20 休日編03
休暇、というものを貰っても、どうしてもラティランスのことを考えてしまう。
折角の休み、と言われて休んでいたら身体がなまるし、柘榴や希のようにのんびり過ごすことは蘭の性格に合わない。
そうなると、休暇と言われても結局やることは同じになってしまう。
朝はいつもの時間に起き、まずはランニング。いつものように体力作りをして、もっと武器を上手く使えるように訓練でもしようと蘭は考えていた。
休暇の前の日の夜までは、一人でそれらを行う予定だった。
「なんで、浅葱がいるのかしら?」
「それはこっちの台詞だ」
当日になってエントランスから外に出た途端に、浅葱と鉢合わせてしまった。一緒にいるつもりはないのに、何故か同じ目的地で最終的に一緒にランニングをしている。
浅葱が一歩前にでも行けば、蘭がそれを追い越そうとして、また浅葱が追い越しての繰り返し。
「チビ、ちょっとは、加減しやがれ」
「そっちこそ」
お互い一歩も譲らない。譲れない。
走りながら喋るのなんて、苦しくなるだけだ。それなのに走りながら喋ってしまうのは、隣が浅葱のせい。負けられない気持ちが前に出て、お互い全力で走る。
「ざけんな。俺は、お前に勝つって、決めているんだよ」
「あら、浅葱が私に、勝てるわけがないでしょう」
口が減らないとはこのことで、周を回るごとに口数が増えて行く。
スピードも上がっていく。
絶対に負けられない。闘志を燃やし、ラストスパートを掛けようとしたところで、呑気な声が聞こえ来た。
「おーい。蘭ちゃん!それに、浅葱くん!ちょっと、いいかーい!」
柊が数百メートル先で、蘭と浅葱を呼んでいる。お互い顔を見合わせれば、考えていることは同じだ。
「「どっちが、先に着くか勝負よ」だ」
叫ぶより早く、身体が方向転換して柊の方に一目散に駆けだした。
大きな音と共に、柊の真横を通り過ぎた二つの影。
呆れながら、柊は蘭と浅葱を振り返る。
「…君達、何してるの?」
柊を通り越し、壁に激突したのは言うまでもない。
スピードを出し過ぎて、止まれなかった。いや、途中でスピードを落とそうとも思ったが、競争心が邪魔してブレーキがかからなかった。
ネットがあって本当によかった。と思ったのは蘭だけではないはずだ。さっさと起き上がって、浅葱と共に柊の元に駆け寄る。
「問題ないわ」
「いやいや、十分問題でしょ。ネット破る気?」
結果、ネットは破られていないので問題はない。柊の質問を蘭も浅葱もスルーした。その代わり、真面目な表情の浅葱が言う。
「何かあったのですか?」
「いや、そんな真剣な顔しなくていいよ、浅葱くん。蘭ちゃんも、いつまでも眉間に皺寄せないで」
皺が寄ったのは、浅葱との勝負に決着がつかなかったからだが。柊にそれが通じるはずもない。
「何かあったんじゃないの?」
「いや、丁度片付けをしていたから。手伝って欲しくてさ」
「部下に頼みなさいよ」
「蘭ちゃん、君も僕の部下なんだけど」
柊の言葉は聞かなかったことにしよう、と顔を背ける。浅葱は最初から断るつもりはない様子。
「何をお手伝いすればよろしいですか?」
「浅葱くんは、蘭ちゃんと違って素直だよね。二階の奥、古びた専門書があるところなんだけどね」
二階の奥。その言葉で、蘭は目の色を変えた。
途端に興味を示して、柊に詰め寄って訊ねる。
「二階の奥の部屋って、あの部屋?なんで、柊さんが?」
「引っ越し隊長だからね。そこらへんの割振りは俺の仕事だよ。丁度、人手が足りないんだ。本来整理するべき奴は、到底片づけは無理な奴だからね。二日間ほど休暇を与えた。それで、代わりにその場所の引っ越しの手伝ってくれる人を探しているってわけ」
あからさまに落ち込んだように肩を下げたが、柊の瞳は笑ってない。本気だ。
周りにちらほら人がいる。それらを気にしてか、どの場所かは明確に言わない。それでも蘭にはあの部屋だけで通じる。
ずっと、入りたかった部屋。今は、ただ一人の瘦せっぽちの研究者が占領する部屋。
「分かったわ。そうね、丁度暇だし、仕方なくお手伝いするわ。二日後までに全ての資料をまとめておけばいいかしら?」
「ああ、頼むよ。蘭ちゃん、あいつはいつも籠って出てこないからな。二日間は本部に戻って来ないようにした。その間に必ず、全ての資料は段ボールで詰めておいてくれ。ほれ、鍵だ」
浅葱は蘭と柊の意図を理解していない。
蘭は鍵を受け取り、喜びを表さないように嫌そうな顔を作ろうとするが、出来ることなら今すぐ走り出したいくらいだ。
「浅葱、行きましょう」
