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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第4章
22/59

21 覚醒編01

 蘭が怖い。

 追われる柘榴は振り返らずに、一目散に整備室へ向かって走っていた。

「もー、蘭ちゃん止まってよ!」

 折角基地に戻って来て、希を探そうと思っていたのに。まさか蘭に追われるとは思っていなかった。これでは希とゆっくり話をするのは後になりそうだ。

 蘭と浅葱に追われたら最強タッグの様な気がして、振り返ることは出来ない。

 整備室のドア。柘榴にはそのドアが、唯一の光に見えた。

「希ちゃん!助けて!」

 ドアを開けた瞬間、驚いた顔した希に向かって抱きつく。周りの光景など、一切目に映っていなかった。整備室の中には希を含んで全部で六人。誰もが突然の柘榴の登場に驚く。

「え、柘榴さん?どうしたのですか?」

「私も分かんないけど、めっちゃ蘭ちゃんが怒っているみたいなの!」

 柘榴は必死にその様子を訴えようとするが、顔を上げてみれば沢山の視線が集まっていることに、ようやく気が付いた。整備部の面々だけでなく、なぜか蘇芳と鴇もいて、不思議そうに首を傾げる。

 整備室の現状に、柘榴の方も首を傾げる。

「…何していたの?」

「お茶会ですよ?」

 そう言って希が指すテーブルにはケーキを食べた跡。それから人数分のティーカップ。その他、お菓子が多数。

「あ、いいな。私も入りた―」

「柘榴!!!」

「ひぃいい!」

 突然、ドアから現われた怒った顔の蘭。その後ろで疲れている浅葱。怒った顔の蘭の登場に、柘榴は一目散に希の後ろに隠れて蹲る。

 柘榴同様に走って来た蘭と浅葱は息を切らしていて、そんな二人に希は微笑んだ。

「どうしましたか?蘭さん、それに浅葱さんも」

 優しげな笑みを浮かべている希。対照的に、怒ったように見える蘭。

 浅葱は巻き込まれまいと、早々に鴇と蘇芳の方へ行く。

「浅葱じゃん、疲れた顔してるね」

 鴇はその様子を見て笑っているが、蘇芳に至ってはあまり関心がない。目の前のお菓子を食べる手は止まらずに、何も言わない。

 椅子がないので、鴇の椅子を半分奪った浅葱は、蘇芳の目の前にあったお菓子に手を伸ばす。

「実際、疲れてるんだよ。蘇芳、それ貰う」

「…許可、してない」

 蘇芳のコーヒーを勝手に飲んだ浅葱は、その苦さに顔を歪めた。その様子を見た鴇は声を出さないように笑い、蘇芳は恨めしそうに浅葱を見つめる。

 他愛のない話をする浅葱達。整備部の面々は関わらまいと黙って柘榴達の様子を見守る。

 ゆっくりと柘榴と希の方に近づいて来た蘭は怒った表情のまま、逃げ出したい柘榴の意志など通じるはずもない。目の前に仁王立ちで立ち、見下ろしながら低い声で言う。

「柘榴、希。五年前のことで聞きたいことがあるわ」

 有無を言わせぬ雰囲気を醸し出すのは言葉だけではなく表情も含まれる。見下ろされる形は威圧感があるのだけれど、希には一切通用しない。微笑んでいる希とは対称的に、その影に隠れていた柘榴は蘭とは視線を合わせずに、ぼそりと呟く。

「そんな顔して言わなくても…」

「何か言ったかしら?」

 一段と冷めた声で言われ、柘榴は思いっきり首を横に振った。

 希は少し不思議そうな顔で、蘭に問う。

「五年前、ですか?」

「そうよ」

「それ、私も希ちゃんに聞きたかったことなの。あ、ちょっと待ってね。写真あるから」

 それを見たら何か思い出すかも、と言いながら叔父から受け取った写真をポケットの中から取り出す。二つ折りにしてあった写真を開く。柘榴は立ち上がって希の横に移動し、それを差し出した。受け取った希は、ジッと写真を見つめる。

