んで、それ以降の言葉を濁した。何て説明すればいいのか困ったような表情を浮かべた結紀に柘榴が噛みつく寸前、遠くから歩いて来る人影が見えて柘榴は、あ、と声を漏らす。

「希ちゃん、友樹さん…」

 確かに無事な姿。思わず肩の力が抜けた柘榴は、安心して走り出す。

「希ちゃん!友樹さん!」

「無事か?」

 結紀の質問に友樹は無言で頷いた。友樹の腕の中で、意識を失っている希は気持ちよさそうに寝ているようにしか見えない。

 疲れ果てたのか、柘榴達が普通の音量で話しても起きる気配はない。

「希ちゃん、寝ちゃったんですね」

「ああ 」

「終冶さんは?」

「いなくなった。それから、USBを預かった」

「「USB?」」

 その言葉に、柘榴も結紀も意味が分からず首を傾げることしか出来ない。友樹は頷いて、言う。

「USBの中に、五年間の記録がある、て聞いた。それ以上は分からない」

「五年間の記録…」

 繰り返し呟いた柘榴。隣にいた結紀は、友樹に問う。

「それで、あの人は?」

「一緒に消えた。俺にも分からない」

「そうか。もっと色々聞きたかったんだけどな」

 悔しそうに言った結紀に、柘榴は首を傾げて問う。

「あの人、て誰?」

 その言葉に結紀も友樹も困ったような表情を浮かべ、無言の空間となってしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