「は?意味わかんねーんだけど」
「いいから」
浅葱の腕を掴んで、無理やりでも連れて行く。
これはチャンスだ。
二階の奥。そこは蘭がラティフィスとなった場所のすぐ隣。数々の資料が保管された書庫。
エントランスを抜けた途端、蘭は一気に走り出す。突然走り出した蘭に浅葱が驚くが、驚いている暇もなく追いかけるしかない。
「おい、チビ。あの部屋って…」
「着いたら説明するわよ」
蘭はそれっきり黙って、部屋に走る。
研究室、そう書かれたドアのすぐ隣。研究員専門の書庫。関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアの鍵に、蘭はそっと鍵を差し込んだ。
カチャ、という音で鍵が開く。ドキドキと心臓が五月蠅くなっているのがよく分かる。ゆっくりとドアを開けて、サッと部屋の中に滑り込む。
「ほら、浅葱もさっさと入って」
「だから…ここはどんな部屋なんだよ」
文句を言いつつ浅葱も部屋の中に入った。浅葱の気持ち分からなくもないが、部屋の中を見て説明した方が早い。
部屋の中に入り入口にある電気を付ける。部屋が明るくなるなり、本棚を埋め尽くすのは大量の本。
それらを背にして、蘭はにやりと笑いながら説明する。
「ここは、ラティフィス、そしてラティフィスの研究者の研究記録が保管された場所。地位の高い者、研究者しか普段は入れないのよ」
ラティランスのことを知ろうと、何度この部屋に入りたいと思ったことか。浅葱に背を向け、本棚一つ一つを眺めながら歩く。
「いいのかよ、俺らが入って」
「柊さんから、引っ越しの手伝いを頼まれただけよ。その時にちょっと資料の中身が見えてしまうのは仕方がないことだわ」
そう言いながら、蘭は一冊の本に手を伸ばす。それは本屋で売っていそうなファッション雑誌。おそらく前にいた研究者の私物がそのまま置き去りになった状態。それでもこの部屋にはラティランスに関する資料が眠っているはずなのだ。
いつもいるはずの蘭の嫌いな研究者は、二日間は帰って来ない。
その間に、出来る限りの情報を集めたい。
バッと振り返れば、浅葱は未だドアの前で棒立ちの様態だった。
「とりあえず浅葱。鍵はさっさと閉めといて。誰か入って来た時に、資料を漁っているのを見られたら厄介だわ」
「俺に命令するなよ!」
そう言いつつ、浅葱は鍵を閉めてくれた。
これで安心して資料を探れる。
滅多なことでは人は来ないと思うが、蘭がここにいると知られれば漁っていたのは一目瞭然だろう。それが研究者に知られると、変な追及をされそうなので厄介ごとは増やしたくない。それは避けたい。
「私はこっちの本棚から、漁るわ。浅葱はそっちから何かラティランスに書かれた本はないか。探して」
「ったく、仕方ねーな」
壁の端からお互い本を手に取る。
全てが全て、ラティランスに関係している本ではない。
こんな本、誰が読むのかと言いたくなる本も多数置いてある。整理する人がいなかったのか、無造作に適当に本棚に置かれている。
その代表にもなりうる一冊の本を見つけて、蘭は思わず首を傾げた。
「…世界の珍味?」
本当に誰が読んでいた、と言いたくなる本はさっさと段ボールに詰めながら、蘭はラティランスに関係しそうな本を探す。
ふと、大量の本を探りながら、一冊のノートを見つけた。
「こんなことが、行われていたのね」
蘭が手にしたのは研究結果。
ネズミや猫、動物に宝石を埋め込む結果どうなったか。写真や文字でびっしり書かれているこれらを端から読み始めたら、止められない。
出来ることなら全て読みたい、が今は時間がない。
必要最低限、ラティランスのこと。ラティランスの、蘭が適合する結果になった情報が欲しい。
血眼になって次々と本に目を通し、蘭は他の本にも手を伸ばした。
その日、正直これと言って収穫はなかった。
動物の適合結果、それらはあまりにもラティフィス、蘭や柘榴、希とは違い過ぎる。ずっと本を見ていたせいで、目が痛い。
どうしても眉間に皺がよって、イライラしてしまう。
「チビのせいで、昼飯食い損ねたじゃねーか」
「仕方ないじゃない。その代わり、今こうして昼と夜の分を食べているのよ」
何故か蘭と浅葱は一緒にカウンターで並んで食事をしている。食事をしながら浅葱の見ていた資料について知りたかったので、蘭が誘った。あまり広められる話題でもない。人がいない場所と言えばカウンターになってしまう。
何故か最初は全力で断られたが、蘇芳と鴇がいなかったと言う理由で、浅葱は蘭と一緒に食べることにした様子。