 写真を見つめる希にではなく、写真を差し出した柘榴を見ながら不思議そうに蘭は言う。

「柘榴、それはどうしたの?」

「あー、家から持って来た、かな」

「その写真の子供は…柘榴ではないの?」

 真実を見極めようと見つめた蘭の眼差しに、柘榴は素直に頷く。

「私じゃない。それは弟の柚。それより、蘭ちゃんも五年前のことを何か知っているみたいだね」

「そう、ね。少しだけ知っていて、今はその真実を探るために柘榴と希に話を聞こうと思ったのよ」

「そうだったんだ」

「ええ。それで希は…希?」

 疑問形の蘭の言葉に、柘榴は蘭から視線を移動し希の方を見た。

 写真をジッと見て、動かない希の頬から静かに涙が溢れて零れる。写真に落ちていくのは数滴の水滴で、写真が一部ぼやける。

 涙を止めようとせず、希はつっかえながらも言葉を紡ぐ。

「ちょ、っと。待って、下さい。何か、思い出せそう、なのです」

「希ちゃん、無理はしない方が」

 柘榴が心配する声に希は唇を噛みしめ、無言で首を横に振った。右手で写真を持ったまま、左手は頭に当てて苦しそうな表情なのに、耐えるように言う。

「大切なことを、忘れているのです。私は、私は――」

 声が小さく消えて行く。希の視線は写真から離れない。

 希の異変に、柘榴も蘭も見守ることしか出来なかった。



 希は写真から目が離せない。

 周りの声は一切聞こえなくなった。

 頭が痛い。思い出してはいけない、と誰かが言っているような気がする。それでも思い出せ、ともその誰かは言う。

 写真の子供のうち一人は、間違いなく希だ。

 それから後ろの男性のうちの一人は兄。希と同い年の少年は、柘榴が言うのだから間違いない。柘榴の弟の、柚なのだろう。

 柚の顔を見るのは初めてじゃない。最初の頃に柘榴と一緒に旅行に行き、偶然見つけた写真の中の子供と一緒。あの時の写真は黙って抜き取って、机の奥に隠していた。

 いつか、いつかまたちゃんと見返そうと思っていたのに、ずるずると引き伸ばしていた。

 写真を見た時、柚を見た時に胸が少し苦しくて、頭が痛くなった。何かを忘れている気がして、でも思い出そうとするほど頭が痛くなった。

 だから、見返すのを止めてしまった。

 今だって思い出そうとすれば、頭が痛くて仕方がない。けど、やっぱり思い出したい。

 割れるように頭が痛いけど。

 胸が苦しくて仕方がないけど。

 それでも、思い出したい。

 だから、写真から視線を外せない。

 きっと何か大切なことを、忘れている。

 何を忘れているの?

 どうして、忘れてしまったの?