丁度夕食時間のピーク。
周りの五月蝿さで、蘭や浅葱の声は周囲の人には聞こえない。いつもは来るはずのキャサリンも結紀も今日はご飯を持ってきたら、すぐにいなくなった。
「それで、そっちはどうだったの?」
「先にお前から話せよ。って、言いたいところだけど、ほら。これがまとめた資料」
浅葱がそう言って、数枚の紙を手渡す。資料を漁りながら、まめにメモでもしていたらしい。
「変なところできっちりしているわね」
「うるせー」
食事を続けながら、目を通す。
【宝石の種類。全部で十三。それらの多くは誕生石に因んでいる。ガーネット・アメジスト・アクアマリン・ダイヤモンド・エメラルド・ムーンストーン・ルビー・ペリドット・サファイヤ・トパーズ・ラピスラズリ、そしてオブシディアン。これらの研究に関して、研究者が付き、研究するものとする】
【一つ、研究に関しては他言無用。研究者以外に情報を漏らしてはいけない】
【一つ、宝石を外に持ち出すことを禁ず】
【一つ、…】
「これ、どうしたのよ?」
「なんか、研究員の心得みたいこと書いてあったから、写しといたんだ」
心得だけで、数十行。途中いらない文章もあるが、それは素通りしておく。浅葱が黙々食べる横で、蘭の箸はなかなか進まず、資料の方に意識が集中してしまう。
一通り目を通して、食べながら問う。
「浅葱が調べていた方には、研究者自身のことが書いてあったの?」
「そうだな。実験内容って言うよりは、そっちのほうが多い。明日行った時にでも、他の資料で研究者個人についてあるか探ってみる」
本当なら蘭一人で全部本を漁って調べ上げたい。
でも、それは無理だ。時間が足りない。
だから、浅葱がいてくれて本当によかった。
「悪いわね、折角の休日に」
巻き込んだことは悪いと思っている。素直に謝った蘭に、浅葱の方が眉をしかめた。浅葱が何か口を開く前に、誰かが近くにやって来た。
「あれ?蘭さんと浅葱さん?今日はご一緒に夕食なのですね?」
のんびりとした希の声に思わず資料を隠す。隠したところは見られなかったようで、声を掛けた本人は何も気にせず、欠伸をしながら蘭の隣に座る。
「希、こんな時間まで何をしていたの?」
「本を読んでいました。そうしたら、こんな時間で。夕食を食べ損ねるところでした」
夕食を食べ損ねることを全く気にしていない希は、眠たいのか目を擦っている。
「眠そうね」
「そうなのです。食べたらまた寝ちゃうと思いますぅ」
「…ちゃんと部屋まで帰れる?」
「大丈夫ですよ。多分」
希と話をしていると、キャサリンがその姿を見つけて、ご飯を持って来る、と声を掛けた。
その隙に浅葱を横目で確認すれば、蘭が今日見つけた資料のメモを静かに目を通していた。蘭が資料を隠したと言うのに、浅葱は全く気にしない。
すでに浅葱は食べ終わっているし、蘭も残りは少し。
希が夕飯を待っている横で、キャサリンに捕まる前に退散しようと、蘭は残りを一気に食べ終えた。
ごちそうさま、と手を合わせてから、資料に目を通していた浅葱の右腕を引っ張って立ち上がる。驚いた浅葱が何か言う前に、蘭が希に言う。
「希、私達はそろそろ行くわね。ゆっくり食べなさいよ」
「はい。それでは蘭さんも浅葱さんも、おやすみなさい」
まだ寝る時間ではないが、希はなんだが本当に寝むそうだ。希の体調も心配だが、正直今の蘭の頭の中は今日の資料探しのことでいっぱいである。
明日ね、と声を掛けて蘭は無理やり浅葱を連れて、食堂を出た。
目指すは人目の少ない場所。訓練室。
「なんで、あいつに言わなかったんだ。あいつもラティランスだろ?」
途中で浅葱を引っ張るのを止め、隣を歩きながら訓練室を目指す。
あいつ、と浅葱が言った人物で浮かんだ人物は一人だけだ。一応確認を込めて、歩きながら聞く。
「希のこと?」
首を縦に振った浅葱。その質問の答えは、すぐに出た。
「たまには希にもゆっくり休んで欲しいの。いつもいつも希は頑張っていてくれるから」
「ふーん」
それに、と声が小さくなって言う。
「柘榴も希も、きっといつかいなくなるわ。深く関わらせない方が、二人のためじゃない」
遠くを見ながら、蘭は言った。
柘榴も希も、いつか蘭の目の前からいなくなる。それは、確信。あまりにも当たり前のように言った蘭に、浅葱は首を傾げていた。
蘭はそっと呟くように、言葉を続ける。
「柘榴と希は数か月前に来たばかりで、元はただの一般人。本当なら、戦いには関係のない人間だったのよ」
言いながら、その事実に悲しくなる。
蘭とは最初から何もかも違っていた。それを心の底から実感する。
「私が巻き込まなければ、ここにはいなかった。私と出会わなければ――」
平和な日々を過ごせていた。その言葉を言ってしまうと、蘭は柘榴と希と一緒にいてはいけない気がしてしまう。
あの日、蘭が会わなければこんなことにはならなかった。
柘榴が無茶して戦うことも、希が倒れることもなかったはずだ。
最近はよく、そう思ってしまう。
そうしたら、柘榴も希も傷つくことなく平穏な生活を送れたのではないか。
柘榴と希が来てくれたことは嬉しい。けれど、それは本当に正しかったのか。
「でも、お前はあいつらと会えてよかったんじゃねーの」
顔を下げてしまっていた蘭は、素っ気ない浅葱の言葉に顔を上げた。自分の言葉がらしくないと気が付いたのか、浅葱は頬を赤らめながらそっぽを向く。
段々歩く速度が速くなって、蘭は早足で追いかける。
「ちょっと、浅葱!歩くの速いわよ!」
「うるせーよ!」
「待ちなさいよ!」
そう叫びながらも、何故か心は穏やかだった。
浅葱の言う通りだ。出会えてよかった。それは本当のことで、変わらない気持ちだと、そう思える。
「ついてくんなよ!」
「同じ場所に向かっているんだから、仕方ないじゃない!」
浅葱が叫ぶので、蘭も思わず叫び返してしまう。二人分の足音と騒ぐ声が、静かな廊下に響いていた。
あっという間に訓練室に着くと、息が上がった浅葱が疲れたように自分の席に座った。
「…で、今日のまとめするのか?」
「そのためにここに来たのよ」
蘭まで疲れて、椅子を反対向きにして座る。机一つ挟んで、浅葱と向き合う形になった。早速今日の資料を机の上に並べてみるが、集中出来ない。
「ねえ、浅葱」
「何だよ」
肩肘をついて、同じように集中していない浅葱に蘭はふと問う。
「浅葱は…なんで滅多に人の名前を呼ばないの?」
「…悪いか」
「そんなこと言ってないじゃない。ただ本当は覚えるているのかな、と思っただけよ」
浅葱は蘭のことを、チビ、と呼ぶことが多い。
軽い気持ちで聞いただけなのに、浅葱は視線を窓の外に向け、悔しそうに小さな声で呟く。
「…覚えられねーんだよ」
「最低ね」
予想外の回答をバッサリと切る。実は覚えているだろう、と確認しようとしただけなのに、浅葱は本当に覚えていないらしい。
その証拠に、蘭の憐みの視線から逃れるように、気まずそうな顔を窓の外へと向けた。蘭の方を決して見ようとしない。
「人の名前なんか、通じれば十分なんだ…」
ボソッと言った言葉を、蘭は決して聞き逃さない。呆れた声で言う。
「覚えなさいよ」
「いいだろ別に!それより赤い方。どんだけ想定外の能力持っているんだよ。最初からあんなだったわけ?」
開き直った浅葱が、目を輝かせながら訊ねる。純粋に強い力に興味がある浅葱を見て、蘭は腕を組みながら、数か月前のことを思い出す。
「そうね、柘榴は最初から強かったわ。でも希が力を溜めて放つ一撃も強いわよ」
「それは、想像しにくいな…」
「海を切り裂く、一撃よ」
蘭の言葉で、浅葱の顔が引きつる。
「嘘、だろ?」
「事実よ。柊さんに言えば、その時の映像でも見られるんじゃないかしら?」
いつでもどこでも、球体が戦闘中はいたはずだ。
それはあの時も同じだった。
「赤いのも、緑のも。すげーな」
素直に尊敬するような言い方は、珍しい。まあ、と今までの会話をまとめるように言う。
「浅葱は一生勝てないでしょうね」
「はあ?絶対、そのうち追い越すし」
「それこそ、無理でしょ?」
「なめんなよ。チビがいなくなってからもなあ――」
蘭がいなくなった後、どんな風に過ごしていたか浅葱は話し始める。どこか楽しそうに話し出す浅葱の話に適当に相槌を打ちつつ、時間は過ぎていく。
蘭も浅葱もなんで訓練室にやって来たのかを忘れていることに気付かない。
真っ黒な夜空に、星が輝いていた。そんな平和な夜。
廊下を通る人も滅多にいない、静かな訓練室の中。蘭と浅葱はもう少しだけ、会話を楽しむのだった。
二日目の朝八時に待ち合わせした蘭と浅葱は、早速目的の部屋へ向かう。
「今日中に何らかの成果は見つけたいわね」
「だな。気合い入れて探せよ、チビ」
昨日の夜。
結局他愛無い会話をする時間の方が長く、資料のことについては今日が終わってからと言うことになった。浅葱とは喧嘩腰で話すことが多いけれど、じっくり話してみるとお互い会話が尽きなかった。
部屋に入るなり、お互い無言になって研究者の研究結果の本を漁る。