 ズキンッと今までで一番痛い頭痛に襲われた。その一瞬、脳裏に浮かんだのは柚の笑った笑顔。写真の笑顔じゃない。幼い頃の希に笑いかけた、記憶の中の柚の笑顔。

「――っ!」 

 ズキズキと痛み出して、頭痛が収まる気配はない。脳裏に浮かんだ柚の顔が忘れられなくて、無意識に掠れた声が漏れる。

「…ゆ、ず…くん――?」

 くん呼びなんて、今はしない。

 幼い頃にそう呼んだのは。そう、たった一人だけだ。ボロボロと流れ始めた涙を止める術もなく、戸惑ってしまう。

 けど、止められない。

 名前を呼んだのがきっかけ。

 その途端、勢いよく記憶がフラッシュバックする。

 蓋をした、希の記憶。

 楽しかった思い出、嬉しかった思い出。それから悲しくて、心を切り裂いたあの日の記憶。

 大切な人との、大切な記憶を。

 全て、思い出す――



「――っいや!」

 傍にいた柘榴には、確かに希の悲痛な叫び声が届いた。全身を抱きしめて身体を震わせる希の顔色は、一気に真っ青に変わる。

「…希ちゃん?」

「っ!」

 柘榴が呼びかければ、確かに顔を上げた。その瞳はまるで柘榴を通り越し、別の誰かを見つめているようで視線が微妙に合わない。

 泣くまいと唇を噛みしめている希の頬から、涙が止まることはない。

「どうしたの。希ちゃん?」

「っ、ご。ごめん、なさい…私が、私が――」

「落ち着いて、ね」

 そっと希に手を伸ばそうとした瞬間。

「っ!」

 声にならない悲鳴を飲み込み、希は身体を震わせた。予想外のことに柘榴の右手は宙で止まり、どうしていいか分からない空気になる。

 希がどういう状況なのか分からないから、対応が困る。

 怯えた瞳で柘榴を見て、震える唇で希は言葉を紡ぐ。

「柚、くん。ごめんなさい…」

 希は確かに、柘榴を見て『柚』と言った。驚いて、声が漏れる。

「え?」

「ごめんなさい。ごめん、な――」 

 さい、と最後まで言う前に、ぐらりと希の身体が椅子から落ちそうになる。

「希ちゃん!」「希!」

 柘榴と蘭の焦った声が重なった。ほぼ同時に柘榴が希を抱きしめるが、その途端に意識を失った。苦しそうに顔を歪め、それでも小さな声で謝ることを止めない。

 呆然とするしかなかった。

 何も出来ずに、ただ希を抱きかかえることしか出来なかった。

 頭の回らない柘榴の身体は動くことを拒み、騒がしい周りの声だけが五月蠅くて仕方がなかった。


「医務室に」

 呆然としていた柘榴に声を掛けたのは、一部始終を見ていた友樹だった。柘榴が支えているおかげで地面に頭を打たなかった希は意識を失い、横から支えているだけの状態。

 空いていたもう片側に膝を付いた友樹は、苦しそうな希の顔を見て、ほんの一瞬希と同じように苦しそうな顔を浮かべた。けれどすぐに冷静な表情を浮かべ、柘榴を見て真っ直ぐに言う。

「このままでいいわけがないから、医務室に連れて行く」

 そう言いながら希の身体の重心が友樹の方へ移り、軽々と希を抱きかかえて立ち上がる。

 ワンテンポ遅れて立ち上がった柘榴は、慌てて言う。

「それなら私も一緒に――」

「柘榴」

 優しい蘭の声が遮って、右手を軽く掴んだ。蘭の方を振り返れば、静かに首を横に振って言う。

「柘榴、一緒に訓練室の方へ行きましょう。希は任せた方がいいわ」

「でも…」

「また柘榴を見て、混乱しないとも限らないわ。今は耐えて頂戴」

 伏し目がちになりながら言った蘭の言葉をすぐには納得出来なかった。蘭から視線を移し、希の方を見る。

 本当は傍に付いていたい。希が目覚めるまで待ちたい。

 でも。もしも先程、希が柘榴を見て柚を重ねたのだとしたら。確かに、傍にいてはいけないような気がした。だって、柚はもういない。柘榴が会わせることなんて出来ない。

 柘榴は、柚じゃない。

 友樹がどうするのか、と待っていてくれている。

 いつの間にか肩に力が入っていた。ゆっくりと力を抜きつつ、視線を落とす。

「…分かった」

 消えそうなくらい小さな声で了承した柘榴に、蘭は少し安心した顔をした。

 真剣な表情の蘭は友樹の方を見て、はっきりと言う。

「希が目覚めるまで、傍にいてもらってもいいかしら?」

「分かった」

「お願いね」

 無言で頷いた友樹は、静かに部屋から出て行った。足音だけが顔を下げていた柘榴にも聞こえ、ドアが閉まった音でようやく顔を上げる。

 もう、この部屋に希の姿はない。

 何も出来ない悔しさを感じている柘榴。右手を掴んだままだった蘭が、ギュッと握って言う。

「柘榴、行きましょう」

「…うん」

 それしか言えなかった。



 結局、蘭に引っ張られる形で柘榴は整備室を後にした。

 蘭を先頭に、柘榴。少し距離を置いて、浅葱と蘇芳、鴇も後ろを黙って歩いて付いて来る。蘭が声を掛けなければ、浅葱達は動かなかったのではないかと思う程、途中から部外者だった。

 訓練室への道のりは、いつもより長く感じる。

 何も考えないようにしようと思えば思う程、泣いていた希の顔が浮かんで考えてしまう。

 どこかで、何かを間違えていないか。

 希を悲しませない別の方法があったのではないか。

 答えが出ないのに、考えが止まらない。

 誰もが何も喋らないまま、訓練室へと到着した。訓練室の前で立ち止まった蘭が静かにドアを開ければ、その部屋の中にいたのは浅葱の席でパソコンを真剣に見つめる柊と、その横で書類数枚に目を通して難しい顔をしていた結紀。

 妙に静かな訓練室に蘭の足音が響くと、二人は顔を上げてドアの方を見た。

「お、帰って来たか」

「遅かったな。て、柘榴どうしたんだよ」

 蘭に引っ張られ、暗い顔の柘榴を見た結紀が笑って言った言葉に、返せる元気はない。顔を伏せ、無言の柘榴に代わって、ため息交じりに蘭は言う。

「ちょっと、ね。ちゃんと説明するわよ」

 訓練室に着いたせいか、柘榴の手を離し蘭は自分の席へと向かった。浅葱や蘇芳、鴇が何か言いたそうな顔で、入口に立ったままの柘榴の横を通り越す。

 深呼吸をして、下を見つめる。

「…私の、せいでもあるのかな?」

 希が柘榴と柚を重ねたのなら、柘榴にはどうにもならないことでもそう思ってしまった。

 零れた気持ちは小さすぎて、誰にも届かない。一人だけ立ち止まっているわけにもいかず、少しだけ顔を上げて一歩踏み出す。

 浅葱の席にいた柊に、蘭は耳打ちで何があったのかを簡潔に説明する。

 結紀の指示で浅葱達はそれぞれ椅子を持って柊の周りに集まるので、柘榴も同じように椅子を持って蘭の近くに移動した。浅葱の机を囲うようにそれぞれが集まり、結紀だけが立っている。

 浅葱達が結紀を不信がっていたが、それすら気にせず柘榴の傍に来て小さな声で問う。

「おい、どうしたんだよ」

「…希ちゃんが倒れたの」

「マジ!?何があったわけ?」

「オッホン、じゃあ。希ちゃんのことも含めて、今までの情報整理をしようか」

 柊がざわついていた皆を見回して言った。興味津々の結紀は柘榴から話が聞けないと分かると、そっと傍から離れる。

 柘榴は椅子に座ったまま、膝の上で強く拳を握りしめる。柊が全員に見えるようにパソコン画面を移動したので、その画面から目を離すことなくジッと見つめた。

 真剣な顔で、柊は言う。

「まず、始めに。今回のことの発端は、本部の中にあった資料室の中から見つけた写真だ」

 そう言って、柊が画面に一枚の写真を出す。付け足すように蘭は言う。

「柘榴が希に見せた写真と同じものよ」

「その写真を見た途端、緑のが倒れたんだろ?」

 簡単に言った浅葱の言葉に柘榴が落ち込んだので、蘭が思いっきり浅葱を睨んだ。蘭の怒りを買ったと分かったようで、浅葱はすぐに黙り込む。

 今まで黙っていた鴇が、じゃあ、と手を上げて質問する。

「なんで希ちゃんは倒れちゃったの?ただの写真じゃないの?」

「おそらく、希ちゃんが失っていた記憶と関係があるんだろうね」

 柊が答え、希はね、と蘭が静かに言葉を続ける。

「数か月前にここに来たのだけれど、その時どういう訳かその日の記憶を失っていたの」

「そうなの!?」

「ええ、でも…記憶がなくても普通に生活出来るし、不便を感じてもいなかったから。その日の記憶を思い出したのかもしれないわ」

 考え始めた蘭を見て、柘榴は思わず小さな声で言い返す。

「…それだけじゃ、ないよ」

「柘榴?」

「蘭ちゃんだって分かっているんでしょ?希ちゃんが失っていた記憶は数か月前と…それから五年前の記憶。希ちゃんは私を見て、柚、て呼んだの。柚は五年前、私と一緒にラティランスに襲われて…死んでいるんだから」

 静まり返った部屋に、柘榴の声が響く。

 柘榴の言葉を踏まえて、じゃあ、と蘭は言う。

「希が失っていた記憶。それが全ての鍵であり、希が倒れた原因。それは間違いないわね?」

 冷静に判断した蘭の言葉に、柘榴はしっかりと頷いた。

 蘭と柘榴が真剣に話し出したが、柊はふと柘榴に問う。

「柘榴くん。五年前のことをどれくらい知っている?」

「え?どれくらいって言われても…」

 突然質問をされて、驚く。正直知っていることなんてない。

 柘榴と柚が神社でラティランスに襲われた、それが真実でそれ以上のことは何も知らない。

 首を傾げた柘榴に、じゃあ、と柊が鴇のことを見た。

「鴇くん。君が知っている範囲で、五年前のことについて説明出来るかい?」

「俺がですか!?」

「そう。訓練生の頃に習った程度でいいから」

 不意に話を振られて驚いた鴇。柊は無茶苦茶なことを言うが、鴇は少し間を置いてから話し出す。

「五年前、ラティランスにより各地が襲われました。日本各地で人々は襲われ、死亡者、不明者が何千人にも及びました。組織によって開発中だった対ラティランスの武器で戦うも、倒すことは出来ずにその時のラティランスは姿を消しました」