昨日見ていた本の多くで、動物が研究対象とされていた。それらの本を段ボールに入れながら、本と本の間に挟まっていた一冊のノートを見つけた。お世辞にも綺麗な状態とは言えない。
あからさまに時間がなくて、とりあえず突っ込んで置いた状態である。
「【記録】?」
いかにも手書きで書かれた表題には、下の方に優二という名前が書いてあった。どうせ、また動物でも適合させたもののノートかと思いながらページを捲った手が止まる。
ノートの間に、挟まれていたのは一枚の封筒だった。
【研究対象の記録】
宛名に書かれた文字で、蘭は釘付けになった。
まさかとは思う。けれど、裏返した封筒に書かれていたのは、五年前の日付。それが指す意味。
封のしていない封筒の中から、一枚の紙きれを取り出す。
【十一歳、男。ガーネットと適合。右足の裏に、宝石を確認。特に目立った変化、本人の自覚はなし。最初の適合以降、父親の妨害あり】
その部分を何度も繰り返して読む。
五年前、ガーネットと適合した人物は確かにいたと言う真実。そして、続く言葉を震える両手で持ちながら、視線は下へと下がる。
【二週間後、ガーネット。結晶化することなく、消失。宝石の核は行方不明。適合者、死亡】
書かれた文の突き付ける現実。
結晶化、消失、適合者の死亡。分からない、分からないことばかりだ。
もっと詳しく知りたくて、それでも手掛かりを見つけることが出来ない。封筒には紙切れ一枚しか入っていなかった。慌ててノートを捲るが、ノートの内容は無関係なことばかり。
「…何なのよ」
思わぬ内容に、掠れた声が出た。脇に置いていた封筒と紙きれをもう一度よく見る。封筒には紙切れ以外、なにもない。紙切れの方をじっくり見て、裏返した端に小さな殴り書きの言葉が一言。
【エメラルドの妨害に注意せよ】
エメラルド、それは希の持っている宝石の名前。
どういう意味か、分からない。呆然としたまま数分止まって、それから他の資料をまた漁り始めた。今までより大雑把に、関係ない資料は投げるように段ボールに入れる。
見つけた封筒と紙切れだけはそっとポケットの中に隠して、蘭は一心不乱に作業を続けるのだった。
欲しい資料が見つからない。その事実が蘭を焦らせる。
「チビ、とりあえず休憩しようぜ」
声を掛けられ、肩を叩かれるまで、浅葱が傍に来たことすら気が付かなかった。驚いた顔で振り返れば、もう一度浅葱は言う。
「休憩するぞ。もう昼だ」
「…もう少しだけ」
言いながら、視線を資料に戻そうとした。
「そう言って、倒れたらどうするんだよ」
ため息交じりに浅葱が言い、無理やり蘭の腕を引っ張った。読んでいた資料が落ちたが、浅葱は全く気にしない。問答無用で蘭を食堂へと連れて行く。
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
「どうせ、今日もそんなに成果はないだろ?」
「それは…」
肯定するのは癪で、言葉を濁す。眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる蘭の態度で察した浅葱は、少しだけ速度を緩めて黙って歩く。
歩きながら、蘭はポケットの中を探って封筒の存在を確認した。これだけが成果とも言えるが、曖昧すぎる成果でもある。
封筒と紙切れを見つけたせいで、ますます混乱したとも言えるから厄介だ。
疲れているのは蘭だけじゃなく浅葱も同じで、食堂に入る直前に、前から呑気にタバコを吸いながら鼻歌を歌っている柊を見つけた。
あまりにも能天気な顔に、蘭はげっそりとした表情になり、浅葱はあっと驚いた顔になった。
柊の方も二人の姿を見つけ、片手を上げながら傍にやって来た。
「お疲れ!二人とも」
「柊さん、相変わらずムカつくわね?」
なんて呑気な人なんだ、と蘭の顔が物語っているのに気が付いても、柊はへらへらと笑っている。
「何言っているんだい、蘭ちゃん。それより、引っ越しの方は順調かい?」
「…ちゃんとしているわよ」
実際は資料を漁りに夢中でなかなか進んでいない、とは言えない。
「なら、いい。奴が早めに帰って気そうなんだ。五時半までには終わらせてくれ」
「五時三十分…ですか?」
あまりにも軽く言った柊の言葉に、浅葱が急いで時間を確認する。
「一時十五分。残り、四時間ちょい、か」
「あんまり時間がないわね」
さっくりと言い返した蘭は少し間を置いて、分かったわ、と肩の力を抜いてから言う。
「私は先に戻るから、浅葱はお昼食べてから戻って来なさいよ。引っ越しは何とかするから」