 何かに書いてあったものを読み上げたように、スラスラと鴇は述べた。

 柘榴以外はその内容に見覚えがある顔で、柘榴だけが初めて聞いた内容に少し驚く。

 蘭は五年前のことを思い出したのか、呟く。

「確か、組織が出来て一か月も経たない内に起きたことだったのよね。そのせいで、何人もいた研究者の殆どが巻き込まれた」

「蘭ちゃんはよく調べたよね。それ、一部の人間しか知らないはずの情報なんだけど」

 呆れている柊と目が合った蘭は、すぐに視線を外した。

「それで、なんでわざわざ五年前のこと?」

 結紀が柊に問うと、それはね、と微かに笑った。

「柘榴くんがいる場合、一から説明しないと話が進まないからね」

「ああ、柘榴がいますからね」

「ちょっと!」

 馬鹿にされていることだけははっきりと分かった。憐みの視線を一身に受ける。眉間に皺を寄せ、頬を膨らませて二人を睨めば、嘘嘘、と柊が軽く言う。

「それは冗談で、柘榴くんにもきちんと五年前のこと。ラティランスのことを知ってもらおうと思ったんだよ」

「柊さん、柘榴は一般じ――」

「蘭ちゃんが柘榴くんと希くんを巻き込まないようにあまり詳しく教えていなかったことは知っているけど。もう二人は十分に巻き込まれているからね」

 一般人、と言いたかった蘭の言葉は途中で掻き消された。優しく笑いかけた柊に居心地の悪くなった蘭は、柘榴の方も見れずに不貞腐れる。

 不貞腐れたついで、蘭は今まで黙っていたことを静かに言う。

「言い忘れていたわ。五年前の研究で、十一歳の少年が柘榴の持つ宝石であるガーネットと適合していたことを」

「…まさか?」

「おそらく、柘榴の弟の柚の可能性が高いわ」

 驚く柘榴が言葉を失う。証拠とばかりに蘭はポケットの中に入れっぱなしだった紙切れを、全員に見えるように置いた。

「蘭ちゃん、最初に出してよ。そういう物的証拠は…」

 柊がますます呆れるが、蘭はその言葉を聞くまいと耳を塞ぐ。

「…別にいいじゃない」

「はあ、じゃあ柘榴くん。何らかの形で、その柚くんが適合し、そののち柘榴くんに適合した可能性はあるかい?」

「…ある、と思う。実家から柚の日記も持って来たけど、そんな風に書いてあったし」

 真面目な顔の柘榴を見て、蘭は真剣な顔となった。 

「柘榴、教えて頂戴。貴方の弟、柚のことを」

 柚のこと、五年前にラティランスに襲われたことは、蘭には前にも軽く話したことがある。けれども詳しくは話していないし、話すつもりはなかった。

 触れない方がいい気がしていて、何となく避けていた。

 でもそれは、ただの逃げだったのかもしれない。

 柚から、五年前の悲しみからの、逃げ。

 皆が柘榴の言葉を待つ。意を決して、柘榴はゆっくりと話し出す。

「柚、はね。私の双子の弟の名前――」

 語り出した柘榴に、周りは誰も口を挟もうとはしなかった。

 知らない相手にも分かるように説明するには、何から説明するのがいいだろうか。そう思うと、なかなか上手い言葉が見つからなくて間が空く。浅葱や蘇芳、鴇は全く知らない名前だからこそ、分かりやすいように説明したい。

「見た目が…私とそっくりで、頭の出来も私そっくりで。同級生の女子には私よりモテていて。それなのに体重は私より痩せていて」

 昔を思い出しながら話せば、なんだか悲しくなってきた。

 何だかんだで、柚には負けていた気がする。

「性格は似てなかったかな。柚の方が几帳面で運動神経が悪くて、趣味が写真を撮ることだった」

 柘榴は当時のことを思い出して、笑ってしまう。

 五年と言う月日が流れたからこそ、穏やかな気持ちで過去を振り返ることが出来る。

 誰にも茶化されることのない部屋は静かで柘榴の声がよく響くだけに、これから話す五年前のあの日のことを思うと、少しだけ心が沈んだ。

 それでも言わなければと思い、一度唾を呑み込んでから真面目な顔で言う。

「五年前、ラティランスに襲われたのは神社で柚と二人で遊んでいた時だった。誰かに鋭い何かで…私は脇腹を、柚は心臓を貫かれて。赤い血が混ざり合ったのは、はっきりと覚えているよ」

 両手をギュッと握って、パソコンの画面を見据えた。

 希と一緒に笑っている笑顔の柚の顔。やっぱり柘榴の中で柚は笑っている印象が強いから、柘榴も笑おうと思いながら言う。

「うちの地区は、特に被害が酷かったみたい。柚だけじゃなくて、その日を境にお父さんも行方不明になっちゃった」

 明るく言ったが、それが返って不自然だったようで誰も柘榴と目を合わせない。

「…あ、柚との二人が写った写真もあるんだよ。ほら、これ」

 持っていた携帯を操作し、一枚の画像を蘭達に見せる。その写真を見た途端、全員の思うことは同じだった。

「「「そっくり」」」

「似すぎだろ」

 蘭と浅葱、鴇の声が重なった。結紀も驚きつつ、何度も写っている二人の子供を見比べる。柊だけが、その写真と、画面の写真の柚を見比べた。

 少しだけ空気が軽くなったので、いつもの調子で柘榴は言う。

「私が言えるのはここまで。だからさ、今度は教えて。ラティランスのこと」

「…分かったわ。じゃあ、柊さん説明を」

「あ、蘭ちゃんが説明するわけじゃないんだね」

 確かに頷いた蘭を見て、柊は頬を掻きながら何から説明しようか考える。

「…そう、だな。ラティランスの生まれる根源は、特別な宝石だ。浅葱くん、誕生石の一覧は出せるかい?」

「はい」

 パソコンの近くにいた浅葱は柊の頼みを快く受け入れ、パソコンをすぐに操作する。

 あっという間に画面に映し出された数々の宝石。それを確認してから、柊は淡々と言う。

「宝石の種類はいくつも存在するが、今回取り上げるのは十三の宝石だ。ガーネット・アメジスト・アクアマリン・ダイヤモンド・エメラルド・ムーンストーン・ルビー・ペリドット・サファイヤ・オパール・トパーズ・ラピスラズリ、そしてオブシディアン。オブシディアンは誕生石ではないが、それは置いておこう」

 一呼吸を置いて、さて、と柊は柘榴に問う。

「柘榴くん、君達が倒したラティランスが、宝石を残して消えたのは覚えているね」

「…はい」

 咄嗟に声は出なかったが、確かに頷く。

「それがラティランスの核で、力の源だ。ラティランスを倒せば、その核を回収することで終わりに近づける。全ての宝石を手に入れ、ラティランスを出現させないように保管すれば、戦いの終わり。と言うのは研究者の見解だ」

「柊さん、組織で元々保管していたのはアクアマリンだけだったわよね?」

 蘭の質問に、柊はすぐさま返す。

「まあね。ただ、柘榴くんと希くんも力を手に入れていることから考えて、二人の宝石はラティランスにならずにどこかにあるのではないか、と思う」

「どうして、そう言い切れるのですか?」

 今度は浅葱が質問をした。

 それを返したのは戦いには無関係そうだった結紀。

「実は今まで戦闘員が集めて来た小さな宝石の欠片。あー、柘榴達以外が集めていた宝石の欠片があるんだけど。その中に、一度だってアクアマリンとガーネット、それからエメラルドは混ざったことがない。ついでに言うと、柘榴達が倒したラティランスの核を回収してからは、それらの宝石の報告されなくなった」

 つまり、と言って結紀の言葉を引き継ぎ、画面の宝石を一つ一つ指差していく。

「残りの回収するべき宝石は、四つ。ペリドット、サファイヤ、トパーズ、オブシディアン。それから、柘榴くんと希くんの宝石の核であるガーネットとエメラルド。ガーネットとエメラルドに関しては、ラティランスとして存在していないと思うが、確かにアクアマリンと同じように核となる宝石があるはずなんだ」