じゃあ、と言いながらさっさと方向転換して、来た道を戻るため駆け出した。一分一秒が惜しい。お昼を抜きにしてでもこれは残りの資料を読まないと終わらない。
蘭の頭を占めるのは、片付けではなく資料を探すこと。
目的が変わっているのに、気が付く余裕すらない。
勝手に走り出して置いて行かれた浅葱。柊は置いて行かれた浅葱の肩を軽く叩く。
「まあ、浅葱君はお昼食べたら行けばいいさ」
「あ、はい。その、これで失礼します」
きっちり敬礼をした後、浅葱も蘭の後を追うことにした。蘭のいなくなった方向へ走り去る。
「…真面目だね」
一人、その場に残された柊の独り言だけがその場に木霊した。
蘭は部屋に戻るなり、急いで作業を再開する。
このままでは作業は終わらないだろう。今までのようにじっくり考察しながら読んでいる暇さえない。
「時間がないのよ。全く…」
「チビ、鍵を掛け忘れてんぞ」
間を置かずに浅葱も戻って来る。
お昼を食べ終えるにしては早いので、蘭を追いかけたのだとすぐに分かった。
「浅葱、お昼はいいの?」
振り返った蘭が問えば、浅葱は肩をすくませて言う。
「仕方ないだろ。終わらないんだから。チビはさっさと片付けしろよ」
そう言いながら、さっきと同じ位置に戻って浅葱は作業を再開する。
蘭は資料に視線を戻し、同じように作業を再開しようとして、もう一度だけ浅葱を振り返った。すでに蘭の方を見ていない浅葱の横顔は真剣だった。
何だかんだで、こうして蘭に付き合ってくれる浅葱は、なかなかいい奴だったのだと。今更ながら思い、心の中で感謝する。
決して口には出さない。
「さて、探さなきゃ」
本を段ボールに詰めながら、蘭は急いで本のページを捲った。
時間はあっという間に流れてしまう。
約束の五時三十分を少し過ぎてしまい、それでも蘭は資料を漁っていた。そんな蘭を無理やり部屋から連れ出したのは浅葱で、途中から蘭の片付けまで手伝ってくれた。おかげで無事に何とか引っ越しの準備は終わったのだけれど。
正直、途中から全く蘭は片づけをしていない。
「…もう少し、時間があったんじゃないの?」
「もう、五分は過ぎてる!」
「五分くらい…」
諦めきれない蘭が、頬を膨らませながら反論する。そんな蘭に、浅葱は持っていたデジカメを渡した。
「これでも見てろよ」
「何かあったの?」
「いや?適当にそれっぽいのを撮っておいたから」
投げやりな浅葱は、さっきから蘭の右腕を離してくれない。引っ張られてるおかげで誰かにぶつかることはないので、前を見ずに蘭はデジカメの画面を見ながら歩く。
撮った写真は様々だ。文章だったり、写真をデジカメで撮ったり、色々な写真がある。一枚一枚を見ながら、ふと一枚の写真が目に付いた。
研究員達の日常写真だと思うが、その後ろの方に幼い子供が写っている。この子供の面影が誰かに似ている気がしてならない。
うーん、と悩む蘭は、引っ張る浅葱の苦労も知らずに一人で悩むのだった。
訓練室に行く途中で柊を探し出し、パソコンを奪った。浅葱が柊のパソコンを立ち上げて、デジカメのデータを読み込む。浅葱の手に入れた情報を読みこむ速さが遅く感じる。
叩いたら、少しは早くなるだろうか。
機械が得意ではない蘭は、壊しそうで触らせて貰えない。
そもそもパソコンはあまり使わないので、詳しい使い方を知らない。腕を組んだまま浅葱の横の椅子に座っていた蘭は、無意識に声が出た。
「…叩きたい」
「蘭ちゃん、それだけは止めて」
小さく呟かれた蘭の言葉は、そのすぐ後ろでパソコンを覗き込んでいた柊の耳にしっかりと届いていた。一人だけ立っているのは、その方が見やすいからと言う理由で、蘭は柊を振り返って言う。
「どうして叩いちゃいけないの?叩いたら、直らないの?」
「いや、直らないから。それ、誰から聞いたの?」
「希が前に、自分の家のテレビはそれで直ったって言っていたわ」
「希ちゃんの家は、何年前のテレビを使っていたんだろうねえ?」
から笑いをしながら、柊は言った。意味が分からない、と蘭は首を傾げる。それ以上追及する前に、浅葱のパソコンを叩く手が止まった。
「あの、ちょっといいですか?」
浅葱が次々と写真を飛ばしていく。おかげでちっとも写真をきちんと見ることが出来ない。
頬を膨らませた蘭は、浅葱に言う。
「浅葱、もう少しゆっくり見せなさいよ」
「待てって、先に見て欲しいのがあるんだよ」
浅葱がパソコンの半面に表示させた写真。
研究員の研究風景写真だろうか。数人の研究員が、研究をしている様子を取った写真の後ろの方を浅葱がアップして行く。確か、蘭がさっき見た写真だ。