「へえ、柊さん。そんな大事なことを私にも秘密にしていたのね」

 足を組んで冷めた声で言う蘭は怒っていて、柊はそれを感じてビクッと身体を震わせた。

「いや、そのうち言う予定だったんだ。今はまだ早い、かと」

「そう。ふーん」

「ほら、後は残り四体と思われるラティランスを倒せば、大きな戦いは終わる。あー、よかった。よかった」

 言いながら立ち上がって、柊は急いで蘭の傍から離れた。

「残り、四体」

 蘭とは違い、柘榴は柊の言葉を何度も心の中で繰り返す。

 終わりが初めて見えた。

 それが嬉しくて、でもあからさまに嬉しさを表すことは出来ない。

 結紀の近くに逃げた柊は、煙草を取り出しながら何かを思い出す。

「そうそう。ガーネットについては、支部で見つけた宝石の中の一つが、その可能性があるとして、調べてもらっている。もう少し時間は掛かるそうだけどね」

 そう言って柊が柘榴に笑みを向けた。ひと段落着いたせいか、腕を伸ばした柊は一人ドアの方へ向かう。そんな背中に、慌てて柘榴は声を掛ける。

「柊さん、どこ行くの?」

「食堂行くよ」

「へ?」

「全員で食堂。もう夕食の時間だよー」

 手をひらひらと振りながら、楽しそうに柊は言った。浅葱達は顔を見合わせ、結紀は肩の力を抜いた。蘭は呆れて、呆然としていた柘榴の肩を叩く。

「そうね。行きましょう、柘榴」

「へ、蘭ちゃん?」

「お腹が減ったわ」

 行きましょう、ともう一度言って蘭は立ち上がった。

「あー、俺らも行くか」

「だね。なんか疲れたなー」

「疲れた」

 浅葱、鴇、蘇芳の順に言いながら立ち上がって、早々に部屋から出て行く。一緒に蘭まで行ってしまえば、残されたのは柘榴と何故か突っ立ったままの結紀。

「で、柘榴も食堂行くだろ?」

「うん。その前に…一緒に医務室行ってくれない?」

 申し訳なさそうに見上げて言った。結紀は仕方がない、と言わんばかりの顔で柘榴の頭をぐしゃぐしゃにする。

「ちょっ!」

「ほら、行くぞ」

 満足いくまで髪の毛をぐしゃぐしゃにして、最後にバシッと頭を叩いた。顔を上げた柘榴は結紀の笑顔が伝染して、思わず頷きながら微笑んだ。



 結紀と一緒に医務室まで歩きながら、希のことを考える。

 会いたい、けど怖い。

 希を悲しませてしまいそうで、希が泣く顔なんて見たくない。

 でも、それ以上に希の顔を見て安心したい気持ちも膨らんでいく。

 医務室までの道はお互い無言で、医務室の前で立ち止まった柘榴は緊張でいっぱいの気持ちになった。

 ドアを開ける手が震える。

 結紀がいるので、ずっと立ち止まっているわけにもいかず、そっとドアノブを回した。

「失礼、しまーす」

「あら、柘榴ちゃん。それから結紀くんもどうしたの?」

「俺は付き添いっす」

「あら、そう」

 椅子に座って、優しげな笑みを浮かべた香代子。恐る恐る柘榴は問う。

「…希ちゃんは?」

「今は奥のベッドで寝ているわ。起きてはいないと思うけど」

「…ありがとうございます」

 小さくお礼を言った。もしも希が起きていたら結紀に様子を見てもらい、柘榴は会わない方がいいと思っていたが、まだ希は目を覚ましていない。

 それなら、と柘榴は奥の方へと進む。 

 またしてもドアの前で止まって、深呼吸を繰り返す柘榴に香代子が背中を押すように声を掛ける。

「希ちゃん、もう泣いていないわよ」

「…そう、ですか」

 よかった、と呟く。振り返って、柘榴は微笑む。

「香代ちゃん先生、本当にありがとう。それから結紀もね」

「はいはい、さっさと行って来い」

「うん」

 少しホッとしたので、ようやく奥の部屋へと入る。結紀は一緒に付いて来ることなく、いつもの怪我を直す、医務室に入ってすぐの場所で香代子と共に柘榴を見送った。


 奥の部屋には、四人分のベッドが置いてあり、病院の病室とよく似ている。各ベッドはカーテンで仕切られていて、入って右奥に誰かが寝ているのが分かった。

 この場で寝ている人は一人しかない。

 ゆっくりと奥に進む。

 希のベッドの端まで来て、立ち止まる。

 部屋の電気のせいか、希の顔色が真っ白に見えた。気を失っている希の顔は安らかとは言えないが、無表情で真っ青だ。

 希のすぐ傍で椅子に腰かけ、見つめる友樹の顔は心配そうな表情。希の右手を友樹の右手が握りしていた。ギュッと、離さないとばかりに握りしめている友樹の横顔を見ると、柘榴は話しかけるのが少し躊躇われた。

 柘榴の気配に友樹の方が顔を上げて、柘榴と目が合ったのは一瞬。すぐに希の方に視線を戻し、静かに呟く。

「…まだ、目は覚ましてない」

 友樹の声が柘榴に言われているのだと気が付くまで、数秒。

 柘榴は友樹とは反対側に周り、希の顔がよく見える位置まで移動した。希を起こさないように、小さな声で柘榴は言う。

「友樹、さんの名前は希ちゃんから何度も聞いていました。希ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

「大したことはしてない――俺も助けてもらったから」

 最後の言葉は柘榴の耳までよく聞こえなかった。

 希が楽しそうに話す整備部の面々のお話。その中に出てきた、親方と陽太と友樹の名前。希がさん付けで呼んでいるから、柘榴も一応さん付けで、敬語で話さなければいけない気がした。