「ここ。この写真に写っている子供。なんか見たことある気がするんですよ」
柊がいるので、浅葱の口調はさっきから無意識に敬語になる。
「それ、私も思ったのよね」
「どれどれ」
画面を見入るように、浅葱の両脇から顔を近づけた蘭と柊。
浅葱の指した画面に、確かに女の子らしき人物が写っている。でもピントがぼやけていたのか、顔がはっきりとは写っていない。
「これ、なんとか見えるように出来ないの?」
「あー。ちょっと待ってろよ」
蘭の注文に、浅葱が様々な加工を施して、段々その顔がはっきりと見えてくる。
きっとこの研究に関わっていただろうと思う、女の子の顔が見たい。
「…ここまで、だな」
女の子の顔がぼんやり分かる程度まで、写真は加工された。でもそれ以上は無理で、浅葱の手が止まる。その写真からは人物を特定できないので、柊が訊ねる。
「ほかに、何か重要そうな写真はあったかい?」
「写真はありませんでしたが、途中で面白いものが挟まっていました。研究員の名簿の中に、大学生の名簿。それもサークルの名簿が」
柊の質問に、画面を変えてその名簿を撮った写真を映しだす。
数人の名前、その中の名前に浅葱はどれもピンとこなかった。それは蘭も同じ、サッと目を通して諦めたような声で言う。
「これは役に立たな―」
い、と言う蘭の声に被るように、柊は画面の名前から目を離さずに、まさか、と声を漏らす。
「いや、でも…」
「何よ、知り合いでもいたの?」
「知り合い、と言うか。なんで、ここにと言うか…」
言葉を濁すように柊は言い、そっと一人の名前を指差して蘭と浅葱を見ながら言う。
「この人、希ちゃんのお兄さん」
「「え?」」
「歩く、と言う字に。希望の望で、歩望。偶然かもしれないけど、偶然じゃないかもしれない」
その言葉で部屋の中が静まり返る。
何か言わなきゃと、蘭は掠れた声で問う。
「どうして…希のお兄さんがここで出てくるの?」
「それは分からない。関係しているかもしれないし、していないかもしれない」
「はっきりしてよ!」
ガシャンと椅子が倒れる音と共に、蘭は立ち上がって叫んだ。そのまま柊に詰め寄り、その首を絞めようとする。
柊はされるがまま、興奮状態の蘭を見下ろして、静かに言う。
「落ち着いてくれ。蘭ちゃん」
「何で!希のお兄さんは関係ないでしょ!?」
「…そもそも希くんの一部の記憶喪失も、お兄さんと関係があることかもしれない。今だって、彼の行方は知れない。お兄さんが関係者の可能性だって、あり得ないことはないだろう」
「だって、そんなこと――!」
「チビ!」
椅子から立ち上がった浅葱に抑えられるまで、蘭は力任せに柊の首を絞めていた。抑えられない衝動を抱えていても、後ろから両腕を浅葱に捕まれては身動きが取れなくなる。
「浅葱!離して!」
「だから、落ち着けって!」
ようやく解放された柊は首を擦りながら、申し訳なさそうに浅葱に問う。
「浅葱くん。他に気になる資料はあったかい?」
「あ…全く関係ないものかもしれませんが。一枚だけ、すごく普通の写真が」
「ちょっと確認するね」
そう言いながら、柊は浅葱が座っていた椅子に腰かけ、写真を探す。
それらしい一枚を拡大し、パソコン画面一面に映し出された写真を見た途端に、騒いでいた蘭は静かになった。
驚いて、声が出ない蘭を浅葱が離して、同じように画面を見つめる。
「なん、で?」
蘭だけが問う。
三人の学生と二人の子供。それも子供の方は、どちらも知っている面影がある。
「なんで、柘榴と希がいるの?」
泣き出しそうな蘭の声に、浅葱も柊も黙ってしまった。
ふう、と息を吐いた柊がゆっくりと口を開く。
「…本人かは、確認した方がよさそうだね」
「どう見ても本人でしょ!確認なんてしなくても――」
「柘榴君には弟もいただろう。その子の方かもしれない」
蘭の言葉を意図も容易く否定した柊。たった三人しかいない訓練室は異様な空気で、浅葱は居心地悪そうに言う。
「すみません。もっと確かな資料があればよかったんですけど…」
「浅葱くんが気にすることじゃないよ。こっちで裏を取って来るから少し待って――」
「もしもし、柘榴、希。聞こえる?」
柊の言葉を遮って、蘭は通信機に呼びかけた。呆れかえった柊の顔なんて見る気もない。
『はい、希です。どうかされましたか?』
「希、今どこ?」
緊迫した蘭の声が通じたのか、希は確かめるように言う。
『整備室ですが、何かあったのですか?』
整備室、ここから一度エントランスを通って行けば早くて五分。
「希、そこから動かないでいてよ。すぐ行くから」
『はい、分かりました』
希との通信はすぐに終わった。柘榴の方は返事がない。バッと窓の外を見れば、タイミングよく知り合いの車を見つけた。結紀の車に乗って、その助手席で柘榴が呑気に何か食べている。
「タイミングぴったりじゃない」
フッと笑った蘭は、すぐに踵を返して部屋から出ようとする。その背中に、焦った柊が叫ぶ。
「蘭ちゃん!」
「おい、チビ!」
浅葱まで蘭を呼び止めようとする。その声を無視して、蘭は一心不乱に廊下に飛び出した。
廊下を駆け出しながら、考える。柘榴のことだから、通信機の電源を入れ忘れている可能性が高い。それか部屋に置いて行った可能性がないわけでもない。
どっちにしろ、柘榴を直接捕まえて話を聞く方が早い。
「何も知らないまま、このまま戦うことなんて出来ないんだから…」
そう呟きながら、蘭は全速力でエントランスまで走るのだった。
蘭がいなくなった部屋。浅葱もすぐに後を追いかけたので、一人残された柊は煙草を吸いながら椅子に深く座った。
「前にこの部屋で探した時は、あんな写真なかったはずなんだけどなー」
蘭と浅葱に片付ける前に、一通りは確認した。蘭に知らせても大丈夫な情報のみを残してきたはずが、柊すら知らなかった事実を知ることになってしまった。
柊は知らなかった。
五年前から柘榴と希が関わっていた可能性があることを。
どれだけ探しても見つからなかった情報はあっさりと見つかって、素直に喜べないのは誰かの意図を感じずにはいられないからに違いない。
誰かが、五年前の真実を伝えようとしている。
そう感じて、でもそれが誰か分からない。
それに、柘榴と希に関することでもう一人気になった人物がいた。五人で写っていた写真の中にいた、女子大生の顔。それは昔どこかで見た顔だった。
「…誰だったかな」
確かにどこかで見た。それは覚えているので、こういう時はキャッシーこと、洋子に頼る方がいい。
先に写メを撮り、メールに添付してから、リダイヤルボタンから電話をした。
『もしもし』
電話越しでも伝わる、嫌そうな声。それでも、頼める相手と言えば洋子になる。何らかの情報を探る際に、誰よりも早く調べてくれる。
「洋子か、至急さっきの女性について調べてくれ」
『ええー』
「悪いが、他の仕事を全て放棄してでも、先に調べてくれないか。急いでいるんだ」
柊の必死の頼みが通じたのか、洋子は数秒黙った。
『どこまで調べればいいのかしら?』
「出来る限り。今日中に」
『私を舐めないでよね。数分後にこっちから連絡するわ』
柊が返事をする前に、洋子は電話を切った。
さて、と携帯をポケットにしまう。
これでどこまで分かるが、真実に近づくことが出来るのか。
まずは、柘榴と希の五年前の関係性から調べ上げる必要があると思いながら、柊は外を眺めた。
エントランスで手続きをしている柘榴。
その周りには、リュックだけでなく、買い物して来たのか大きな紙袋。結紀の姿はなく、いるのは柘榴だけ。
柘榴の姿が見えた途端に、蘭は止まって叫んだ。
「柘榴!」
「おお!蘭ちゃん、って、怖っ!私、まだ何もしてないって!」
蘭のただならぬ雰囲気に押されて、柘榴が一歩引く。荷物も持たず、一歩近づけば、柘榴はその分だけ蘭から遠ざかろうとする。
本能的に何かを悟ったように、柘榴は右手で通信機を操作し、電源を入れた。
『希ちゃん、希ちゃん!聞こえますか?』
『はい、今度は柘榴さんですか?いかがしました?』
『蘭ちゃんに追われそうなの!助けて欲しいの!今、どこ!』
『えっと、整備室ですけど――』
希の居場所が分かった途端、柘榴は一目散に駆けだした。蘭に背を向け、整備室目掛けて走り出す。
「ちょっと、柘榴!待ちなさい!」
『蘭ちゃん!怖いんだもん!』
通信機から聞こえる声は今にも泣きそうである。向かう先は一緒なのだけれど、何故か目的が違う。
『もー、蘭ちゃん止まってよ!』
「貴方が先に止まりなさいよ」
いつもなら柘榴の速さに追いつけるはずなのに、柘榴の執念というか。今日ばかりは追いつけない。いつの間にか蘭に追いついた浅葱は、呆れながらも一緒に駆ける。
「というか、確実にチビ。お前のせいだろうが」
「五月蝿いわよ、浅葱のくせに」
柘榴を見つけて、思わず叫んでしまったのは蘭が悪い。それは反省しているが、逃げなくてもいいじゃないか。
真実を知りたい蘭と追われる柘榴。それから何も知らない希が出会うまで、あと数分。