 いつだって希を助けるのは柘榴だ、と思っていた。

 柘榴の存在が希を傷つけるなんてことはない、と思っていた。

 こんなことがあるなんて、予想していなかった。

 ごめん、と小さく呟くと柘榴はすぐに踵を返して歩き出した。希が目を覚ましてまた柘榴と柚を見間違えることがないように、もう振り返れない。

 希が目覚めることを祈って。

 また笑ってくれることを祈って。

 ゆっくりと、ドアを閉めた。

 

 結局結紀と一緒に食堂に行った頃には蘭達は大抵食べ終わった後で、文句をすごく言われた。

 エントランスに置き去りにしていた荷物はいつの間にか寮の部屋に運ばれていて、部屋に着いても誰も居なくて少し悲しかった。寂しくても、柘榴は一人でいつもより広い部屋で寝た。

 それが昨日のこと。



 ――夢だ。

 二度目の、夢。

 真っ黒な空間に浮かび上がるのは、真っ白なワンピース姿の少女。

 柘榴の数メートル先に希が立っている。背中しか見えないが、両手で顔を覆い、声を押し殺して泣いている。

 その目の前に、真っ黒なマントを被った人がいる。

 誰だろう。 

 なんで、希の目の前にいるのだろう。

 分からない。分からないけど、希を守りたくて柘榴は無意識に手を伸ばす。 

「希ちゃん!」

 ずっと固まっていた足は、悲痛な叫び声を合図に動き出す。勢いよく駆け出した身体は、迷うことなく希に迫った。

 手が届く。

 同時に、希の服の真っ白な服が赤く染まる。赤い染みが広がっていく。

 赤い染み、赤い血。

 守らなきゃ、守りたいのに。

「希ちゃん!!!」

 叫んだ声が響き、後ろに倒れこんだ希を力の限り抱きしめた。意識を失っている希の体温が下がっていく。冷たくて、動かない。

 いつの間にか目の前にいたはずの黒いマントを被った人はいなくなり、柘榴は腹の底から泣き叫ぶ。

「――嫌ぁあああ!!!」

 希の身体が透けて、消えていく。

 希が、いなくなった。

 目の前が真っ暗になった。



「――っ!」

 冷や汗で全身が冷たい。夢のはずなのに、妙にリアルで怖かった。

 カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しくて目を細めた柘榴は、近くに置いて寝た携帯に手を伸ばし、時間を確認する。

「まだ、六時前か…」

 横向きになって、隣のベッドを見る。目を覚ませばいつもいるはずの希の姿はない。

 悲しんでいる暇はない。柘榴は急いで着替えて、医務室に向かうことにする。

 今日こそは希が目を覚ますことを願って、医務室に向かって走る。時間はまだ早いから人の数も少ない。誰ともすれ違うことなく、医務室に到着出来た。息を整えてから、ドアを開ける。

「失礼しまーす」

 香代子はいなくて、医務室の中は真っ暗だ。二個目のドアを抜け、希が寝ているはずのベッドを目指したはずだった。右奥のベッド、一つだけ毛布が乱れ、近くに椅子が倒れているベッド。

「…なんで」

 希がいない。言葉を失う。

 急いでベッドに駆け寄り、希が寝ていた場所に手を触れた。まだ、温かい。希が先程まで寝ていた場所なのは間違いない。

 考えるより先に身体が動く。

「希ちゃん!希ちゃん!聞こえる!?」

 通信機に呼びかけても、声は返って来ない。

『柘榴、何かあったの?まだ、六時過ぎたばかりよ』

 蘭の寝むそうな声が通信機から聞こえただけ。柊や浅葱、蘇芳や鴇達からの返答はなくても、聞こえていると思って、柘榴は通信機の緊急ボタンを迷うことなく押した。

 緊急ボタンを押している間は、耳に付けていなくても大ボリュームで音が出るようになっているように細工がしてあると聞いたのは随分前だった。

 使うことはない、と笑って言った時は傍に希もいた。笑顔の希が、近くにいて説明してくれた。

 息を吸い込んで、叫ぶ。

「緊急事態!希ちゃんがいなくなったの!見つけた人がいたら、至急連絡して!」

 無事ならそれでいい。でも、無事な姿を見るまで安心出来ない。

 希が行きそうな場所。整備室、食堂、訓練室。思い付く場所を片っ端から目指して、柘榴は駆け出した。 



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